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上海人男性はぽっちゃり女性が好き

 先日、友人から聞いた話であるが上海人の男性はぽっちゃりした女性を好む傾向にあり、ぽっちゃりタイプは人気が高いそうだ。

 外国人の我々からすると映画などの影響か、上海人女性のイメージというの背が高くすらっとしたチャイナドレスの似合う気高い女性とイメージが何となく浸みついているのだが、どうもそういったタイプの女性は結婚相手としてはあまり人気が無いらしい。

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 確かにすらっとした背の高い女性と言うのは、見た目には美しく映るのだが、それだけにプライドが高く男性からすると扱いにくいということらしい。

 そうでなくても、中国の中で群を抜いてわがままだという評価の高い上海人女性であり、当地の上海人男性ならともかく、地方からやってきた男性にとっては田舎人間として相手にもしてもらえないばかりか、付き合えたとしても扱いきれないという意味で敬遠する場合が多いらしい。

 以前にも「2008年04月24日 上海女性との結婚、ある人は薦めるし、ある人は止めろと言い」という文章を書いたが、とにかく上海人女性との結婚は大変なようである。

 そんな上海女性の中でもぽっちゃりした上海女性が好まれるというのは、これは私の推測であるが、恐らくわがまま上海女性のイメージに対する反動で、ぽっちゃりとした体形がイメージする「やわらかさ」「優しさ」に魅かれているということではないかという気がする。

 つまり家庭的な安定を求める男性が求める相手としてはぴったりということなのではないかということであり、それ故に結婚に早く結びつくのだと推測される。
 逆に、上海では・・・これもあくまで私の主観であるが・・・スタイルも良く見た目も悪くないのに30代、40代になっても独身でいる女性を良く見かける。
 日本人同士の会合に顔を出し、日本語もペラペラで頭も良さそうで性格も悪くなさそうなのだが、独身のままになっている人が結構多い。

 こういうスマートな女性と言うのは、あるところで読んだ情報によれば比較的自己管理がしっかりしており、他人に対する依存心が少ないので、それ故に結婚するきっかけがつかみにくく婚期を遅くしており、男性から見ても結婚や家庭というイメージが湧きにくいということのようだ。
 
 まあこういった体型による性格の傾向がどこまであるかは分からないが、上海で20代の時点でさっさと結婚している女性にぽっちゃり形が多いのは確かなようで、上海人男性から見てぽっちゃり女性の人気が高いというのは事実の様である。

アゴのたるみ

先日誰とは言えないが、ある20代の中国人女性の横顔を見たところアゴが結構たるんでいるのを発見した。
 体全体として太っている様子はないのに、あごだけ弛んでいるのである。

 女性はこれだけでどうも老けているように感じてしまう。

 そうかと思えば、別の場で見かけた女性は体格全体は比較的ふくよかな印象なのにアゴは凄くシャープだった。

 結局どちらの女性にもこの件について声をかけられなかったが、どうも見た目の体格とあごのたるみ具合というのは比例しないらしい。
 
 そんな人の姿を見た途端に自分の姿が急に気になって、自分の顎を触ってみたが、それほど弛んでいる程の状態ではないという気がした。

 しかしそれでも安心しきれなくて鏡の前に立ち、横顔を写したりしたがやはり弛んではいなかった。

 まあシャープとは言えないかも知れないが、弛んでもいなかったので少し安心したのである。

 ネットでいろいろ調べてみると、あごのたるみというのは体重云々よりアゴの筋肉を使っているかどうかで差が出てくるようで、まあ普段から筋肉を動かして活用していれば弛まないようなのである。

 もちろん脂肪のつき具合が影響を与えることもあるが、筋肉を鍛えることが大事なよ
うだ。

 人のふり見てわがふり直せということである。

中国の物流業は不動産業

 昨日某勉強会のセミナーに参加してきた。

 まあそのセミナー自体は非公開でも何でもないのだが、これから書くことは講演者がパワーポイントにして資料にするとあまりよろしくないという中で話された範囲なので、名前等々は全て伏せて書くことにする。

