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ようやく気分を持ち直す

 野球やサッカーなど贔屓のチームを持っている方は、どなたでも同様の傾向はあると思うが、私もやはり贔屓の北海道日本ハムファイターズの成績によって気分が左右される。
 いや、正確に言えばファイターズの成績によって気分が左右されるというより、気分が落ち込んでいるような状態の時にチームが勝てないといったほうが正しいかもしれない。

ファイターズスタジアム

ファイターズスタジアム

 前向きに応援できているときは、チームの調子も良いし、どうも気持ちが乗らないときや興味が逸れている時は何故かファイターズの調子も悪い。

 つまりファイターズの試合の結果に左右されていると言うより、バイオリズムが一致してしまっており、私の心の好不調の波がファイターズの状態とシンクロしてしまっているようなのである。

 よって、先々月末にスタートしたチームの急降下に合わせて私の気分というか心理状態は暑さも手伝って非常に重苦しい低空飛行を続けていた。
 ちなみに8月の成績は5勝20敗1分けで、7月末に首位に0.5ゲーム差まで肉薄していた位置から9連敗と8連敗があり一気に最下位まで急降下した。

 この間、自分の気分もかなり低空飛行であった。

 しかしようやく一昨日の金曜からバファローズ相手に3タテを果たし、ようやく下げ止まった印象で、最下位からも脱出した。
 この下げ止まった状況でようやく冷静に立ち位置を確認できるような状況になった。

 まあ数字の上では、ファイターズの自力優勝は無くなってはいたが、優勝自体の可能性はまだ完全には消滅していないようであり、CSまで含めて考えれば、まだまだ諦める段階ではないような状況であることを確かめることが出来るようになった。

 自分自身についても然りで、この週末は少し落ち着いた気分で周囲を見渡せるようになった気がする。 
 決して現時点で浮上出来ている訳ではなく、頭がすっきりした状態ではないのだが、気持ちの落ち込みからは持ち直した状況であり、週明けからはもう少し上を目指せるような気持ちになっている。

 余談だが、今年加入した抑えのエースの秋吉投手は実は私の地元の中央学院大学出身らしく、結構親しみを持って応援しているのだが、上記の連敗期間には彼が打たれて負けてしまったなどは特にこちらの落ち込みも大きかった。

 ひょっとすると、彼が私のバイオリズムがチームと同期してしまった要因なのかもしれないとも感じている。

上海からスマホでファイターズ観戦

 ここの数年、身体のことを考えているのと同時に、それほど余裕がなくなっているので、外で遊ぶのを控えているというか、仕事以外の時間は家で過ごすことが多くなった。
 で、最近はまっているのがスマホによる野球観戦。

 以前、パリーグテレビに加入してお試し観戦がうまくいかずに断念した件はここのブログにも書いたが、その後は動画観戦を諦め、従来通りラジコプレミアムによるラジオ中継で我慢していた。

 ラジコプレミアムならVPNを通して全国のラジオ番組が聴けるので、ファイターズ中継を最後までやってくれるHBCを選択すれば、ほぼ全試合の中継を聞くことが可能なのである。
 これはむしろ日本にいた時より進歩した環境になっている。
 関東から北海道の放送は聴けなかったので、ラジコプレミアム様様なのである。

ラジコの番組画像

 しかしながら、それでもやはり動画でも観戦したくなり、今年の春に一度再度パリーグテレビへの加入を試みたことがある。
 ただ、月額会費がそれほど安くない上に、私自身の理由でじっくりとライブ中継を見られるほど時間に余裕がなかったので、割高感を感じてしまった。
 しかも以前書いたように日本と中国では微妙な時差があるので18時開始のナイターでも、中国時間では17時開始となってしまう。

