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肘肩の痛みから復活

昨年末から痛みが発生していた肩や肘が最近になってようやく回復してきた。

写真はイメージ

恐らくパソコン作業が増えていたり、ノートパソコンそのものを持ち歩いて外出す機会が増え、負担がかかっていたのだと思われる。

さらに年齢も毎年積み重なり、当然のことながら少しずつ若くなくなるし、寒さも少しずつ堪えるようになってきている面もあると思う。

痛みが酷い時期は、仕事にもかなり支障が出る状態であったので、とにかく休むことが肝心とブログは控えていた。

まあ私はブログはあくまでも趣味でしかないので、生活や仕事に優先するわけにもいかず仕方ないことではある。

考えてみると楽天の田中投手が日本シリーズでの投げ過ぎを心配されていたように、一般人のオフィスワーカーにとっても肩と肘は消耗品である気がしており、酷使すればするほど、擦り減ってしまう気がする。

私の肩や肘は田中選手ほどは値打ちはないかもしれないが、このOA全盛の時代において私にとっては貴重な仕事の道具であり、やはり壊すわけにはいかないのでなるべく休ませるようにしていた。

そんなこんなでブログを休んでいたらあっという間に前回から数週間が経過してしまっていた。

この間、新年を迎えたりして世の中は色々動いているし、個人的にも色々な変化が起きていて書きたいネタも有ったのだが、それらはいずれまた機会があればということになった。

今もスタンハンセンのような黒い肘サポーターを腕につけ、肘を気にしながらパソコンに向かっている。

偽名の推測

山之内 淳=村井ってとこでしょうかね。
 本人が名乗らない限り確証はないですけどね。

 本人だったら何故謝罪もなく、何故媚びて来るのか分かりませんが。
 
 ま、人違いだと思いましょう。

原文

ひけらかしの心理

 社会の中には、どうしても自分の知識や物などをひけらかさずにはいられない人がいる。

 やれ「俺はこれを持っている、凄いだろう」「俺はこれを知っている、お前は知らないだろう?」「俺はあそこに行ったことがあるんだ」「俺はこの肩書きだ」などなど、、自分の知識や所持品、行動、さらには立場などをやたらひけらかす。

 まるでその知識や物を持っていることが偉いことであるかのように上から目線で他人に物を語る。

 まあこうなってはどんなにすごい知識であっても馬鹿の一つ覚えと大差なく、周囲にこういったモノ自慢や学識自慢の薀蓄を語る人がいるとちょっとうんざりする。

 こういう「ひけらかしたがりの人」はどこの世界にもおり、現在発展途中の中国も競争社会であるためか物自慢をする人が増えている気がするが、何故彼らはこういったひけらかしをせずにはいられないのだろうと考えてみた。

 この点についてネットなどでいろいろ調べてみたところ、何となく納得する回答を見つけた。

 そこに書いてあったのはこういったひけらかしをする人は、実はそういった形でしか他人とコミュニケーションの取れない、一種のコミュニケーション障害だというのだ。

 もちろん人によって程度の差はあるが、要するに母親に褒めてもらいたい子供のように、世間や相手に自分を見て欲しいという承認欲求が強く、自分の物や学識を振りかざすことによって、コミュニケーションを取ろうとする心理らしい。

画像はイメージ

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 つまり相手をリスペクトする心理より自分を認めて欲しいという欲求の方が強いから、自分の物や行動をひけらかす以外の手段では、相手とのコミュニケーションが取れないことになる。

 また自分に自信がなく不安であるため、弱いことを隠すために相手を上回る点をやたら強調し、自分のポジションを確保したいという意識の表れでもあるらしい。

 もちろん、こんな一歩通行的なコミュニケーションでは他人との意思疎通がうまくいくわけがないのだが、成長過程での訓練不足でそれ以外の手段を持てていないので、結局は例えマイナス反応であっても最低限度相手の反応がある自らのひけらかしに走り、極端な場合は自分と共通の世界を持つ相手とだけしか交流しないオタク化してしまうようだ。

 まあこうなってしまうと気の毒と言えば気の毒だが、現代社会のようにSNSやブログ、ツイッターなどコミュニケーションツールと言いながらどちらかというと言いっ放しで終わることの多いツールが発達する中では、相手の話を聞くことよりも自ら発信して反応をもらうほうが自らの承認欲求を満たす確率が高いような印象を持つ人が多いのかもしれない。

 こう考えてみると、ひけらかしをする人を気の毒だなという視点で大目に見てもいいのかなという気もするが、実際そのひけらかしを目の当たりにすると、やはりうんざりしてしまうのが実際のところである。

