Monthly Archives: 10月 2016

北海道日本ハムファイターズの日本一とラジオの野球実況技術の高さ

 一昨日、日本のプロ野球の日本シリーズで見事に北海道日本ハムファイターズが勝利を決めて日本一に輝いた。
 実に10年ぶりの日本一であり感慨ひとしおである。

 この一週間は日本シリーズのおかげで、いろんなことが手につかなくらい日本シリーズに集中していたので、ある意味やっと解放されたともいえる
 
 実はちょうど10年前の優勝の際に、私は上海にやってきており(正確にはまず蘇州に行った)あれ以来の日本一ということになる
 それ故にこの10年という長さはちょうど私が上海で過ごした時間と同じことになる。

 当時はたぶんテレビの実況中継も見てないし、インターネットの速報で優勝を知ったようなことだったと思うが、ファイターズの日本一を知って始まったばかりの上海生活の心を引き締めたような心境だったような気がする。

 で、あれから10年が経ち、相変わらず上海にいる私は未だ日本のテレビとは縁遠い生活を送っている。
 有料の海外テレビ視聴サービスも身近で提供されているのだが、コストが高いのと、日本のテレビを見始めると結局自分が怠惰になるだけなので遠ざけてきており、視聴サービスは一度も契約しないまま10年が過ごしている。

 どうしても見たいサッカーの試合などがあるときは、テレビ設置の日本料理屋などにいけば事足りたのである。

 その後VPNには加入したので、日本のパリーグテレビくらい入ってもいいかなと考えた時期もあったが、仕事や時差の関係上毎試合見られるわけでもないので、コストパフォーマンスを考えやはり見送った。
 で、結局残ったのが日本のラジオのインターネットサービスである「ラジコ」であり、このラジコを通じて日本のラジオの野球中継を聴くことにしたのである。
 
 でラジオの実況中継を聴いていて改めて感じたのは日本のラジオ実況の技術の高さである。
 ラジオなので当然音だけなのだが、会場の雰囲気から選手の動きまで手に取るようにわかるように実況され、選手の表情から天候、守備体形までが詳しく説明される。

 そしてその合間合間に解説者の解説まで織り込んで放送するのだから下手にテレビで見るよりわかりやすいのである。

 むしろテレビの実況のほうが映像に頼り切ってしまい、時には緊張感に欠ける実況が行われることもあり、盛り上がりに欠ける放送が行われる時がある。

 その点、ラジオ実況は一球一球耳が離せず、緊迫するので試合が動いたときの緊迫感や盛り上がりがひしひしと伝わってくる。

 まあ野球という競技自体が比較的定型的な動きの繰り返しなので、比較的説明が容易というのもあるかもしれない。
以前サッカーのラジオ中継を聴いていたこともがあったが、まるで場面が想像できずもどかしさばかりが募ったのを覚えている。
その点、ラジオ実況を聴いている範囲ではもどかしさを感じないほどに、状況が理解できるのである。

 こういったラジオ実況の技術のおかげで、今回の日本ハムのペナントレースやCS、日本シリーズにいたるまでライブはすべてラジオで聴いていた。

 まあ、どうしても映像で見たくなったシーンなどはYAHOOやYOUTUBEに上がってきたもので確認しており不足はない状況になっていて、ライブで映像を見たいという欲求はそれほど高まらずに済んでいる。

 ただまあ、映像で見たい欲求はそれほど高くはないが、スタジアムで一緒に応援したかったという気持ちはちょっと残り、日本一はうれしいがちょっと今後どうするべきかを悩んでいる。

 とにかく北海道日本ハムファイターズ日本一おめでとう。
 

政治資金や政務調査費はマイナンバーカードで管理すればいい。

 日本の報道で某与党大臣の大量白紙領収書が問題であるとして盛んに報道されている。

 さらに、時を同じくして富山県などの地方議会で政務調査費の目的外使用などが問題となって、市議会議員や県議会議員が大量辞職する事態が発生する状況となっている。

写真はイメージ

写真はイメージ

 まあいずれも議員さんたちのお金に関するルーズさというよりも、意図的な手抜きやごまかしの臭いがプンプンするのだが、一向に改まる様子がない。

 そもそも日本では領収書という制度が性善説に基づいて運用されており、不正をしようと思えば幾らでもできてしまうような非常に穴だらけの制度なのである。

 それゆえ受け取った側が金額や日付を記入できてしまうというとんでもない運用がまかり通ってしまう。

 この点、中国の方が制度的には厳しく、領収書発行は政府認定の領収書(発票)発行マシンで印刷しなければならないようになっており、その発行データは税務局に定期的に報告しなければならないことになっている。

