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プチ断捨離中

気候が涼しくなってきたので、いずれ帰国することを視野において、部屋の中の整理を始めた。

といっても、いざ帰国となると生活道具の類はほとんど持って帰れないので、どちらかというと必要なものだけを残しているという感じで、あらかたどんどん捨てている。

 いわゆるプチ断捨離中である。

画像はイメージ

 とはいえ、もともと散らかっていた部屋なので、それを正常な状態に整理するだけでも大変な作業となっている。
 まあよくテレビで紹介しているゴミ屋敷まではいってないが、予備軍と言われても仕方ない状況ではあったので、まずはそれを一般の人が見る正常な状態に戻すことから始めている。

 昔もらった名刺などを後生大事に保管してあったが、名前を見ても分からないような関係の人のものがほとんどなので、どんどん捨てた。
 古い靴や、相方を見失った靴下、昔飲んだ薬の残りなども、何故かなんだか捨てられずにいたものも、どんどん捨てている。

 このようにここ一週間くらい毎晩のように作業しているが、まだ3割程度しか片付いていない。

 それでも3割の効果は出てきており、部屋の中は少しずつすっきりし始めた。
 なかなか最終形は見えてこないが、すっきりしたスペースは増え始めている。

 ただ、上海にいる限りは使い続けるような身の回り品もあるので、それらは捨てるわけにもいかず、整理した状態で保留している。
よってそれらを除いて、帰国することになったら持って帰りたいものだけを除いてどんどん捨てている。
これらがおおよそすっきりした状態で、未来の行動を選択するのかなという気分になっている。

 そう思うと、現段階では身軽だというにはほど遠い状態で、一人の人間が生活するということは、非常に多くものを身の回りに抱えて生きているのだと気づく。

 13年前に上海に来た時はスーツケース+α程度だったのだが、今の荷物はスーツケース換算でも10個以上は軽くあるのではないだろうか?
 帰国するにしろ、残留するにしろ一旦身軽になった上で、次を選択しようと思っている。

ようやく開通する東京外かく環状線

今日、東京の外かく環状線(外環)の千葉区間(三郷南~高谷JCT間)がようやく開通する見込みになった。
私が生まれる前の1969年の都市計画決定から実に約50年を経てのようやく開通となる。

地図が好きな私はそれこそ物心ついた時から、地図を眺め、常磐自動車道の最初の区間の開通から三郷で接続する外環の開通を心待ちにしていた。

私の高校の時の自由研究のテーマも、高速道路のランプやインターチェンジについてであり、当時日本一大きいと言われた三郷JCTの複雑な形状を何度も何度も手書きで再現して、楽しんだりしていた。

さらに手元で楽しむだけでなく、休みの日には地元から自転車を飛ばして現地まで三郷JCTを見学しに行ったこともあった。

そのくらい建設を楽しみにしていた外環であったが、埼玉区間が1992年に開通して以降、全く進む様子が見えなかった。

特に外環の千葉区間に関しては計画発表以来、松戸市や市川市の住民の反対が激しく、待てども待てども計画が全く進まない状況になっていた。

そしてその後地元からルート変更案が提案されるなど、かなりの紆余曲折を経て、結局は当初の高架案から掘割スリット方式に変更され、開口部以外は植樹されるなど環境に配慮した街路整備が行われることで建設が進むことになった。

しかし、建設計画変更でようやく整備が進められるようになったが、それでもまだ10年以上も開通がいつになるか分からないような速度でモタモタ整備をやっていた気がする。

 私は就職した後の頃、既に運転免許を取っていたので、何度も建設予定地の周りを見学しに行ったことがあるが、なかなか遅遅として進まない雰囲気だった。

 結局開通に向けての最後の後押しになったのは、震災復興の大義名分のもとに、東京オリンピックの開催決定であった気がする。

 つまり、オリンピック開催時に東京都心への流入を回避しつつ、成田からの首都圏各地への移動手段を確保する意味で、この外環の千葉区間は重要になったのである。

具体的には、東関東自動車から直接繋がる東京の湾岸部にはオリンピック会場が集中しており、このエリアに通過交通が流入することを避けるため、高谷JCTから首都圏北部に交通量を逃すことは非常に意味があり、必要な路線になったのだろう。

