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戦勝国になってしまった中国のモヤモヤ

 日本では8月15日が終戦記念日となっているが、国際的には9月2日が日本の無条件降伏受け入れ調印日となっている。
 あれから70年以上が経過したが、中国ではいまだ反日の根っこがくすぶっており、例えば日本とアメリカ、日本とイギリスのような友好関係には戻っていない。
 ともすれば、戦争の謝罪などを求める論調もいまだ出てくる。

 まあアメリカや欧州諸国と違って隣国という要素が、近親憎悪的なものを生み出しているとも考えるが、どうも違う気がする。

 どうしてかの隣国にはこういった反日的な思想が残っているのかと考えたところ、実は期せずしてなまじ戦勝国側になってしまったことが原因の一つなのではないかと考えた。

 日本は第二次世界大戦で周辺諸国と戦争を行なったが、結局最終的に日本を降伏に追い込んだのはアメリカであり、プラスでイギリスとロシアなどもいたが、これらの国の攻撃に屈した結果、日本は無条件降伏を受けいれることになったのであり、中国に追い詰められた結果ではなかったというのが私の認識である。
 しかし、この無条件降伏によって、日本は同時に中国戦線からも撤退することになったため、結果として中国(当時は国民党の中華民国)が戦勝国側の国家となった。

 中国にとってみれば、形として戦勝国側とはなったものの、日本との直接の戦闘において目に見える戦果によった結果ではないため、自国が勝利したという自尊心がないままの勝利だったと思われる。
 しかも当時は、国民党、共産党、日本という三つ巴の複雑な戦線が存在しており、中国として一つの国としての統一感に欠けた状態で、各勢力の陣取り合戦が行われていた。
この状況にあっては、日本が降伏したといっても、三つ巴に中から一勢力が退場することになっただけで、中国という国が日本に勝利したという安堵感が得られるような状態ではなかったと思われる。
故に日本が退場した後も混乱は収まらず、そのまま国共内戦に移行し、日本がいなくなっても中国国内は平和な状態にならなかったのである。
 このような状態の中で、上記の休戦の調印式にこそ中華民国の代表が参加したが、後のサンフランシスコ講和条約の際には、国共の代表者とも呼びにくい状況のため招請は見送られた経緯があり、交戦国でありながら、なかなかケリがつけられなかったのが日中間の戦後である。
 そして今度は朝鮮戦争が勃発し、再び中国は北朝鮮の後ろ盾として戦争に参加することになり不安定な時期が続いてしまうが、一方で日本はこの朝鮮特需を起爆剤に高度成長を遂げることになる。
 つまり戦勝国側になったはずの中国がなかなか戦争状態から足抜けすることができずにもがく中、敗戦国となったはずの日本が急速に復興していき国際的評価を取り戻すことになるのである。
この敗戦国である日本が復興していく様は、中国としては何とも理不尽な状況として見ていたに違いなくモヤモヤ感がたまっていただろうに思う。
 この状況を受けてかどうかは分からないが、中国は改革開放のあと、急速に日本の後を追いかけることになる。
五輪、新幹線、万博、高速道路、宇宙開発と日本の戦後発展をコピーしたかのような開発を行い、敗戦国であるはずの日本に負けじと発展を目指すのである。
恐らく、この中には日本に嫉妬に近い感情というか社会学でいう相対的剥奪感があったような印象で、それが負の形で出たのが反日感情であり、何とか戦勝国側として敗戦国より心理的に優位なポジションに立ちたいがため、日本の過去の傷を蒸し返そうとしていたのだという気がする。

これがもし、かの戦争で中国軍が日本軍を戦争によって撤退させていたり、あるいは戦後の発展が日本と同等かそれ以上のスピードで進んでいたなら、今のような反日感情は生まれなかったような気がするのである。
実は隣国韓国の反日感情もほぼ同様の理屈で生まれているような気がしており、植民地宗主国の日本を、朝鮮民族の手で追い出していたなら今に至るような状況は生まれず、朝鮮戦争で国土が荒れ発展が遅れなければ反日感情もここまで遺恨を残すことにはならなかったという気がするのである。

