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静かな春節

 今日、中国では春節を迎えた。

 中国というか、日本が勝手に過去に太陰太陽暦を捨ててしまっただけで、春節の基準となる月齢上の新月の意味では、日本も中国も関係なく今年2019年は今日2月5日が春節となる。
 日本でも明治5年の改暦まではこの日を春節、つまり正月と扱っていたわけであり、仮に日本が改暦せず現在まで太陰太陽暦を使用していれば、日本も今日が正月として祝われていたはずである。
 以前「春節にあって元日にない根拠」でも書いたが、日本の正月は太陽暦で動く西暦上の1月1日を正月としてしまったために、自然との一体感という意味においてはほとんど意味のない日を正月としてしまっている。

 自国の伝統行事を標榜しながら西洋のキリスト教文化の定めた基準・日付で伝統行事を行っており、非常にちぐはぐな形式文化となってしまっているのである。

 さて、その春節正月の元祖と言える中国であるが、数年前から上海の春節は、非常に寂しいというか静かな日となってしまっている。
 春節の象徴とも言うべき爆竹が上海市内で禁止されてしまったからである。

中国のカレンダーの春節表記

 少なくとも3年くらい前までは春節を迎える夜中の0時頃は激しく爆竹や花火が鳴らされ、まるで「ここは戦地か」と思うほど非常に五月蠅い騒音とも呼べる音が鳴り響いていた。
 
 ところが、中国全土で大気汚染が非常に深刻化していたため、その汚染源の一つとして春節の花火がターゲットにされて、上海市内の外環線内での花火の実施が禁止されてしまったのである。

 本当に花火や爆竹が汚染源として重大であったかはともかく、象徴として禁止されてしまったのである。
 記憶が正しければ、確か2016年頃には上海は静かな春節を迎えるようになっていたという気がする、
 まあ、上海以外の外地や田舎では相変わらず花火が上がる習慣もまだ残っているようだが、上海における花火は過去のものとなってしまった。

 そういう状況の中、大晦日にあたる「除夕」に出歩いても非常に静かで寂しさを覚える。

 地方出身者は田舎に帰り、上海の人は海外に出かけているとされる
 まあ家庭によっては中国版の紅白と言われる「春晩」という歌番組を自宅で見ているらしいが、私は興味もなく中国人の家族があるわけでもないので、日常の延長でYOUTUBEなど動画を見て時間を過ごし、0時を待たずに寝てしまう。

 ここ数年同様に何とも静かな上海の春節である。

 ところが今日になって日本のニュースをチェックしてみると大勢の中国人が長期連休を利用して日本を訪れており、東京タワーが春節仕様でライトアップされたり、日本の銀座が中国人で非常に賑やかであるようなことが報道されていた。
 どうやら上海の春節は日本に引っ越ししていたようである。

大晦日に聴く落語

 もう2017年も残すところあと僅かで、今日とうとう大晦日を迎えた。
 上海にいると、年末年始の特別な雰囲気はなく、たまたま昨日今日が土日で明日が元日としての祝日が有るだけで、仕事納めを経て正月を迎えるという気分にはなりにくい。
 中国では春節の旧正月が正月なので、中国で1月1日は普通の祝日程度の扱いにしかならないのである。
 個人的にも家族をもたず、日本のテレビも見ない環境では盛り上がる必然性もなく、ちょっと不完全燃焼気味な年末を迎えてしまった。
 で、なんとなく気分を盛り上げようと、大晦日ネタの落語を探した。
 昔のツケが普通だった時代に、掛け取りが駆けずり回るのが大晦日で、大晦日を題材にした落語は非常に多い。
 例えばその代表格は有名な「芝浜」で、話の最後は大晦日のエピソードである。
 それ以外にも「掛け取り(万歳)」、「睨み返し」「加賀の千代」など借金取りを押し返す話もある。
 また、話の主舞台ではないが「帯久」という話も、大晦日の忙しい日に起きた事件が話の展開のきっかけとなる。
このほか「尻餅」などという艶っぽい話も有り、大晦日の風景は良く落語に描かれる。
こんな落語を聞いて、大晦日気分に浸るのが精一杯のこの年末である。

