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チケットの勘違いで危うくコンサートを聴き逃しかける

人は一つのパターンに従って行動することに慣れると、別のパターンがあることを忘れてしまうようである。
そもそも前日のうちからきちんと確認する行動をとっておけば良かったのだが、自分で安全のための保険をかけているという安心感があるので、不測の事態が起きるとは予想していなかった。

その不測の事態とは先日のコンサートのチケットのことである。

先日から、何度か書いているように最近のコンサート通いは費用節約のために、ダフ屋チケットを通して買うことが多くなった。
しかも公演直近の購入だと、チケット渡しが当日の会場前とかになってしまい、先日のような出来事が起きてしまうのは怖いので、なるべく事前に実券を手に入れることにしている。

そして受け取ったチケットも、いつも持ち歩いているカバンの中の、クリアケースフォルダーの中にしまって保管しており、カバンごと盗まれでもしない限りチケットは失くさないような状態で保管している。
そうやって準備している安心感というか自信があったので、改めてチケットを前日に確認しなくてもまず大丈夫であろうという意識で当日を迎えた。

当日の朝、さすがにチケットを忘れていたらまずいだろうと思い、会社に着いたときにそのクリアフォルダーの中のチケットを確認しようとした。
しかし、チケットをまとめて保管しているクリアファイルの部分にチケットが見当たらなかった。

「あれ、おかしいなぁ」

違う場所に保管したり、カバンの中に落ちているのかなと思い、カバンの中身を全てひっくり返して見たが、やはりチケットは無かった。

「ありゃ、家に忘れて来てしまったのかな。」

家の中は結構散らかっているので、チケットのような重要なものはあまり家に放置しないようにしているのだが、万が一ということもある。

この日のコンサートはどうしても聴きたかったので、もし見つからなかったら泣くに泣けないなと思いつつ心ここにあらずで昼の仕事をこなす。

しかしいたたまれなくなって、何とか職場から直帰できるように外に用事をつくって早めに帰宅して家の中を探すことにした。
で、家の中を片付けながら探すがやはりチケットは出て来ない。

「うわ、仕事で移動している時にどこかでチケットを落としてしまったのかな」と嫌な可能性が頭をよぎる。

そうしているうちに演奏会開始の時間がどんどん迫ってくる。

もう半ばあきらめかけた時、もしかしたら業者のミスか何かで実はまだチケットを受け取ってないのではないかという可能性が浮かんできて、スマホのショートメール履歴を確認した。

実は上述のダフ屋サイトでは公演日が迫ってくると、それを知らせるショートメールが送られて知らせてくれる仕組みになっているのだが、何故か今回は受け取った記憶がないということに気が付いたのである。

「うーん購入した日はいつだったんだっけ」と、ショートメール履歴を確認していると、あるメールを発見した。

それは、なんと今回の会場サイトからの予約完了と発券パスワードを知らせるメールだった。
「うぉー、そうだったぁ!このコンサートは会場サイトで直接予約したから、チケットは会場現場での発券だった!」
つまりチケットはまだ受け取ってないのである。

どうりでチケットが見つからないはずであり、いつものパターンでチケットは持っているものだのと思い込んでいたのである。

とにかくコンサートを聴ける可能性が出てきた。
この時に時計を見ると、すでに18時20分だった。

コンサートの開演は19時30分であり、なんとかギリギリ間に合う時間だった。

チケット探しで汗だらだらの状態であったが、急いで洗面所で顔を洗うとすぐに部屋を飛び出した。

駅への移動中に自分が物凄く空腹で喉も乾いている状態に気が付き、このままコンサートを聴いてもよかったが、それでは身体が辛すぎるし、その程度の時間は何とかありそうだったので、急いでコンビニでサンドウィッチとウーロン茶を買い腹へ押し込んだ。

駅へ行ってみるとちょうど夕方のラッシュ時にぶつかり、改札前の荷物検査のところで人がわんさかと渋滞していた。
うわぁと思いながら、焦る気持ちを抑え何とか地下鉄に乗り会場へ向かう。

確信はなかったが最寄り駅には開演20分前には着くであろうと予測を立て、会場まで5分、チケットを機械で発券して10分前には何とか席につけるであろうという計算である、

