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産みの苦しみ

 先日のサッカーの日本代表の東欧遠征の試合で、日本が2連敗した。

 双方ともW杯出場を逃している国との対戦とあって、W杯出場を真っ先に決めている日本代表にとっては現在の実力を測る絶好の機会ともあって善戦が期待されたが、結果はいいところがあまり出ず2連敗となった。

 これを受けて、マスコミやサポータからは不満の声が続出しているが、一方で今回の試合では寧ろ真剣勝負で臨んだというよりいろいろテストを試合中に行なったということが記事で伝わっている。

 トーナメント大会のようにガチンコの勝負で勝ちにこだわれば、もっと違う結果が出たかも知れないが、最終目標のW杯本大会で大きな結果を引き寄せるための試行錯誤の時間だということのようだ。

 まあ全てに勝ちの結果を求めるサポーターにとっては、どんな理由であれ「負け」という結果は嬉しくないのかも知れないが、大きな目標で結果を出すための一過程だと考えれば、この数試合で一喜一憂することは逆に大きな目標を得るためには邪魔な感覚かも知れないという気もしており、今は産みの苦しみの最中だということで長い目で見守りたいという気がする。

 サッカーに限らず、仕事でも私生活でも目先の小さな結果にこだわるか大きな目標にこだわるかで、日々の取り組み方というのは大分違ってくるものである。

 この「産みの苦しみ」の言葉の元の意味にもあるように、子供を産む母親は1年近くをかけて子供をお腹の中で育ててからようやく産むから、出産後は大切に育て一生大事にする。
 これが数日で産めるような子供なら、出産前も出産後もそれほど大事にせず大きくなるまで頑張って育てないのではないという気もするのである。

 そういえば先日、雑誌ananの特集で「出来ちゃった婚」ならぬ「さずかり婚」は、プロポーズから出産まで一気に叶えることが出来て、悩む要素もなくスピーディに出来るから素晴らしいなどという記事が出て、世間で物議を醸している。

 確かに今や4組に1組が出来ちゃった婚というのが現実らしいから、そのこと自体は特に恥ずかしい事ではなくなったようなことだが、推薦するのはどうかということだ。

 まあ当の本人たちにしてみれば、いきなり妊娠してしまうというのは突然行動の締め切り時間を設定されるわけだから、悩んでいる暇などなく決断しなければならないし、行動が素早くなる可能性はある。

 しかし、そういった試行錯誤を経ない安易な結婚は、崩壊も早いようで通常の離婚率33%に比べ授かり婚の離婚率は44%にも上るというデータがあるという。

 ある人に言わせれば、結婚は結婚に至る迷いや試行錯誤の時間を経て、さらに周囲への説得など多くの過程や困難を乗り越える過程を経るからこそ、夫婦の絆を強くするのであり、それ自体が長く維持できる結婚生活を迎える必要な過程であり、その過程を面倒くさいとか省略しようという発想は、結婚に対する認識自体が間違っているとのことである。

 結婚や出産など重大なものに踏み出したいなら、産みだしたいものが大きい物であればあるほど、本来は産みの苦しみや悩みは深いはずということである。

 まあこれはビジネスの上でも言えて、例えばある目的のために事業を起こす場合、自ら育てることをせず、安易に会社を買収してノウハウや機能を吸収しようとする手法では中々ビジネスの目的にはたどり着きにくいように思われるのである。

 安易に得た関係は結婚同様にやはり壊れやすいわけで、それなりの覚悟で向き合う覚悟を無いと、会社や社員に対する愛着も薄く切り捨ても容易になりやすいような状況になる。

 しかし、じっくりと腰を据えて物事に取り組み、試行錯誤の上で作り上げていったものはちょっとやそっとでは揺るがないし、結果として買収などの安易な姿勢で結果を求めようとするよりは、大きなものにたどり着きやすいのではないかという気がしている。

 産みの苦しみ、それに直面している日本代表は見守ってあげたいし、自分も頑張りたい。


中国人の世界遺産に対する勘違い

 まあこれは中国に限ったことではなく、日本でもその傾向があるのだが、世界の中でも特に中国では「世界遺産認定」を観光地価値のための単なるランク付けと認識している人がかなり多いという気がする。

 しかし、ユネスコによる世界遺産認定と言うのは、本来は建物などを人類の普遍価値の遺産として後世に残していきましょうという、その「遺産価値の保護」にこそ趣旨があるのだが、現在各地で申請が行われている動機を見ると、どう見ても観光開発のための世界的お墨付きが欲しくて申請している地域がほとんどのような気がする。

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 もちろん、世界遺産=観光地となるのが世の中の常なので、観光地としてお墨付きがつくのは必ずしも悪い事ではないのだが、中国の場合は特に経済的モノサシが最優先で世界遺産を求めているような印象である。

 このような中国人達にこの勘違いを起こさせている理由の一つが、中国の国家の定める旅遊景区認定いわゆるリゾートランク制度であると思われる。

 これは観光スポットごとにAAAAA級(5A級)などのランクを与えて評価する制度で、まあこの基準はどちらかと言うと最初から観光地の経済的価値の正当評価をランク付けするために作られた制度の様であり、そのランクを利用して観光PRをしたり経済的PRを行なうものとしては間違った制度ではない。