また埼玉スーパーアリーナや、埼玉スタジアムなど都外の会場も外環沿線にあり、都心を通過せず成田から交通を流すことが可能になる。
 つまり、今回の外環の千葉区間の開通は、東京オリンピックに向け成田空港方面と首都圏北部や放射高速道路との連絡手段を向上するために、完成が促進されたのだと思う。

2020東京五輪会場と外環開通区間
引用元

まあ事情はともあれ、計画発表から50年を経てようやく開通の日を迎えた外環建設の歴史を見渡すと、自分の人生を振り返るようで感慨深いものがある。

今は上海にいるので、しばらくこの区間を走る予定は当面ないが、日本に戻った時に開通区間を確認しに行こうと思っている。

まずは開通おめでとう!

スマホ撮影に夢中な人たちは損をしている。

 上海に来て10年以上たつが、最近ようやく上海のコンサートに定期的に足を運ぶようになった。

 まあ、昔のような激しい頻度ではないものの、1~2か月に一回という割りと普通の人よりは多めの回数になったのでは無いかと思う。
 それというものの、演奏会によっては結構安くチケットが手に入ることがわかったからである。

上海東方芸術中心外観

 特に東方芸術中心の上海フィルハーモニーの若手の指揮者の回だと100元とか50元(=約850円)とかで売り出されている場合があり、そういうのをうまくチョイスして通うようになった。

 まあ若手の指揮者の場合、深みや味わいという点では巨匠たちに比べ劣るものの、素質は十分で優秀なためスマートな演奏という意味では十分聴き応えがあり、コストパフォーマンス的には十分すぎるくらい堪能できるのである。

 で、このように貴重な機会を得て、コンサートホールに足を運ぶ習慣が復活したのだが、やはり気になるのは観客たちのマナー水準である。
 以前は演奏中おしゃべりや雑音、座席移動、拍手などかなりひどかったが、最近ではこの点では以前よりかなり向上している。

 ただ、そういった部分のマナー向上に反比例して目立つようになったのが、スマートフォン関連のマナーの悪さである。

 一応会場では、演奏中の撮影・録音を禁止する旨のアナウンスや掲示があるのだが、中国人聴衆たちは気にせず係員の目を盗んで、写真や動画の撮影などをちょくちょくやるのである。
 先日など、演奏中にフラッシュを焚いたおばさんがいて、こちらはドン引きして振り返ったのだが、本人は意に介さないようだった。

 また演奏の動画を撮影して、その場で再生をして音を出したというとんでもないおばさんもおり、スマホの機能向上によってもたらされた酷いマナーは後を絶たない。

 この点、今の日本のコンサート会場の現状がどうなっているかわからないが、少なくとも都心の主要コンサートホールで行われるプロオーケストラの演奏会ではそんなことはないのではないかと察する、
 まあ、演奏中の写真撮影などは他人に大きな迷惑をかける行為ではないものの、肖像権の問題もあるし、背後の聴衆にとっては暗闇の中で光る液晶画面が気になり、集中力がそがれるのである。

 
 しかし個人的にはそういう迷惑の有無や著作権の問題を抜きにしても、聴衆は演奏中の録音や撮影はやめたほうがいいと強く思っている。

 まず第一に、演奏中に録音や撮影に気を取られることによって生演奏の空間を体験するという貴重な時間が失われるからである。

 自宅でCDなどもメディア再生による音楽を聴くのと違い、瞬間瞬間の命を持った音楽を会場空間の響きとともに味わえる時間というのは、人生や生活の中で貴重な体験であるはずで、その時間を撮影や録音作業に気を取られることによって失うというのは非常に勿体ないのである。

 CDの音楽のように何度も聴ける響きならば、気の済むまでやり直しが利くが、生の音楽はその一瞬だけなのである。

 そしてその空間にお金を出してわざわざ足を運んで訪れたのに、演奏中に録音や撮影に気をそらすとは私にとっては何とも勿体ない行為に映り、彼らはとても損をしているように映るのである。

