Category Archives: びっくりニュース

豊洲移転問題、実は土も入れ替えていないらしい。

 小池百合子新都知事就任直後に勃発した豊洲新市場予定地の地下の空洞問題だが、先日聴いた日本のラジオでさらに驚くべき情報を耳にした。

 件の安全対策として行われた土の入れ替え工事にかかわったというリスナーからの投稿だったのだが、報道されていないような証言が出てきたのである。

 どういう内容かというと、今回対外的には豊洲の予定地では土壌汚染対策のために2m掘り下げて新しい土に入れ替えたとされるが、実はその新たに入れたと思われる土は掘り起こしたものを薬品処理しただけのものを戻しただけだというのである。

 まあこの証言投稿をした人も、自分の身が可愛いので絶対匿名ということであったので、事実の真偽のほどは分からないが、もし事実だとしたらひどい話である。
 盛り土どころか、汚染土の排除すらも事実上行われていなかったということになる。

 この築地市場の豊洲移転問題は、私も当初からどうなのかなぁと訝しく見ていたが、何だか利権だらけの構造がたくさん露見してきており、ちょっと収拾がつかない状態になっている。
 まぁ850億円もの税金を費やしているが故に、ただ放棄するわけにもいかないのだろうが、このまま安全宣言を出されても移転は無理だろうに思う。

 今回の件で実際の安全性はともかく豊洲のブランドはかなり傷いており、築地のブランドを引き継ぐのはとても難しいと思えるからである。
 東京の人が考える以上に、築地の名前は世界に知れ渡っており、ここ上海でも築地を模した海鮮市場を構築しようと計画が持ち上がるほど、築地のブランドは日本国内外ともに信用が高い。

pic_f030

 そんな築地市場を、移転前からケチがつくような場所に移転させるのはブランドを失墜させるだけで何のメリットもないのである。

 かつて私も豊洲のオフィスビルに短期間だけ通勤してた時代もあったため、豊洲の地名が悪く言われるのはとても心が痛いのだが、それを含めても厳しいと思うのである。

 故に、基本として築地市場は残し、立て替えで凌ぐほか仕方ないのではないかという気がする。

 まあ豊洲の建設費はもったいないが、利用するにしても築地立て替えの際の一時的な仮利用とし、その後は別の利用方法を考えるというのがせめてもの利用策かなという気がする。

 ところで、この問題について元大阪市長の橋本徹氏がやたらと小池都知事に噛みついている情報を目にするが、どうも部外者である橋本氏が絡んでくる姿が不思議でならない。
 この豊洲の地下空間の利権に一枚噛んでいるのか、あるいは大阪で同様の問題を隠しているのではないかと思えるほどの異常な噛みつきようである。
しつこいその姿に、東京の問題なのだから大阪の人にはもう少し静かにしていただきたいと思うのだが、どうして噛みついてくるのかちょっと不思議である。
いずれにしてもオリンピックが4年後に迫る中、いろんなことのタイムリミットが近づいてきており、早い解決をぜひ望みたいものである。


ポケモンGOに見る世界同時流行現象の理由

 日本で先週末からポケモンGOの配信が始まったと話題になっており、日本だけでなく世界を席巻しているとのニュースになっている。

 残念ながら私のスマートフォンはポケモンGOには対応していないようで、インストールできなかったのだが、機会があればちょっとは触れてみたいという気にはなっている。

 ただ、ベースとなっているシステムがGoogleということもあって、中国国内では当面サービスは提供されないかもしれない。

 その代わり似たような紛い物が出回っているとの噂を耳にしたが、まあどんなウィルスが入っているかも分からないので、とりあえずそっちは手を出さないで置こうと思っている。

 ところで、改めて気づいたのだが、ここ数年こういった世界同時多発の流行のような事象が増え始めているという気がする。

 こういった世界中で同じものが同時に流行すると言ったことは、少なくとも私が若いころにはなく、かつては流行の発生が始まった場所からタイムラグがあって世界に広がっていったような状況だった思う。

 FACEBOOKやLINE、ツィッターなどSNS関連も今現在は世界中で使われているが、一挙に爆発的に会員数・利用者数が増えたというよりも口コミでじわじわ増えたという印象が強い。
 ところが最近は世界同時に流行するものが出てきており、自撮り棒ポケモンGOがその代表例である。

 これら二つは国籍や世代などに全く関係なく世界中の人が使っている。

 こういうニュースを聞きつけると、地球上の世界各国というのは実は一つに繋がっているのだなと実感できるし、逆に世界の狭さも感じさせる面もある。

写真はイメージ

写真はイメージ

 とにかく、世界中の人々が同時に一つのことに夢中になる大流行というのはインターネットの無い時代から生きてきた私にとってはとても奇異な風景なのだ。

 しかし、それが現実に起きている

 どうしてこういった世界同時流行が生まれるようになったかを考えると、やはりスマートフォンという共通プラットフォームが世界に行きわたったことが大きいのだと言える。

 当然スマートフォンの代名詞となっているiPhoneの登場が非常に大きく影響しており、iPhoneが切り拓いたスマートフォン市場そのものが、同時に世界共通のヴァーチャル市場のプラットフォームの構築に役立っているのである。

 そういう環境の中、満を持してというか、GoogeleMapのグローバルな世界とリアルな世界を結びつけてエンターティメントしてしまったのが、ポケモンGOという存在だということになる。

