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大晦日に聴く落語

 もう2017年も残すところあと僅かで、今日とうとう大晦日を迎えた。
 上海にいると、年末年始の特別な雰囲気はなく、たまたま昨日今日が土日で明日が元日としての祝日が有るだけで、仕事納めを経て正月を迎えるという気分にはなりにくい。
 中国では春節の旧正月が正月なので、中国で1月1日は普通の祝日程度の扱いにしかならないのである。
 個人的にも家族をもたず、日本のテレビも見ない環境では盛り上がる必然性もなく、ちょっと不完全燃焼気味な年末を迎えてしまった。
 で、なんとなく気分を盛り上げようと、大晦日ネタの落語を探した。
 昔のツケが普通だった時代に、掛け取りが駆けずり回るのが大晦日で、大晦日を題材にした落語は非常に多い。
 例えばその代表格は有名な「芝浜」で、話の最後は大晦日のエピソードである。
 それ以外にも「掛け取り(万歳)」、「睨み返し」「加賀の千代」など借金取りを押し返す話もある。
 また、話の主舞台ではないが「帯久」という話も、大晦日の忙しい日に起きた事件が話の展開のきっかけとなる。
このほか「尻餅」などという艶っぽい話も有り、大晦日の風景は良く落語に描かれる。
こんな落語を聞いて、大晦日気分に浸るのが精一杯のこの年末である。


日本人が主語を省略する理由

 中国に来てからもう10年以上経つので、中国語での会話もそれなり使えているが、未だに中国語を使うときに抜けない癖がある。

 それは「我」などの主語を省略してしまうことである。

 自分のことを説明する際も、相手に質問する際も、頭の中の日本語の原文から中国語に翻訳して話す場合が少なくないので、そうすると「あなたは行ったことがあるか?」から「あなたが」が抜けてしまい、「行ったことある?」と言ってしまうのである。

柴又の寅さん像

 そういった場合、結構「私?」と聞き返されることがよくあった。

 中国語だと「誰」を言わないと、動作主体が確定できず、相手も一応自分のことだろうとは思いながらも確認で訊き返してくるのである。

 まあ日本語そのものが主語を省略することの多い言語だということが根本の理由なのであるが、私にとっては何故日本語がこのように主語を省略するのかは結構長年の疑問の一つだった。

 で、最近落語を聞いていてよやくその疑問が解けた。

 日本人が主語、つまり動作主体を言わないのは、日本語が動詞部分の言い回しによって主語を言わなくても誰が動作主体か分かるような言語体系になっているからだと言える。

 どういうことかと言えば、日本語は言い手、聞き手、動作主体、男女によって言葉の使い方がそれぞれ使い分けられている。

 尊敬語、普通語、敬語、謙譲語など日本語は相手との立場関係に配慮した言葉のオンパレードで、ここに男らしいや女らしい、若者らしいや老人らしいなどのバイアスが加わったりして非常に複雑に構成されている。

例えば動作主体が自分であれば「する」というところ、「なさる」と言えば、動作主体がおよそ目上の人だと想像できてしまう。

 男女間でも同様で「でしょう」など丁寧な言葉遣いなら女性的、「だろ」などぞんざいなら男性的とおおよその分類が可能で、まあ男女の性別の厳密な区分は出来なくても、大よその性格傾向は類推可能になる。

故に会話の登場人物が限定されていれば、いちいち言葉で主語を言わなくても誰が動作主体かはほぼ確定するのであって、わざわざ言う必要性は非常に少なくなるのである。

このような動作主体による言葉の使い分けが日本語の最大の利点ではあるが、ただ同時に外国人が理解するのが難しい部分でもある。

分かり易い例を言えば、この日本語の特徴を最大限に利用した芸能が日本の落語であり、動作主体によって言葉が使い分けられる日本語で無ければ落語の人物の描き分けは非常に難しく、英語での落語は芸として成立し難しいのである。

英語の場合、演者がいくら声色を使い分けしたとしても、喧嘩のシーンでお互いに「YOU、BAD」「YOU、NO GOOD」などと言っていたのではどちらがどちらなのか分からない結果となってしまうのである。
 これが日本語だと「どうすんのよ」「うるせー」の一言ずつの喧嘩を一人の人間が演じていても男女の喧嘩が成立するのである。

 さらに私もよく中国人たちの日本語文章を直しているが、彼ら彼女らもこの言葉の使い分けに苦労している。
中国人たちが書いてくる文章の中には、時々変に主語をだけを省略し、動作主体や聞き手を考慮しない言葉遣いで書くので、誰に書いている文章なのか全くわからない文章が出来上がってくる時がある。