 仮に19時に自宅へ帰れたとしても、日本時間は既に20時で試合はもう終盤となってしまうので1時間ほどしか観戦できない。
 そんな状況だったため、ちょっと会費が無駄だなと感じて一か月で退会してしまった。
 同時期に楽天で募集していたRakutenパリーグにも挑戦してみたが、こちらはどうやらVPNを通していたとしても海外からは視聴が叶わないような状況だった。
 さらに話題のダゾーンも検討しようとしたが、他のスポーツが見られるのは嬉しいが月額1750円と費用が1番高く、こちらは野球観戦だけが目的なので選択肢から外れた。

 で、残ったのがYahooプレミアムで、一応会費が462円とあるが、加入から六か月無料で、シーズン終了時に脱会できるかどうかは今のところ不明だが、払い続けたとしても最安値なので、こちらを使うことにした。

 ただ、まあ唯一の難点というか、制約がスマホかタブレットでしか見られないということで、まず画面が小さいという欠点がある。
さらに今現在使っているスマホはどうもVPNのつながりが悪く、外国製アプリのインストールもままならないので、結局機種変更前の機種を引っ張り出して視聴用とすることにした。

電池の持ちが悪くなったため機種変更しただけで、携帯電話としては致命的な劣化なので、電話としては復活させられないが、電源接続したままの端末使用なら十分使えた。

 ということでスマホでの観戦が始まった。

 ここのところネットの回線状況がよくないため、時々画像が止まってしまうが、思ったよりはスムーズに観戦できる。
 この結果、試合のある時間帯で家にいられる場合は、ファイターズを応援しているのが今の日常になっている。

45歳のイチロー選手

 シアトルマリナーズのイチロー選手が昨日引退を表明した。
残念ながら試合の様子は見ていないのだが、夜中にやっていた記者会見の様子はインターネットで見ることが出来た。

 ただ従来から、彼の出ている試合そのものをそんなに見ていたわけではないので、私の中でのイチローは、数々の記録の偉大さなどを含めて、ニュース上で他人が伝えてくれた評価の中での彼の人物像でしかない。

 昨夜の会見の中での受け答えを見ていて、私が感じたのは彼も45歳という歳を迎えた一人の人間だということ。

 つまり彼が、10代の頃から野球一筋の人生を歩み続け、日本球界やMLBで多くの記録を打ち立てて、ようやく野球の現役を離れた昨日現在の彼の45歳という立ち位置は、それほど特別なものではなく、誰と比較しても平等なんじゃないかなと。

 例えば自分自身と比べ(私は彼より少し年上だが)れば、生きてきた空間や中身は全く違うのかもしれないが、45歳という立ち位置に、45年過ごして今の位置に立っているという意味ではそんなに大きな差がないのではないかという気がしたのである。

 そりゃ、彼と実際比べてしまえば、生涯年収やら社会的栄誉やら何やらが全てに絶大な差があるわけだが、世の中誰一人として全く同じ人生を歩んでいる人はいないわけで、そういう意味では違うのは当たり前なのである。

 しかし違った人生を歩んできた時間でも45歳という年齢に到達し節目を迎えたという意味ではそれほど違いもないのかなとも感じるのである。

引退会見を伝えるニュース


 

 ただ、どうも昨日の記者会見の様子を見ていると、質問する記者たちが何とか彼をやたらと神格化し、記事をドラマチックに仕立て上げようとして、記者のイメージの枠に当てはめた答えを求めようとする質問が多く、それが鼻についた。

 それに対して、そういった質問はイチローさん自身が、淡々と跳ね返すように自然体で回答していたのがとても印象的だった。

 ヒーローとか偉大な人とかそういうことでなく、野球一筋に取り組んで来た人間の時間が昨日まで続き、昨日無事に節目を迎えたという意味で彼の存在の価値があるのであり、記録だのなんだのは、単なる一つの肩書でしかないのかなと思う。

