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上海でムカつく料理の原因は化学調味料

 今日、上海に進出してきている某牛丼チェーンで、すき焼き鍋が安く出ていたので、注文して食べてみたところ、ムカついてしまった。

 ムカついたといっても腹が立ったわけではく、胃が気持ち悪く刺激され吐き気を感じてしまったのである。

 その時点で鏡を見たわけじゃないが、顔も恐らく青ざめ気味になっていたはずで、冷や汗もタラタラのいたたまれない状態になってしまった。
 一応気持ち悪くなった瞬間から食事を止めたので大事には至らなかったが、胃の気持ち悪さは尾を引いた。

 まあ日系チェーンの提供する商品であり、ぱっと見ではあったが食材が悪いということでは無さそうだったし、味もうまいとまでは言えないが、味で気持ちが悪くなるほどではなかったのでそれが原因とは思えるような状態ではなかった。
(ちょっとしょっぱかったが)

 では何が原因でムカついたのかを察すれば、恐らく化学調味料なのではないかと私は推測している。

 私はこの化学調味料、特にスープなどに使われているグルタミン酸の類がとても苦手であり、これらを飲むとすぐに胃がもたれ、ムカついてしまうのである。

 振り返れば日本時代も同様の状況でやはり気持ち悪くなることが多々あった。

 実は日中問わず、割安な外食チェーンを掲げるお店では結構スープの調味料としてグルタミン酸などが使われている。

 例えばしゃぶしゃぶなどもその一例で、よほどの高級店ではない限り、しゃぶしゃぶの鍋の湯には化学調味料が使われ味付けがされており、食べ進むうちに胃が気持ち悪くなり、受け付けなくなるのである。

 そういったお店で食事をするたびに胃がムカつき、顔が青ざめるほど体調を崩すようことになったわけで、最初はアレルギーや自らの体調不良を疑ったが、特定の店舗や料理で起きる現象であったため、調べてみたところスープに原因があることを知ったのである。

 これが昆布などできちんと出汁を取るお店であれば、そういう気持ち悪さは発生せず、おいしく食事がとれるのだが、やはり価格の安い店は総じて化学調味料に頼っており、胃がムカついてしまうのである。

 また上海に来て以降も、そういったスープで気持ち悪くなる体験は何度もしており、最初はやはり体調不良を疑ったが、同じ店の特定の料理で気分が悪くなったことから、調味料を疑うようになった。

 例えば、上海ではしゃぶしゃぶのほかに、デリバリチェーンの「●祥餛飩」のワンタンや、焼き餃子の●海遊龍の酸辣湯など、これらは本来好きな料理なのに何度食べても気持ち悪くなったのである。
 これらは後から冷静に分析すればやはり化学調味料がたっぷり使われたスープだったようなのである。

 逆に、同じように割安であっても、近所のローカルの小さなお店などは、スープを飲んで胃がムカついたような経験は記憶になく、衛生面の心配は多少あっても化学調味料の大量使用ということは無いようである。
 つまり化学調味料に大きく頼らず意外と真面目に料理の味付けをしているようなのである。
(もちろん店によると思われるが)

 こういったことから考えると、上海でも日本でも同じことが言えるが、出汁が主体になっているスープや料理は十分気を付けて店を選ぶべきで、特にチェーン店系のお店は、コスト面から化学調味料の使用が疑われ、気を付けなければならないのである。

 ムカついてからでは遅いのである。


防腐剤は本当に悪か?

 先日、自然食品に関するセミナーや販売を行っている方が、とくとくとネット上で自然食品の大切さを語り、防腐剤の悪影響を語っていた。

 その人によれば、我々が日常に飲んでいる烏龍茶や緑茶などにも防腐剤が含まれており、その防腐剤ががん発症の原因になっているのだという。

 人間は古来から防腐剤など入っていない自然食品を食べてきたのだから、自然食品こそが身体に良いのだというような主旨の主張だったと思う。

 まあ、自然食品が身体に良く、防腐剤ががん発症をもたらす可能性があるという意見自体はそれほど否定すべきものではない。

 しかしだからといって茶飲料などに含まれている防腐剤を全て悪だと決めつけてよいものだろうかとちょっと疑問に思ったのである。

 まともな食品会社なら防腐剤が強すぎたり、品質が悪ければ身体に悪影響を与える可能性があることはよく知っているわけで、それでも防腐剤を使っていることを考えると、防腐剤を使うメリットがあるはずなのである。

