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高倉健死す

 中国でのニュースで高倉健さんが亡くなったということを知った。

 突然の訃報に非常に驚いている。

 八甲田山や南極物語、幸せの黄色いハンカチなど、彼の出演した映画の印象は非常に強く、語りはじめればキリがないほど心に強く残っているものがある。
 また映画以外のところから伝わってくる彼のエピソードも彼の人柄のイメージを損なわないどころか上回るほどの驚きの真面目な姿が伝わる。
 ところで、このニュースが中国でもあっという間に報道されたというのはいかに彼の存在が中国でも知れ渡っているかを示す一端だと思う。
 映画「君よ憤怒の河を渉れ」で有名になり、10年前の映画「単騎千里を走る」にも出演し、決して派手さはないものの彼の人柄は中国人たちにも広く深く知れ渡っている。

 人の人生は何れ終わりが来るとはいえ、この訃報を聞いて非常に大きなものを失ってしまったという悲しみを、彼を知る日中両国民が感じているかもしれないという気がする。

 故人の御冥福をお祈りします。

映画「南極物語」を見た
映画「八甲田山」を見た


映画「南極物語」を見た

 先日の「南極料理人」に引き続き、南極モノの映画観賞である。

 個人的に人生の難局続きだから南極モノというわけではないが、私は基本的には北国など寒冷地を舞台にしたドラマや映画を好む傾向にあるような気がする。

 以前見た「八甲田山」もやはり寒冷地ものであった。

 そういえば現在日本ではキムタク主演の「南極」というドラマが話題らしいが、こちらは今のところ興味がなく中国のネットから古いライブラリーばかりを掘り返している。

 どうもスターの名前が先に出てくる映画やドラマはそれだけで興味がそがれてしまう。やはりドラマや映画はストーリーが大事で役者を見るために映画を見るわけではないからだ。

 故に今回のそのキムタクドラマは、いいドラマという評価が聞こえてきてから見ても遅くないと思っている。

写真はイメージ

写真はイメージ

 さてこの「南極物語」、少なくとも1回は過去に見たことがあるはずだがストーリーはすっかり忘れていた。
 主演は高倉健さんと渡瀬恒彦さん、そして犬たちである、というか犬が主役の映画で人間は脇役といったほうがいいかもしれない。

 止むを得ない事情で置き去りにされた犬たちの南極でのサバイバルの姿が描かれているこの映画、犬たちの演技(しているように見せるスタッフの努力)が素晴らしい。仲間の犬が命を落としてしまったときに見せる表情などは人間顔負けで、つい感情移入して犬たちを見てしまう。

 それにしても零下40℃とも50℃ともなる極寒の地で生き抜く姿は物凄い生命力である。

 もちろん実話をもとにしているとはいえ、人間の手を離れた犬たちの南極での行動は全て想像上でのフィクションだから、実際はどうやって犬たちが生き抜いたかは全く分からないのだが、気温と環境はどう考えても厳しい現実であったはずでその環境の中で人間の保護もなく生き抜いたことは凄いことであろう。

 そして犬を仲間と思う高倉健さんと渡瀬恒彦さんの存在感も素晴らしく、彼らによってこの映画が単なる動物映画やヒューマンドラマに終わらない重みを持った映画になっている。

 ところでこの映画の音楽を担当したのがヴァンゲリスで、初期のシンセを駆使した機械的な硬質な音がこの南極の厳しさをうまく表現していて、サントラ曲の名作との一つと言ってもよいであろう。
 ヴァンゲリスは、炎のランナーや2002日韓ワールドカップのテーマ曲など非常に印象に残る音楽を作っており私の好きな現代作曲家のひとりである。
 
  こうやって極地モノを続けて見ると自分も何となく南極に行ってみたい気になるから不思議である。

映画「八甲田山」を見た

 以前から見たいと思っていたのに、なかなか機会を見つけられずにいたのだが、先日DVD店でこの映画を見つけたので買って見ることにした。

 1977年に公開だから、もう既に32年前の映画である。

 何故興味を持っていたかというと、子供の頃にこの映画をパロっていたテレビ番組が多数あったのが頭に残っていたのと、最近中国に来てから日本と中国の近代史の情報を時々インターネットで調べるようになって、日清日露戦争時代前後の情報として、この八甲田山遭難事件にも興味を持ち、映画も見てみたいなと考えていた。

 もっともこの映画は、実際に起きた事件をベースにはしているものの、後に創作された新田次郎の小説「八甲田山死の彷徨」を原作として映画は作られている。

この小説はドキュメンタリー的なノンフィクション小説として扱われることもあるようだが、作者の手でかなり脚色が加えられているのでフィクション作品として見たほうが良い。

 小説や映画は青森隊と弘前隊で競ったような書かれ方をしているが、実際にはたまたま日時が重なっただけで関連なく二つの行軍が行われたとのことだ。

 さて、この映画、実にキャストが非常に豪華であることが驚きだ。主役に高倉健 北大路欣也 三國連太郎 加山雄三 そしてそのほかにも前田吟 緒方拳 小林圭樹 下條アトム 東野英心 島田正吾 大滝秀治 丹波哲郎 藤岡琢也 花沢徳衛 森田健作などなど、目がくらくらするくらい名の通った俳優達が大勢参加している。映画作成から30年も経っているので今ではかなりの俳優が亡くなってしまったが今のネームバリューでこれらの俳優を集めたらギャラだけでいったい幾らかかるのだろうと思われるほど豪華である。

 音楽も芥川也寸志とこれまたとんでもない人選である。

 もちろん女優も名前だけは負けておらず栗原小巻、加賀まり子、管井きん、秋吉久美子が出演している。
ただしこの映画は基本的に男性だらけの映画であり、およそ唯一秋吉久美子が紅一点案内人としてストーリーに花を添えているに過ぎなく、それ以外は基本的に男だけの戦いである。ラブロマンスの要素は一切ない。

 まあいまどきこういう映画も珍しい。

 さて具体的なストーリーは書くと長くなるので省略するが、この映画を見ると日本の硬直した縦社会が、いかに組織に悪影響を与えてしまう可能性があるかがよく分かる。

 きちんと細かい配慮や準備して挑んだ高倉健の弘前隊が難しい行軍を成功させ、同じように準備しようとしながら見識のない上司の横槍を受け入れざるを得なかった来た北大路欣也の青森隊が悲惨な末路をたどるといった対照的な描かれ方をされている。 

 雪の怖さを考え隊長以下少数精鋭で臨んだ弘前隊に対し、青森隊は上司の横槍でまず編成の段階から思うに任せられず力任せの中隊を背負わされ、故に満足な教育が行き届かないまま行軍実施を迎え、さらには行軍に随行してきた上司の不見識な命令(案内人を断るなど)で指揮系統が混乱し、結局は隊の士気さえ下がり戦う力をなくす結果となってしまったのである。210人参加して生存者11名。生存者がいただけ奇跡のような話である。

 これは明治時代の話であるが、今の日本社会にも通じるところもあるように思える。間違っているとは思ってても上司の判断を受け入れざる得ない場合があり、結局初めから先行きが分かっていながら、みすみす失敗を招いてしまうことは良くある話だ。

 まあ、駄目なものは駄目といえることが本当は理想なのかもしれないが、なかなかそうはいかない日本人の社会である。
 この映画を見てそんなことを考えてみたが、現在明治維新のような勢いで変化を続けるこの国にもあてはまることがあるように思えるのは私だけであろうかと考えてしまった。