Monthly Archives: 11月 2014

上海虹橋駅から上海南駅や上海駅へのシャトル列車の構想

上海の三大鉄道ターミナル駅はそれぞれ別の場所にあり離れており、上海駅と上海南駅は軌道交通1号線と3号線で結ばれて結ばれているが、新しくできた上海虹橋駅だけはぽつんと離れた場所にある状況になっている。

上海虹橋駅と他の2つの駅との間にはそれぞれ941路と枢紐1路というバス路線が運行されているほか、乗継などをすれば地下鉄で移動は可能だが、可能と言うだけであまりスムーズに移動できるとは言い難い状況になっている。

この点、山の手線で全てのターミナル駅が結ばれ東京に比べると利便性にかなり差があるという気がする。

この点について、最近上海の地図を見ていて気がついたのだが、上海南駅から上海虹橋駅の間は線路が繋がっており直接乗り入れることが可能になっている。
それどころか、上海虹橋駅からそのまま上海駅の方へも線路は繋がっている。

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まあレールとして、どの程度きちんと繋がっているかどうかは確かめたわけではないので、ポイント工事など一切なしで乗り入れが可能かどうかは分からないが、その気になれば、それほど大工事をせずとも乗り入れが可能のように見える。
こういった線路状況を見る限りにおいては、上海南駅―上海虹橋駅―上海駅というルートでのシャトル列車の運行が可能にように見え、東京の山手線のような役割を果たすことが可能のように見えるのである。

先日軌道交通4号線が環状線でありながら、ターミナル駅を結んでいないことは指摘したばかりだが、各ターミナルを結ぶと言う役割だけでみれば、こういった運行のほうが余程重要だという気がする。
恐らくそれぞれの駅間をノンストップ列車で運行すれば20分もかからないように見え、現行のそれぞれ1時間程度かかるルートに比べれば、大幅な時間短縮であろうに思える。

まあ最近の日本だとJRが民営化していることもあり、貨物線の活用と言う意味でこういったプランは需要が見込めればすぐ実現しやすいが、上海市と国の鉄道部と言う組織体系の複雑な中国では、アイデアがあっても、いろいろなしがらみで動きは鈍そうだという気がする。

日本の紙幣に武将は登場しない

 私が中国にきたのは2006年であり、その1年前から中国にちょくちょく来ているため、実は2004年から発行が始まった現在の日本の紙幣はそれほど使う期間がないままこちらに来てしまっている。

 そのため、私にとって1000円札と言えば夏目漱石の印象が強く、5000円札は新渡戸稲造なのである。
 故に時々日本に一時帰国した際に野口英世や樋口一葉の描かれた日本円を目にすると、ちょっと慣れず未だに違和感を覚えてしまう。

 ところで、こういったお札に描かれる肖像は、ここ2回ほどは福沢諭吉を含めて明治の文化人である。

 その前のラインナップで言えば1000円札が伊藤博文、5000円と1万円が聖徳太子でありいずれも政治家のような存在である。
 さらに過去を調べてみると平安時代の藤原鎌足などが登場した時代もあったが、そのほかは板垣退助や高橋是清なども紙幣の肖像に取り入れられているが、やはり政治家である。

 また中国のお札に描かれている肖像は額面を問わず毛沢東であり、世界各国を見渡しても歴代の大統領や政治家、王などが登場しているのでこの流れは不思議なことではない。

 ところが、こうやって日本の紙幣の肖像の歴史を見るとあることに気がつく。

 それは歴史上で武家社会の時代にいた人物が一人も採用されていないのである。

 日本人にとって歴史上の有名人物という括りで言えば、平清盛、源頼朝・義経、足利尊氏・義光、織田信長や豊臣秀吉、徳川家康などという人物が知名度として圧倒的であるが、これらの人物が紙幣に取り入れられることはないし、この武将本人どころかその時代の人物でさえ誰も採用されたことはないのである。

 この理由は定かではないが、幕藩体制の政府は実質権力者ではありながら形式上では天皇から権限を与えられた存在と捉えられる面もあり、戊辰戦争では最終的には皇敵として扱われる存在だったことから、明治の流れを汲む現日本政府からは、お札として相応しくない人物・時代と見られている可能性がある気がする。

 文化人と言う括りで言えば本来は江戸時代に測量で活躍した伊能忠敬などのほうが、野口英世なんかよりよほど日本に貢献した人物とも言えるのだが、幕府の役人であったことが影響しているのか、お札に採用されたことはない。

 それに比べ野口英世などは偉人伝で描かれている人物像では見えない面があることを「2013年08月18日 あの医学博士の凄い実態」で書いたが、ちょっとお札の肖像に相応しい人物とはあまり思えないのにお札の肖像となっているのである。

 いずれにしても、世界どこの国でもそうであるように、お札の肖像と言うのはその時々の政府の意向が強く反映された人物が描かれるわけであり、武家時代の武将のようにそれにそぐわない人物と言うのは絶対描かれないというのが実態の様である。

