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大家夫婦が喧嘩?家賃の支払先が二転三転

 先月から私の住んでいる部屋の大家夫婦の関係がどうも不穏らしい。
 まず先々月に、いつも窓口になっている旦那さんの方から、今度から妻の方に払ってほしいとwechatに連絡が来た。
 その直後に、その奥さんからwechatの友達承認申請が来たので、私の方で承認した。
 するとすぐにメッセージがきて、同じ店子らしき人とグループが作られ、この部屋は「私と息子の名義で夫とは関係ない」と、権利を主張するようなメッセージが入った。

 詳しくは分からないが、部屋の店賃(家賃)収入の使い道などを巡って、夫ともめごとのような状態があったのではないかと察した。

 ただこのメッセージがあった時点ではまだ1月だったので、この時は夫婦関係とか大丈夫かなとちょっと思った程度で、店賃の支払い時期(3月)まで時間があったのであまり気にせずやり過ごしていた。
 そして3月に入り、そろそろ家賃の支払いだなと思った頃、旦那の方からWechatのメッセージが入り、「家賃は払ったか?」のメッセージが突然入った。

 「まだです」と答えると、 なんと「絶対渡しちゃいけない」と返ってきた。

 「吸毒」の状態ということで、直訳すれば麻薬ということになるが、恐らく投資か何かに取りつかれているような状態で、上記のほかの店子から預かった店賃を、どこかへ回して使ってしまったらしいようだ。

 故に家賃は「俺に渡せ」という話になった。

 この間、実際に奥さんとは会ってないので、どういった状態になっているのかは分からないので、どちらが正しいのかは判断がつかなかった。

 ただ、自分の窓口としてここまで対応し続けてくれたのが旦那さん方なので、ここは旦那さんの方を信じ、結局店賃は旦那さんの方に先日払った。

 このことで何かトラブルが発生しやしないかと、やややきもきしてここ数日過ごしたが、今のところは何も起きていないし、店賃は払ったので、必要以上には心配しないようにしている。
 ただ、こんな状況なら次回の更新時は引っ越ししないといけないかなと、心配を始めている今日この頃である。

海外生活者にとって二重国籍問題は他人事ではない

数年前から騒がれていた蓮舫氏の二重国籍問題だが、実際海外の最前線にいる身としては政治的影響云々以前に、かなり身近な問題であり他人事ではない。

 私自身は未婚であるため現時点では子供の国籍で悩むということに直面してはいないが、外国に住む身としては、将来国際結婚をする確率は日本国内にいるときより遙かに高く、子供が出来ればやはりその問題に直面するのである。
 
しかも上海など中華圏にいる限りにおいては、蓮舫氏の両親と同じように台湾人や中国人などが配偶者となる可能性は非常に高く、やはり日本と中国・台湾間の国籍関連の法律手続きは気になるところである。
実際、私の周囲には日本人夫婦として中国に来た場合を除き、独身状態で来た場合は国際結婚に至っている場合が非常に多く、当然の如くその子供について皆さん国籍の選択や手続きについて悩んでいる。

写真はイメージ

まあ国籍選択そのものについては正式な統計を見たわけじゃないが、伝わっている話を総合すると大半は早期に日本国籍を選択している。

これは日本の国籍を選択した方が、国際的に入国できる国が多いのと、日本人学校の入学条件として。日本国籍かつ親が労働ビザを持っていてその家族の資格であることが条件になっていることが影響していると推測する。

いずれにしても手続きが煩雑であり、皆さんいろいろ苦労されている。

それでも生まれた場所が日本国内であれば日本国籍を選択することに関しては、手続きは比較的簡便だと聞く。

ただ問題なのは中国で生まれてしまった場合である。

中国では二重国籍を認めていなので、外国人同士の夫婦間で生まれた場合を除いて、取り敢えず中国に出生届を出さなくてはならず、自動的に中国の国籍を持つ子として登録されてしまう。

そして合わせて日本の大使館・領事館に出生届を出せば、両方に国籍がある状態が成立してしまうのである。

この二重国籍状態は二十二歳になるまで許されており、二十二歳になるまで国籍選択届を出すとされている。
で、これが蓮舫氏に実際発生した状況とも共通するのだが、日本で日本国籍選択届を出したとしても、自動的にもう一方の国の国籍離脱とはならないのである。

つまりもう一方の中国や台湾の国籍の離脱手続きをしなければ、その国においては籍が残ってしまうことになる。
ただ、そのような籍が残っている状態でも、日本国籍を選択したならば日本国内で生活を続ける限りにおいては基本的には何ら支障がない。
 蓮舫氏の例にみられるように、選挙に立候補して公職に就くことも出来る。

