Monthly Archives: 10月 2011

上海蟹を食べに行く計画

 いつも参加する山形県人会で陽澄湖へ上海蟹を食べに行く計画が勃発した。
まあいつも最大20人程度のメンバーなのでそんなに大所帯にはならないであろうとは思うが、それでも自主企画となるとちょっとした大事である。

 食事代は現地で精算するとして、蟹を二杯で100元前後と普通の食事代が70~80元以内くらいであろうか。

上海蟹

上海蟹

 最大の問題は足をどう確保しどの程度の金額に抑えるかが一番の悩みどころである。

 車をうまくチャーターすれば足代が一人100元程度で収まるのではないかというのが今のところの目算であるが団体行動は人数の確定が一番の悩みどころである。
 まあ結果として一人300元程度に抑えれば御の字であるが果たしてどうか?

 予定の11月末は恐らく雄が一番おいしいころである。

負けに不思議の負けなし

応援していた日本ハムがCSシリーズで負けた。

 まあ昔からの贔屓なので悔しいが肝心なところでエラーや暴投が出ては勝てるわけはないのである。

写真はイメージ

写真はイメージ

 ところで仕事の方でもある契約が一つ終わることになった。

 はっきりした正確な理由はわからないが、本来イザという時のための契約であったはずなのに、担当者が怠慢な作業をただ繰り返していただけだったのようで、肝心のイザという時に役立たず、意味がなかったようだ。

 それが全ての原因かどうかわからないが、あの仕事ぶりでは仕方なく、終わるべくして終わったような気がする。

 負けに不思議の負けなしである。
 

勇気を与えてくれる「運命」

 以前、テレビで音楽評論家だか誰かがベートーベンの曲は勇気を与えてくれると言っていたのを思い出した。その中でもやはり「運命」が最高だと。
 あらゆるクラシック曲の代名詞ともいえる、ベートーベンの交響曲第5番だが、あまりにも一般人も含めてポピュラーな曲となっているため、ある意味マイナーであることを誇りとしているインテリなクラシック通には少々人気がない面もある。

 まあそれはそれだけこの曲が人々の印象に残る曲であることの裏返しであり、多くの人に受け入れられる何かをもっているということであろう。

 とはいえ冒頭のジャジャジャジャーンがあまりにも有名で、それ続く疾走するような第1楽章の旋律もかなり知れわたっているはずだが、そのあとの第2楽章以降はどのくらい聞かれているのだろうか?

 「運命」は全曲を聴き通すとおよそ30分くらいかかるが、この曲の長さがクラシック音楽を多くの人々がクラッシックに馴染まなくさせている理由の一つでもある。

 つまり現代の生活の中ではそんなに長く音楽をじっくり聞く時間が取れないのである。
 故に5分程度で聴き通すことのできる第1楽章だけであれば、広く市民に浸透することが可能だったわけである。

 でもこの曲に限らないがクラシックでもポップスでも音楽はやはり最初から最後まで聴き通すことが基本で、この曲も実はじっくり通して聴くことができれば第一楽章以上にもっと格好いい面が見えてくるし一曲を聴き通すことに意味があるとわかってくる。

写真はイメージ

写真はイメージ

 この曲は多くの評論家が評するように苦悩の暗から喜び明へ走り抜ける楽曲構成が非常に気持ちよく、未来に対して明るい希望を与えてくれるところに最大の醍醐味がある。

 つまり前へ進むこと勇気を与えてくれる曲構成になっている。

 多くのポピュラー曲がそうであるように、クラシック音楽では暗なら暗、明なら明と一つの雰囲気で曲が包まれているわけではなく、途中で次々に曲調が変化していくところに決定的な違いがあり、それをうまく導ける音楽を構成しているというところにこの作曲家の凄さがある。

 故に例えばモヤモヤした状態でこの曲を聴きはじめると、冒頭のジャジャジャジャーンという音楽動機でまず心が揺さぶられ、その後の不安定かつ圧迫されるようなメロディとリズムによって心理学的用語でいう同質効果で、実は心が安定し始める。

 そしてそのまま緩徐楽章である2楽章で心の平静を取り戻し、3楽章でそろそろと再稼働をはじめ、4楽章の歓喜の音楽の希望へとつながる。

 実はこういった雰囲気運び、心の導きのうまさがこの曲の価値を決定づけている。

 故に聴き終ったあとに気持ちがスッと晴れ元気になれ、そういった面でこの曲は人類に勇気を与える最高の名曲であると評されているのであろうと思う。

 普段の生活の中で、思い悩みイライラする心のモヤモヤから脱出したいときはぜひ恥ずかしがらずこの曲を聴くことをお勧めしたい。勇気を与えられ心の健康を取り戻すことができると思う。

