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森友学園問題で安倍首相は主犯ではないが主因ではある

 財務省の公文書書き換え問題まで発覚した、森友問題だが今出ている情報を整理すると、どうやら構造的要因によってある意味偶然にこの問題が発生したのではないかと感じている。

 キーワードとしては「内閣人事局」「日本会議」「誤解」の3つである。

 まず、最初の「内閣人事局」だが、これは選挙で選ばれた議員の代表である内閣が、政治主導で行政を行うために準備された組織で、2014年から国家省庁の局長級以上のポスト600余りの人事を内閣が握ることになったとされている。

 しかも、これは形式的な任命体制ではなく、かなり恣意的な官僚人事への介入が政治家によって行われるようになったのである。

 まぁ行政の政治主導という意味では、大枠では正しい方向ではあるのだが、深いところまで介入できるようになったため、逆にニラミが利きすぎて、制度開始以降、あまりにも政権側の恣意的な介入が多くなったと言われ、従来の人事慣例が大幅に崩されてきていると言われる。
 これによって、何が起きたのかと言えば政治家の顔色を伺いながら日常からビクビクしたり、極端な忖度をする官僚が増えたようだ。

 そして第二のキーワードとして「日本会議」がある。
 日本会議とは戦前の明治維新から続く天皇制を中心に据えた政府体制を望む復古的な政治思想の持主の集団だと私は理解しており、安倍首相らがこのメンバーにいるとされている。

 そこへ森友学園の籠池元理事長の登場である。

 籠池氏もやはり日本会議のメンバーだったとされ、当然首相をはじめとする複数の国会議員たちとの交流もあり、そこで安倍首相や昭恵夫人とも懇意になり、学園開設構想を伝え、彼らの賛同を得たに違いない。

 そして、首相やその周辺の人々が学校の主旨を知り、「力になれることがあればいってください」的なことを言ったかもしれないというのは想像に難くない。
 そこで籠池氏から「安倍晋三小学校」という名前を付けたいだのアイデアが出たりしたが、さすがにそれはやりすぎだと言うことで断り、結局は昭恵夫人が名誉校長になるという名前を貸すことで落ち着いたのであろうと推測する。

 そして、ここからが核心であり、「誤解」という第三のキーワードである。

 籠池氏は、もとからあった理想の思想像を教える教育機関設立の為に、日本会議の人脈や、昭恵夫人の看板を活用して行動し、学校開設の為の土地の払い下げや資金調達のために、日本会議で繋がった人脈を精いっぱい利用して役所機関に近づくことをする。

 これらの各国会議員などに役所の担当者を紹介してもらったりする過程で、受ける官僚の各担当者から見れば、籠池氏はVIP待遇をしなければならない存在に映ったであろう。

 さらに、籠池氏にどこまで故意の悪意があったか知らないが、籠池氏が日本会議のメンバーであったり、昭恵夫人が名誉校長を務める学校だという事実をちらつかせる行動が、官僚にとっては、官邸からの要求の無言の圧力であるかのような印象を与えていた可能性があるのである。

 故に、籠池氏は「丁寧に扱うべき大事な客人」ではなく、「首相や日本会議メンバーの要求そのものを語る代理人」だという誤解した認識の上で、交渉が進んでいった可能性があると言える。

 つまり、官僚たちは籠池氏の後ろに首相や官邸の亡霊を勝手に見ていたため、忖度ではなく、籠池氏を通した首相や官邸の指示だと受け取った可能性がある。
 よって官僚たちは「籠池氏の要求を受け入れないことは、官邸側の方針を無視することになるのではないか」とそう捉えていた、そんな気がするのである。

画像はイメージ

 内閣人事局成立以降、人事権を握られている霞が関官僚にとっては、官邸の意向を無視することは居場所を失うことを意味してしまうため、籠池氏の要求は官邸の言葉として受け入れるしかなかったのだろう。

 従って、交渉担当の官僚は非常識な価格だと感じながらも、いざとなったら政権に守ってもらおうと、経緯について政治家の関与をエクスキューズとして記載し、保険をかけた状態で決裁書を上げ、公文書(書き換え前)を残し売却を決めたはずだった。

 ところがである。
 
 籠池氏は、確かに各政治家とコネクションとの繋がりを利用して優遇を求めていたが、かの交渉は籠池氏単独意思による交渉であり、首相らの国会答弁や報道などにより彼の要望には官邸の後押しはなかったことが判明してしまう。

 それどころか、森友問題に関与している自覚のない安倍首相が国会で「わたしや妻が関与していたなら首相も議員も辞める」と言い切ってしまったことで、価格交渉に携わっていた官僚たちは、初めて籠池氏の後ろに安倍首相はいないことに気づかされ、決裁文書にまずいこと記載してしまったなと慌てることになったのではないか。

 つまり、価格決定を記した決裁書は、担当官僚の誤解のカタマリということになり、配慮したつもりが実は暴走状態だったことに気づいたのである。
 よって官邸に首を掴まれている官僚としては、こんな誤解だらけの文書を残してしまうと、値引き理由のエクスキューズどころか、仕事の汚点を残すことになり、慌てて書き換え(改ざん)を決め、関連の文言を削除しようとしたのではないかと推測する。

 しかし膨大な資料の改ざんには時間がかかるため、恐らく当時の佐川理財局長が麻生大臣に大まかな事の次第を説明し、資料は削除されたということで当面の時間稼ぎをしたのではないか?

