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マックとKFCが同じW杯企画?

 上海でも日本同様に街中に先々週に始まったW杯の熱狂を受けて、便乗商法ともいうべきW杯キャンペーンが繰り広げられ、テレビ・街中ともW杯一色の様子である。

 そんな中、先日街を歩いている時に何となく見かけたのが、マクドナルド(麦当労)とKFC(肯徳基)のキャンペーン企画のポスター。

マクドナルド(麦当労)のキャンペーン企画

マクドナルド(麦当労)のキャンペーン企画

KFC(肯徳基)のキャンペーン企画

KFC(肯徳基)のキャンペーン企画

 どちらも、街中で良く見かけるファーストフード店なので、最近まで特に意識していなかったのだが、良く見ると、どっちも同じようなポスターで、ほぼ瓜二つとも言えるようなキャンペーンを展開しているのである。

 どちらもハンバーガーの上部のパンをサッカーボール型というか亀の甲羅かメロンパンの如く模様をつけたデザインになっているのだが、この外観がほとんど同じなのである。

 しかも2種類のハンバーガーで、片方はチーズ入りというのもほとんど似通っている。

 ハンバーガーの詳しい中身までチェックしてないし、KFCの方は記念グラスもあるようだが、このパンのデザインが似ているだけで十分であり、とても別の企画とは思えない。
 
 ライバルであるはずのマックとKFCだが、どうしてこんなことが起こりうるのだろうか?

 まあ一つ考えられるのが、両方が同じ企画会社を使っていたということ。

 企画会社の手抜きで、共通の企画を出して、パンの製造会社からプッシュされて同じ規格になってしまったというようなことが考えられる。

 とにかく日本だったら、両方似ているということがわかった時点で恐らく訴訟になるか、どちらかが企画変更になるようなこの両社のW杯キャンペーン企画の似具合なのである

 まあこんなライバル二社の両社が併存して実施されてしまうのがこの中国というお国柄なのかもしれないが、ちょっと芸の無さを感じずにはいられない2社の企画である。

韓国のコンプレックス

 昨日のブログの後、韓国に日本コンプレックスのようなものをもたらしているものは何かと、韓国と日本の歴史についてウィキペディアを中心にネット上で色々資料を読んでみた。

 まあ、あまり太古の昔から追っても意味が無いので韓国併合のあたりからである。

 もちろん、私が読む資料は日本語で書かれたものだけであり、当然日本人が書いたものであるなら日本人の視点で書かれているので、そこは流されないよう読んでみた。

 ただ、歴史的評価のわかれる韓国併合の史実などは、一応両論併記となっており、偏った視点にならないような工夫がされており、そんなに穿った見方をしなくてもおおよその流れを掴むことができた気がする。

 で、まあ私が感じたのは、韓国に劣等コンプレックスのようなものが生じたのは実は日本に併合されていた時代ではなく、日本の支配が終わった直後からのような気がするのである。

 このことは台湾の戦後史と比較するとその違いが明確になる。

 日本の支配下にあった時代の朝鮮半島は良くも悪くも安定した状況にあったが、日本の敗戦により朝鮮総督府が撤退したため、突如として半島の統治機構がなくなり、無政府状態に陥って、国内は混乱した。

 そこでソ連や中国などの共産勢力を後ろ盾とする北朝鮮政府と、共産圏の拡大を嫌うアメリカの後ろ盾のもとに生まれた今の韓国の基礎となる政府が生まれ、やがてその対立が朝鮮戦争へと繋がっていくのだが、ここで当時ロクな装備を持たなかった韓国側はアメリカや連合国軍に頼るほかなかった。

 結局、世界の軍隊が韓国領内に駐留することになるが、軍隊がいれば必ず必要になるのが慰安婦たちの存在で、韓国は日本軍の残していた慰安施設を流用して慰安所を設置し、連合国軍の兵たちに提供したとされている。

 この間、朝鮮戦争の前線は半島全土を二度も移動し国土を破壊尽くされたとされ、日本の支配下時代に作られた建物もほとんどなくなって産業基盤も失い、犠牲者数百万とも言われる半島全体の荒廃状態を生んだ。

 その後に朝鮮戦争は休戦したが、米ソの対立構造はベトナム戦争へと続き、韓国軍もアメリカ側として30万の兵を送ったが、韓国としては当時の国情から不本意ながらアメリカに同調した面もあるのではないかと思われ、さらに慰安軍の帯同が認められなかったためにその鬱憤は後に明らかになる現地での虐殺事件などを引き起こす状況となったものと思われる。

 一方で韓国本国では朝鮮戦争で産業が荒廃したため、ベトナムで戦争での特需目当てに群がらざるを得ない状況になり、さらには国内での米軍相手の慰安所運営も相変わらず続いていたようだ。

 しかも彼女たちの「働き」はやがてGDPの4分の1を占めるほど大きな存在となり、外貨獲得の大きな担い手だとして国ぐるみの売春産業が奨励されるまでになったとされている。

