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上海の大気汚染は改善しているのか?

 この冬に入ってから、どんよりとした天候が続いており太陽の姿を忘れてしまったかのような日々が続いている。

 大陸特有の底冷えもあり、気分的にもすっきりしない、

日本の日本海側がこんな気候なのかなとも想像するが、雪はそれほど降らない。

こんな気候が続く上海ではあるが、今年はあまり大気汚染の話題は表に出て来ない。

そういえば、街の空気が真っ白になることも少なく、昨年や一昨年よりも霞がかかる日の割合や濃さが減った気がする。

リアルタイム表示をしてくれるサイトでAQI指数をチェックすると55となっており、ものすごく綺麗な状態とは言えないが、かなりまともな状態であり、昨年以前に200とか300とかの数字が出ていたことを考えるとかなり改善したようである。

中国サイトの上海AQI指数

中国や上海政府はここ数年ほど大気汚染対策にはかなり気を使っており、内陸部の火力発電所の改造や廃止、エコ自動車の推進、その他街の焚火に至るまでかなり細かく対策はとってきている。

この大気汚染状況の改善は、その努力が功を奏したようにも見える。

ところがである。

これとは別の、上海のアメリカ総領事館のサイトが発表している観測データによるとほぼ同じ時間のAQI指数が113となっており、中国基準の発表値の2倍もある。

米国上海総領事館のAQI指数

上海市内のそのほかの観測点も軒並み100を超えている。

何故こんなことが起きるのだろうか?

中国側がデータねつ造しているのであろうか?

実はこの2つの違いは両国の環境基準の違いにある。

つまり同じ両国とも「AQI」という略称を使った指数であるが、その算出の基準となる根拠が全く違う評価を使っているということになる。

例えばPM2.5の物質について、アメリカの基準でいう1~50の指数の表わす範囲は、0.0 – 15.4㎍/㎥、同様に51~100の指数の示す範囲は15.5 – 40.4 ㎍/㎥となる。

これに対して中国の基準の場合は1~50の指す範囲は0.0 – 35㎍/㎥、同様に51~100の指数の示す範囲は35 -70㎍/㎥となる。

具体的な指数を算出する算式は省略するが、例えばPM2.5の観測値が50㎍/㎥だった場合、アメリカ式の場合は指数が120となるが、中国式の場合は71と表示されてしまうのである。

つまりどちらかが数字をごまかしているわけではなく、それぞれ正確なデータを示してはいるものの、指数の基準が違うということになる。

しかしながら、やはり中国式の大気汚染基準指数の方が緩いということになり、アメリカ式基準で見たければ、中国で表示されるAQI指数の1.5~2倍くらいした数値であることを理解して数字を受け取る必要がある。

いずれにしても、ちょっと前に比べれば中国の大気汚染状態はかなり改善されてきている状態ではあるものの、まだ欧米並みに完全に安心できる状態ではないということのようである。

中国人は火事より泥棒が怖い?

 中国に来たての日本人にとって、中国の住宅地域を歩いていると目に入ってくるのが、各家の窓枠にはめられた鉄格子である。

鉄格子のつけられた中国の住宅

鉄格子のつけられた中国の住宅

 これは当然防犯用に作られているわけで、外部からの侵入を防ぐために設置されており、どの窓も頑丈にガードされ、まるで檻のようである。

 日本人的感覚で言えば1階や2階の低層階だけならこの警戒心も分からないではないが、5階や6階の部屋まで同様の鉄格子がはめられ防犯対策が行われているのにはちょっと驚く。

 恐らく中国ではスパイダーマンのようにビルを外壁から登る泥棒も少なくないと見え、高層階でもこのような鉄格子がはめられるのだろう。

 しかし、よく考えるとこの鉄格子は防犯対策として外からの侵入を防ぐのに有効だとしても、一方で防災対策としては非常にまずい対応だという気がする。

 つまり外から容易に入れないということは、逆に中からも容易に出られないことを意味し、万が一の火災の際などには素早く逃げられないということを意味している。

 また地震の無い上海とは言われるが、万が一地震が起きた際には、やはりこの鉄格子は脱出を難しくするだろう。

準備中の鉄格子

準備中の鉄格子

 少なくとも日本の建築基準から言えばこの鉄格子は消防法的にアウトで撤去を求められる気がするし、そういった法律がなくても日本人は火災や地震などの災害を意識して生活するので、万が一の際に脱出するのが不可能な構造の家屋に生活するのは非常に嫌がるであろうに思われる。

 まあそこがお国柄というか生活習慣の違いで、木造家屋文化の中で生きてきた日本人と違い、中国人の生活文化は昔から石造りの住宅の文化であり、家の中で火災が起きるリスクと言うものをあまり感じずに生活しているのだろうかと思われる。