 さらに第二の理由としてどんなに高性能のスマホのカメラや録音機能であっても、そこで撮影・録音されたものは、ほとんどゴミのような写真・音にしかならず、プロが撮るような綺麗な状態にならないからである。

 マイクを立ててバランスよく録音できるわけでもなく、きちんと露光を測った撮影が出来ない状態では、ロクな録音や写真が期待できるわけがなく、そういったものは結局ゴミデータにしかならず、見返したり聞き直したりすることはほとんどないのである。

 故に、どうしてもコンサート会場に来た記念が欲しければ、演奏会の前に自撮り写真などを1~2枚残せば、おおよそ事足りる。

 もちろん演奏会終了後でもいいが、演奏会後は音楽の余韻を味わう時間であり、私はその余韻を抱いたまま自宅に帰り寝たいので、写真云々に気を使いたくなく写真を撮ることはほとんどない。

 そのため、記念撮影的な写真は演奏前に済ませておくのである。
 
 現在は録音媒体技術が発達し、自宅や地下鉄などの移動中にも気軽に音楽を聴ける環境があるので、我々はついそれをコンサート会場に持ち込んで、演奏者を前にしても気軽な態度で演奏を聴いてしまいがちになり、ついついスマホに手が伸び撮影などを行う人もいる。

 しかし、それはライブ会場での体験の貴重さを考えると非常に勿体ない行為であり、お金を出して会場に足を運んだのに損をしていることに気付いてほしいのである。

北海道日本ハムファイターズの日本一とラジオの野球実況技術の高さ

 一昨日、日本のプロ野球の日本シリーズで見事に北海道日本ハムファイターズが勝利を決めて日本一に輝いた。
 実に10年ぶりの日本一であり感慨ひとしおである。

 この一週間は日本シリーズのおかげで、いろんなことが手につかなくらい日本シリーズに集中していたので、ある意味やっと解放されたともいえる
 
 実はちょうど10年前の優勝の際に、私は上海にやってきており(正確にはまず蘇州に行った)あれ以来の日本一ということになる
 それ故にこの10年という長さはちょうど私が上海で過ごした時間と同じことになる。

 当時はたぶんテレビの実況中継も見てないし、インターネットの速報で優勝を知ったようなことだったと思うが、ファイターズの日本一を知って始まったばかりの上海生活の心を引き締めたような心境だったような気がする。

 で、あれから10年が経ち、相変わらず上海にいる私は未だ日本のテレビとは縁遠い生活を送っている。
 有料の海外テレビ視聴サービスも身近で提供されているのだが、コストが高いのと、日本のテレビを見始めると結局自分が怠惰になるだけなので遠ざけてきており、視聴サービスは一度も契約しないまま10年が過ごしている。

 どうしても見たいサッカーの試合などがあるときは、テレビ設置の日本料理屋などにいけば事足りたのである。

 その後VPNには加入したので、日本のパリーグテレビくらい入ってもいいかなと考えた時期もあったが、仕事や時差の関係上毎試合見られるわけでもないので、コストパフォーマンスを考えやはり見送った。
 で、結局残ったのが日本のラジオのインターネットサービスである「ラジコ」であり、このラジコを通じて日本のラジオの野球中継を聴くことにしたのである。
 
 でラジオの実況中継を聴いていて改めて感じたのは日本のラジオ実況の技術の高さである。
 ラジオなので当然音だけなのだが、会場の雰囲気から選手の動きまで手に取るようにわかるように実況され、選手の表情から天候、守備体形までが詳しく説明される。

 そしてその合間合間に解説者の解説まで織り込んで放送するのだから下手にテレビで見るよりわかりやすいのである。

 むしろテレビの実況のほうが映像に頼り切ってしまい、時には緊張感に欠ける実況が行われることもあり、盛り上がりに欠ける放送が行われる時がある。

 その点、ラジオ実況は一球一球耳が離せず、緊迫するので試合が動いたときの緊迫感や盛り上がりがひしひしと伝わってくる。

 まあ野球という競技自体が比較的定型的な動きの繰り返しなので、比較的説明が容易というのもあるかもしれない。
以前サッカーのラジオ中継を聴いていたこともがあったが、まるで場面が想像できずもどかしさばかりが募ったのを覚えている。
その点、ラジオ実況を聴いている範囲ではもどかしさを感じないほどに、状況が理解できるのである。