スーパーに並ぶ飲料

スーパーに並ぶ飲料

 確かにかの自然食品論者の言う通り、現在市販されている茶飲料から防腐剤を一切排除すれば、社会全体のがん患者の数は減らせるかも知れない。

 しかしながら、自然の状態のままの茶飲料などを飲む場合、腐敗の進行は自然任せなのだから、当然のように腐ったお茶や食品でお腹を壊したり病気を発症する可能性が生まれてくることになる。

 これが抵抗力の低い子供や年寄りであれば当然死に至る可能性も高くなるはずである。

 つまり食品から防腐剤を排除することのトレードオフとして、腐敗した食品で人が病気になったり死んだりする可能性が出てくることになるのである。
 具体的な数字はあまり持ち得ていないが、例えば大自然で暮らすアフリカの原住民たちの平均寿命(余命)は40歳前後と言われ、自然食品だけを食べているはずなのに現代人より長生き出来ていない実態がある。

 特に乳幼児死亡率が高いため、平均寿命に大きく影響を与えているようである。

 これに対して、現代文明に生きる我々、つまり防腐剤の入っている食品を日々摂取している現代日本人の平均寿命は男女とも80歳を超えており、防腐剤の影響で寿命が縮まったとは言えないような状況なのである。

 もちろん日本人は長生きした分だけがんの発症率は高まっているかもしれないし、その原因の一端が防腐剤である可能性はあるのだが、一方で防腐剤などによる腐食防止によって、食品や飲料の安全が保たれ、乳幼児死亡率がかなり低くなっているという事実もあるのである。
 まあ長寿命を支える要因には様々なものがあるから、防腐剤一つを理由に語ることは到底できないが、少なくとも防腐剤がある社会の方が長寿命傾向にあるということはできるのである。

 故に食品への防腐剤を悪とみるか善と見るかは、目先の衛生管理をとるか、数十年後のがんリスクを取るかという二者択一の問題に置き換えることもできるといえる。
 人によっては防腐剤入りの食品によっていたずらに寿命を伸ばすということは自然の摂理に反するから、例え衛生悪化のリスクを負ってでも防腐剤を排除するという考え方もあるかもしれない。
 しかし、もしそこまで防腐剤を悪にする考え方があるとすれば、それは私から言わせれば一種の宗教のようなもので、普通は長生き出来る方法を選択するのではないかという気がする。

 防腐剤を排除してがんの可能性を低減できるには越したことはないが、それによって逆に早死にしたのでは本末転倒なのである。

 現代のまともな食品会社においては、防腐剤の使用は最小限に抑えられているはずであり、少なくともデータ上でがん発生の傾向に明確な影響が出るほどの量の防腐剤使用はされていない。

 近年の自然食品ブームで防腐剤は何かと悪者にされがちだが、適切に使うことによって使わないより現実的な安全性は高くなるというのが実際のところであり、安直な健康記事や自然食品業者の話をただ鵜呑みにしてやたら高い食品などを買わされないよう是非気をつけられたい。

カタカナ代表時代にオリンピックの国旗掲揚はもう不要

 先週からリオオリンピックが始まっているが個人的にはあまり盛り上がっていない。

 まあおおまかな結果程度は、YAHOOのニュースでどんどん報じられるのでそれなりには知っているのだが、どうもそこまで熱くなってはいない。

 寧ろ日本のプロ野球のファイターズの勝敗の方に一喜一憂しているような状態で、オリンピックにはあまり熱くなっていないのだ。

 その一番大きな理由として、テレビ放送を見ていないことが大きい。
 元より日本のテレビを見られるような契約をしていないのだが、中国の放送すら見ていないのである。
 それ故に開会式の中継や映像も全く見てないし、その後の競技もほとんど見てない。