 これまでは国家や言語圏などのエリア単位で行われていたマーケット開拓が、スマートフォンというグローバルプラットフォームが準備されていることにより、一挙に世界市場戦略を進めることが可能になったのである。

 もっとも今回のポケモンGOの場合、GoogeleMapという広大なインフラがあっての流行爆発とも言えるので、一般企業のマーケット戦略にはそれほど参考にならないかもしれない。
 しかし、これからの時代の市場戦略は、iPhoneなどのスマートフォンを通じて世界同時進行の戦略プランが可能になったということを示してくれたのが、今回のポケモンGOの流行といえるのである。

日本人が難民になる可能性

 先日のイギリスでのEU離脱に対する住民投票の結果を受けて、日本の橋下徹元大阪市長が、実際に「日本に外国人が大量にやって来たら耐えれるか?」といった趣旨の発言をツイッター上で発信し、論議を巻き起こしている。

 彼の発言の趣旨はEU離脱の投票結果は感情的な非合理な判断だと決めつけている人々を非難するものであり、まあ言っている内容の趣旨は理解できないものではない。

 ただ私なんかは、もう中国に10年もいるので、自分とは違う生活習慣の人々のいる中での生活には慣れきってしまっているので、恐らくは難民が街に入り込んでもさして気にはならないと思う。

 しかし、日本から出たことのない人々にとっては、知らない人々を外国から受け入れるのは、かなり苦痛なことということは理解できる。

 そういった意味で、橋下氏の発言は理解できないものではない。

 もっとも、橋下氏自身は直前まで難民受け入れ論を展開しており、世界に貢献するために日本も難民を積極的に受け入れるべきだと言った発言を何度かしている。
 つまり今回はEU離脱の結果を非難している人々を非難しているだけで、難民受け入れを否定するという意見では無いように見受けられる。
 ただ何れの意見であっても私からすると、ある一つの視点が欠けているように映るのである。

 それは、日本人が難民となる可能性についてである。

 「日本人が難民?何を馬鹿なこと言っているんだ」と言われれるかも知れない。

 確かに、今難民が大量発生しているシリアなどに比べたら、日本は遥かに豊かで政情もそれなりに安定した状態であるわけで、良くも悪くも日本人自身が難民に転落するような状況は想像できない。
 
 じゃあ、本当に日本人が難民となる可能性はないのか?

 この問題を突き詰めていくと、実はもう日本人にも難民となっている人がいるのではないかという思いに至ることになる。

 その一つが震災による避難民の存在である。

DSC06843

 例えば先日の熊本の震災では家を失った人などがピーク時には18万人、震災から3か月近くたっても5千人近くが避難所で暮らしいるとの報道であり、彼らは土地こそ追われていないが、十分に難民の定義に当てはまるのではないか。

 さらに5年前の東日本大震災では最大45万人もの避難が発生し、家に戻れていないと言う意味で言えば、福島の原発事故の影響で現時点でも11万人が避難生活を送り、東北全体でも22万人の人々が避難生活を送っている状況となっている。

 彼らは、日本政府や自治体の手が差し伸べられているとはいえ、自然災害(原発事故は人災の色が濃いが)によって難民となった人々であり、日本国内の難民といえる。

 まあこれらの災害では、今のところ日本の国内だけの相互扶助によって何とか難民の国外流出のような事態にならずに済んでいるが、今後も国内で災害難民が発生した場合に、難民の国外脱出が必要な事態が起きないという保証はない。

 その一つのリスクとして考えられれるのが、以前から懸念されている南海トラフの大地震三連発であり、それに伴う原発事故の誘発発生である。

 南海トラフ地震に関して言えば、過去の発生例から言って、起きるとすると3つの大きな地震が太平洋沿いで立て続けに起きる可能性があるという。

 政府の試算によると、南海トラフで巨大地震が発生すれば死者32万避難者500万が発生するなど言われており、果たして日本国内だけで援助の手が回るのかどうかわからない程の甚大なものとなると言われている。

 さらに福島同様の原発事故が発生してしまえば、少なくとも各原発の周囲100キロ圏程度は人が立ち入れなくなるわけで、避難民はさらに増加するだろう。

 すると、災害難民となった人々が日本国内で収まり切らず、海外へ新天地を求めて移住するなどと言うことも震災発生時にはあり得るのであって、まさに我々日本人が難民となるのである。

 このような際に、もし今のように難民拒否政策を取り続けていれば、「あなた達は過去に難民を拒否して続けてきたから、我々も日本人を受け入れない」ということも十分有り得る話となるのである。

 こうやって考えていくと、上記の橋下発言の受け入れ論・離脱支持論のいずれも同じなのだが、豊かな立場の我々が難民の受け入れに対してあたかも自由な選択権を持っている有利な立場かのような言葉に聞こえ、「明日は我が身」という相手の立場に立った意識を忘れているかの如く映るのである。

 また我々日本人全体の中に、難民と相対的に豊かな立場であることに疑いを持たず我々が難民にはなるはずがないという傲慢な意識を感じてしまうのである。

 本来、難民を受け入れるとかそういった人道的支援というのは、国際貢献とかそんな耳あたりのいい立場の言葉ではなく、「明日は我が身」という意識を持った「お互いさまの精神」で行われるべきであろう。

 どうも日本人は豊かになりすぎたのか、難民に対峙しても「明日は我が身かもしれない」という意識をすぐ忘れるようである。