 そして理財局から距離を置くために佐川氏を国税局長官に転出させ事態が鎮静化するのを待つ戦略を取ったのだろう。

 この目論見は、約一年を経て改ざん後の資料をリークすることにより、見事達成されたように思われたが、先日の朝日新聞の蜂の一刺しにより脆くも崩れ、さらには自殺者も出てしまったため状況は混乱に陥ちいった。

 この間、恐らく安倍首相については、察するに確かにかつて学校開設の主旨には賛同した経緯があるものの、具体的な土地取引や許認可に関して全く関与していないようであり、この点に本人の答弁には嘘がなかったのだろうと思われ、本人の知らないところで起きた事件なのだろうと推測する。

 また籠池氏からの値引きの要望も確かにあったものの、それは詐欺というほど悪質な押し込みではなく、官僚側の勝手な誤解による特別対応だったという気がするのである。
 故に異常な値引きが発生したのも、不正な書き換えが発生したのも、恐らく見えない官邸の圧力を感じた官僚たちが暴走した結果なのではないかと察する。

 こう整理してみると、確実に罪と呼べる部分は官僚側の公文書書き換えであり、虚偽のごみ処理費の計上などであるが、安倍首相や麻生大臣の直接の罪状は存在しないだろう。

 ただ、構造上の発生要因を探れば、安倍首相や官邸が官僚達に圧力を強くかけすぎている状態が、保身や政権を守るためには犯罪すら厭わないという官僚たちの思考を生み出している要因になっており、そこにたまたま籠池氏のように首相の仲間のように見える存在が紛れ込んだ結果、上記のような犯罪が引き起こされてしまったのだと思われる。
 故に、この森友学園問題において安倍首相自身は犯罪を犯してはいないかもしれないが、犯罪を発生させた主因は安倍政権の振舞いにあると言えるのである。


海外生活者にとって二重国籍問題は他人事ではない

数年前から騒がれていた蓮舫氏の二重国籍問題だが、実際海外の最前線にいる身としては政治的影響云々以前に、かなり身近な問題であり他人事ではない。

 私自身は未婚であるため現時点では子供の国籍で悩むということに直面してはいないが、外国に住む身としては、将来国際結婚をする確率は日本国内にいるときより遙かに高く、子供が出来ればやはりその問題に直面するのである。
 
しかも上海など中華圏にいる限りにおいては、蓮舫氏の両親と同じように台湾人や中国人などが配偶者となる可能性は非常に高く、やはり日本と中国・台湾間の国籍関連の法律手続きは気になるところである。
実際、私の周囲には日本人夫婦として中国に来た場合を除き、独身状態で来た場合は国際結婚に至っている場合が非常に多く、当然の如くその子供について皆さん国籍の選択や手続きについて悩んでいる。

写真はイメージ

まあ国籍選択そのものについては正式な統計を見たわけじゃないが、伝わっている話を総合すると大半は早期に日本国籍を選択している。

これは日本の国籍を選択した方が、国際的に入国できる国が多いのと、日本人学校の入学条件として。日本国籍かつ親が労働ビザを持っていてその家族の資格であることが条件になっていることが影響していると推測する。

いずれにしても手続きが煩雑であり、皆さんいろいろ苦労されている。

それでも生まれた場所が日本国内であれば日本国籍を選択することに関しては、手続きは比較的簡便だと聞く。

ただ問題なのは中国で生まれてしまった場合である。

中国では二重国籍を認めていなので、外国人同士の夫婦間で生まれた場合を除いて、取り敢えず中国に出生届を出さなくてはならず、自動的に中国の国籍を持つ子として登録されてしまう。

そして合わせて日本の大使館・領事館に出生届を出せば、両方に国籍がある状態が成立してしまうのである。

この二重国籍状態は二十二歳になるまで許されており、二十二歳になるまで国籍選択届を出すとされている。
で、これが蓮舫氏に実際発生した状況とも共通するのだが、日本で日本国籍選択届を出したとしても、自動的にもう一方の国の国籍離脱とはならないのである。