 さらに、法人の銀行口座に入った費用は自動的法人収入とみなされることになり、つまり課税対象となってしまう。
 それゆえに、発票を発行してもらう時点でお金の取引が、払い手受け取り手双方に記録されるので通常のやり方ではごまかしが利かないのである。
 ただしここは中国であり、「上に政策あれば下に対策あり」の言葉にあるように、あの手この手で税金対策を立てて極力税金を払わず済むように庶民は工夫しているようであり、必ずしも完璧にお金の流れが把握できているわけではなく、見た目ほど完璧に機能しているわけではないが、少なくとも日本より厳しく管理されているのは確かである。
 
 さて話を日本の政治資金の問題に戻すが、政治家にああいった不正なお金のやり取りをさせないために、政治団体や政治家個人に向けてマイナンバーを活用した専用のクレジットカードを発行してはいかがだろうかと考えてみた。

 いつだったか現総務大臣の高市早苗さんがマイナンバーカードを使用して、買い物ができるようにしてポイントカード化したらどうかと提案していたが、まさにそれを現実化するために、まずは政治家自ら襟を正し、政治資金の支払いで実験するのである。

 つまり政治資金や政務調査費の支払いは原則このカードを通して行うようにすれば、内容が完璧に把握できるし、とりまとめも簡単なので、非常に合理的となる。

 当然のことながら領収証をいちいちやり取りする必要など全くないので、白紙領収書の大量発行などという事態もなくなる。

 また政治献金もカード会社を通して支払ってもらえばよく、寄付による控除枠申請の証明書類もカード会社に一任すればよい。
 まあ完全な民間企業での運営に問題があれば、財務省管轄の政治資金管理カード団体などでも設立し、運営コストは行政機関で面倒をみてもいいという気がする。
 いずれにしても、税金を把握するという目的のもとに準備されたマイナンバー制度、まずは政治家自らが政治家としてのお金の使い道を透明化するために、政治資金の支出はマイナンバーカードを活用してみてはかがだろうかと思う。

上海は5年前のガイドブックが役に立たない

 上海ほど古いガイドブックが役に立たない町はないという気がする。

 2010年の万博後はやや変化の速度が落ちたような気もするが、それでも結構激しい変化をしており、ある時点での状態を切り取った印刷物のガイドブックはあっという間に役立たずになる。

 東京であれば5年前のガイドブックであっても、8~9割方はその情報は生きており、おおよそ新たに買いなおす必要などはないのだが、上海はそうはいかない。

 上海の場合は交通の変化や飲食店の入れ替わりが激しくて、5年前の資料の半分くらいは役立たずになっているのではないだろうか?

 実は今回写真のような5年前の上海の路線バスの本をたまたま引っ張り出して、目を通してみたのだが、やはり3~4割は使えない情報になっていた。

2011年版の上海のバス乗り換え案内

2011年版の上海のバス乗り換え案内

 5年前にあったバス路線がなくなっていたり、バスターミナルが建て替えのために移転しているケースがかなり見受けられたのである。

 もうこの本を見て行動するのは危険に近い状態となっており、迂闊に本に従って行動すると迷子になりそうである。

 上海の街は何故こんなに変化が激しいのかを考えると、やはり近年の地下鉄路線の急激な拡大が原因のように考えられる。
 実は上海では毎年12月頃になると、各地域で路線の延伸、新規開業が相次いでおり、それに伴う並行するバス路線の改編や駅を中心とした交通体系への組み換えなどが行われるため、その都度従来のバス路線は廃止・路線変更が行われてしまうのである。

 私の記憶では、少なくとも2010年の上海万博の前年くらいから昨年2015年末までは毎年6~7年連続して軌道交通(地下鉄)の新路線が開通しているはずだから、それに併せてバス路線も組み替えられているはずである。

