Category Archives: 健康のこと

誕生日を祝う意味

 今日はある友人の誕生日である。
 その友人は物理的にそばにいる人間ではないので、おめでとうのメッセージだけ送った。

 若い頃はともかく歳を経てくると、誕生日を祝われることを遠慮する人もいるが、やはり誕生日を祝うということは大事な意味があり、祝うだけの価値があるのだと思う。

写真はイメージ

 それは「生まれてきておめでとう」という意味より、今年も「無事誕生日を迎えられてよかったね、また来年も無事誕生日を迎えられるようにまた1年頑張りましょう」という意味があるからである。

 例えばその友人も、決して体は強くなく幾つかの持病的なものを抱えていることを聴かされており、まあすぐに命がどうのこうのではないものの、常に健康問題には悩まされている。
 またつい10日ほど前に友人の祖母が亡くなったということで、相当気分が落ちこんだ状態のようだ。

 さらに、飼っている犬も老犬でかなり弱ってきているとのことで、もうそう長くはないだろうと言われており、これも気持ちを悩まされている要因となっている。

 このように命がある時は当たり前のように感じてしまう存在も、やがてはいずれ去り行くものと考えれば、無事誕生日を迎えられたことは、貴重な祝うべきことなのような気がする。

 私自身の周囲でも、同級生など同世代の人間がこれまでの人生の中で何人か亡くなっており、私が無事に今生き残れているのは、幸運だと感じている。

 また、恐らく自分の人生の折り返し地点は過ぎていると考えれば、自分の残りの人生とてかなり限られたものであるわけで、その1年1年が無事でいられるかどうかは神様のみぞ知るところである。
 そういった存在の当たり前さが当たり前ではないと気づけば、やはり誕生日は祝う意味があるのだと思う。

 誕生日おめでとう!


 

タワーマンションだと子供の成績が伸びないらしい

 先日、ある家庭教師の方のブログを読み、ちょっと驚きの現象があることを知った。
 タワーマンションの高層階に住む子供は成績が伸び悩む傾向にあるらしいとのこと。

タワマン上層階の子「成績は低迷」の理由

 その要因として、そのブログの筆者は高層階における環境の刺激の少なさなどを理由に挙げている。
 高層階は確かに窓から景色も良いし、地上近くの雑音も少ないので勉強の環境にはもって来いのような印象に映るが、実は逆にこの刺激の少なさが成長における体験の機会を奪って刺激への反応が鈍くなってしまうとのこと。

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 またタワーマンションの高層階では窓をほとんど開けられないし、木々のざわめきや鳥の鳴き声、虫、日の角度など主に地表近くで起きる四季の変化を感じにくくなり、感受性を育てる環境に不足があるのだという。
さらにエレベーターという移動障害が存在するために、外出するのもおっくうになり、外で遊ぶ機会もますます減り、砂場遊びや石ころ遊びをしなくなるため物の数に対する自然体験がなくなり、これにより足し算引き算の意味することが概念的に理解できないなどということが起きると、このブログには書かれている。

 またエアコンによる室温コントロールが行われてしまっているため、「寒い暑い」の刺激も不足し、この環境の安定は実は集中力をもたらすのではなく、やはり刺激不足で集中力の持続に影響を及ぼすのだという。

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 つまり大人には快適に見える環境も、未成熟な子供たちにとっては成長段階において生きるために心身に刻み付けるべき学習要素として必要な刺激を受けられないため、脳が学習できないことになってしまうようだ。

 このほかタワーマンションでは、ガス事故を避ける意味もあってキッチンのIH化が浸透してしまっているため、火を全く見たこともない子供も少なくないという
 これにより、煙などといった命に危険を及ぼす存在を察知する能力さえ衰えてしまっている可能性があるという。
 
 我々大人はそれまで生きてきた経験則や体験によって何が快適かそうでないかを知り、その経験や社会知識によって危険を回避したり、環境を快適に整えたりしているが、経験を経ない子供に同様の環境を与えても、決してプラスにはならないようなのである。

 まあこのことだけで、タワーマンションの存在をいきなり否定するわけではないが、大人が良しとする快適な環境が必ずしも子供にとってプラスなわけではないとは言えるということになる。
こういった視点は街や社会を進化させる上で見逃してはならないポイントのようだ。


 

晴れない上海の冬

 例年のことではあるが、上海の冬の空は関東の冬のように晴れてはくれない。
 どちらかというと日本海側のごとく、曇った天候が続きぼんやりとした天候が続く。

上海の空

 気温も上がらず1ケタ台の気温が続くので、日照時間の少なさも手伝って毎日寒々しい思いで過ごさなければいけないのが、上海の平均的な冬の顔である。
 暦の上では既に立春を過ぎ、春節も過ぎ去ったというのに、春という印象からはまだほど遠い。
 この2週間ではっきりした青空が覗いたのは1日くらいしかなかったのではないだろうか。

 大気汚染という要因も確かにあるにはあるのだが、雨の日などは汚染物質の値は低く、視界の悪さは汚染物質だけではない要因であるようで、この地域の持つ気候環境がこの寒さや陰鬱さをもたらしているようだ。

 その割には以前「上海人はあまり脱がない」で書いたように、ストーブなどの暖房器具などをほとんど利用しないのがこの上海地域の特徴でもある。

 このような気候が続くと、当然行動力は鈍くなるし、気持ちも重く成る、

 医学の世界では冬季性うつ病という言葉もあるように、太陽光を浴びる時間が少なくなるこの季節は、うつ病に近い心理的状態になる人もいるようだ。
 そのための治療用ライト(照明)なども世の中にはあったりする。

 まあ私とて、底の底まで気持ちが落ちているわけではないが、やはり決して爽快な気分でこの気候を過ごしているわけではない。

 音楽などを聴いて意図的に気持ちを前向きに持ち上げたり、外出機会を増やして引きこもりにならないよう努めているが、やはり気持ちは重い。
 関東で育った人間にとって冬は寒いが、空は青いのが当たり前なので、この重い空は結構堪える。
 晴れた青空が待ち遠しい今日この頃である。


<目覚まし用ライト>