大みそかの自分

 何だか新年を迎える覚悟も雰囲気もないままに大みそかを迎えてしまった気がする。

 春節を正月とする中国では、12月31日と言えども単なる月末の一つでしかなく、元旦こそ形式上は新年などと謳う面もあるが、やはり12月の年末が年末とは言えない雰囲気なのである。

 日本で大みそかと言えば江戸時代などは「掛け」を支払う期限であり「掛取り(借金取り)」が方々走りまわっていたと聞き、そんな姿を描く古典落語の噺も多数ある。
 逆に正月を題材にした噺が数えるほどしかないのに比べると、非常に対照的な状況である。

 例えば大みそかを舞台にした噺の中で傑作とよばれる噺の中に「芝浜」という話がある。

 これは掛取りを題材にした噺ではないが、ある夫婦が大みそかを幸せに迎える場面が描かれており、演者によって描かれ方はかなり異なるが「芝浜のような嫁が欲しい」というほど内助の功が光る話になっていて、大みそかに何度でも聞きたい噺である。

 或いは「睨み返し」「掛取り」など幾つか有名な話はやはり掛取りとの返す人との攻防を描いており、いかにこの日が一年の中で重要な日だったことがわかる。

 この点現代に立ち返ってみれば、日本人にとっては大みそかに掛取りに追いまわされることこそなくなったと思うが、慌ただしい一年を収束させる1日であることは変わりなく、バタバタ何とか紅白に間に合わせようとして行動するのが現代の日本人の典型大みそかスタイルであろうか?

 しかし我が身を振り返ってみると、この日も上海にいることもあって、年末として世間的に追い立てられることもなく、経済的に大変な状態であっても借金取りが来るわけでもないので、気分的には言うなれば旧暦で示す11月10日の状態の感じなのである。

 今日カレンダー上でとうとう大みそかになってしまって、これではいけないと内心焦っている面もあるのだが、周囲の雰囲気もあって、年末としてのペースアップも新年への切替えも難しい気分になっているのが、大みそかに中国にいる日本人の私である。

春節でも働いている人が沢山いる

 春節に上海に残って見て気が付くのは、思いのほか店が沢山開いているということである。

 もちろんシャッターを閉めている店もかなりあるが、飲食店などサービス業系はかなり店が開いており、特に駅の周りなんかはかなり飲食店などが開いていて、私のような居残り組にとってもそんなに不便は感じない。

 スーパーなんかも、生鮮品に多少の品薄感はあっても買えないわけではない。

 まあありがたいことではある。

 ただ、ありがたいことではあるが、こうやって春節でも便利になった分だけ、春節に休まず働いている人がいると思うと実に申し訳なく思う。

 「世間は休み」と思っていても、社会を見渡すと街がただ動くだけで働いている人がかなり大勢いるのである。

 交通機関や飲食店、警察、報道機関、電気・水道・電話などのライフライン管理、街の清掃員に公衆トイレの管理人など法律で社会が休みであっても、ただ街が存在するだけでもそれをキープするのに想像以上に多くの人が働いている。

 もちろん彼らにとってもお金を稼ぎたいという名目はあるだろうが、春節くらい休めるものなら休みたいはずである。

 でも誰かがやらなくちゃいけないことならと仕方なく引き受けた人も大勢いるだろう。

 私も学生時代に一度だけ年越しコンビニバイトを経験したことがあり、割増はいくらかもらったが、かなり寂しかったことを覚えている。

 このように正月でも自分が便利でいられることは、誰かの努力で成り立っているわけで、それに気が付くと働いている人に感謝したい気持ちでいっぱいになる。

 まあ中国ではそういった配慮からか春節の3日間の賃金は3倍となる法律があり、例え休みを他の日と振替えたとしても同様の割り増し分がもらえるようだ。

 経営側から考えれば高過ぎるという声もあるようだが、まあ貧乏くじを引いた人を納得させるにはこのくらいの配慮が必要だろう。

 そういえば日本でも最近では正月営業のスーパーや百貨店が増えているが、ここまでの割り増しはもらってはいまい。

 利益が上がると思って正月開店をするなら、日本の正月出勤者にももう少し優遇があっていいと思うし、日本の経営者や法律には正月に働いてくれる人に対する感謝が足りないような気がする。