地下鉄の列車の中は非常に混んでいて、その日の気候の影響で車内はムシムシしていて汗がだらだら流れてしまったが、こちらはもうそれを気にするどころではなく、列車トラブルなどなく無事に着いてくれと祈るだけだった。

そうして最寄り駅に無事に着いた。

改札を出ると速足で会場に向かい、会場に入れたのが開演12分前くらいのころ。

そして急いで発券機に自分の携帯番号とパスワードを打ち込むと、無事にチケットが印刷されて出てきた。

「このチケットを探してたんだよ―!」とこの時ようやく安心することが出来た。

チケット発券機

通常ならこの後、開演前にトイレに行くのを習慣というか、ルーチンにしていたのだが、今回は汗で水分を出してしまって身体自体がカラカラだったのでトイレで出そうにないので、そのまま会場に入った。

この日は幸いにも、通路際の席を取っておいたので誰に気兼ねすることもなく着席する。

時計を見ると開演4分前であり、一安心である。

上海東方芸術中心

コンサートの時は身体を最大限にリラックスさせてから臨むのがいつものパターンだが、この日ばかりは気持ちがハイな状態でコンサートに臨むことになった。
それもあってか非常に集中力の高い状態で曲を終演まで聞きとおすことが出来、満足の高い演奏となった。

もしチケットの件に気が付かなったなら聴けなかったと思うと、非常にぞっとしたが、何とか無事に乗り切れたので、自分の運もまだ地に落ちていなかったようである。
やはり前日にチケットを確認しておけば、早めに当日発券の事実に気づいたかもしれないし、一つのパターンの思考で行動してはいけないと反省したこの日の出来事だったのである。

上海のダフ屋チケットはちょっとドキドキ

前回「上海で(運が良ければ)コンサートチケットを半額以下で買える方法」で書いたように、最近何度か票牛網を使ってチケットを購入しているが、何度か購入しているうちに、これらの正体が段々と見えてきた。

票牛魔天輪 

 やはりこれらのサイトは、正規のチケットエージェントではなく、ダフ屋サイトというか、転売屋サイトのようだ。

 ただ転売屋といっても、日本のオークションサイトとかと違って、恐らく公演主催者からのスポンサー割り当てのチケットを買い取っているような雰囲気であり、そういったルートから仕入れたチケットを中心に売りさばいている印象である。

 要するにダフ屋が合法的に組織的な商売している仕組みのようで、組織規模は上海に留まらず中国全土にネットワークが広がっているようである。
 従って、ニセモノを掴まされたりお金をだまし取られたりするようなリスクはまずなさそうなのだが、やはり正規のエージェントから買うよりは、ややリスクがある。

 それは転売屋であるがゆえに、彼らは情報を持っていても、必ずしも実際のチケットを手元において販売情報を流しているわけではないようだからである。
 つまり出品者から委託された状態ではあるが、買い手がいれば手配するといった段取りをとっているようなのである。
 そのため、入金からチケット手配まで若干のタイムラグがあり、その隙間にリスクが発生しうる状況がある。

 ここが時々ドキドキの元となる。

 そんなドキドキを実は先日体験してきた。

 その時に私がチケットを予約したのは公演日の2日くらい前だったと記憶している。
 本当は予め実券のチケットが手元に届いているほうが理想的なのだが、公演まで時間がなかったため、結局現場受け取りとなった。

 いつもの通り、公演開始前1時間までに会場周辺で引き渡しとなる旨のショートメールが来てそれに合わせて現場に向かった。
 現地へ着くといつもチケットを渡してくれるおばちゃんがいて、そのおばちゃんに声をかけた。
 すると、リストをチェックしながら「あなたはどの価格(額面)のチケット?ふんふん、もうワンランク上のチケットを用意してあげるから、19時30分まで待って」と言われた。

 こちらとしてはちょっとばかり良い席をもらってもたかが知れていると思うので、元のランクでいいですと言おうとしたが、バタバタと他のお客も受け取りに飛び込んでくるので、うまく伝えられない。

 結局流されるまま19時半まで待つことになった。
 公演開始時間は20時なのである。

上海交響楽団音楽庁の夜景

 どうやらランクアップは私へのサービスというより先方の都合で、まとまった席が必要となったため一人で来ている私がはじき出され、その詫びとしてワンラックアップを提供されたような状況のようだった。