 故に、5年前のガイドブックに載っていた路線も、逐次組み替えられており、廃止とまではならなくても、起終点の場所や途中のルートが細かく変更になっているケースは非常に多い。

 こういった古い情報に失敗しないようになるべくインターネットで最新の情報を探して確認してから行動するのが賢明なのだが、インターネットもまた更新頻度はまちまちで、サイトによっては古い状態のまま更新されていなかったりするので非常に厄介である。

 本来は事業主体であるバス会社や運営会社が直接情報発信をやってくれればいいのだが、どうもこの国はまだ情報発信や広報が上手ではないようで、情報があまり正確でなかったり、場合によってはサイトそのものがない場合も非常に多い。

 故に第三者が作ったサイトが頼りなのだが、結局は2次的な情報になってしまうのでやはり正確さに欠けてしまうのである。

 IT社会と言われ始め久しいが、5年前のガイドブックが役に立たなくなってしまう上海では、いかに正しい情報を見つけるかというのは未だ以って難しい課題なのである。

残業時間だけでは測れず、実は出張も隠れた過労死の要因かも

 日本のニュースで電通の新入社員が過労自殺をしたことの労災認定されたと報道されている。

 労基署の認定では一ヶ月の残業時間が105時間と認定されたということである。

 しかし、私はこのニュースを聞いて
 「はて、105時間の残業ってそれほど多いわけじゃないな」
と感じたのである。

 もちろん105時間という時間外労働時間は決して少ない数字ではないが、この残業時間数であれば過労自殺をするほどの数字ではないように思われたからである。

 実は私も日本時代に100時間以上の残業時間は経験したことがあり、確かに楽ではないが、100時間程度の時間外労働だけでは死にたいと思い詰める程のレベルにはならなかったのである。

 この時間外100時間という時間、一見膨大に見えるこの数字を冷静に分解すると、例えば毎日10時間の労働を土日も休まず30日働いても合計300時間であり、そこから仮に月間の所定労働時間を176時間(22日X8時間)として差し引くと、124時間の時間外労働時間となる。

 まあ確かに1ヶ月間休み無しの勤務体制は精神的に楽ではないが、1日10時間の勤務ならば睡眠時間が大幅に削られるほど厳しい状況ではないといえる。

 つまり、月間の残業時間が100時間程度であれば、睡眠時間が大幅に削られるほどの過酷な労働状況とは言いきれないのである。

 しかし、今回発生した過労自殺のニュースを細かく読んでいくと、本人がSNSなどで睡眠時間が2時間とか、過酷な睡眠不足に陥っていることを吐露しており、105時間の残業認定だけでは説明がつかない状況で有ったことがわかる。

 では何が彼女の睡眠時間をそこまで削らさせてしまったのだろうか?

 まず考えられるのがサービス残業の可能性である。

 つまり表向きは100時間の残業時間と言いながら、実態はそれ以上の長時間労働が課されており、その分が認定されていない可能性があるというものである。
 しかし、この点に関して言えば今回は労基署が105時間という時間外労働認定をしており、少なくとも勤務時間に関しては105時間という時間外認定はそれほど不正確なものではないと推定される。

 ただしここには盲点があり、法律上は労働時間に認定されない業務環境が有った可能性が推測できる。

 どういうことかと言えば、実質的には労働をしながらも、法律的には労働時間に認定されない要素が労働環境には存在するからである。

 その第一の可能性は自宅持ち帰り作業の存在である。

 報道では彼女はインターネット広告の担当とのことで、実際の労働にあたる制作作業は会社でやるにしても、企画書作成や他社研究は自宅でやっていたということは十分推測できる。

 私もネット作業が比較的多いから理解できるのだが、ネットは24時間つながってしまうために、起きていられる限り際限なく作業が出来てしまうのであって、会社から帰っても仕事が出来てしまうのである。
 故に労働時間に組み込まれない半強制的な長時間の自宅労働が発生してしまっていた可能性が考えられる。

画像はイメージ

画像はイメージ

 第二に、頻繁な出張という要因が考えられる。

 実はこれが残業時間では測れない過労死(自殺)の隠れた要因としてとても怖いのだが、今回のケースに限らず出張は日本の労働者環境における隠れた過労要因であるという気がするからである。

 どういうことかと言えば、世の中の大半の企業において出張の移動時間というのは労働時間に認定されていないケースがほとんどであり、当然のことながら時間外労働時間には算入されないからである。

