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上海は値上げの春

 上海でも春節連休から明け、まだ徐々にではあるものの街に人が戻りつつある。
 以前は春節に田舎に帰ったきりで3週間も4週間も戻ってこないケースがあったが、現在の上海では10日~2週間程度の帰郷が平均実態なのではないかというのが体感的感想である。

 ところで、春節明けのこの時期は、中国的に言うところの歳が新しく変わったことになるので、あれこれ切り替えが行われることが多く、物の値段も上がることが多い。
 今朝、コンビニエンスストアで日本の伊藤園の麦茶500mlを買ったところ、従来の4.5元から5.0元に0.5元(約8.5円)値上げとなっていた。
 もちろん何の予告も告知もない値上げで、こそっと上がっていたのである。

伊藤園の麦茶(中国)

 何故それに気が付いたのかというと、私の朝食は毎朝大体同じ組み合わせで購入しており、毎朝支払う代金が同じだったのであるが、今日0.5元高かったので気が付いた。
 おやっと思い陳列棚を眺めたところ、値段が変わっていたのである。

 先日日本の某食品メーカーが、飲料商品の値上げを発表しそれがニュースにもなっていたが、日本の場合は10円20円値上げされるのにもニュースになる。
 ところが中国では、そんな大々的な告知など行われず、こそっと値段表や値札の書き換えが行われるのである。
 もちろん、そのメーカー企業などでは、マスコミかどこかに向かって一応発表しているのかも知れないが、販売の現場では一切お客さんへの告知はなく値上げが実行されている。

 その場で表示されている価格が全てで、取引価格に過去も未来も関係ないのである。

取り敢えず現時点で確認をした値上げに気が付いた商品はこの麦茶だけだが、これから3月に向かって、アレもコレも少しずつ値上げされていくのではないかという不安に怯えながら毎年過ごすこの春節直後の時期である。

静かな春節

 今日、中国では春節を迎えた。

 中国というか、日本が勝手に過去に太陰太陽暦を捨ててしまっただけで、春節の基準となる月齢上の新月の意味では、日本も中国も関係なく今年2019年は今日2月5日が春節となる。
 日本でも明治5年の改暦まではこの日を春節、つまり正月と扱っていたわけであり、仮に日本が改暦せず現在まで太陰太陽暦を使用していれば、日本も今日が正月として祝われていたはずである。
 以前「春節にあって元日にない根拠」でも書いたが、日本の正月は太陽暦で動く西暦上の1月1日を正月としてしまったために、自然との一体感という意味においてはほとんど意味のない日を正月としてしまっている。

 自国の伝統行事を標榜しながら西洋のキリスト教文化の定めた基準・日付で伝統行事を行っており、非常にちぐはぐな形式文化となってしまっているのである。

 さて、その春節正月の元祖と言える中国であるが、数年前から上海の春節は、非常に寂しいというか静かな日となってしまっている。
 春節の象徴とも言うべき爆竹が上海市内で禁止されてしまったからである。

中国のカレンダーの春節表記

 少なくとも3年くらい前までは春節を迎える夜中の0時頃は激しく爆竹や花火が鳴らされ、まるで「ここは戦地か」と思うほど非常に五月蠅い騒音とも呼べる音が鳴り響いていた。
 
 ところが、中国全土で大気汚染が非常に深刻化していたため、その汚染源の一つとして春節の花火がターゲットにされて、上海市内の外環線内での花火の実施が禁止されてしまったのである。

 本当に花火や爆竹が汚染源として重大であったかはともかく、象徴として禁止されてしまったのである。
 記憶が正しければ、確か2016年頃には上海は静かな春節を迎えるようになっていたという気がする、
 まあ、上海以外の外地や田舎では相変わらず花火が上がる習慣もまだ残っているようだが、上海における花火は過去のものとなってしまった。

 そういう状況の中、大晦日にあたる「除夕」に出歩いても非常に静かで寂しさを覚える。

 地方出身者は田舎に帰り、上海の人は海外に出かけているとされる
 まあ家庭によっては中国版の紅白と言われる「春晩」という歌番組を自宅で見ているらしいが、私は興味もなく中国人の家族があるわけでもないので、日常の延長でYOUTUBEなど動画を見て時間を過ごし、0時を待たずに寝てしまう。

 ここ数年同様に何とも静かな上海の春節である。

 ところが今日になって日本のニュースをチェックしてみると大勢の中国人が長期連休を利用して日本を訪れており、東京タワーが春節仕様でライトアップされたり、日本の銀座が中国人で非常に賑やかであるようなことが報道されていた。
 どうやら上海の春節は日本に引っ越ししていたようである。

カーリングに再び夢中

 特に大きな予定もないまま春節を迎えてしまったが、オリンピック中継の存在に救われている。
 もちろん、昨日のフィギュアスケート男子シングルの羽生結弦選手の金メダルは、中国CCTVのインターネット放送ではあるが、しっかり見届け、感激を覚えた。
 余韻としては今現在も残っており、VPNを繋げば、gorin.jpで競技の様子もフルバージョンで見ることも出来、実際に何度も見た。
 ただ、競技としては一種目であり、長い春節休みをカバーするには短すぎる。

CCTVでの羽生選手の表彰式

 そこで、この休み期間中の私のテンションを保たせてくれているのがカーリングであり、特に女子チームの試合はかなり見ている。
 日本チームも当然見ているが、中国、イギリスのチームは前回や前々回のメンバーがのこっているし、韓国チームも地元ということで注目していたので、試合を見るようになりすっかりメンバーも覚えた。
 もちろん、各チーム美人選手が多いというのもその理由にある。(笑)

イギリスチームのスキップ ミューアヘッド選手

 カーリングの何が面白いかというと、月並みな表現だが一投ごとに局面の変わる戦況と、駆け引きや心理戦が非常に面白い。
 氷上のチェスト評されるほど、スポーツでありながら半分は頭脳戦なのである。

 もちろん、時間制限もあるので将棋のような長考はないが、ポイントとなる場面ではチームメンバーが集まって、色々な可能性について意見を出し合い作戦を決めていく。

 オリンピック代表選手なので、基本的にはみな精度の高いショットを出すが、コート表面の氷の状況など、狂いが生じる可能性がある。
そういったリスクをどこまで織り込んで、次のターゲットを決めていく。

こういった勝負を全10エンド制で行い、攻守を交代しながら点数を取り合ってこなしていく。

ただ、以前「1点をとってはいけないカーリング」で書いた通り、そのエンドで1点をとることが必ずしもプラスにならないため、それを考慮して目の前にある点を取るべきかなどの作戦を立てていくという難しい要素もある。

これが、この競技奥深さであり、面白さとなっている。

 従って、例えばスピードスケートや、スキーの滑降などのように、せいぜい数分で結果の出てしまう競技とは一線を画し、一試合2時間以上かかる場合もざらである。

観る側もじっくりと腰を落ち着けてみる必要があって、それを楽しんでいる。
 ただ、こうやって競技特性を考えてみると、以前のブログでは
カーリングは中国人にも人気が出そうな気がする。

というような記事も書いてしまったが、じっくり考えることのあまり得意ではない中国人たちにはあまり馴染まないような気がしてきた。
 やはり次回の北京五輪が少し心配である。