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ウィーン交響楽団in東方芸術中心 その2 演奏編

さてようやく入った今回演奏が行われる上海東方芸術中心のコンサートホールは、日本のサントリーホール同様にワインヤード形式の1953席の大ホールとなっており、ステージをぐるっと取り囲むように席が配置されている。

上海東方芸術中心コンサートホール

このホール自体は過去に1度入った記憶があるが、前回はサントリーホールほど音が回らず、ややドライな響きがあると感じた空間であり、鑑賞客マナーに辟易したという記憶が残っている。

前回の上海交響楽団ホールでは客席素材のやや貧弱なところが気になったが、こちらのホールはまぁまぁ質感のある木を使っており、サントリーホールには及ばないが、前回よりはマシである。

上海東方芸術中心の座席

上海東方芸術中心の座席

さてさてオケのメンバーがステージに入ってくると、自然と拍手が起きた。

外来オケなので、クラシック演奏会においては当然のマナーのような習慣なのだが、前回のロンドン交響楽団の来海の際には無かったこの鑑賞マナーの向上に非常に驚いた。

ただホールの照明の切り替えはここも相変わらずで、どうもギコチない。
前回の上海交響楽団ホールのときも同様に感じたのだが、客席ライトを落とすタイミン
グが早すぎるし、ステージのライトを100%まで上げるのが遅すぎるように思われた。

個人的には楽員がステージに現れた段階でフルにするべきように思われるし、オケのチューニングを行うタイミングで客席の照明を落とす方が、聴衆もスーッと集中力が高まり指揮者の登場を待つ緊張感が高まるのである。
或いは楽員の入場時はまだステージが整っていないという整理で70%程度の照明でも構わないと思うが、チューニングが始まる段階で本番が始まったと考え100%とするべきだろうに思う。

しかし実際には今回チューニングが終わって指揮者の登場を待つタイミングで100%に上げられていた。

このあたり、まだ前後の照明を含めて音楽会の演出だという考え方が浸透していないのか、音楽は音楽、休憩→本番→休憩といったデジタルな切り替えになってしまっているというような印象を受けた。

さて、オーケストラに話を戻すが、今回のチューニングはコンサートマスターの開放弦で行われた。

弦楽だけの合奏では珍しくないが、管弦楽では通常はオーボエが基準の音を出すのだが、今回はコンマスの音を基準にチューニングが行われたのである。
このオケの習慣なのか、今回はベートーベンの交響曲9曲だからソロも多く負担が大きいからコンマスがリードしたのかわからないが結構珍しい光景であった。

上海東方芸術中心のステージ

そして指揮者の登場である。

今回の指揮者はこのオケの首席指揮者のフィリップ・ジョルダン氏で1974年生まれのスイス人指揮者である。
スラッとした背の高いイケメン系の外観ということになるだろうか?

まず4番の演奏が始まり、音はさすが本場のオケと言う感じで整っていたが、やはりプログラムの一曲目ということで、どうも力が入っていない印象だった。
しかも、フィリップ氏の指揮とはリズムこそズレてはいないが、指揮振りの力感とオケの音のボリューム感がどうも一致しない。

果たして、この音楽はこの指揮者によってドライブされた演奏なのだろうかという気がしたほどだった。
あまりにもの不一致のため、こちらは指揮者を見るのを辞め、ファゴットなど木管パートに注目しつつ演奏を鑑賞した。
まあそんな状況だったが最終楽章には、何とかいい音で鳴ってくれるようになり、それなりに心に響く演奏になってくれたので良い印象で聞き終えることは出来た。

そして休憩を挟んで5番である。
余分な話だが、日本では「運命」とタイトルが付けられているが中国語では「命運」となっており、ほぼ同じ意味で中国で捉えられているようである。
こちらの演奏は4番と打って変わって、一応きちんとリハーサルをやって調整して来たのか如く、しっかりオケと指揮者がマッチングしていた。
ひょっとすると4番は通常はプロオケのレパートリーの一つなので、あまり多く練習せずリハーサルだけの音合わせだけで今回ステージに上った可能性もある。

何せ4日間で9曲もやるので、全曲の細かい練習などは難しいはずで、練習量の多い曲と少ない曲の差が出るのは仕方なく、特に9曲の交響曲の内、偶数番号の曲は犠牲になりやすい。

故に今回の4番は手を抜いて、5番に力を入れた方の演奏という印象であり、5番は4番とは対象的に最初から最後まで聴いている方も結構力が入った演奏となった。
特筆すべき程に凄いという程ではないが、聴いていても盛り上がりのある良い演奏だったのである。