 例えば、朝5時に起きて7時の飛行機で東京から地方に飛び、現地で9時から20時まで働いて21時の飛行機で戻り東京に23時に到着し、自宅へ深夜1時に帰宅し3時に就寝するような業務があったとする。
 すると実質22時間ほど会社のために稼働しているにも関わらず、労働時間認定は10時間(昼休みを除く)で、そのうち残業認定はたった2時間程度という結果になるのである。

 労働者としては出発から帰宅までを労働時間として認めてもらいたいのが心情であるが、通常の通勤時間は時間外労働として認めてもらえないように、出張の移動時間は時間外労働して認めてもらえないのが通例なのである。

 この理屈で言えば、極端な話として残業時間がゼロであったとしても毎日の出張だけで過労死する可能性があると言えるのである。

 それ故に、例えば今回の事件のケースにおいても認定された時間外労働は105時間であったが、それ以外に出張などで移動時間で消費されていた時間が大量に隠れている可能性もあるのである。
 電通のような多忙な会社であればなおのこと度重なる出張は十分考えられ、それが彼女の睡眠時間を削ってしまった可能性は十分に有る。

 商社に勤める私の友人も実は同様の理由で苦しんでおり、先日も出張の際に台風の影響で空港で足止めを食らって出張先のホテル到着が明け方近くになったにも関わらず、会社は残業認定してくれなかったとのことである。

 その友人は度々の出張にも関わらず実労働時間は多くないので残業代はつかず、逆に睡眠時間がかなり削られ苦しんでおり、体調も崩し気味だと嘆いていた。
 まさに今回のケースに通じるものがある。

 ちなみに私がかつて100時間残業を経験したときは1日中オフィスにおり、通勤以外の出張などの移動時間消費はなく、純粋な残業時間認定であったため、大幅な睡眠不足にはならず、何とか一ヶ月乗り切ったのである。

 つまり比較して申し訳ないが、かつての私と今回自殺された彼女は時間外労働で言えば同じ100時間という単位になるが、その数字だけでは説明できない業務環境が彼女に有ったのだろうと私には推測できるのである。

 今の日本の労働行政は、「過労死防止白書」を見ても総労働時間や時間外労働時間の管理ばかりに目がいっているが、実はその数字に現れない出張などの隠れた労働要因が労働者を追い詰めている可能性があることに気づいていない気がする。

 今回の過労自殺認定報道も105時間の時間外認定で終わらせず、出来れば労働者の労働環境の分析にもっと深く切り込んで頂きたいという気がするのである。

  故人のご冥福をお祈りします。

戦勝国になってしまった中国のモヤモヤ

 日本では8月15日が終戦記念日となっているが、国際的には9月2日が日本の無条件降伏受け入れ調印日となっている。
 あれから70年以上が経過したが、中国ではいまだ反日の根っこがくすぶっており、例えば日本とアメリカ、日本とイギリスのような友好関係には戻っていない。
 ともすれば、戦争の謝罪などを求める論調もいまだ出てくる。

 まあアメリカや欧州諸国と違って隣国という要素が、近親憎悪的なものを生み出しているとも考えるが、どうも違う気がする。

 どうしてかの隣国にはこういった反日的な思想が残っているのかと考えたところ、実は期せずしてなまじ戦勝国側になってしまったことが原因の一つなのではないかと考えた。

 日本は第二次世界大戦で周辺諸国と戦争を行なったが、結局最終的に日本を降伏に追い込んだのはアメリカであり、プラスでイギリスとロシアなどもいたが、これらの国の攻撃に屈した結果、日本は無条件降伏を受けいれることになったのであり、中国に追い詰められた結果ではなかったというのが私の認識である。
 しかし、この無条件降伏によって、日本は同時に中国戦線からも撤退することになったため、結果として中国(当時は国民党の中華民国)が戦勝国側の国家となった。