春節にあって元日にない根拠

春節(旧正月)にあって元旦(元日)にないもの。

答えから先に書くとそれは暦の上でその日を定める根拠ということになる。

「旧暦」つまり月の動きを使った太陰暦をベースにした中国の正月である「春節」の日は、毎年「新月の日」と決まっている。

春節の花火2011

春節の花火2011

それゆえ西洋のグレゴリオ暦を使っている我々日本人からすれば、春節は毎年の日付が移動する為に不便さを感じる面は少なくなくないが、春節の決定はきちんとした暦の考え方、つまり月の動きに基づいて決まっているので、何らぶれることが無い。

同様に例えば旧暦の7月7日の七夕は必ず半月であり、伝説の由来から言えば月が天の川を渡る舟になったということから、七夕の月は人が乗るため半月でならなくてはならないので「7日」となっているなど、それぞれに根拠がある。

さて振り返ってグレゴリオ暦を調べてみると、その1年の精度は非常に高いものがあるものの、肝心のスタートとなる1月1日元日の設定にはほとんど根拠がないようだということが分かった。

確かにグレゴリオ暦の精度が高いため、毎年の1月1日の黄道上の位置はほぼぶれることが無いようなのだが、問題は何故そのタイミングが1月1日と設定されたかということになる。

太陽の動きをベースにするグレゴリオ暦の精神に従うのなら、本来の元日の最も分かりやすい基準は「冬至」であり、冬至が1月1日なら春分は4月1日前後、夏至は7月1日前後、秋分は10月1日前後と太陽の位置と月の区分の仕方がほぼ一致することになる。

まあ1年が正確に365日ではなく、365日と5時間45分45秒ほどと半端であるから夏至の日付などそれぞれは一定しないかもしれないが、この点に関しては太陽暦なのになぜ「月(month)」という制度がそのまま残ってしまっているかを考えると、夏至の日付が一定しない不合理な理由は「月の定め方」にあると言える。

今の暦では月の定め方として毎月の日数が同じでないばかりか、その大小の月の並び方にも一定性がなく、しかも閏年の閏日(2/29のこと)の挿入時期だってよく考えれば中途半端である。

この太陽暦と月の定め方についてはグレゴリオ暦の前身であるユリウス暦採用の紀元前153年まで遡ってしまうのだが、どうやら当時の宗教的政治的思惑で月の日数配分が決められたらしく、それが変えられないまま現代まで2000年以上も続いてしまっている。

それ故に現代のグレゴリオ暦の中では、冬至でも何でもない黄道上のある地点が、ぽつんと1月1日の元日として定められ、我々日本人はその日を「初日の出」だの「正月」だのと言って大切にしてしまっていることになる。

まあ伝統行事の形と言ってしまえばそれまでだが、日本がグレゴリを暦を導入する前の天保暦などのほうがよほど天文学的に根拠のある正月を定めていたと言えるはずなのに、今は根拠があるのだかないのだかよくわからない日を元日・元旦と言って崇めている我々がいる。

これもどうやら当時の明治政府の政治的思惑によってグレゴリオ暦に改暦させられ(一説によると13か月目の給料を払いたくないから12か月の制度に移行したとも)た時にこうなってしまったようで、その時に変えられてしまった正月の設定が実は現代まで続いている。

ゆえに現在では真冬の寒さ真っ只中の季節に「新春」などピンと来ない言葉を書くことになる。

こうして考えると日本の伝統文化を有形無実にした罪は明治政府にあるとも言えるのである。

本来はグレゴリオ暦の導入と同時に二十四節の設定をきちんとやり直し、文化季節は文化季節として残し、例えば中国のように春節(旧正月)を正月とする制度を残せば、今のような「形だけの正月」を祝うような文化にはならなかったはずなのに、残念ながら今の日本の正月は「形だけの根拠の無い正月」になってしまっているのである。

まあ、このように不合理な面がいっぱいの現代のカレンダー制度であるが、世界中が長い間これに基づいて動き、今ではコンピューターなどの面でもシステム化されてしまっているため、今更不合理だと気付いても変更というのはほぼ有り得ない話ではある。

しかしせめて地球に生きる生物として季節文化を大切にしていくため、二十四節季のようなものは再定義をして、太陽の動きに基づいた季節を計りやすい物差しをつくり、それに合わせた社会の季節行事を再定義してもいいのではないか、中国の春節制度を見ていてそう感じざるを得ないのである。