ところで、日本は第二次世界大戦においいて南方戦線でも戦ったはずだが、東南アジア諸国が隣国2国のように反日感情をあまり残していないのは、現地の人々とあまり直接戦っていないからであろうからに思う。
かの戦争の敵国はイギリスやオーストラリア、オランダであり、東南アジア地域は戦場になってしまったのでそれなりの戦禍を残してしまったものの、直接の対戦国ではなかったのである。
もちろん一部の右翼が言う大東亜戦争はアジア諸国を解放するために戦ったなどという理解は詭弁に過ぎないが、東南アジア相手に直接戦ったわけではないので、先方地域には日本が敵国という強い意識は残らなかったのだと考える。
台湾も同様で、日本の植民地となった経緯も日清戦争による移譲であり、直接の戦地になっていないのである。
まあ大陸から逃れてきた国民党が実権を握った際に、戦時中の敵対関係の影響もあって反日的キャンペーンがかなり行われたようだが、台湾人そのものには大陸のような強い反日意識にはならなかったのは、やはり直接戦ったわけではないからであろうに思われる。
しかも戦後も台湾は戦地にならずアメリカの保護もあって発展が余り遅れなかったこともあり、日本に対して反日感情を醸成する要素は少なかったのだろう。

 先日の舛添問題を見ればわかるように相対的剥奪感というのは強い反発を持つ要因となるわけで、中国が経済規模で日本を追い越す規模にはなりながらも、未だに反日感情がくすぶっている状態というのは、戦勝国側として満たされていないモヤモヤが内在しているに他ならないような気がする。
 今後中国がいかにその満たされないモヤモヤ部分を解消するかは非常に難しい課題であるが、中国に10年も住んでいる日本人として、ぜひ何か良い解決策を探りたいものである。


オバマ大統領の凄いテクニック

 報道から数日が過ぎ旬が過ぎてしまった話題となったが、シリアの化学兵器廃棄に関して米露で合意が行われたというニュースを聞いて、ほっとしている。

 場合によっては第三次世界大戦に発展しかねない可能性もあっただけに、軍事攻撃を行なわずとも事態を収拾できたことが素晴らしいという気がする。

 これはロシアの外交努力が有ったとも言われるが、各種の情報や状況から判断するとアメリカのオバマ大統領の外交駆け引きが功を奏したと言う気がしている。

 まあ、似たような事を昨日日本の識者の方がラジオで言っていたが、決してその識者の受け売りではなく、オバマ大統領が議会に軍事攻撃の合意を取ろうとした時点からその駆け引き手腕は凄いなと思っていたのである。

 まあ今回の流れをおさらいすると、シリアの政府勢力が化学兵器を使って反政府軍を虐殺したとされる時点から、アメリカは常々化学兵器の使用を許さない立場から拳を振り上げざるを得なくなったが、本音としてはシリアの裏にはロシアや中国が繋がっているとされることから、パンドラの箱を開けるようなもので、軍事介入そのものをやりたくなかった。

 しかし、今後の対アラブ対イランを考えた場合に化学兵器の使用を容認する立場は取れず、拳を振り上げる姿勢を取らざるを得なかった立場であったのである。

 しかもイギリスが議会の承認を得られず降りてしまったので、最悪の場合はアメリカが単独で軍事介入しなければならいという立場になってしまい、いよいよ苦しい立場に追い込まれた。

 そこでオバマ大統領はシリアやアラブになめられない面子を保ちながら、事態を打開する方法を考えたのだと思われる。

 そこで取った方策が、なんと自国の議会に承認を求めるという手法である。

 もちろん軍事攻撃についてせめて国内だけでも承認をもらって行動を正当化する狙いを有っただろうが、この判断の一番の目的は時間稼ぎだったような気がする。

 あの時点の軍事介入反対の声が強い世論の中で、国内の議会判断がもたつくことは容易に予想された訳で、軍事介入の成果だけを求めるならさっさと大統領権限で軍事介入を指示することはできたはずなのである。

 つまり本来は、議会の事前承認など必要なかったはずなのに、行動の正当化を理由に敢えてもたつく議会の承認をとろうとしたのである。

 もちろん、これは最終的に軍事行動に踏み切らざるを得ない事態になった時のエクスキューズの準備でもあり単なる茶番であったわけでもない。

 案の定、上院の了承は得たものの下院はもたついて承認を得るには時間がかかることになった。
 
 しかしこのもたつきはオバマ大統領にとっては好都合だったように思える。

 つまりこのもたついた間を利用して、この期間中にあったG20の合間を縫って行われた米露首脳会談などを経て、ロシアに何らかのシグナルが送られ、ロシアによる調停提案の動きとなったという気がするのである。