その場合まず極力主語を省略するなと指導する。

すると全ての文章に主語がついてくるので、これはこれとして日本語としてはかなりうざい文章になってしまうのだが、動作主体がわからないよりはマシになる。

そこから名詞を代名詞へ置き換えたり、動詞部分の言葉遣いを加えながら主語を省略できる部分をみつけたりして、文章を整えていくのが私の指導パターンだが、ここが一番大変な部分である。
日本人にとっては当たり前の文章でも、外国人はどの主語が省略できるのかの匙加減が非常に難しいらしいのである。

日本語側の私が主語を省略する癖が抜けないように、中国語側にとって主語の省略はハードルが高いようで、主語をほぼ必須とする外国語と、省略可能な日本語の言葉のトランスレーションは結構難しいということのようである。

中国のカロリー表示は把握しにくく電卓が欠かせない

引き続きコンビニの話で恐縮だが、長年住んでいても中国の弁当のカロリー表示は非常にわかりずらい。
その第一の要因が、表示単位が日本のようにキロカロリー(kcal)ではなく、キロジュール(kj)(中国語でジュールは「焦」でkjは「千焦」)という単位を使用している点にある。

この二つの単位は互換性があり、

1Kcal=4.184kj

となるので、弁当などのカロリー表示を日本人が理解するためには表示の数字を4.184で割る必要がある。
逆に言うと、通常は日本人の感覚の4.184倍の数字で表示されているわけであり、見た瞬間はとても高カロリーな食品に見えてしまうのである。

さらに、このカロリー表示が感覚的に把握し難くなっているもう一つ要因として、総カロリー表示ではなく、単位あたりのカロリー表示となっていることが挙げられる。

どういうことかと言えば、弁当なら弁当1個分の総カロリーではなく、100gあたりXカロリー(Kj)などというように、単位当たりの表示となっており、総カロリーを知りたかったら表示されているカロリー表示に総重量をかける必要がある。
これが飲料の場合は100mlあたり何kjなどと表示されている。

この点、日本のお弁当などは一食あたりのカロリー、つまりその弁当を食べ切った場合どの程度のカロリーを摂取することになるかで表示されている。
つまりどちらかというと食べる側の立場に立って、ダイエットなど健康管理に役立つ情報として表示されているのである。

それに対して、中国側の表示はどちらかというと、その食品や飲料の質がどうであるかと言った安全情報の一部として表示されているような印象である。
これは法律規定なのか分らないが、中国特有的な表示方法という気がしており、その製品の質を同じモノサシで平等に比べるという精神が働いている。

以前も「日本人的安心感と中国人的誠意感」というタイトルで書いたが、日本はトータルでどのくらいの量や金額かという総量を重要視しているが、中国人はその質がどうかということに重点を置いているようであり、食べる側がカロリーを気にするなら自分で計算しろということのようである、

ちなみに下記の写真はコンビニで買ったサンドウィッチの製品表示であるが熱量は、1011kj、質量が115gのため、キロカロリーに直すと277Kcalという結果となる。

1011kj÷4.184×115÷100≒277.9kal

上海コンビニのサンドウィッチの成分表示

上海コンビニのサンドウィッチの成分表示

同様に下記は日系のキリンのファイアーというミルクコーヒーの表示だが、これをやはり日本風に総量計算すると187kj、440mlなので
187kj÷4.184×440÷100≒196.6kal
となる。

上海キリン・ファイヤーの成分表示

上海キリン・ファイヤーの成分表示

さらに下記はおにぎりだが、鶏肉の大型おにぎりで、同様に総量計算すると917kj、185gなので、
917kj÷4.184×185÷100≒405.5kal
となる。

上海コンビニのおにぎりの成分表示

上海コンビニのおにぎりの成分表示

このように日本的な総カロリーを知りたかったら、電卓を用意してせっせと計算しないといけないわけで、中国でダイエットをしようとする日本人には結構面倒くさい環境となっている。

こうやって考えると中国人たちはまだ割とダイエットに対する要求がそれほど高くないということもでき、それ故に総量表示の要求が高くないのかもしれない。

ところでこんなことを考えるうちに、毎回の計算が面倒になったので、自分でカロリー換算フォームを作ってみた。
まだちゃんとテストはしていないが、順調なら専用ページを作って公開する予定である。

皆さんにも よろしければご活用いただきたいのでしばしお待ちを。

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