 またブラジルとの時差が(中国と)11時間もあるのも大きい。
 殆どの競技は深夜から朝方にかけて行われるので、とても起きていられないのである。
 それ故に朝起きて、ネットで結果だけをざっと確認するだけのオリンピック観戦となってしまっている。
 
 さて、そんな中で今回のオリンピックでは、日本代表とされる選手たちの質が過去に比べかなり変化していることに気がつく。
 それは何かといえば、選手のボーダレス化である。

 今回の代表選手でやたらカタカナの名前のついた選手、つまり外国人とのハーフ外国人アスリートの活躍が目立つのである。

 昨年のラグビーのワールドカップの時にも既にその兆候は現れており、日本代表と言いながら、リーチマイケル選手とかヘスケス選手とか外国出身の選手やハーフの選手で溢れていたが、今回のオリンピックではさらにその状況が深くなった感がある。

 まずはつい先日柔道90キロ級で金メダルを取ったベイカー茉秋選手で彼はアメリカ人とのハーフである。
 そしてテニスのダニエル太郎選手で彼も国籍は日本だがやはりアメリカ人とのハーフである。

ダニエル太郎選手

ダニエル太郎選手

 さらに現時点で快進撃となっている7人制男子ラグビーもフィジー人2人ニュージーランド人1人が参加している。
 また陸上男子100mのケンブリッジ飛鳥選手と400mのウォルシュジュリアン選手はやはりジャマイカとのハーフであるが日本国籍の日本代表選手である。
 いずれも、日本の学校への留学や両親の血筋の関係で日本代表になったわけであるが、まぁ保守的な古い意識で見てしまえば彼らを日本代表としてしまうことには少々違和感があるだろう。

 しかし、世の中のグローバル化が進むに従って、徐々にかのように人種のボーダレス化が進んでいるのが現実である。
 それ故にプロ野球のダルビッシュ有投手のようなハーフアスリートの台頭や、ローラベッキーといった芸能界のハーフタレント活躍が増えているのが日本社会の実態なのである。

 こういった時代になってくると、恐らく「オリンピック日本代表」というのは、徐々に日本国籍を有する人の代表ということでしか意味を持たなくなってくることになり、個人の国家への帰属意識とは必ずしも一致しなくなるのでは無いかという気がする。

 つまりスポーツ界における国家の存在の有形無実化である。

 先日、今回のオリンピック開催前の日本代表壮行会において、東京オリンピック組織委員会の森喜朗会長が「君が代歌えない選手は日本代表ではない」といった趣旨の発言をしたことが論議を呼んでいたが、こういった代表選手のボーダレス化を見る限りにおいては、どうも時代錯誤ナンセンスな発言のように映った。

 まずそもそもオリンピックの代表選手に国家の名誉を負わせられるほど、国家は選手を育てているのかという疑問が湧く。

 オリンピックに参加する選手の殆どは、個人でスポンサーを得たり、企業が育てたりしているわけで、国家が費用を出してアスリートを養成しているわけじゃない。
 しかも最終的にオリンピックへ派遣する段階でもその多くはIOCを通じてスポンサーが費用を出しており、国は僅かばかりの補助金を出しているに過ぎない。
 にも関わらず、オリンピック代表選手に日本国家代表の命を追わせるのは少々虫がよすぎると思うのである。

 そして、選手の質と育成状況がこういった時代になってくると、表彰式での国旗掲揚や国歌の演奏も少々白々しい印象にも映ってくる。

 選手がこのようにボーダレス化をし、選手育成が国家の命題ではなくなっているこの時代に、オリンピックにおいて表彰式で国旗と国歌というのはどうも陳腐な印象なのである。

 本来オリンピックとは「個人種目または団体種目での選手間の競争であり、 国家間の競争ではない。」とオリンピック憲章に定められている。
 つまり国家は選手取りまとめの役割を担っているに過ぎず、この意味から言えばオリンピック本大会で国旗や国歌を表に出して表彰することが果たして適切なのかという疑問が湧くのである。

 日本のアスリートのボーダレス化やロシアの国家ぐるみドーピング疑惑を受け、そろそろオリンピックの表彰式での国旗の掲揚や国歌の演奏を止めてもいいのではないか、そんな感想を持つようになった今回のリオデジャネイロオリンピックである。