 昨日のセミナーの中で、その講演者が話していたのは中国の物流業は不動産業だということ。

上海市内のショッピングセンター

上海市内のショッピングセンター

 中国の物流業の何が不動産業かというと、本来流通業の有るべき姿と言うのは、仕入れ値と売値の差、つまり売買差益で利益を出すのが基本の形なのだが、中国の物流業はそうではなく売り場を作るだけで損をしない仕組みが出来上がっているということだった。

 つまりどういう事かと言うと、ある商品をあるスーパーに納入すると、1アイテムにつき幾らと言う形で、納入料を取られるというのだ。

 例えば上海の様な大都市だと1アイテムあたり2000元などの費用となり、地方へ行けばもう少し安いが、それでも500元1000元と言う費用が発生する。

 故に全国2000店舗で、ある新商品を一斉販売しようとするだけで、1アイテムにつき100万元、10アイテムなら1000万元、つまり今のレートで言うと1.6億円かかるとのこと。

 さらにスーパー内の特設コーナーを借りるには3ケ月で幾ら等々、その都度別の費用が発生し、とにかくスーパー側は「場所貸し」、つまり不動産業だけで費用を回収するので、販売そのものに力をそれほど入れないで済むというのが中国の流通業界の実態らしい。

 しかも、困るのが末端店舗への浸透力で、例えば某大手チェーンスーパーで一括契約をしたとしても、末端の店舗で商品が必ず陳列されているとは限らないとのこと。

 つまり商品は届いても倉庫で眠っている場合があるという。
 それゆえに、納入業者はその陳列チェックまでを自分のところでやる必要があるのだという。

 故に中国のスーパーなどの商品の陳列棚や販売コーナーは、売れている商品ではなく、お金をたくさん出した業者の商品が並ぶわけで、商品の品質や人気に関係なく業者がお金を出したかどうかでその配列が決まっており、中国の資本主義の主役は消費者ではなく、売り手の論理で売り場が決まっているようだ。

 まあ納入料云々に関しては、日本でも似たようなことがないわけじゃないと聞くが、中国のそれはあまりにもあからさまで、日本のメーカー参入の障壁となっているのが実態とのこと。

 つまり例えば今後国家レベルで「貿易を自由にしましょう」などと取り決めたところで、中国の流通業のこういった商習慣が外国からの参入を阻んでいる面があり、中国への日本企業の進出はなかなか容易ならないとのことだった。

 つい先日、日本もTPPの会合への初参加を行なったが、こういった中国の商習慣を見る限りにおいては、関税だけがなくなったところで外国での商売がうまくいくものではないということを関係者は肝に銘じるべきかもしれないという気がしている。

iPhoneは現代のラジカセ

 以前から感じていたことであるが、iPhoneというのは現代版のラジカセのような位置づけなのかなという気がする。

 もちろん外観や中身が一緒というわけではなく社会的位置づけという意味である。

 ラジカセというのは言うまでもなく「ラジオカセットレコーダー」のことで、つまりラジオ、カセットレコーダー、アンプ、スピーカーがオールインワンで一体になった音楽再生機器であり、それまでバラコンと呼ばれていたステレオ機などをコンパクトにしたものとして非常に広く普及した。

 後にはCDやMDの登場により、CDラジカセやCDMDラジカセなどの商品も出来たが、それらを含めてそれまでラジオ放送や高級ステレオを持つ人しか楽しめなかった音楽を、ラジカセの普及が個人で音楽を楽しむという行為を可能にし、スタイルの普及に繋がっていったという気がする。

 また同様にiPhoneもそれまでいろいろ在野にあった電話、ネット、音楽プレーヤーなどをコンパクトにオールインワンで一つに集約し、分かりやすいインターフェイスによって簡単な直観的操作が可能になったためのヒットした商品であると思う。

 このiPhoneの登場によりそれまでITには縁の無かった人にも大きく普及することになり、ITのイロハも分からなかった人たちがITに近づいたような印象を与えることに成功したのである。