 そして19時半に再び同じおばちゃんのところに行くと、まだチケットの実券を受け取らないうちに、ショートメールに受け取りましたと返事を書けと言われた。
 この作業自体は基本的にいつもやる作業なので、特段の驚きはないのだが、今回は実際にチケットを受け取る前なのでちょっと緊張した。

 もしかするとチケットが受け取れない状況に陥ったとき、受け取った証拠とされてしまうからである。
 そんな不安を抱えたまま、「受け取りました」の返信をして、直後におばちゃんが「ちょっとこっちへ来てください」と呼ばれたので後をついていく。

 ホールの前の道沿いに後をついていくと、暗がりのベンチに2人の中年の男女が腰を下ろして話していた。
 男性は黒いマスクをしており、暗がりということもあり、何となく怪しさを醸し出している。
 その男性の方に私を連れてきたおばちゃんが私を紹介すると、じゃあ行きましょうということで私をロビーに連れていき、喫茶スペースのところで待ってくださいと言われた。

 なんだか狐につままれたような感覚で、不安を感じてその男性の動きを見守る。
 手配師は誰かの到着を待っているようだっだが、その待ち人が来ないので、ちょっと困っている様子だった。

上海交響楽団音楽庁の喫茶スペース

 やがて、開演25分前になって男性数人のグループがやってきてその男性手配師に連れられて会場内部に入っていった。
 結局その手配師と一緒にいた中年のおばさんと私が、喫茶スペースに取り残されるが、開演時間が迫ってきて、こちらは焦りが募る。

 まさかこのまま忘れ去られてしまうんじゃないだろうか、そんな不安が頭をよぎった。
 しかし、目の前にいた中年女性も一応一蓮托生らしく、それ故に大丈夫なんじゃないかと自分に言い聞かせながら更に待つ。

 しかし、開演まで15分を切ったところで、その中年のおばさんが痺れをきらしてその男性手配師に電話をかけた。
「あと15分しかないけど、どうなってるの?」と。

 すると、今行くとの返事だったようで、その男性手配師が戻ってきて、ようやくついてきてくださいとの言葉が出てきた。

 ただ、その時渡されたのは、入場済みの客が一時退出の際に渡されるチケットの半券だった。
 どういう状況か分からないが、他の人を入場させた後に預かってきた半券で、入場させられるようである。

 ということはこの手配師のほかに会場から出てきた人間がいるのか、など細かい状況が気になったが、とにかくその半券で入場した。
 で、連れていかれたのは確かにステージ正面だったが、2階席の最後列だった。

上海交響楽団音楽庁の座席

 果たしてチケット価格と見合う席なのかどうかはとても自信がなかったが、とりあえず開演に間に合ったことだけは確かで、演奏は聴けるような状況にはなった。
 あのダフ屋のおばちゃんの言ったワンランク上の席には恐らくなっていないだろうが、そもそもダフ屋チケットは、そのようなものであり、私はさほど席位置にはこだわらないオーディエンスであるのでさほどは気にならなかった。

 ただ主催者から見るとモグリの入場客のような状態になってしまっており、もし摘発されたら私の立場はどうなるのかなどちょっと心配な面はあるが、まあ一応お金は払っているし、席もかなり空いていたので問題にならないだろうと腹をくくった。
 チケットの半券が手元に残らなかったことは心残りなのであったが、聴けることが大事であり、席やお金のことを忘れて安堵した気持ちで演奏を聴いた。
 そんなドキドキ感を経て聴いた演奏は予想以上に満足が行くものとなった。

 ただやはり、会場に入れるか入れないかのドキドキ感はもう2度と御免であり、次回はもっと早くチケットを買うべしと心に決めたのである。

天皇陛下の思い出

 退位のタイミングが間もなくに迫ってきた今上天皇陛下であるが、かつてこの現在の天皇陛下を実際に見かけたことがある。

 それも新年の一般参賀のようなタイミングではなく、もちろん防弾ガラス越しでもない状況で、素の陛下を見かけた。

 それは1996年10月7日の東京上野の東京文化会館の出来事。

東京文化会館前(こちらの演奏家は本文とは直接関係ありません)