ぜひ「運命」を信じてみてください。^^b

味噌汁あそび

「あそび」と書いてしまうと、料理に失礼な気がするが、私の味噌汁あそびというのは、味噌汁を作るたびに色々な具を入れてバリエーションを楽しんで味わうということ。

 味噌汁というのは非常に便利な存在で、普段不足しがちな野菜を片っ端からいれることにより野菜不足を補うことができる。

 しかも煮ることによりたくさん食べられる。いわゆる温野菜的発想だ。

 まああまりたくさん入れすぎてしまうと味が濁ったり干渉しあったりするので、たくさん食べたくても野菜の種類は絞った方がいいが、入れる野菜によって色んなバリエーションが楽しめる。

 この辺はほとんど鍋の発想に近いともいえる。

 さてさて夏場は味噌汁を一生懸命作っても基本的に一晩しか持たないため、自炊の中にあっても味噌汁は作るのは諦めていたが、段々涼しくなっていい頃合いになったので「味噌汁あそび」を再開することにした。

 そして先日作ってみてちょっと感激したのが春菊のお味噌汁。某農園に出かけたときに春菊を大量に買ってきたので味噌汁に入れることにした。

農園で芋ほり

写真は農園での芋ほり

 春菊なんぞ普段は鍋でしか出会わないし、中国にあってはそんな気の利いた味噌汁を出す店はほとんどないであろう。 というか上海には日本料理店が数多くあれど、どんなにおいしい店でも店で出される味噌汁の具にはほとんどバリエーションがなく、具を楽しむ幅はほとんどない。

 故にこれは自炊ならではの組み合わせである。

 日本にいるときは特別好きとか嫌いとかなかった春菊だが、久しぶりに食べたその濃厚な香りと味わいに、自分で作った料理ながらノックアウトを食らってしまうほど感激した。

 これだから自炊はやめられない。

 これから冬に向かってキノコなどいろんな食材で「味噌汁あそび」を楽しんでみようかと思っている。

映画「南極物語」を見た

 先日の「南極料理人」に引き続き、南極モノの映画観賞である。

 個人的に人生の難局続きだから南極モノというわけではないが、私は基本的には北国など寒冷地を舞台にしたドラマや映画を好む傾向にあるような気がする。

 以前見た「八甲田山」もやはり寒冷地ものであった。

 そういえば現在日本ではキムタク主演の「南極」というドラマが話題らしいが、こちらは今のところ興味がなく中国のネットから古いライブラリーばかりを掘り返している。

 どうもスターの名前が先に出てくる映画やドラマはそれだけで興味がそがれてしまう。やはりドラマや映画はストーリーが大事で役者を見るために映画を見るわけではないからだ。

 故に今回のそのキムタクドラマは、いいドラマという評価が聞こえてきてから見ても遅くないと思っている。

写真はイメージ

写真はイメージ

 さてこの「南極物語」、少なくとも1回は過去に見たことがあるはずだがストーリーはすっかり忘れていた。
 主演は高倉健さんと渡瀬恒彦さん、そして犬たちである、というか犬が主役の映画で人間は脇役といったほうがいいかもしれない。

 止むを得ない事情で置き去りにされた犬たちの南極でのサバイバルの姿が描かれているこの映画、犬たちの演技(しているように見せるスタッフの努力)が素晴らしい。仲間の犬が命を落としてしまったときに見せる表情などは人間顔負けで、つい感情移入して犬たちを見てしまう。

 それにしても零下40℃とも50℃ともなる極寒の地で生き抜く姿は物凄い生命力である。

 もちろん実話をもとにしているとはいえ、人間の手を離れた犬たちの南極での行動は全て想像上でのフィクションだから、実際はどうやって犬たちが生き抜いたかは全く分からないのだが、気温と環境はどう考えても厳しい現実であったはずでその環境の中で人間の保護もなく生き抜いたことは凄いことであろう。

 そして犬を仲間と思う高倉健さんと渡瀬恒彦さんの存在感も素晴らしく、彼らによってこの映画が単なる動物映画やヒューマンドラマに終わらない重みを持った映画になっている。

 ところでこの映画の音楽を担当したのがヴァンゲリスで、初期のシンセを駆使した機械的な硬質な音がこの南極の厳しさをうまく表現していて、サントラ曲の名作との一つと言ってもよいであろう。
 ヴァンゲリスは、炎のランナーや2002日韓ワールドカップのテーマ曲など非常に印象に残る音楽を作っており私の好きな現代作曲家のひとりである。
 
  こうやって極地モノを続けて見ると自分も何となく南極に行ってみたい気になるから不思議である。