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晴れない上海の冬

 例年のことではあるが、上海の冬の空は関東の冬のように晴れてはくれない。
 どちらかというと日本海側のごとく、曇った天候が続きぼんやりとした天候が続く。

上海の空

 気温も上がらず1ケタ台の気温が続くので、日照時間の少なさも手伝って毎日寒々しい思いで過ごさなければいけないのが、上海の平均的な冬の顔である。
 暦の上では既に立春を過ぎ、春節も過ぎ去ったというのに、春という印象からはまだほど遠い。
 この2週間ではっきりした青空が覗いたのは1日くらいしかなかったのではないだろうか。

 大気汚染という要因も確かにあるにはあるのだが、雨の日などは汚染物質の値は低く、視界の悪さは汚染物質だけではない要因であるようで、この地域の持つ気候環境がこの寒さや陰鬱さをもたらしているようだ。

 その割には以前「上海人はあまり脱がない」で書いたように、ストーブなどの暖房器具などをほとんど利用しないのがこの上海地域の特徴でもある。

 このような気候が続くと、当然行動力は鈍くなるし、気持ちも重く成る、

 医学の世界では冬季性うつ病という言葉もあるように、太陽光を浴びる時間が少なくなるこの季節は、うつ病に近い心理的状態になる人もいるようだ。
 そのための治療用ライト(照明)なども世の中にはあったりする。

 まあ私とて、底の底まで気持ちが落ちているわけではないが、やはり決して爽快な気分でこの気候を過ごしているわけではない。

 音楽などを聴いて意図的に気持ちを前向きに持ち上げたり、外出機会を増やして引きこもりにならないよう努めているが、やはり気持ちは重い。
 関東で育った人間にとって冬は寒いが、空は青いのが当たり前なので、この重い空は結構堪える。
 晴れた青空が待ち遠しい今日この頃である。


<目覚まし用ライト>

校歌作曲職人「平井康三郎」さん

 先日、選抜甲子園で地元の中央学院高校の試合ぶりをYOUTUBEで確認していたところ、思わぬ名が目に飛び込んできた。
 試合の結果自体は既に事前に知っており、逆転サヨナラ3ランでがっくりするほどの結果だったのだが、そのホームランがいか程のものかを確かめたかったのである。

 で、映像では物凄い打球がバックスクリーンに飛び込んでおり、何というか自分を納得させるような確認となった。
 で、映像はそのまま相手の明徳義塾の校歌の斉唱シーンになったのだが、そこで校歌の作曲者として「平井康三郎」さんという名前が表示されていた。

 「平井康三郎??」

この名前には見覚えがあった。

 実は私が卒業した小学校の校歌の作曲者だか作詞者がこの名前だったのを憶えていた。

 で、気になってインターネットで調べてみると、確かに母校の小学校の校歌の作曲者はこの平井康三郎さんだったのである。
ウィキペディアによると平井康三郎さんは、明治生まれで戦前から戦後にかけて活躍した作曲家で、普通のクラシック的な曲も多く作曲しているとのこと。

しかし、その大きな特徴としては、異様に学校の校歌の作曲した数が多いことのようであった。

 その多さたるや、彼が作曲した校歌の数は500校以上を数える。

 そういった平井康三郎さんの作曲した校歌を集めているリンク集も見つけた。

 どういった事情で、こういった校歌職人になったかは知る由はないが、恐らく当時の作曲家稼業としては、そういった学校の校歌作曲などが手っ取り早い収入源であろうというのは容易に想像できる。

昔の王宮のお抱え作曲家のよう時代と違い、現代日本のような環境で交響曲とかを作曲家してもよほどヒットしなければ、印税を得ることは難しく、一曲いくらで校歌の作曲委嘱を受けるほうが確実な収入になったと思われる。

そんな背景はともかく、テレビで流れる明徳義塾の校歌作曲者と自分の母校が同じ作曲者の校歌を使っているだけで、親しみがわいてきたのである。
 それまでは平井さんが作曲した他の学校の校歌などはまず聴いたことはなかったと思うが、かの明徳義塾高校の校歌を聴いた瞬間、我が母校と共通する匂いのようなものがあった気がするのである。

 私自身の歴代の母校での校歌は、小学校、中学校、高校、大学とそれぞれあった気がするが、大学はほとんど歌ったことが無いし、中学校も少々暗い曲調だったのであまり好きではなかったが、小学校の校歌は今でもそらで歌えるほど鮮明である。

 もちろん流石に6年間も繰り返し歌っていた曲でもあるので、当たり前と言えば当たり前だが、それだけ親しみやすい曲でもあったとも言える。
 そう言えば、上海の茨城県人会恒例となっている、「茨城県民の歌」の斉唱の際に、歌詞カードが配られるが、この曲は平井康三郎さんの作曲ではないが補筆編曲となっており、私が馴染んだ曲調になっているのかやはり歌いやすい。

 こんな平井康三郎さんが亡くなったのは2002年ということで、私の小学校時代にはとっくに亡くなっていた先人かと思っていたが結構同時代を生きていた方だったようである。