 その日は東京都交響楽団の定期演奏会の日であり、故朝比奈隆氏指揮によるブルックナー交響曲第5番が演奏される予定になっていて、私はそれを鑑賞する予定になっていた。

たぶんその日も私はいつも通り会場には1時間前には着いていたと思うが、ついた時点からどうも会場の雰囲気が物々しかった。
やたら警備員というか警官の数が多いのである。

ああ、ひょっとすると外国の要人でも来るのかなとその時は思った。
 クラシックの演奏会では時々ある話で、どこどこの国の皇太子とかが来日の記念に演奏会へ顔を出すことはあり、今回もそれかなと思ったのである。

 そして会場に入り席について開演を待っていた時のことである。

 通常はオケのメンバーが配置についた後、チューニングが行われ指揮者が入場してくる番なのだが、突然2階席にパーッとフラッシュが焚かれ明るくなった。

 その時なんと、天皇陛下と皇后陛下のご夫妻が入場なされたのである。

「おお、天皇陛下だ!」

 生の天皇陛下ご夫妻を初めて見たという驚きとともに、その荘厳な雰囲気に衝撃を受けた。

 ひょっとしてあの時の眩しさはフラッシュではなくスポットライトだったのかもしれないがお二人の姿がまるで後光が差すというか光輝いているかのごとく眩しく見えたのである。

 会場全体で万雷の拍手でお二人を迎えていたというのも手伝ったかもしれない。 

私はそもそも天皇主義者でも崇拝者でもなかったのだが、この時は日本の象徴として君臨されている方はかくも神々しい雰囲気があるのかと驚いたのである。

 そして両陛下は会場の聴衆に向けて例の片手をあげたポーズで挨拶をした後に着席された。
お二人が着席された後、会場は何とも言えぬ緊張感に包まれており、その状態でマエストロ朝比奈隆氏の登場を待ったのである。
そして朝比奈氏が登場すると、会場は普段より緊張感に支配された堅い感じの印象の拍手でマエストロは迎えられた。
もちろんマエストロは陛下の鑑賞は知らされているわけで、ステージ中央に立つと陛下の座られている席に深く一礼した。
そしてすぐにオーケストラに向かい合った。

いかに百戦錬磨のマエストロとは言え、陛下を迎えての演奏は緊張感もただならぬものがあるだろうし、明治生まれのマエストロにとっては陛下という存在は戦後生まれの私とは比べものにならないほど崇高なものであっただろう。
その緊張感がマエストロの背中から伝わってくる印象なのである。

そしてピーンと静かに張りつめた会場の空気の中、ブルックナーの5番の冒頭のチェロと弦バスによるピチカートが非常にゆったり、ズン、ズン、ズンと重々しくスタートした。
指揮者によってはもっと柔らかく鳴らす場合もあるこの部分だが、こんなに引き締まった始まり方は初めてだった。
もちろん、それはマエストロの音楽的特徴でもあったのだが、陛下の存在が余計に音楽を引き締まらせ、緊張感の高い音楽にしていたような印象だった。

その緊張感はこちらにも伝わり、聴く側に緊張感と集中力を要求してくる。
その緊張感の中、音楽は非常にゆったりと濃く前へ進んでいく。

そもそもブルックナーの交響曲第5番は演奏時間が1時間を超える長丁場であり、それを極度に緊張感の高い状態でゆっくり演奏されたのでこちらも体力をかなり消耗したのを覚えている。

覚えているというか、眠りこそしなかったが演奏が終わった時に疲れ切っていたのを覚えている。
演奏は集中し聴いていたが、どうやら高い緊張感のあまり集中力がスタミナ切れしていたかもしれない。

そしてこちらが聴き終えて疲れきった状態の中、両陛下が挨拶をしながら拍手に送られながら退席されたことは何となく覚えているが、入場時のような鮮烈な記憶は残念ながら残ってないのである。

その後朝比奈氏を何度もカーテンコールで呼び出すことは当時の慣例となっていたが、あの時のマエストロの顔には責任を遂げたような安堵感があったような気がする。

 兎にも角にも、これが天皇陛下をテレビ以外で見かけた唯一無二の体験であり、今も記憶に残っている天皇陛下の思い出である。