 つまり在野にあった技術をコンパクトにオールインワン化して使いやすくし、それまで音楽やITに縁遠かった初心者たちを取り込むことに成功したという点が共通しているように思えるのである。 

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 日本にもガラケーと呼ばれる多機能電話は既に普及していたが、インターフェイスの面でキー操作にこだわっていた点で必ずしも使い安とは言えず、魅力的とは言えなかったのだが、それを克服したのがiPhoneといえ、技術的に凄いというよりも、分かりやすさの勝利ではあった気がする。

 もちろん、ラジカセもiPhoneもオールインワンゆえの性能の限界はあり、音楽もITもハイレベルなものを求める者からするとおもちゃ同様のようなこのラジカセとiPhoneだが、結果的に売れているということは「ハイスペック」より「使いやすさ」を求めたほうが商売としてはうまくいくという一つの見本のような結果となっているのである。

 ただ、その盤石に見えたiPhoneもやはり創業者のSジョブズ氏が亡くなって以後、勢いがなくなって来ていて、どうもマイナス点がちらほら目立つようになってきた。

 例えば地図の失敗の例に見られるように、商売を欲張ったのか自社の技術を過信し、他社技術を排除しようとして失敗する状況に陥っている。

 そしてもう一つの理由として在野からiPhoneへ新たにインターフェイスに取り込める要素が底をついてしまったのかなと思えるのである。

 アップル社にはインターフェイス以外にそれほど強力な独自技術が備わっている訳でもないため、統合する要素が新たな刺激要素のはずだったが、どうも新分野を開拓できない状況に陥っているようである。

 最新のiPhone5Sに至っては、画面が大きいとかカラーバリエーションが多いとか、本体機能ではなく枝葉の部分にしか主要改善項目が見られなくなってきており、いよいよiPhoneの革新的ブームも終焉という感は否めない。

 私も昔ラジカセを買ってもらった時は嬉しかったが、だんだんその機能制約や音質に不満を感じてきて結局バラコンを求めるようなったように、オールインワンツールと言うのは入門段階としては最適だが、結局入門用は入門用でしかなく、iPhoneもまたIT初心者を喜ばせるおもちゃとしては十分過ぎるものではあったが、逆に言うとそれ以上の物でもないため、そろそろその最初の役割は終わりになりそうな気がする。

 まあラジカセの登場により音楽を語る人が増えたのと同じように。iPhoneの登場により俄かIT信者が増え、何も分かってないのに偉そうにITを語る輩が増えたのは苦々しくもあったが、普及という意味では意味のあった存在と言えるかもしれない。

中国のテレビ放送枠は時間がバラバラ

 最近テレビを見始めて気が付いたことだが、中国のテレビは放送開始時間が結構中途半端である。

 報道系のチャンネルはそれほどでもないが、ドラマが多いチャンネルなどは、非常に中途半端な時間に始まるものが多い。

 53分とか、22分とかてんでバラバラな中途半端な時間に始まる。

 日本だと、どの放送局も基本は7時や8時と言ったジャストタイムを非常に大事にして枠が組まれており、さらに30分、15分と言った60分を等分した開始時間設定を行ない中途半端な開始時間を嫌っている。

 まあ人気番組の後番組だったりすると例外的に前倒し枠を設定することもあるが、基本は1時間ごとのジャストタイム開始を守っているのだが、中国のドラマ系チャンネルにはそれがほとんどない。

 一応夜のメインドラマは19時から始まるなど、基本のパターンは有るようだが、1日に渡ってジャストタイムが守られている訳ではない様である。

ケーブルテレビの番組選択画面

ケーブルテレビの番組選択画面

 以前にも書いたが中国のテレビドラマ放送は、毎週1時間ずつという放送方式ではなく、30話の放送なら毎日3話ずつ放映し10日ほど一挙に放送してしまうような集中型であり、最初の1本目がジャストタイムなら後は、続きで見るだけだからジャストタイムでなくても良いということらしい。

 こういうドラマの放送パターンやテレビの時間枠設定を見ていると、中国人の堪え性のない性質や、時間や形式にあまり細かくこだわらない理由が分かってくるような気がしてくる。