 問題があるとすれば、籍を取り消していないもう一方の国へ入国するための居留ビザなどを取る場合である。
 この件、台湾の状況は詳しくないが、中国の場合は、日本人学校への入学などの目的で外国人として居留証を取ろうとすると、中国籍の離脱を求められてしまうのである。

 ただこういったビザを必要としなければ、両方の国のパスポートを持ち続ける場合もあるようである。
つまり、それぞれの国へ戻る時にそれぞれの国のパスポートを使って入国するようなケースであり、その便利さ故に意図的に国籍を離脱しないという人もいないとは言えないようである。

しかしながら大抵の場合は、国籍国へ生活の拠点を固定するので、取り消さなければならならない国家に戻って鉄続きをすることは非常に面倒ということもあって、怠る場合が多いと推測される。

 今回の蓮舫氏の件においても、この取消手続きが終わっていると本人は思い込んでいたが、結局は手続きが行われていなかったところに問題があったとされる。
まぁ彼女は国会議員や野党党首という目立つ立場に立ったため、より強く批判にさらされるわけになったのだが、実際の法手続きの現状や面倒臭さを考えると彼女の手続きミスを責めるのは少々気の毒に思える。

ところで、この件に関して、蓮舫氏はスパイだのなんだのと必要以上に酷い言われようをしている。

個人的に蓮舫氏を政治的な意味で肩を持つということではないが、スパイ呼ばわりまでされている状態は、国際結婚夫婦やその子供に対する酷い偏見と差別に他ならない気がする。

もちろん、実際に彼女が他国のスパイでないという証明は非常に難しいことではあるが、本物のスパイなら、一般的に考えて二重国籍(相手国の国籍取消忘れ)など分かり易いミスを残さないであろうに思う。

 もし他国がスパイとして送り込むなら、彼女のように手続きに問題が残る人物より、完全に帰化した人物や二重国籍を解消したよう人物の方が疑われる点が少なく使いやすいように思うのである。

更に言えば最初から日本国籍である人物を利用した方が遙かに怪しまれにくく、恐らくそういう人物を利用するのであり、手続き漏れをしているような人物はスパイとしては使えないだろうに思う。

いずれにしてもあのような彼女への差別的な言葉は、海外で暮らしたり国際結婚をした者にとっては他人事では無いのであり、我々の帰国後や自分が国際結婚をした際の子供が日本社会でどう扱われるかの切実な問題なのである。

統計によれば日本人と外国人との国際結婚は、現在は以前より減ったもののここ20年を均せば3~6%程度が国際結婚であった。
つまりその夫婦が日本人夫婦と同じだけ子供を生んだと仮定すると、学校のクラスに必ず1人や2人がハーフの子がいる状態が日本の現状であり、レアケースでは無くなってきているのである。

しかしながら国家間の関係の問題もあって、手続き上の煩雑さは相変わらずであり、社会の理解も一向に進まないどころか、蓮舫氏への批判に見られるようにその存在への反発の方が強くなっている印象さえあるのである。

 こういった現状や、手続き上の複雑さ、さらには差別的な言葉を見るにつけ、本来は一人の人間として何の価値も変わらないはずなのに、何故に後からつけられた国籍などという記号に悩まされなければならないのか、非常に疑問を感じるのである。
 

夫婦別姓より早くマイナンバーが家族を壊す

 先日、日本の裁判で民法規定に関する最高裁の判決があり、夫婦別姓を認めない規定は違憲とは言えないという判決が出た。
 つまり夫婦は同姓であるべきと定めた民法は問題ないという結果になった。

 ただし判決は現行民法を「合憲」であると認めただけであり、今後夫婦別姓を認める民法改正を制限するわけでもなく、今後の法律改正へ含みを持たせた状態になっている。
 故に今後の世論の動向によっては選択的夫婦別姓ということが認められる可能性もあり、認められれば結婚しても夫婦は別の姓を名乗れることになる。

 しかしこの夫婦別性問題は単なる(と言っては失礼だが)名前の名乗り方の問題のように見えるが、実は社会の家族形態の有り方を揺るがす大きな問題である。
 何故なら、本来この「姓」というのは家族制度や家制度に基づいた名前の付け方であり、家族であることを示す基準となっていたからである。

 英語でも、姓はFamilyName、名はGivenName或いはFirstNameであり、いずれも社会を構成する一単位として家族制度が存在することを基準としている。
 そして夫婦や子供はその構成員であることを示すために個人固有の名前であるファーストネームの後ろにファミリーネームがつけられ、家族に紐づけられている状態を示すものとなっている。

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 ところが今後もし仮に夫婦別姓を認める社会になるということは、従来の家制度の考え方を変えることを意味するものであり、少なくとも名前の上では夫婦や親子が家族関係を示す「姓」に拘束されない状態になる。