 今自分は上海にいるため、なかなか彼の作品に触れる機会は多くはないが、出来ればその作品をもっと追いかけてみたいと思わせる今回の明徳義塾高校の校歌との接触であった。

井村雅代コーチに金メダルを取らせてあげたい

 リオオリンピックが閉幕した。

 小池新東京都知事が赴いて引継ぎ式に参加しただの、安倍首相がマリオの姿などで登場したなど、お祭りが終わったという雰囲気になってしまっているが、まだパラリンピックがあるのに、この雰囲気はどうなのだろうかと思う。

 寧ろ、閉会式や引継ぎ式はパラリンピックが終わった時にやるべきで、このタイミングでやるのは中継ぎ式程度で良く、このままパラリンピックへ流れを繋いでいくべきだと思うのだが、違うだろうか?

 さて、そんな閉会式への不満はさておき、今回のオリンピックにおいて、シンクロナイズドスイミングの日本代表が「チーム」として銅メダルを獲得した。
 シンクロ種目ではこれで「デュエット」と併せて両方の種目で銅メダルを獲得したことになる。

 日本のシンクロ界は直近のオリンピックは低迷時代とされ、「チーム」は2大会連続でメダルを逃し、デュエットも前回はメダルを取れなかったのである。
 しかし一昨年から井村雅代さんがヘッドコーチ(HC)に復帰し、今回チーム・デュエットともに銅メダルを獲得し見事結果を出した。

シンクロ井村雅代HC

シンクロ井村雅代HC(引用元

 さすがメダル請負人の面目躍如といったところで、一時中国のコーチに就任した時は裏切り者扱いされたときもあったが、そういった汚名を払しょくする結果で、彼女によってようやく日本が世界のシンクロ上位国に復帰した感がある。

 井村さんの指導は非常に厳しいことでも知られているが、それは選手にメダルを取らせてあげたいという情熱の裏返しでもあり、愛情に満ちた指導だという気がする。
 まあ自分ならあの練習にはきっと耐えられないと思うが(例え違うスポーツであっても)、モチベーションを刺激する術は天下一品であり、別のことであれば叱咤激励を受けてみたい気がしており、一度会ってみたい存在である。

 さてそんなメダル請負人の名伯楽であるが、残念ながら金メダルには未だ手が届いていない

 シンクロ界ではロシアの壁が非常に高く、今回のリオを含めて目下5連覇中という高い壁になっているのである。
 日本のシンクロ界に長年貢献している井村コーチには是非一度は金メダルを取らせてあげたいと思うのだが、なかなかロシアの壁は高いのである。

 4年に一回しかないオリンピックであり、年齢から言っても今後何回もチャンスがあるわけでもないと考えると、是非次の東京で金メダルを取ってもらいたいという気持ちになる。

 しかしそのためにはロシアの壁を乗り越えなくてはならないのである。

 そこでお節介ながら日本とロシアの差がどこにあるのかと、過去の映像を片っ端からチェックしてみた。
 すると、やはりロシアとは大きな違いがあることに気がついたのである。

 何が違うと感じたかというと、日本とロシアでは拍子の取り方が違うのではないかということ。

 どういうことかというと、日本チームの演技は1、2、3、4とメトロノームでリズムを取るが如く、点と点で拍子を取るため、点から点への移動は非常にキレがあり、スピードもある。
 しかしその代わり、点から点への移動速度はどれも一律であるような印象で、結果として動きのリズムはシャープではあるが悪く言えば単調となり、ポーズの連続のような演技となっていたのである。

 これに対してロシアの演技はポーズからポーズへの移行が滑らかであり、スピードの変化が随所に加えられており、そこが魅せる要素となっていた。

 つまりリズムが点と点で途切れず、連続的につながった動きとなっているような印象なのである。

 例えていうならバイオリンで奏でられるワルツのようなもので、メトロノームで示されたリズムだけでは表現できないリズムの変化がそこにあるのである。

 ここが日本とロシアの差であり、これが単に技術的な差であるのかどうかは、私はシンクロの専門家ではないので分からないが、日本がロシアを上回るためにはこのリズム感の差を埋める必要があるように思えるのである。

 以前「フィギュアスケートと音楽」でも書いたが、シンクロナイズドスイミングは音楽が結果に影響する数少ない競技の一つであり、技術要素以外の音楽的な要素が結果に影響を及ぼす。

 それ故に、オリンピックで今より上を目指すには技術的な要素だけでなく、リズム感的要素を、それも音楽的な要素を身につける必要があるような気がする。
 もし音楽的な感覚を身につければ、ひょっとするとシンクロ競技の最大の目標である演技の同期性も音楽的なリズムで埋められる可能性もある。

 まあ、こんな素人の意見は釈迦に説教かもしれず、そんなこと分かっているよと怒られてしまうかもしれないが、井村HCファンとしては何としても次こそ金メダルを取っていただきたいのである。