 さらにホテルの星級ランク同様に価値の無い物を価値があるかのように勝手に喧伝することを防ぐ目的もあるようで、つまり観光地の価値評価プラス施設整備程度などの評価点を勘案してランク付けを行ない評価するものであるから、観光地の評価のための制度としてはおよそ目的に適った制度となっており、つまりどちらかと言えば観光開発を奨励するような制度となっている。

 故にこういった制度のある中国において、ご当地の中国人たちが「世界遺産認定」という制度に対して、この旅遊景区認定と同様に観光開発のための国際的プレミアムバリューを与えてくれるものと考えてしまうのは無理もないことではある。

 しかし、それはやはり彼らの大いなる勘違いである。

 世界遺産認定制度はあくまでもその保護を目的としているものであるから、観光化を否定している訳ではないが特に奨励をしているわけでもなく、保護すべき対象として認定しているだけである。

 保護すべきとされているからには、本来過剰な観光開発などは避けるべきなのだが、中国では世界遺産のお墨付きをいいことに観光開発をガンガン行っていると聞き、世界遺産認定を受けた時の雰囲気をすっかり失くし世界遺産としての価値を失ってしまったような場所さえあるという。

 こうなってしまうと本末転倒で、遺産としての価値も失ってしまうように感じられる。

 まあこういった場合はユネスコの方で遠慮なく認定取り消しなど厳しい措置を取ってもいいというような気がしており、実際ドイツなどでは渓谷に橋が出来たため取消しされた例もあるという。

 これらの点、日本でも世界遺産を観光客誘致のきっかけとしたいとの動機で申請する動きも確かにあるのだが、日本の世界遺産候補地の場合は、既に日本の国立公園・国定公園に指定されている場合がほとんどで、日本の国立公園・国定公園の法律は中国の旅遊景区認定と違って、自然保護を目的とした厳しい法律になっており、地熱発電所のような公共的施設の類でさえ開発が容易ではない状況になっている。

 故に、そういった場所が仮に世界遺産に認定されても、観光乱開発が突如として起こることはまずあり得ない状況になっており、観光誘致が目的だとしてもそれほど憂慮することではないという気がしている。

 しかし中国は世界遺産の数だけはやたら多いが、どうも日本のように国の下で保護が行われている印象がなく、開発だけが優先している印象が強い。

 つまり世界遺産の保護というは、各国家の責任に依るところが大きいとも言え、そのあたりの中国の自然保護の法律制度がどうなっているか知らないが、本気で世界遺産の観光価値を高め観光収入を得たいと思っているのなら、観光開発より原状保護を強める方がはるかに大事で経済的価値を生むものだという気がしている。


生活防衛のための結婚という選択

 先日ラジオの中で、某結婚紹介会社の行った新成人に対するアンケートで将来世の中が悪くなると考えている人が50%以上もいて、日本の若者が将来に不安を抱いているという結果がでたという話がニュースになっていた。

 まあ現在の経済状況や、今後の人口動態の推測を見ても新成人が将来を不安を抱くのは無理もなく当然のように思える。

 ただ、このアンケートに設問のひとつに結婚についての回答傾向でひとつ気になったものがあった。<結婚への意識は80%が「したい」と回答したものの「経済不安などから結婚を先延ばしにする傾向が強まると思う」とした人が66%に上った。【共同通信】>という内容である。

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 当たり前の回答ようにも聞こえるが、実はこの考え方は日本独特の考え方であるとラジオの出演者がコメントしていた。
 いつの頃からか、「結婚とはお金がかかるもの」であり、お金をたくさん稼いでなければ結婚できないという考え方が蔓延しつつある。

 しかし、実は結婚とは生活防衛手段の一つの選択肢であり、一人で生きていくのは大変だが二人で協力すれば何とかなるというのが、世界的な結婚に対する意識の傾向だという。

 日本は特に男性が生活の全てを支えなければならないという考え方が支配的で、実際の社会構造もそれを前提に出来上がっている。

 しかしながら確かに結婚式を挙げればそれなりの費用を必要とするが、生活に関する限り日常のランニングコストを考えれば一人より二人で生活したほうが生活費は抑えられる。

 にも関わらず、お金を理由に結婚をしないというのは実は本末転倒で、実質上の問題ではないように思える。

 この考え方の裏には結婚=盛大な結婚式のイメージや結婚後の豊かな家庭生活に対する過剰な期待など他人に対する見栄の部分が非常に見え隠れする。

 当然結婚を打算で考えれば、相手によって男も女も結婚後のそろばん勘定が違ってくるのでその点で相手選びに慎重になるということはわからなくないが、タイミングの問題で言えば世の中の経済の回復を待っても、実は一人あたりの生活の苦労は少なくならない

 もちろん一人なら身軽にどんな状況でも耐えられるという考え方もあると思うが、実際上人間一人ではそんなに強くない

昨今自殺者が増えているのは、家族の結び付が生きる延びるという目的で結びついていなかったり、孤独であることからおきている社会現象のようにも思える。
 自尊心や虚栄心ばかりが強すぎて「生きる」という目的に繋がってないのである。

 上海で暮らしていて感じるのは、上海人や中国人の結婚観は、まあ虚栄心も多分にありそうだがその根底には「生きる」貪欲さがあり、日本人の見栄で支えられている結婚観とは根本的に違うような気がする。
 今回の経済危機を機に日本人の結婚に対する意識が今後変わって行く可能性があるのではないかと、ラジオの出演者がコメントしていた。さてさてどうであろうか?