つまりもう一方の中国や台湾の国籍の離脱手続きをしなければ、その国においては籍が残ってしまうことになる。
ただ、そのような籍が残っている状態でも、日本国籍を選択したならば日本国内で生活を続ける限りにおいては基本的には何ら支障がない。
 蓮舫氏の例にみられるように、選挙に立候補して公職に就くことも出来る。

 問題があるとすれば、籍を取り消していないもう一方の国へ入国するための居留ビザなどを取る場合である。
 この件、台湾の状況は詳しくないが、中国の場合は、日本人学校への入学などの目的で外国人として居留証を取ろうとすると、中国籍の離脱を求められてしまうのである。

 ただこういったビザを必要としなければ、両方の国のパスポートを持ち続ける場合もあるようである。
つまり、それぞれの国へ戻る時にそれぞれの国のパスポートを使って入国するようなケースであり、その便利さ故に意図的に国籍を離脱しないという人もいないとは言えないようである。

しかしながら大抵の場合は、国籍国へ生活の拠点を固定するので、取り消さなければならならない国家に戻って鉄続きをすることは非常に面倒ということもあって、怠る場合が多いと推測される。

 今回の蓮舫氏の件においても、この取消手続きが終わっていると本人は思い込んでいたが、結局は手続きが行われていなかったところに問題があったとされる。
まぁ彼女は国会議員や野党党首という目立つ立場に立ったため、より強く批判にさらされるわけになったのだが、実際の法手続きの現状や面倒臭さを考えると彼女の手続きミスを責めるのは少々気の毒に思える。

ところで、この件に関して、蓮舫氏はスパイだのなんだのと必要以上に酷い言われようをしている。

個人的に蓮舫氏を政治的な意味で肩を持つということではないが、スパイ呼ばわりまでされている状態は、国際結婚夫婦やその子供に対する酷い偏見と差別に他ならない気がする。

もちろん、実際に彼女が他国のスパイでないという証明は非常に難しいことではあるが、本物のスパイなら、一般的に考えて二重国籍(相手国の国籍取消忘れ)など分かり易いミスを残さないであろうに思う。

 もし他国がスパイとして送り込むなら、彼女のように手続きに問題が残る人物より、完全に帰化した人物や二重国籍を解消したよう人物の方が疑われる点が少なく使いやすいように思うのである。

更に言えば最初から日本国籍である人物を利用した方が遙かに怪しまれにくく、恐らくそういう人物を利用するのであり、手続き漏れをしているような人物はスパイとしては使えないだろうに思う。

いずれにしてもあのような彼女への差別的な言葉は、海外で暮らしたり国際結婚をした者にとっては他人事では無いのであり、我々の帰国後や自分が国際結婚をした際の子供が日本社会でどう扱われるかの切実な問題なのである。

統計によれば日本人と外国人との国際結婚は、現在は以前より減ったもののここ20年を均せば3~6%程度が国際結婚であった。
つまりその夫婦が日本人夫婦と同じだけ子供を生んだと仮定すると、学校のクラスに必ず1人や2人がハーフの子がいる状態が日本の現状であり、レアケースでは無くなってきているのである。

しかしながら国家間の関係の問題もあって、手続き上の煩雑さは相変わらずであり、社会の理解も一向に進まないどころか、蓮舫氏への批判に見られるようにその存在への反発の方が強くなっている印象さえあるのである。

 こういった現状や、手続き上の複雑さ、さらには差別的な言葉を見るにつけ、本来は一人の人間として何の価値も変わらないはずなのに、何故に後からつけられた国籍などという記号に悩まされなければならないのか、非常に疑問を感じるのである。
 

戦勝国になってしまった中国のモヤモヤ

 日本では8月15日が終戦記念日となっているが、国際的には9月2日が日本の無条件降伏受け入れ調印日となっている。
 あれから70年以上が経過したが、中国ではいまだ反日の根っこがくすぶっており、例えば日本とアメリカ、日本とイギリスのような友好関係には戻っていない。
 ともすれば、戦争の謝罪などを求める論調もいまだ出てくる。

 まあアメリカや欧州諸国と違って隣国という要素が、近親憎悪的なものを生み出しているとも考えるが、どうも違う気がする。

 どうしてかの隣国にはこういった反日的な思想が残っているのかと考えたところ、実は期せずしてなまじ戦勝国側になってしまったことが原因の一つなのではないかと考えた。

 日本は第二次世界大戦で周辺諸国と戦争を行なったが、結局最終的に日本を降伏に追い込んだのはアメリカであり、プラスでイギリスとロシアなどもいたが、これらの国の攻撃に屈した結果、日本は無条件降伏を受けいれることになったのであり、中国に追い詰められた結果ではなかったというのが私の認識である。
 しかし、この無条件降伏によって、日本は同時に中国戦線からも撤退することになったため、結果として中国(当時は国民党の中華民国)が戦勝国側の国家となった。