 或いは火災など起すはずがないなどという自信もあるのかもしれない。

 地震に対する意識も同様で、常日頃地震と向き合っている日本人と違って、滅多に地震の来ない中国、特に上海では地震に対する心構えなどが全くないようである。

 故に鉄格子のなかにいても脱出できないというリスクを感じていないような気がするのである。

 寧ろそんな災害より中国人達が恐れるのは、やはり自分たちの財産をつけ狙う泥棒であり、よく家を長時間空けるの怖いと言う中国人がいるように、火災などの災害より泥棒と言う人間の方を恐れているのが中国人の実態ということになるかもしれない。

 まあこういった中国人達の泥棒に対する警戒心はよくわかるが、一方でガス爆発や火災で逃げ遅れる人のニュースも時々目にするようになり、鉄格子はやはり両刃の刃であるような気がする。

 しかし、やはり彼らは鉄格子をつけたがる。

 何が生活の一番の脅威か、日本と中国で同じように暮らしている市民であっても、その考え方の基準がだいぶ違うようである。

国際クレジットカードの換算レート

 クレジットカードや国際デビットカードを利用すると、海外での利用額をクレジット会社が定めたレートによって換算され、各自の口座が引き落とされてているということはおおよそ誰でも知っている話だがじゃあそのレートは実際は幾らなんだということについては、実はよく知られていない。

 カード会社の規約では例えばショッピングなら、VISAインターナショナルの定めるレートに1.63%上乗せ、キャッシングなら3.024%上乗せして請求されるなどと書かれている。

 しかし、その「レートについては非公開となっている」といった文言も時々見かけるが、実際そんなことはあらず、少なくともVISA(ビザインターナショナル)とMASTER(マスターインターナショナル)についてはちゃんと公開されている。
 このことは「2013年07月12日 VISAインターナショナルの為替レート」の文章内でも紹介したが、その後VISA側のサイトアドレスが変わってしまったので、私のサイトも引越したこともあり今回はMASTERのレートサイトと合わせて改めて記載したい。

VISAのレート算出サイト(英語サイト)
MASTERのレート(英語サイト)

 なお以前にも書いたが、実際の処理は換算日基準のこのレートを使用することになり、商品の購入日のレートではないことに注意する必要がある。

 しかもこのレートに書かれる日付はアメリカが基準になっており、実際の取引レートもカードを使った場所の日付ではなく、その時点でのアメリカの日付ということになり、ショッピングなど請求金額のレートを探す場合には注意が必要なものとなっている。

 またこのような日ごとのバッジ処理レートとなっているために、反映されるレートは取引時点のリアルタイムレートではなく、基準となるアメリカの前日までのロンドン市場などの為替動向が反映されたレートとなっていて、東京市場などの日本の当日レートとは異なっているものとなっている。

  経験上では、VISAレートは日本時間の午後2時、北京時間の午後1時にはサイトは切り替わっているようであり、同じ日でも午前と午後のレートは違っているものとなっている。(MASTERは確認していない)

 それゆえにもし為替相場に大幅な変動が起きても次の更新のタイミングまでは原則としては変更されないと思われ、為替の動向によってはカードの利用タイミング(時間)を考えないと、僅かな時間の差で大きな差が生まれてしまうこともありうるのである。
(もちろん変動幅が機関の損失をもたらす程大きければ変更される可能性もある)

 これらのことを踏まえた上で、ショッピングやキャッシングのタイミングを考えないと僅かの時間の差で結構大きな差が生まれることもあるのが、クレジットカードやデビッドカードを海外で使う時の注意事項となっている。

平等ではない人の死

 御嶽山の噴火から半月以上経った今でも、未だ捜索が続いており、それに合わせて連日報道も続いている。

 上海にいるので日本のテレビのワイドショーの様子は分からないが、少なくともYAHOOなどに上がってくるマスコミ報道では、死亡者について事細かく報道され、やれ新婚だった、やれいい人だったと根掘り葉掘り調べた報道が伝えられている。
 テキストソースがこんな状態なのだから、テレビとてあまり違わないと察する。

 まあ噴火の危険性の雰囲気を感じなかったとされる山頂で、突然発生した噴火によって、50人以上もの多くの死者が出たというニュースが、悲劇的でショッキングだというのは理解できる。

 しかし、こういった報道に関して人の死の扱われ方は平等ではないとも感じる。

 例えば、昨日日本列島を襲ったとされる台風によって全国で2人の死亡者が出たとされる。
 死亡した2人がどこでどう亡くなったのかは、詳しくは調べてないので分からないが、恐らく詳しく調べなければ分からない程に、報道はされていないだろうという気がする。