 つまりこの頃の韓国は、防共と自国の国富のために言わば米軍の穢れ役を国全体で一手に引き受けるような状態になっていたと見ることが出来るのである。

 一方でこの頃の日本と言えば1964年の東京オリンピック開催や1970年の大阪万博開催に代表されるように、戦争とは隔絶された世界で順調な高度経済成長を遂げている時代であり、海一つ隔てた韓国との状況とは大きな差が生まれていた。

 また台湾も日本が領土放棄した後に中華民国への統治移行が比較的スムーズに行われたようで、移行後にも何度か大陸との軍事的緊張の高まりは有ったが、戦火に見舞われることはなく領土も民衆も平穏にここまで来ているという状況となっており、同じ時期に日本の統治下から開放された韓国とは対照的な道を歩んでいる。
 
 日本にとっては平和憲法に守られて当然の如く戦火から離れたその道を歩んで来た感のある終戦後からの時間であるが、同じように米国と同盟関係を結んできた韓国からすると、韓国だけが世界の穢れ役を引き受け苦汁を舐め苦労をしてきたと感じ、逆に日本だけ米国から防共の役割を免除された不平等さを感じていた可能性はある。

 また戦争で負けたはずの日本が繁栄し、その支配から解放されたはずの自国が上まわれないことに理不尽さを感じていた可能性はある。

 その後、韓国も日本の資金提供などにより漢江の奇跡と呼ばれるほどの経済発達をし、1988年にはオリンピックの開催、さらには2002年にはサッカーのW杯も共同開催をするまでになったのだが、やはりどこか日本の評価を追い抜くまでには至らなかったようで、日本に対する嫉妬的な反日活動は収まらなかった気がする。

 つまりこれらの事業をやり遂げた後でさえも未だ国家としての自信を取り戻せる状況にはならなかったようなのである。

 ひょっとするとは未だどこかで売春国家の目で見られる侮蔑を受けているのかもしれず、かつて風俗で働いた女性が無かったことにしたいと思うような過去の劣等コンプレックスを引きずっており、その原点として日本の残していった慰安婦施設が狙い撃ちされ、あれは自国の意思で作ったものではなく日本に強制されたものだと、世界に対してエクスキューズしているのかもしれないという気がする。

 まあ日本は敗戦によって統治放棄をし、さらに日韓基本条約により戦後処理は終了しているはずなのだから、それ以降のことはもう韓国自身の責任であるのだが、未だ国としての自信を持ち切れていない劣等コンプレックスが続いているのか、日本に対して異常なまでの執着心を見せているのが現在の韓国の実情のようである。

時差ボケと戦うサッカー選手

日本代表のサッカー選手と言うのはつくづく過酷な役割だなと思う。

 先日完敗したブラジル戦に関して、長時間の移動が影響したなどという記事をチラホラ見かけるが、まあそれも一因かもしれないが、時差ボケも大いに影響しているように思うのである。

 我々のような一般的なテレビ観戦者は、テレビをつければ試合を見ることが出来るが、スポーツ選手の大半は日々試合会場を求めて移動を行なっているのがテレビの向こう側の実情である。

 野球でもサッカーでも同じだが、球場でのテレビカメラアングルはどこのスタジアムでも大体一緒なので、ついついゲームのデザイン変更オプション程度の印象でしか物を見なくなるが、彼らは毎試合ごとに東奔西走であちこち遠征しているのが現状なのである。

 それでも国内リーグの場合は、同一国内で行われるので、時差もなく移動や気候変動による疲労だけを気にしていればいいが、国際試合を行なうサッカー選手はそこに時差ボケという敵も加わってくるから厄介だ。

 例えば今回の日本代表の移動スケジュールを見ると、6月4日の埼玉スタジアムから11日のイラク戦の行なわれたドーハとの時差は6時間あり、試合開始時間も日本時間ベースで考えると19時半から23時半への変更で時差が4時間あった。

 まあこのくらいは許容範囲であろう。

 しかしコンフェデレーションズカップの15日のブラジル戦の行なわれたブラジルとイラクの時差は6時間で日本との差は12時間、つまり地球の裏側である。

 そして試合開始は日本時間の朝4時で時差は8時間半となり、幾ら現地では昼間の時間であっても選手にとっては日本時間4時の体内時計から幾らか調整されたに過ぎず、僅か10日余りので12時間の時差を克服するのはいかに屈強なサッカー選手と言えども大変だろう。

 午前4時と言えば観戦していた我々も感じていた通り、起きているだけでも辛い時間帯である。

 そんなコンディションの中で90分間フルタイムで走り続けてサッカーをやるのは、身体のコンディションから言って無謀に近いというほかない気がする。

 しかも相手ははるかに格上の、かつ準備万端のブラジルであった。

 希望的観測でものを言うのは良くないかもしれないが、ここまでのコンディションの悪条件が無ければ、日本代表はもう少しまともな試合が行えたかも知れないという気がする。

 故に徐々に時差ボケが解消される2試合目、3試合目は徐々にコンディションが上がってくることが期待されるが、それにしても試合の度に時差ボケと戦わなくてはならないサッカー選手はつくづく過酷だなぁと思う。

 そう思いつつ、サッカーの国際試合の行なわれる時期は一緒になって時差ボケになっている私である。