 中国にとってみれば、形として戦勝国側とはなったものの、日本との直接の戦闘において目に見える戦果によった結果ではないため、自国が勝利したという自尊心がないままの勝利だったと思われる。
 しかも当時は、国民党、共産党、日本という三つ巴の複雑な戦線が存在しており、中国として一つの国としての統一感に欠けた状態で、各勢力の陣取り合戦が行われていた。
この状況にあっては、日本が降伏したといっても、三つ巴に中から一勢力が退場することになっただけで、中国という国が日本に勝利したという安堵感が得られるような状態ではなかったと思われる。
故に日本が退場した後も混乱は収まらず、そのまま国共内戦に移行し、日本がいなくなっても中国国内は平和な状態にならなかったのである。
 このような状態の中で、上記の休戦の調印式にこそ中華民国の代表が参加したが、後のサンフランシスコ講和条約の際には、国共の代表者とも呼びにくい状況のため招請は見送られた経緯があり、交戦国でありながら、なかなかケリがつけられなかったのが日中間の戦後である。
 そして今度は朝鮮戦争が勃発し、再び中国は北朝鮮の後ろ盾として戦争に参加することになり不安定な時期が続いてしまうが、一方で日本はこの朝鮮特需を起爆剤に高度成長を遂げることになる。
 つまり戦勝国側になったはずの中国がなかなか戦争状態から足抜けすることができずにもがく中、敗戦国となったはずの日本が急速に復興していき国際的評価を取り戻すことになるのである。
この敗戦国である日本が復興していく様は、中国としては何とも理不尽な状況として見ていたに違いなくモヤモヤ感がたまっていただろうに思う。
 この状況を受けてかどうかは分からないが、中国は改革開放のあと、急速に日本の後を追いかけることになる。
五輪、新幹線、万博、高速道路、宇宙開発と日本の戦後発展をコピーしたかのような開発を行い、敗戦国であるはずの日本に負けじと発展を目指すのである。
恐らく、この中には日本に嫉妬に近い感情というか社会学でいう相対的剥奪感があったような印象で、それが負の形で出たのが反日感情であり、何とか戦勝国側として敗戦国より心理的に優位なポジションに立ちたいがため、日本の過去の傷を蒸し返そうとしていたのだという気がする。

これがもし、かの戦争で中国軍が日本軍を戦争によって撤退させていたり、あるいは戦後の発展が日本と同等かそれ以上のスピードで進んでいたなら、今のような反日感情は生まれなかったような気がするのである。
実は隣国韓国の反日感情もほぼ同様の理屈で生まれているような気がしており、植民地宗主国の日本を、朝鮮民族の手で追い出していたなら今に至るような状況は生まれず、朝鮮戦争で国土が荒れ発展が遅れなければ反日感情もここまで遺恨を残すことにはならなかったという気がするのである。

ところで、日本は第二次世界大戦においいて南方戦線でも戦ったはずだが、東南アジア諸国が隣国2国のように反日感情をあまり残していないのは、現地の人々とあまり直接戦っていないからであろうからに思う。
かの戦争の敵国はイギリスやオーストラリア、オランダであり、東南アジア地域は戦場になってしまったのでそれなりの戦禍を残してしまったものの、直接の対戦国ではなかったのである。
もちろん一部の右翼が言う大東亜戦争はアジア諸国を解放するために戦ったなどという理解は詭弁に過ぎないが、東南アジア相手に直接戦ったわけではないので、先方地域には日本が敵国という強い意識は残らなかったのだと考える。
台湾も同様で、日本の植民地となった経緯も日清戦争による移譲であり、直接の戦地になっていないのである。
まあ大陸から逃れてきた国民党が実権を握った際に、戦時中の敵対関係の影響もあって反日的キャンペーンがかなり行われたようだが、台湾人そのものには大陸のような強い反日意識にはならなかったのは、やはり直接戦ったわけではないからであろうに思われる。
しかも戦後も台湾は戦地にならずアメリカの保護もあって発展が余り遅れなかったこともあり、日本に対して反日感情を醸成する要素は少なかったのだろう。

 先日の舛添問題を見ればわかるように相対的剥奪感というのは強い反発を持つ要因となるわけで、中国が経済規模で日本を追い越す規模にはなりながらも、未だに反日感情がくすぶっている状態というのは、戦勝国側として満たされていないモヤモヤが内在しているに他ならないような気がする。
 今後中国がいかにその満たされないモヤモヤ部分を解消するかは非常に難しい課題であるが、中国に10年も住んでいる日本人として、ぜひ何か良い解決策を探りたいものである。