 しかも事故当時の状況くらいまでは報道されるかもしれないが、さすがにその人が普段どういう生活をしており、その死がどう悲劇的であったのかなどのストーリーまでは報道されまいと思う。

 まあ、悲劇的なストーリーとして報道することが決していいことだとも思わないが、一方の死は悲劇のストーリーの主人公として扱われ、一方の死はほぼ無名に近い人の水難事故として人数カウント程度にしか扱われない。

 こういう状況を見ると同じ自然災害で亡くなったにも関わらず、あまりにも世間の人の死への扱いは不平等と感じる。

 しかも、御嶽山の事故のあと、地元の観光PRへ不謹慎だとのクレームがつけられたりしているらしいが、そのクレームをつけた人は昨日台風の死亡者のいた地域に関して、同様に観光PRは不謹慎だとクレームをつけるのだろうか?

 今回の御嶽山の事故は確かに悲劇的な事故であったことには違いはないが、世間の人が感じている悲しみのような雰囲気は、実はテレビドラマを見るのと同じ感覚で感情的な報道に流されているだけで、本当の人の死の悲しみを理解しているわけじゃないのではないかと感じてしまう。

 人の死を悲しむなら、もっと周囲の死にも目を向けて欲しいし、それが出来ないなら自己責任である山の事故での死を、あまり特別に扱わないでほしいという気がする。

 ついでだが、自然災害の死者をよく「犠牲者」と呼び、私もかつてそれとなく使ってきてしまっているかもしれないが、自己責任である自然災害との対峙において、誰かの過失や誤りで死んだのでなければ、何かの犠牲になったというような表現も実は適当ではないのではないかという気がしてきている。

 不可抗力の事故だったかもしれないが、戦争のように人が起こした過ちではないので、噴火での死は犠牲ではないのではないかという気がするのである。
 「犠牲」とは従来「いけにえ」の死という他の目的によって死んだものという意味を含んでいて、山での自然災害はそれにはあたらないと思う。

 冷たい言い方かも知れないが、亡くなってしまった人に対しては、生きている立場からは故人の冥福を祈ることしか出来ず、それ以上にもそれ以下にも扱えないのである。

中国語は「以上」と「以下」の区別が曖昧になっている

 日本語でも良く話題になり、検索すると沢山登場するが「以上」「以下」「超過」「未満」の意味合いの区分だが、どうも漢字の本場中国では、同じ漢字を使っていながらこの区分が意外ときちんと区分されて使われていないような気がする。
 いや、区分はあるのかもしれないが、一般的に理解が浸透していないというかルールが統一されていないようなのである。

 日本語の基準ならば「以上」「以下」と、言葉に「以」が入る場合は、基準となる数値を含むと理解される。
 つまり「100キロ以下」なら100キロちょうども含んだそれより小さい数値という解釈で統一されている。

 逆に「未満」「超過」なら基準となる数値は含まれないので「23キロ未満」「23キロ超過」という言葉は「23キロを含まない」という解釈になる。

 それ故に「以上」に対比するのは「未満」であり、「以下」に対比するのは「超過」であって、これらの言葉を組み合わせて使えば、同じ数値が両方の区分に属するといったことはなくなり、明確に分類される。

 ところが、中国ではこの「未満」「超過」という言葉が、こういった数値の基準を表す際には余り使われない。
 「未満」も「超過」も中国語に言葉としてはあるが、どうやら微妙にニュアンスが違うのか、数字の基準としてはほとんど見かけないのである。
 その代わりどのように表記されるかと言えば、「23キロ未満」の代わりに「23キロ(不含)以下」と、「(不含)」という含まないという言葉が追記される。
 また「23キロ(含)以下」と表記されることもあり、ここに否定語がなければ日本語でいう「23キロ以下」のそのままの意味となる。

 ただ、「(含)」や「(不含)」という追記表記が無く「以上」「以下」とだけ書かれている場合でも、日本語の「以上」ではなく「超過」「未満」の意味で書かれている場合もあり注意する必要がある。

 例えばある区分が「100キロ以上」と書かれていても、並列のもう一方の区分が「100キロ(含)以下」などと書かれていれば、自ずとここで書かれる「100キロ以上」は日本語では「100キロ超過」と表現される意味になり、100キロちょうどは含まれないのである。
 つまり、中国語の「以上」と「以下」と言う言葉は基準となる数値を含むかどうかが、対比される区分表記との相関関係で決まる曖昧な表現となっており注意が必要なのである。

 このあたり、中国ではどうも日本語のように表記ルールが統一されていない様であり、中国語の表記を読み取る点では注意しなければならない点となっている。