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上海で昼間に2件の通り魔発生事件で子供が犠牲に

 日本では新幹線での殺人事件や富山での拳銃強奪事件が起きて、社会に衝撃を与えているが、今日上海でも今日通り魔事件が起きたようである。

 現場は上海南駅の北側にあたる地区で小学生の子供3名と保護者の女性1人が小学校の校門前で、29歳の男に野菜包丁で切り付けられたようで、2人の子供が病院に運ばれたが亡くなったとのこと。

 実際現場で犯人が取り押さえられている状況や、切られた子供が血を流して倒れている生々しい映像が出回っており、騒々しい状況だったことが分かる。

 犯人はすぐに警察官に取り押さえられ、足で頭を踏みつけられるような状態で手足を後ろ手に縛られ、吊るされるように連行される姿の映像もあった。

 警察発表によると、社会への報復を念頭に凶行に及んだとのこと。

 そして、立て続けに人民広場近くの寧海路でもやはり通り魔があったとの情報が流れてきた。
 こちらは、正確な現場の情報とかが今の時点でメディアには流れていないようなので、フェイクである可能性も現時点では否定できないが、一応動画では被害者と思しき人物が布にくるまれ、運び出される様子が写っていることから、事実なら亡くなった方がいたということなのだろう。

  ちなみに一件目の事件は広く流布されているため実際にあった事件であることは間違いないようである。

 一見平和に見える上海でも、日本同様に危険が転がっていることを知らせるこの事件であり、日本だからとか中国だからとか区別なく日常から警戒を要するこの状況である。
 特に今日は満月であるらしく、事故などが起きやすい日とも言われていることから外出する際は日中問わず気を付けたい。

外務省発行の海外安全マニュアル

校歌作曲職人「平井康三郎」さん

 先日、選抜甲子園で地元の中央学院高校の試合ぶりをYOUTUBEで確認していたところ、思わぬ名が目に飛び込んできた。
 試合の結果自体は既に事前に知っており、逆転サヨナラ3ランでがっくりするほどの結果だったのだが、そのホームランがいか程のものかを確かめたかったのである。

 で、映像では物凄い打球がバックスクリーンに飛び込んでおり、何というか自分を納得させるような確認となった。
 で、映像はそのまま相手の明徳義塾の校歌の斉唱シーンになったのだが、そこで校歌の作曲者として「平井康三郎」さんという名前が表示されていた。

 「平井康三郎??」

この名前には見覚えがあった。

 実は私が卒業した小学校の校歌の作曲者だか作詞者がこの名前だったのを憶えていた。

 で、気になってインターネットで調べてみると、確かに母校の小学校の校歌の作曲者はこの平井康三郎さんだったのである。
ウィキペディアによると平井康三郎さんは、明治生まれで戦前から戦後にかけて活躍した作曲家で、普通のクラシック的な曲も多く作曲しているとのこと。

しかし、その大きな特徴としては、異様に学校の校歌の作曲した数が多いことのようであった。

 その多さたるや、彼が作曲した校歌の数は500校以上を数える。

 そういった平井康三郎さんの作曲した校歌を集めているリンク集も見つけた。

 どういった事情で、こういった校歌職人になったかは知る由はないが、恐らく当時の作曲家稼業としては、そういった学校の校歌作曲などが手っ取り早い収入源であろうというのは容易に想像できる。

昔の王宮のお抱え作曲家のよう時代と違い、現代日本のような環境で交響曲とかを作曲家してもよほどヒットしなければ、印税を得ることは難しく、一曲いくらで校歌の作曲委嘱を受けるほうが確実な収入になったと思われる。

そんな背景はともかく、テレビで流れる明徳義塾の校歌作曲者と自分の母校が同じ作曲者の校歌を使っているだけで、親しみがわいてきたのである。
 それまでは平井さんが作曲した他の学校の校歌などはまず聴いたことはなかったと思うが、かの明徳義塾高校の校歌を聴いた瞬間、我が母校と共通する匂いのようなものがあった気がするのである。

 私自身の歴代の母校での校歌は、小学校、中学校、高校、大学とそれぞれあった気がするが、大学はほとんど歌ったことが無いし、中学校も少々暗い曲調だったのであまり好きではなかったが、小学校の校歌は今でもそらで歌えるほど鮮明である。

 もちろん流石に6年間も繰り返し歌っていた曲でもあるので、当たり前と言えば当たり前だが、それだけ親しみやすい曲でもあったとも言える。
 そう言えば、上海の茨城県人会恒例となっている、「茨城県民の歌」の斉唱の際に、歌詞カードが配られるが、この曲は平井康三郎さんの作曲ではないが補筆編曲となっており、私が馴染んだ曲調になっているのかやはり歌いやすい。

 こんな平井康三郎さんが亡くなったのは2002年ということで、私の小学校時代にはとっくに亡くなっていた先人かと思っていたが結構同時代を生きていた方だったようである。

 今自分は上海にいるため、なかなか彼の作品に触れる機会は多くはないが、出来ればその作品をもっと追いかけてみたいと思わせる今回の明徳義塾高校の校歌との接触であった。

夏休みの自由研究がオタクを生む?