 するとどういうことが起きるかというと、実は社会生活の上では「姓」が存在する機能的な意味がなくなり、名前の中に「姓」を表記する必然性がなくなってしまうのである。

 まあこれは親子関係の「姓」をどう処理するかにもよるが、夫婦が別姓でも良ければ、果たして子供に両親どちらかの「姓」を選択して引き継がせる意味があるのかという議論になってくるのであり、無理にどちらかの姓を選ばず親子別姓としたり、場合によっては姓無しの名前でも良いのではということになってしまう。

 つまり、例えば「イチロー」や「ローラ」など、ファーストネームだけをつければよく、姓は必須ではなくなってしまうのである。

 姓がない名前というのはやや戸惑う面はあるかもしれないが、少なくとも江戸時代までの農民は姓など無かったことを考えると、姓の無い名前は別におかしいものでもないし、それこそマイナンバーを個人個人につけるなら、他人と重複したとしても識別には問題ないものとなる。
 
 まあ先日の裁判を起こした人たちのように夫婦別姓を望む人の感情としては、本人が生まれたときから名乗り続けた姓を結婚後も変えずに名乗り続けたいというのが根本にあるのだと思うが、夫婦別姓を認めるという制度の変化は、実は守りたいと思った「姓」そのものの意味をなくしてしまう可能性を含んでいると言えるのである。

 ここに個人が望む名前制度の理想と、制度変更から波及する現実のパラドックスが存在する。

 つまりこれらの夫婦別姓問題は日本という社会が家や結婚という制度をどう考えどう位置付けて行くかという大きな問題につながっているのであり、巷で浅く議論されているような夫婦間の「姓」の名乗り方だけの問題ではなく、ましてや各夫婦の考え方で選択できるようにすれば良いと浅はかに決められるものでもないという気がするのである。

 ただ聞くところに依ると間もなく始まるマイナンバー制度の番号上では、個人単位の固有番号ではあるものの、その個人番号上には家族の繋がりを示す数字上の意味は全く無いとのことで、夫婦別姓より先に家族の結びつきに拠らない制度設計を実現している現実がある。

 故に今後は、戸籍制度や世帯主制度といった日本の行政管理の根幹をなしていた家族という単位の扱いは、どんどんマイナンバーによる個人管理に集約していく可能性があり、別姓どころか無姓化が進んでいく可能性を含んでいる。
 夫婦別姓マイナンバー、一見別もののようにも見えるが、実は深く結びついた現在の日本社会の根源的問題なのである。

上海地下鉄の優先席マーク

上海は妊婦さんの電車通勤が結構多い

 先日、旧サイトのブログ上で「妊婦さんと太ったおばさんの見分け」という文章を書いたが、今朝も地下鉄に乗った時に沢山の妊婦さんに遭遇した。

 幸いと言うか、今日は自分が席を譲るポジションに無かったのと、他の人が譲って妊婦さんたちは無事座ることが出来、私が気をもむことはなかった。
 それにしても上海の地下鉄ではかなり沢山の妊婦さんが乗車しており、妊娠しても出産ぎりぎりまで働いている様子が伺える。

 私も長らく日本で電車通勤を行なっていたが、日本ではまず女性の電車通勤者が中国ほど多くないし、ましてやラッシュ時間帯に電車に乗るこ姿はほとんど見ないので、そんな気を使うことも無かったと記憶している。

 しかし、現在の上海では実際に多くの妊婦さんが地下鉄で通勤している。

 何故こういった風景の差が出るのかについて考えてみたが、文化習慣と制度による違いが大きいのかなと考える。

 日本では最近でこそ夫婦共働きが増えて来たが、私が子供の頃は女性は結婚すると専業主婦となり働きに出ないケースが多く、今でも女性の職場は通勤で遠くに行くより、比較的自宅の近場で仕事をしているというイメージがある。

 ところが中国では労働環境の男女差があまりないので、女性でも妊娠出産のほんのわずかな時間を除いてはずっと働いており、子育てをしながら働き続けるため、結婚したり妊娠しても当たり前のように働き、出産の時だけ少し休む習慣になっている。。
 また、制度の違いも大きく、日本では産前6週間(多胎の場合は14週間)、産後8週間の出産休暇が認められ、さらに1歳までは育児休業が認められており、その後の配慮義務まで決められている。
 これに対して中国では出産休暇は全部で90日間で産前15日間、産後75日間が認められていて産後の規定は日本より長いくらいだが、産前は非常に短く、つまり出産ぎりぎりまでは休業は保証されない法律になっている。