原文


娘の誕生報告をブログで済ます親

数年前になるが、同僚に娘が生まれた。

 当然、生まれる前からそのことは知らされており、周りでは本人に対する仕事の配慮も行い、多少の仕事の遅れや粗相は目をつぶっていた。
 
 ところがである。

 生まれると聞いていた当日に、仕事の用事があって何度も電話したのに一向に繋がらない。

 頼んでおいた仕事について、大元の依頼主から催促の連絡があって進捗状況を教えてくれとのことなので、本人に電話しても繋がらなかったのである。

 もちろん、こちらは本人が迎えている状況は知っているわけだから、気を使って外出先から2時間おきくらいに何度かに渡って電話を入れたがやはり繋がらない。

 まあよほど大変な状況になっている可能性もあるのだろうと想像し、落ち着けば連絡があるだろうと思い結局電話はあきらめた。

 故に、仕方なく仕事の依頼元に詫びの電話を入れて会社に戻ってみると、なんと別の同僚からどうやら生まれたらしいということが伝えられた。

 不思議に思って、本人から連絡があったのかとその同僚に尋ねると、連絡はなかったがブログに書かれていたとのこと。

 それを見ると、確かに出産のことが感動美に書かれていた。

 「なんだよ、それ」

 私はその行為に非常に腹が立った。
 結局本人は仕事の電話にも出ず、一生懸命に個人のブログをアップしていたのである。

 「そんなブログを書く暇があったなら、何故電話に出ない?」
 「本人が感動して自己陶酔ばかりしていて、周りに何の配慮も出来てないじゃないか?」
 「そんな社会的な礼儀のない奴は、人の親としてどうなのか?」

 そんな言葉が次々に浮かんだ。

 子供が生まれる事情で仕事が遅れていること自体は仕方なく、そのことは周りも理解しているが、少なくともその代わりとしての状況報告は本人からあってしかるべきで、もし実際生まれたらそれに気を使った周囲に誕生報告くらいはあるべきではないか?

 結局、本人からはそのブログの発表以外に娘の誕生に関する何の報告もなかった。

 随分と非礼な話である。

 最近は芸能人を真似てか、ブログやフェイスブックで物事の報告をする人も増えてきたが、今の時代になっても迷惑をかけたり世話になった人には可能な限り挨拶に行ったりすることが必要だと思うし、仕方なくメールで済ますことがあっても、最低でも1対多数ではなく、1対1のコミュニケーションを取ることが礼儀なのではないかと思う。

 私からすれば娘の誕生報告をブログで済ます親の下に生まれた娘が非常に可哀そうに思う。

原文


業務時間帯にブログを書ける人

 忙しさにかまけていたら前回の更新からかなり時間が経ってしまった。

実は春節の間に体調を崩したりして、なかなか文章に対して頭を使う余裕がなくなっていた。

 余裕というか、まあ時間的物理的にも厳しかったのである。

 もちろん会社が始まってしまえば、まさか業務時間帯にブログを書くわけにもいかず、、 と思ったが、世の中には普通の人間が働いている時間帯にブログをアップしている人がかなり多いことに気が付いた。

 まあ他人の事だからほっとけば良いのだが、書いている人のプロフィールを見れば、フリーランスで仕事をしていたり、経営的立場の人が多いような気がする。

 あるいは暇そうな主婦や学生のような立場だったり、フリーター或いはひょっとすると引きこもりのような人なのかなとか思ったりもする。

 とにかく私のよう普通に雇われ人の立場だと、業務時間帯にブログをアップするような行為はまず良心が咎めるし、私も以前は昼休み時間帯に書いていたこともあったが、食事を含めた短時間の範囲だとあんまり綺麗に文章がまとまらないので、しっかりとしたアップなどできない。

写真はイメージ

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 故に私のブログアップは業務時間帯以外のへんちくりんな時間であることが多い。

 でも実際色んな人のブログを見ていると、一見文章上は普通の人のような印象なのに平気で業務時間帯にブログをアップしている人もいて、

 あれぇ?このひとはどんな仕事の仕方をしているんだろう?

と不思議に思うことがある。

 普通に考えれば平日の朝8時から17時くらいの間の時間帯に、普通の勤め人がブログをアップすることは難しい。
 たまに代休とかで休みの場合もあるが、毎日のよう更新することは難しいであろう。

 出来るとすれば、比較的時間が自由にできる経営者的立場かフリーランスの人ということになる。

 そうでなければ、業務時間中に管理者の目を盗んでブログをアップする業務に不誠実な人ということになる。

 匿名性があるのがインターネットの良い点でもあるが、ブログ上で優等生や人気者であっても、実はリアルな生活での業務態度は不誠実だったりする人も少なくないのかもしれない。

 コワイコワイ・・・。