 ただ、あのように周りからレジェンドだのなんだの持ち上げられても、ただ一人の45歳のイチローとして自然体で受け答えの出来る彼はそこが凄いなという印象ではある。

 イチローさん、長い間お疲れさまでした。

女人禁制は男尊女卑ではない

 先月初め、日本の大相撲の地方巡業の場において、急病人を救助しようとした女性が土俵上に上がり、それを止めた職員がいたことにより女人禁制を謳う大相撲の土俵ルールの是非が話題になった。

 まあ、この事件の是非を問う前に、まず女人禁制の意味からよく考えてみたい。

 女性を土俵に上げない女人禁制のルールは男尊女卑的であるような声もあるが、私はそうは考えていない。

 女人禁制というのは女性そのものに問題があるというより、男性が女性という存在に弱いということに起因するものから発したものと考えられるからである。

 どういうことかと言えば、男性に女性が近づくことによって男性側の風紀というか意識が乱れるという問題である。

 古代より男性にとって女性は、社会的にどういう関係であろうと、常に性的な存在である。
 女性にとっては全く性を意識しないような状況や関係に見えても、男性は常に女性との関係に性を意識している。

 女性が性的な存在であるがために、身辺に存在することによって常に一定程度の神経を奪われてしまう。
 もちろん、全てが性衝動に繋がるわけではないが理性でコントロールされてはいても性は常に意識されている。


 古い女人禁制の代表的なものにトンネル工事の女人禁制というものがある。

 トンネル工事の空間に山の中に女性を入れないというのは、山の神が怒るからだという言われ方をするが、本質的には男性杭夫たちの意識が乱れて、安全意識への配慮に不足が生じてしまうから事故が起きやすくなるからだと推測する。

 もちろん、山の中という閉鎖された空間では、意図せず女性の貞操そのものが直接脅かされる危険性もあり、それ故近づけさせないという理由も当然あるだろう。
 山は古くは修験者の修行の場でもあり、女性が踏み入れると修行の邪魔になり、意識が乱れて危険を伴うという意味もあり、山の神は女性で有るとして女性を排除してきた。

 同様に、相撲の土俵上においても、土俵は山を模したものという意味もあり、土俵の中(山の中)に女性という存在をそこに入れてしまうと、稽古の邪魔になったり、集中力に欠いてケガに繋がる可能性もあるから、女人禁制として女性を遠ざけているのだと思われる。
 つまり相撲のような野性的な闘争心を研ぎ澄ませて上がる場所に、女性の香りがあってはまずいのである。
 例えば、土俵上の俵は、単なる競技場の枠線ではなく、女性を排除するための結界としての俵と見るのが妥当である。

 いずれも禁欲を修行の一つと捉え、女性を男性にとっては煩悩欲を刺激する存在として、意識的に遠ざけるために、修行の場を女人禁制にして、女性を排除してきたのだというのが相撲やそのほかの女人禁制の歴史だと思われる。

 恐らくこのような問題は、先日の甲子園の女子マネージャー問題などにも同様の構造があり、私は「甲子園女子マネ問題に見る安易な時代錯誤論」でもちょっと触れたが、単純な男女平等の社会組織だけでは図り切れない人間の根源的な性衝動を背景にした理由が存在するような気がする。

 さて、このような女人禁制の由来の背景を前提にして、現代の女人禁制をどう扱えばいいのだろうか?

 確かに、男女平等の現代法の観点から言えば、女人禁制などというものは一切排除するのが正論かもしれないが、女人禁制の根拠が「性」という人間の根源に根ざした考え方である以上、表面上の男女平等や男尊女卑を無理やり押し付けるべきではないという気がする。
 
 さりとて、今後も表彰式などで女性市長は登場し続けるし、土俵上の緊急事態に医療関係者の力が必要な場面もまたやってくるのが現代社会である。

 しかし、いろいろ考えてみても個人的な意見としては、大相撲としての土俵上は今後も女人禁制を継続してもいいのかなと考えている。
 その上で土俵上の神聖度というか意味合いをさらに明確化するため、力士や行司以外の関係者も土俵上に上げず、表彰式などは土俵外で行うようにして、一般人も含めて部外者を排除するのが良いと考える。