 もちろん他の関係国にも働きかけを行なっていたかもしれないが、シリアにとって一番そっぽをむかれたくないのがロシアであって、ロシアに調整役を引き受けさせるのが一番好都合であり、結果としてそういう流れとなったのである。

 これによりシリアに調停案への合意を得たため、シリア国内での内戦停止はまだ難しいものの、アメリカの軍事介入を発端として世界が混乱に巻き込まれる可能性は遠のいたことになる。

 ここに面子を保ちながら時間稼ぎをして軍事介入を可能な限り避けようとしたオバマ大統領の凄い政治手腕テクニックを見た気がする。

 これが、某前大統領であったらこんなまどろっこしいことをせず、即軍事介入になっていたかもしれないことを考えると、本当にすごいことである。

 要求を主張して突っぱねることだけが交渉ごとじゃないと、東アジアの国に是非学んでほしいオバマ大統領の今回の立ち回りだったという気がする。

 化学兵器や内戦で命を落としている人のことを思うと胸が痛むが、少しでも無駄な争いを避けるための努力をするのが本当の政治努力だという気がする。

韓国のエクスキューズ

 最近の韓国の日本時代の慰安婦に関する主張行動は、どうも過去の自国の行動に対するエクスキューズだという気がしている。

 確かに日本統治時代に朝鮮総督府は日本軍のために慰安所を作ったとされ、慰安婦集めが強制的だったとかそうでなかったとか色々諸説があるが、日本の統治時代の資料を見る限りにおいては、朝鮮においてそれほど暴力的な統治を行なってきたようには思えない。

 まあ統治されてきた側からすれば、屈辱的な感覚を受けていた人も大勢いるとはいると思うが、その割には強烈な抵抗運動があったわけではなく、併合時に抵抗した義兵などにしてもせいぜい2万人とされ、国全体の人口規模からすると、国家の併合という大事件の割には抵抗としてしては非常に少ない。

 またその後の3・1運動なども確かに相当規模の大きい独立運動ではあるがその内容は戦闘的運動ではなかったようで、悪政への抵抗と言うよりはあくまで目的は独立であり、日本側の弾圧統治に耐えかねて起こした抵抗のようには見えず、そういった統治状態の中の慰安婦集めに非道な強制があったとはちょっと信じがたいのである。

 では何故、現在の韓国がここまで執拗に日本軍の慰安婦問題を責めるかと言えば、日本統治終了後の「自国による慰安所運営を行なっていた事実」を隠したい、或いは日本の残していった負の遺産だとエクスキューズしたいからだと思われる。

 韓国では日本の統治終了直後から、1950年代、1960年代、1970年代へと長きに渡って国の主導の下で慰安所を設置し、今の大統領の父親の朴正煕の政権の下、強制か非強制か分からないが慰安婦を集め、国の為だといって在韓米軍に対して働かせていたとされる。

 その後1988年のソウルオリンピック前の全斗煥政権時代には国の浄化作戦が実施され韓国人が慰安婦となる時代は終わったが、それと同時にこの国ぐるみの慰安所については、過去の汚点としてその存在があったことを語ることさえ伏せられていくのである。

 その後米軍相手の慰安所の存在については韓国国内で一時社会問題化されたとされるが、対日本へ弱みとなることから、社会での議論が抑制されていくようになったという。

 そして今では国が自分の国民の女性を慰安婦として推奨することなどありえないという論調になっており、外部からの指摘も歪曲だといって否定し、過去を完全になかったことだとするような社会風潮になっている。

 にも関わらず、日本統治時代の慰安所に対しては現在も執拗にその責任を求める形となっている。

 つまり、自国の恥を日本に押し付けて批判を免れんとする形になっており、現大統領の父親が行ってきた政策であるが故に、なおさら親の汚点を認めたくない現大統領が日本への責任を求めるエクスキューズを行なっているように感じてしまう形となっている。

 まあ身内や自国の恥を隠したい気持ちは分からないではないが、事実は事実であるのだから、被害者意識によりかかるのではなく、自国の現実的にやってきたことと向き合う勇気が無い限り、独立国として自信もいつまでも持てないのではないかと他国のことながら心配になる。

 私は嫌韓ではないし、韓国料理は好きでいつまでも美味しく食べたいので、韓国が今のような無意味なエクスキューズをする社会ではなくなり、日本と台湾のような関係を韓国とでも作れる時代が来ることを是非祈りたい。