演奏後の聴衆の反応も好意的であり、アンコール曲も、エグモント序曲とブラームスのハンガリー舞曲1番の2曲が演奏され、5番同様にそれなりに整った演奏を聴かせてくれた。
まあ全体として概ね悪くない演奏ではあったが、やはり4番を良い演奏で聴きたければ4番をメインの後半で演奏するプログラムの演奏会を選ばなければ駄目だなと感じた今回のコンサートであった。


上海の街灯が黄色い理由

夜に上海の街、というか住宅街や通り沿いを歩いていていると日本と違う夜の雰囲気に気が付く。

 もちろん建物その他が違うのは当たり前だが、一番大きな違いは上海の街路灯がどれも黄色だという事。

上海の黄色い街路灯

上海の黄色い街路灯

 街路灯だけでなく、空港などの照明も全て黄色で統一されている。

 日本だと一般道路の街灯は白色が基本だったという気がする。
 私はどうもこの黄色い照明が苦手である。

 この照明の下にいると、なんとなく気分が重苦しくなるというか、心が晴れた気分にならない。

 中国人に対してこのことを言うと、黄色の方が慣れているから安心するしどうも白い光は落ち着かないということで、慣れというか長い事この国は黄色い街灯を使用しているようである。

 しかしながら上海の街灯は何故黄色なのだろうか?

 この点についてインターネットで中国語のサイト色々調べてみたところ、まず第一の理由として黄色が一番遠くまで光が届く波長の長い光なのだということらしい。

 ただこの理由については、どうも納得いっておらず、白い照明の方が物が見易いのではないかと思うが、明るさの問題もあり機械で測定した数値でもないので強く反論できない。

 またそのほかの理由として、照明電球の電力消費が少ない、耐久時間が長い、立ち上がりが早いなどなど、まあおよそ想定できる範囲の言葉が見つかったが、これらと色の相関関係が本当にあるのかなどについて、どうもデータで示されないので納得しきれなかった。

 仕方なく、今度は日本語で街灯の色について調べていくと、やはり日本の伝統的な水銀灯の街灯は白色が基本という事だったが、現在は徐々にLEDやナトリウム灯の照明に切り替えられオレンジ色の照明が増えていることらしいということが分かった。

 やはり理由としては遠くまで光が届くということで、それ故に最近の高速道路の照明ははオレンジ色が基本となっており、中国の街灯蜀の選択理由と一致するものがある。

 さらに資料を探してくとちょっと驚く理由をみつけた。

 それは黄色の照明は虫が寄り付きにくいということだった。

 昆虫は黄色の波長域には反応しないので、黄色の光のみを出すナトリウム灯には昆虫は近づかないとのことである。

 逆に昆虫は紫外線に反応するので誘蛾灯などは紫外線を出して虫をおびき寄せているということらしい。

 そういえば、これだけ多い中国の街灯に虫が寄っている姿をあまり見た記憶が無い気がする。

 やはりそういった防虫の意味も理解して上海では街灯を黄色にしているのだろうか?

 どれが一番決めての理由か分からないが、上海の街灯は機能的な理由で黄色が一番合理的だと判断されたようだ。

 このように街灯が黄色い理由がわかったとしても、やはりこの黄色の照明はなれず、あまりいい気分にはならないことには変わらない。

 まあこれは夜に出歩くなという、戒めなのかもしれない。

香港と上海の夜景の闇の深さの差

昨夜香港にやってきて、久々に香港の夜景を眺めてみた。

 上海も外灘の夜景や陸家嘴など摩天楼群の夜景が有名だが、香港の夜景は100万ドルの夜景と言われるほど有名であり、こちら年季が違う。
 上海の夜景より香港の夜景の方が迫力がある。

香港の夜景

香港の夜景

 上海の夜景は手前のビルだけが光を放っているが、香港の場合は何層にも重なって高層ビル群が立ち並び光を放ち、数の上でも圧倒し、そこにはまさに100万ドルの富がたくさん詰まっている。

 そしてこの迫力の違いを決定づけるのが背景のピークの稜線の光なのかなという気がする。

 背景の山の中にポツンとポツンと見える光と、その間の闇がゾッとするような奥深さを感じさせるのである。

 昔どこかで読んだ資料に、イルミネーションに人は何故惹かれるのかと言った説明で、人は光に惹かれるのではなく、光と光の間に見える闇の空間に惹かれるのだと言った文章があった。

 そういった意味でいえば、この香港の夜景の光の後ろに見える闇は惹かれるのに十分な闇である。

 そういった面で言えば上海の夜景はどこかまだ表面的で薄っぺらい。

 

上海の夜景

上海の夜景

 

もちろん上海の夜景の後ろに山が来ることは今後も永遠にないため、香港の夜景のような奥深さを感じるようになることも永遠に無いのかもしれない。

 香港の裏社会までを感じさせるその闇の深さは、今後も100万ドルの夜景を引き立ててることになるのであろう。