 中国にとってみれば、形として戦勝国側とはなったものの、日本との直接の戦闘において目に見える戦果によった結果ではないため、自国が勝利したという自尊心がないままの勝利だったと思われる。
 しかも当時は、国民党、共産党、日本という三つ巴の複雑な戦線が存在しており、中国として一つの国としての統一感に欠けた状態で、各勢力の陣取り合戦が行われていた。
この状況にあっては、日本が降伏したといっても、三つ巴に中から一勢力が退場することになっただけで、中国という国が日本に勝利したという安堵感が得られるような状態ではなかったと思われる。
故に日本が退場した後も混乱は収まらず、そのまま国共内戦に移行し、日本がいなくなっても中国国内は平和な状態にならなかったのである。
 このような状態の中で、上記の休戦の調印式にこそ中華民国の代表が参加したが、後のサンフランシスコ講和条約の際には、国共の代表者とも呼びにくい状況のため招請は見送られた経緯があり、交戦国でありながら、なかなかケリがつけられなかったのが日中間の戦後である。
 そして今度は朝鮮戦争が勃発し、再び中国は北朝鮮の後ろ盾として戦争に参加することになり不安定な時期が続いてしまうが、一方で日本はこの朝鮮特需を起爆剤に高度成長を遂げることになる。
 つまり戦勝国側になったはずの中国がなかなか戦争状態から足抜けすることができずにもがく中、敗戦国となったはずの日本が急速に復興していき国際的評価を取り戻すことになるのである。
この敗戦国である日本が復興していく様は、中国としては何とも理不尽な状況として見ていたに違いなくモヤモヤ感がたまっていただろうに思う。
 この状況を受けてかどうかは分からないが、中国は改革開放のあと、急速に日本の後を追いかけることになる。
五輪、新幹線、万博、高速道路、宇宙開発と日本の戦後発展をコピーしたかのような開発を行い、敗戦国であるはずの日本に負けじと発展を目指すのである。
恐らく、この中には日本に嫉妬に近い感情というか社会学でいう相対的剥奪感があったような印象で、それが負の形で出たのが反日感情であり、何とか戦勝国側として敗戦国より心理的に優位なポジションに立ちたいがため、日本の過去の傷を蒸し返そうとしていたのだという気がする。

これがもし、かの戦争で中国軍が日本軍を戦争によって撤退させていたり、あるいは戦後の発展が日本と同等かそれ以上のスピードで進んでいたなら、今のような反日感情は生まれなかったような気がするのである。
実は隣国韓国の反日感情もほぼ同様の理屈で生まれているような気がしており、植民地宗主国の日本を、朝鮮民族の手で追い出していたなら今に至るような状況は生まれず、朝鮮戦争で国土が荒れ発展が遅れなければ反日感情もここまで遺恨を残すことにはならなかったという気がするのである。

ところで、日本は第二次世界大戦においいて南方戦線でも戦ったはずだが、東南アジア諸国が隣国2国のように反日感情をあまり残していないのは、現地の人々とあまり直接戦っていないからであろうからに思う。
かの戦争の敵国はイギリスやオーストラリア、オランダであり、東南アジア地域は戦場になってしまったのでそれなりの戦禍を残してしまったものの、直接の対戦国ではなかったのである。
もちろん一部の右翼が言う大東亜戦争はアジア諸国を解放するために戦ったなどという理解は詭弁に過ぎないが、東南アジア相手に直接戦ったわけではないので、先方地域には日本が敵国という強い意識は残らなかったのだと考える。
台湾も同様で、日本の植民地となった経緯も日清戦争による移譲であり、直接の戦地になっていないのである。
まあ大陸から逃れてきた国民党が実権を握った際に、戦時中の敵対関係の影響もあって反日的キャンペーンがかなり行われたようだが、台湾人そのものには大陸のような強い反日意識にはならなかったのは、やはり直接戦ったわけではないからであろうに思われる。
しかも戦後も台湾は戦地にならずアメリカの保護もあって発展が余り遅れなかったこともあり、日本に対して反日感情を醸成する要素は少なかったのだろう。

 先日の舛添問題を見ればわかるように相対的剥奪感というのは強い反発を持つ要因となるわけで、中国が経済規模で日本を追い越す規模にはなりながらも、未だに反日感情がくすぶっている状態というのは、戦勝国側として満たされていないモヤモヤが内在しているに他ならないような気がする。
 今後中国がいかにその満たされないモヤモヤ部分を解消するかは非常に難しい課題であるが、中国に10年も住んでいる日本人として、ぜひ何か良い解決策を探りたいものである。