 もちろん15日より前についても妊婦さんへの保護規定などは存在し、社会から守られる存在にはなっているが、完全に休める状態にはなっていない。

 15日と6週といえばその差およそ一か月であり、予定日の2週間前から休めるか1ヶ月半から休めるかという差は大きい。

 これが街の風景の妊婦の人数の違いに大きな影響を与えていることは間違いないという気がする。

 ただ、日本の場合は産休期間の給料は保証されず健康保険から給付が給料の6割程度あるだけだが、中国は休める日が少ない反面給料はずっと保障されるので、一概にどちらがいいとも言えず、中国としては休んでお金が減るより働き続けられるほうが有り難いのかもしれない。

 いずれにしても上海では、女性が出産ぎりぎりまで働き続ける習慣文化になっており、私の方は通勤時間帯の電車に乗るたびに気を使う日々が続いている。

産みの苦しみ

 先日のサッカーの日本代表の東欧遠征の試合で、日本が2連敗した。

 双方ともW杯出場を逃している国との対戦とあって、W杯出場を真っ先に決めている日本代表にとっては現在の実力を測る絶好の機会ともあって善戦が期待されたが、結果はいいところがあまり出ず2連敗となった。

 これを受けて、マスコミやサポータからは不満の声が続出しているが、一方で今回の試合では寧ろ真剣勝負で臨んだというよりいろいろテストを試合中に行なったということが記事で伝わっている。

 トーナメント大会のようにガチンコの勝負で勝ちにこだわれば、もっと違う結果が出たかも知れないが、最終目標のW杯本大会で大きな結果を引き寄せるための試行錯誤の時間だということのようだ。

 まあ全てに勝ちの結果を求めるサポーターにとっては、どんな理由であれ「負け」という結果は嬉しくないのかも知れないが、大きな目標で結果を出すための一過程だと考えれば、この数試合で一喜一憂することは逆に大きな目標を得るためには邪魔な感覚かも知れないという気もしており、今は産みの苦しみの最中だということで長い目で見守りたいという気がする。

 サッカーに限らず、仕事でも私生活でも目先の小さな結果にこだわるか大きな目標にこだわるかで、日々の取り組み方というのは大分違ってくるものである。

 この「産みの苦しみ」の言葉の元の意味にもあるように、子供を産む母親は1年近くをかけて子供をお腹の中で育ててからようやく産むから、出産後は大切に育て一生大事にする。
 これが数日で産めるような子供なら、出産前も出産後もそれほど大事にせず大きくなるまで頑張って育てないのではないという気もするのである。

 そういえば先日、雑誌ananの特集で「出来ちゃった婚」ならぬ「さずかり婚」は、プロポーズから出産まで一気に叶えることが出来て、悩む要素もなくスピーディに出来るから素晴らしいなどという記事が出て、世間で物議を醸している。

 確かに今や4組に1組が出来ちゃった婚というのが現実らしいから、そのこと自体は特に恥ずかしい事ではなくなったようなことだが、推薦するのはどうかということだ。

 まあ当の本人たちにしてみれば、いきなり妊娠してしまうというのは突然行動の締め切り時間を設定されるわけだから、悩んでいる暇などなく決断しなければならないし、行動が素早くなる可能性はある。

 しかし、そういった試行錯誤を経ない安易な結婚は、崩壊も早いようで通常の離婚率33%に比べ授かり婚の離婚率は44%にも上るというデータがあるという。

 ある人に言わせれば、結婚は結婚に至る迷いや試行錯誤の時間を経て、さらに周囲への説得など多くの過程や困難を乗り越える過程を経るからこそ、夫婦の絆を強くするのであり、それ自体が長く維持できる結婚生活を迎える必要な過程であり、その過程を面倒くさいとか省略しようという発想は、結婚に対する認識自体が間違っているとのことである。

 結婚や出産など重大なものに踏み出したいなら、産みだしたいものが大きい物であればあるほど、本来は産みの苦しみや悩みは深いはずということである。

 まあこれはビジネスの上でも言えて、例えばある目的のために事業を起こす場合、自ら育てることをせず、安易に会社を買収してノウハウや機能を吸収しようとする手法では中々ビジネスの目的にはたどり着きにくいように思われるのである。

 安易に得た関係は結婚同様にやはり壊れやすいわけで、それなりの覚悟で向き合う覚悟を無いと、会社や社員に対する愛着も薄く切り捨ても容易になりやすいような状況になる。

 しかし、じっくりと腰を据えて物事に取り組み、試行錯誤の上で作り上げていったものはちょっとやそっとでは揺るがないし、結果として買収などの安易な姿勢で結果を求めようとするよりは、大きなものにたどり着きやすいのではないかという気がしている。

 産みの苦しみ、それに直面している日本代表は見守ってあげたいし、自分も頑張りたい。