Monthly Archives: 5月 2010

モンゴル旅行の査証が免除になった!

 先日に引き続き、JNTO(日本観光局)のデータを覗いていたら、なんと日本人のモンゴルへの旅行に関して、30日以内ならば査証が免除になったとの情報を目にした。

慌ててモンゴル大使館のホームページで情報を確認したら、

モンゴル政府は2010年03月24日の閣議で日本国籍方に対し短期ビザ(査証)を4月1日から免除することを決めました。最長30日間、ビザなしで滞在できます。」

と掲載されていた。
どうやら情報は本当のようである。
(まあJNTOの情報を疑ったわけではないが、、、)

 モンゴルという場所は小さいときからの憧れの場所で、中国に来たときから陸続きなのでいつか行ってやろうと思っていたのだが、これまでは事前ビザの手続きが必要であり、もちろん上海からだと距離もそんなに近くないということもあり、そういう構想もなかなか立てられずにいた。

 しかし、査証が免除となれば敷居は一段低くなり、時間とお金があれば思い立った時に気軽に行けるようなった。故に夢のモンゴルが一歩近づいたかもしれない。

 とはいえ、距離的な遠さが変わったわけでもなく、経済的時間的余裕がそんなにあるわけでもないので、モンゴル旅行がそんなに急激に決まる状況にはならなそうである。

 それに中国国内からならば、内モンゴル自治区という同じ文化を持った民族が住んでいるエリアがあり、フフホト(呼和浩特)あたりまでなら上海から飛行機でそれほど高くない金額でチケットが買えるので、わざわざモンゴル本国まで乗り込む必要もなさそうに思える。

 しかしまあそこは中華圏の影響を受けてしまったエリアと純粋性を保っているであろう独立国の違いがあるであろうし、ウランバートルという地名は私にとってやはり特別な響きがある。

 いつか行ってやる。

その夢の実現のためのグッドニュースであった。

駐日モンゴル大使館ホームページ

東京の行列店が上海で失敗する訳

東京で行列店として有名なラーメン店などが時々上海に進出してきているがそのほとんどは失敗をして撤退する憂き目にあっている。
 あれほど東京で行列店として有名だったお店が何故上海では成功できないのかと疑問を呈する人もいるが、答えは結構単純である。

言うなれば上海は東京に比べマーケットが小さすぎるのである。

外灘からの景色

日本の首都圏人口は約3000万人いるといわれ、もし仮にこの人口の0.1%の味覚に合致しそのお店のファンになってもらえたら、3万人のお店のファンが出来ることになる。
 もし彼らが月平均1回お店を訪れてきてくれたら、毎日1000人のお客を得ることが出来、当然連日大行列となる。

 東京のお店としてはこれで大成功であるのだが、実はここが勘違いの始まりとなる。

 つまり東京ではたった人口の0.1%の味覚に合致すれば行列店を作ることが出来る。

 0.1%、つまり1000人に1人の割合のファンがいれば充分なのである。

 しかし逆に言うと0.1%の熱烈なファンさえ掴めば残り90%以上の人に受け入れられていない味でも行列店として成立してしまうので、経営者はここで自分のお店の行列を見て大きな勘違いを始める。

 「東京で成功したのだから、次は世界を目指そう、そうだ中国だ!上海だ!」と。

そうやって上海にやってくる。 

しかし、残念ながら上海は東京に比べ、まず日本人の人口が非常に少ない。10万人という数字を使ったとしても東京の300分の1である。

 もし仮に上記の算式を上海の日本人人口に当てはめれば、人口の0.1%しか捉えられない味ならば、お店のファンはたった100人となる。もし彼らが日本と同じように月に一回お店に通ってくれたとしても、1日あたりのお客さんはたった3名ちょっととなる。これでは当然経営的には成り行かない。

 じゃあ、「日本人ではなく中国人にPRしよう!」となる。

 考えるのは容易いが、やはりここは外国である。ベースとなる食文化の違いが当然障壁となって立ちはだかる。当然所得差も大きく日本のようにマーケットを同質で捉えられない。
 まあそれでも万が一運よく中国人たちの味覚にマッチングすれば行列間違いないのだが、所詮は東京で人口の0.1%ファンしか実績のない味であれば、上海で同じように成功する確立はそれこそ宝くじのようなものであり、とてもビジネス的に賢い挑戦ではない。

 こうやって進出しては見たが、全然客が集まらず、そうこうしているうちに素材などをケチり始め、肝心の味が落ちて行き、ついには閑古鳥状態となり撤退となる。そんなパターンをいくつも目にしてきた。

東京の行列ほどビジネスの参考にならない現象はないのである。

原文

道具自慢する奴ほど仕事をしない

iPadが日本で発売された。

 この製品の良し悪しについては手にしたわけじゃないので何も言うべきところはないが、iPadに限らず、この手の話題の新製品を手にして自慢する人ほど間抜けなことはない。

 あのような新製品ツールは、手にしただけで仕事ができるようになったとか、仕事をしたつもりになってしまうような一種の勘違いの催眠術にかかりがちだが、もちろんそれは大いなる勘違いでしかない。

 つまりツールはツールでしかなく、本来の仕事は仕事の結果で評価が決まるので、道具を自慢しても何にもならないからである。

 しかも本当に仕事を頑張っている人は、仕事の中身ではなく道具を評価されることを嫌がるであろうというのは想像に難くない。

 何故ならツールのお陰で仕事に成功したといわれてしまったら、誰でもそのツールを手に入れれば仕事ができることになってしまい、本人の評価は上がらないからだ。

 また、実際にもしそのツールのお陰で仕事を成功したとしても、普通のビジネスマンの感覚ならば簡単に自分の手の内を明かさないのが、競争社会の常識である。

写真はイメージ

写真はイメージ

 自分はこのツールをこうこう利用したから私は成功したんだなどと、手の内を明かしてしまうような行動は全く間抜けともいえ、もしそれをライバルに真似されてしまえば、競争社会の中で敵に塩を送ってしまうことになるからである。

 仮にもし手の内を明かすことがあるとすれば、もうその時点で手の内を明かすこと自体が目的となり、もともとのビジネス競争からは一歩退いた意味合いになる。

 結局のところ、新製品ツールをわざわざ自慢する人は、それを生業とする人かほとんど仕事をできない人が催眠術にかかって自慢することに他ならない。

 能ある鷹は爪を隠すのである。