 こういったラジオ実況の技術のおかげで、今回の日本ハムのペナントレースやCS、日本シリーズにいたるまでライブはすべてラジオで聴いていた。

 まあ、どうしても映像で見たくなったシーンなどはYAHOOやYOUTUBEに上がってきたもので確認しており不足はない状況になっていて、ライブで映像を見たいという欲求はそれほど高まらずに済んでいる。

 ただまあ、映像で見たい欲求はそれほど高くはないが、スタジアムで一緒に応援したかったという気持ちはちょっと残り、日本一はうれしいがちょっと今後どうするべきかを悩んでいる。

 とにかく北海道日本ハムファイターズ日本一おめでとう。
 

悲しき乳牛の一生

我々人間は多くの人が牛乳や乳製品をほぼ毎日口にする生活を送っているが、その向こうでミルクを供給する乳牛は、人間にミルクを提供する工場となり、悲しき「人生」ならぬ「牛生」を送っていることを先日知った。

当たり前の話だが乳牛がミルクを出すのは本来仔牛に与えるためであり、そのためミルクを体内で生産する状態になるためには当然妊娠しなければならない。
故に乳牛となる牛は生まれてから24ケ月目の頃に人工受精させられ強制的に妊娠させられることになる。
そして10ケ月の妊娠期間を経て仔牛を生むことになり、そこから仔牛に与えるためのミルクの生産が母親牛の体内で始まることになる。

ところが乳牛として仔牛を生んだ母牛は、実の子供にミルクを与える機会はほとんどなく、仔牛は代用乳や人工乳で育てられるのだという。
で、乳牛の生産するミルクはそのほとんどが仔牛ではなく人間によって搾り取られ人間用の商品として出荷されるのだそうだ。

このように乳牛は子供のために生産しているはずのミルクを人間に取られ続け、ものの資料によると乳牛は出産後8か月もの間1日30~50リットルを毎日搾乳される日々を送るようである。
そして出産後8か月過ぎるとお乳の出が悪くなるので、ようやく2~3ケ月の乳を搾らない休憩期間を取ることになるとされる。

ところがこの休憩期間は、実は単に休ませるというよりも次の妊娠期間のための準備期間の意味合いが強いようであり、妊娠ために体調を整えるのに必要だから休ませる期間であり、牛への気遣いと言うより人間の都合で敢えて休ませる期間となっている。
それ故、この休憩期間を終えると再び間髪おかず人工授精によって乳牛は妊娠させられることになり、やはり10ケ月後に仔牛を生み、またもや搾乳の8か月間が始まることになる。

このように乳牛は人間によって妊娠・出産・搾乳のサイクルを一生のうちに3~4回繰り返させられるのだが、3~4回の出産を終えた牛は残念ながらミルクの生産力が落ちてしまうことになり、乳牛としては役立ずの烙印が押されてしまう事になる。
そして乳牛として役に立たなくなった牛はその後どうなるかと言えば、なんと肉牛として出荷されてしまうのだそうだ。

これが産業としての畜産の現実であり、感情論で語っても仕方ないのだが、人工授精で何回も強制的に妊娠させられ、さんざん乳を搾り取られたうえに最後は肉として食べられてしまうとは何とも悲しい乳牛の一生である。

まあ私も日々何の意識もなく牛肉や豚肉を食べており、こういった牛の一生を知ったところで急に肉を食べる生活を止めるようなことは出来ないのだが、やはり心に感じるものが無いわけではなくなった。
元々人間はこういった周囲の動物から沢山の命を頂いて生きているのだが、そうは言っても一生の全てが工場的に処理される動物たちのちょっと悲しすぎる現状にはやはり考えさせられるものがあるのである。