 日本では小学校の夏休みの宿題として、自由研究というものが実施されている。
 私が小学校の時にもそれなりの研究に取り組み、当時の恩師や両親の協力を得ながらそれなりの研究に取り組み、運よく夏休み後の学校代表などになったこともあった。

 まあ、今考えればたわいもの無いものばかりではあるが、今にも生きる貴重な雑学を吸収するきっかけとなった時期とも言える。

つまり、学校で習う勉強以外のものとして知識を拡げるいいきっかけになったのである。

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 ところで最近こちら中国で、小学生の子供を持つ親御さんに事情を聴いたところ、どうやら中国では自由研究に該当するような夏休みの宿題は出されていないようである。
夏休みの宿題として漢字の書取りや算数の計算問題ドリルのようなものはあるようだが、自由研究らしきものは特に無いようである。

 じゃあ他の国はどうなんだと調べてみると、欧米は学年の境目の年度替わりということもあって、夏休みの宿題自体が存在しないようだった。

 語学力が無いのでアラブの国までは調べきれなかったが、かの国たちも夏休みの宿題が存在するイメージが無いので恐らくきっとないんじゃないかという気がする。

 結局まあ恐らく夏休みに宿題が出るのは東アジアの日中韓だけで、韓国も読書感想文などはあるらしいが、自由研究などは見当たらないのである。

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 つまるところ雲をつかむような課題である自由研究を夏休みに子供に与えているのはおよそ日本だけということになる。

 ほかの国でも学校単位では行われている可能性はあるが、国全体で実施されているのはやはり日本だけのようである。

 この自由研究について、いつ始まったかは定かではないが大正時代に一部の学校でおこなわれていたものを戦後に授業として定められたものらしい。
 由来はともかく、この日本特異とも言える夏休みの自由研究課題は日本独特の文化を生んでいるような気がするのである。

 その一つとして考えられるのが、日本独特のオタク的文化である。

 オタク的文化といっても、何もアニメや漫画だけでなく、ありとあらゆる分野にわたり、例えばラーメンのスープへのこだわりや、今や世界一とも言われるスイーツ、世界に比肩するワインなどありとあらゆる場面でも、一つのものを深く掘り下げ研究する土壌が日本には存在する。
 いつぞやテレビで言っていた話だが、日本には世界中の料理を日本人が持ち帰って研究し、現地の本場よりうまいものを作り上げてしまう文化があり、ベルギーのワッフルなんかも本場以上においしものをつくりあげてしまっているとも言われるそうだ。

 しかもいずれもそのレベルはいずれも世界トップクラスに比肩し、例えば香港には日本のラーメン大好き香港人がおり、日本のラーメンが世界一だと絶賛しているのだという。
 このようにありとあらゆるものに研究根性を発揮し、世界の中でも類まれに見る研究熱心な国民性をもつのが日本人の国民性のようなのである。

 で、その国民性はどこから来たのかと考えると、やはり小中学生への自由研究教育がその一端を担っている役割は小さくないのだという気がするのである。

 もちろん、こういった自由研究教育が始まる前からも日本では伝統的に農耕民族の勤勉な国民といわれており、文化の面でも中国の漢字からカナ文字を生んだりと、本国とは違う独自の工夫を生み出す土壌はあったと言える。

しかし、そうった日本人の「研究気質」を国民性として火をつけたのがやはり小学校の夏休みの自由研究課題であるという気がしており、我々日本人は研究する楽しみ、研究対象を見つける楽しみというものを日本の子供の頃に植え付けられてきたのだと思う。

 まあ親が丸抱えで子供の自由研究の肩代わりするようなことは論外だが、例えある程度他人が用意した研究の方法・・・朝顔の観察などでも、人から知識として教わるのではなく自分で変化を見つけて記録していくという作業は非常に好奇心を刺激するものであり、研究意欲を湧き立たせるには十分な行動なのである。

 そういった研究の楽しみを知った子供が大人になるにつれて、独自の研究対象を見つけてそれぞれ深みにハマっているのが、日本の総オタク文化とも言える状況になっているのだろう。

 一概にオタク文化と言ってしまうとネガティブなイメージになりやすいが、身近な事象の研究による発見や、分析能力、あるいはのめり込み能力は世界でも類稀なものがあり、例えば気象観測技術、鉄道運営技術、お菓子作り技術、店舗運営技術などは日本人の研究気質の結晶だと思われ世界に誇れるものとなっている。

 先日、日本書籍のお店に中国ビジネスコーナーを見つけたが、かなりの種類の本が出版されているのを見つけた。
この数をみるだけでも、日本人は中国ビジネスを随分熱心に研究しているのがわかる。
しかし、このとき同行していた中国人に聞いたところ日本ビジネスを研究した本はこんなには出版されていないのだという。

 恐らく本の数の差ほど彼らが日本に興味はないわけではないだろうが、研究を好む国民性かどうかがこの本の数の差にあらわれているのだろう。

 このような状況を見るにつれ、「夏休みの自由研究」とは単なる小学生のための夏の風物詩では終わらない重要な日本の貴重な文化の担ぎ手でありビジネスなどの訓練の場であると私は最近確信しつつあるのである。