 同時に常に男性の医療関係者を待機させ、緊急の場合でも女性が土俵上に上る必要が無いような体制を整えるである。

 一方で、女性相撲などは、相撲をスポーツとして行う競技を大相撲興行とは切り離した形で整備し、他の格闘技スポーツ同様に男女別の競技を行い、土俵とは違うような専用競技空間とルールで実施してもいいのではないかという気がする。

 つまり現代の大相撲興行のように、女性が直接力士として参加する社会環境が整わない段階においては、現在の土俵上の女人禁制のルールは継続するのが妥当という気がしており、女性相撲がスポーツ的に興隆してきた段階で改めて考えれば良いのではないかと思っている。

 この考え方は女性の方にはあまり納得頂けないかも知れないが、男性は女性の存在に対して女性が想像する以上に惑わされる生き物であり、時には女人禁制にしてでも、物事に真剣に取り組む時間や空間を確保したいと考えていることを理解していただきたいと思っている。

カーリングが4年に一回しか盛り上がれない理由

平昌オリンピックが終わり、日本選手団が先週帰国し、メダリストたちがマスコミにちやほやされている状況がネットを通じてこちらにも伝わっている。

 特にカーリングの女子チームは「そだねー」の流行語とともに注目を浴びている印象だ。
 まあ今回メダルを取ったというのもあるが、日本国民が彼女らに好感を抱く決定的な理由が他の種目に比べ存在すると分析している。

カーリング女子のインタビュー風景

 それは競技時間の長さである。

 冬季オリンピックの他の競技を見ればわかると思うが、ほとんどの競技は一競技で一人の人間が映る時間はせいぜい数分であり、しかも屋外競技の場合はゴーグルと帽子でほとんど競技中は顔が映らない

 これに対して、カーリングは一つの試合の試合時間が、2~3時間と長くその間に何度も何度も素顔がアップになる。
 この素顔が沢山映るという意味ではフィギュアスケート人気にも共通する面がある。

 しかもチームメンバーは、原則たった4人のため、否が応でも顔や表情を覚えてしまう。

 さらに、今回「もぐもぐタイム」とネーミングされた栄養補給の休憩時の素直な表情や、ピンマイクから拾われる彼女たちの音声が彼女たちの素の姿を映し出し、人柄を知ることになる。
 このように人となりを知れば、自然と好感を持つ可能性が高まり人気が出るのである。

 つまりこの競技時間の長さが、カーリングが他の競技と圧倒的に違って好感を持たれる理由であると思う。

 但し、実は逆にこの競技時間の長さがカーリング人気を持続させられない理由でもある。

 オリンピックでこそ、各テレビ局とも非常に注目が高いため一試合3時間もかかる試合を、何試合も中継してくれるが、オリンピック以外の国際大会レベルだと、さすがにあそこまでの中継体制は取れないため、映像を見ることは出来ない。

 テレビ放映枠というのは無限にあるわけではないので、現在人気の高いMLBの野球でさえテレビ中継を意識して時間短縮の為に申告制敬遠などというルールが導入される時代なのである。
 そのような時代に、カーリングのような動きの地味なスポーツが放送枠を確保してもらえることはありえないのである。

 まあコストのかからないインターネット中継などであれば放映は実現可能かもしれないが、それとて年間を通じて何十試合も中継するのは難しいだろうに思う。

 つまり結局視聴者から彼女らを見る機会を維持することは難しく、カーリング選手が視界から遠ざかれば、日常は忘れてしまう可能性が高くなるのである。
 よってカーリングの試合観戦は、ほとんどの人が次にスポットの当たる次のオリンピック中継まで待たなくてはならす、故に持続的な人気の確保は難しいと思われる。

 今回、彼女たちのオリンピック銅メダルという結果を受けて、盛り上がったカーリング人気を何とか持続させてやりたい気持ちはあるが、前途はなかなか厳しいという気がしている。