18世紀のオーケストラの響き

 リコーダー奏者であり指揮者でもあるフランス=ブリュヘン氏が今年の夏に亡くなっていたのを先ほど知った。
 もうだいぶ高齢なのは知っていたので、どうしていたのかなと思っていたところにこの訃報の発見である。
 フランス=ブリュッヘン氏と言えば、やはり手兵の18世紀オーケストラで、私は彼の演奏会を来日公演で数回聞いたが、どれも良かったのを記憶している。
 18世紀の楽器で演奏する18世紀オーケストラは、かつて響いていた音を現代に再現してくれたオケであり、バッハなどのバロック調の音楽と現代オーケストラの機能的な響きの中間にあるような独特の響きを持っている。

 生の演奏会も悪くなかったが、彼の演奏で最も魅力的で凄いなと思ったのがCDで聴いたベートーベンの交響曲第1番である。
 第1番はその番号の通りベートーベン初期の最初の交響曲で、1800年という18世紀最後の年に完成した曲となっていて、若い時の曲らしく瑞々しさにあふれ、とても気持ちの良い曲である。
 18世紀オーケストラは、その18世紀最後の曲を当時の楽器で演奏するわけで、聞いているこちらはあたかもタイムスリップして18世紀に紛れ込んでしまったのではないかと思わせるくらい、不思議な感覚に引き込んでくれる。
 しかも録音に使用されたと思われるオランダユトレヒトのホールはビンビンと響いてその反響音がとても心地よく、まさに18世紀から19世紀という近代が始まったばかりの未来への希望を感じさせるイメージを伝えてくれている。
 
 9曲もあるベートーベンの交響曲の中ではこの曲は比較的規模が小さいという事で、相対的な人気度は「運命」や「第九」「田園」「英雄」などに比べあまり高くないが、私はほかの曲にはない愛着を持ってこの曲を聴いていて、実は一番のお気に入りである。
 それもこれも、恐らくこのブリュッヘン指揮18世紀オーケストラの演奏CDのお蔭であり、あの時代の躍動感を窺い知るに足る演奏だという気がするのであり、心に元気が欲しくなった時はいつもこの曲を聴くようにしている。

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上海のマクドナルドは店舗により50%も価格が違う。

 先日マクドナルドの新商品受け渡しシステムについてブログを書いたが、あればどうやら私の職場の近所だけだったようで、他の場所の店舗に入ったところ従来のシステムのまま販売が行われており、私の近所の店舗は試行テストを行なっているということのようだった。
 ところで、こうやって何店舗かの異なるマクドナルドに入店していたら、あることに気がついた。

 それは、商品の価格が店舗によってかなり差があるということである。

 しかもこの店舗による価格差は、行政区分のような大きな地域単位とかではなく、店舗ごとの立地条件によってかなり差が出ており、距離的に大して離れていないような場所でも値段に大きな差があるようなのである。

 例えば、現在マクドナルドではダブルバーガーキャンペーン中であるのだが、この商品のダブルフィッシュバーガーとポテトとコーラのセット価格は、上記のお店では24元であった。

 ところが、この店舗からそれほど遠くない人の集まる上海駅南広場東側の店舗(鉄道切符売り場隣)に入ったとところ何と同じ商品が31.5元で売られていたのである。
 その差何と7.5元で、実に30%も高かった。

上海のマクドナルドの店舗

こちらでは31.5元

 この時は結局、あまりの価格差に馬鹿馬鹿しくなり商品を買うのをやめてしまったのであるが、直後にまた驚くべき発見をする。

 このとき、こういった価格差状況をもう少し調べたいという興味が湧いてきて、歩いて行ける範囲の店舗をもう少し調べてみることにしたのだが、そこで入ってみたのが、この31.5元の店舗から直線距離にしてわずか150m程度の同じ上海駅南広場の正面のデパートの地下の店舗である。

正面の時計台の向こうに見えるの安い方、左に行くと高い店

正面の時計台の向こうに見えるの安い方、左に行くと高い店

 上海浦東空港への機場5線バス乗り場の前の場所で、2店舗は非常に近いので、まさか価格が違うことはないだろうと思っていたが、早くも予想を裏切られる。

 何とこの店舗では件のセットが24元だったのである。

 2店舗は目と鼻の先しか離れていないのに、この価格差があることに私は思わず笑ってしまった。
 確かにこの地下のお店は、地下のために立地が悪く、お客もあまり入っていなかったが、このちょっとの選択の差で7.5元とは恐れ入る商売戦略である。

上海駅正面のマクドナルドの店舗

こちらの店舗では24元

 で、今度は高いと言われる空港のマクドナルドの価格も知りたくなって、物好きにも上海虹橋国際空港に行ってT1の1階のマクドナルドも覗いてみた。

 するとなんとこのお店では件のセットが37元となっていた。
 今のところの最安値の24元に比較すると何と13元も高く、54%も差がある

 いくら空港とは言え、ちょっとボッタクリが過ぎる様な印象である。

 ただ逆に言えば、空港でマクドナルド食べたいと思った場合、ちょっと離れた場所の店舗を探せば30%以上も安くなるという事を意味する。

 まあ、空港には空港の需要があり、駅前には駅前の需要があるので、その場その場では一々価格差など気にしていられないのかも知れないが、同じものを食べるならなるべく安く済む方が良いわけで、焦らないで幾つか店舗を探せる余裕があれば、探せば安くなる可能性があるというのが、上海のマクドナルドのようである。

 ちなみにネットで買うデリバリーの同じ商品(真ん中の写真)は33.5元で駅前より高く設定されており、配達料を別に取る以外にも価格差が存在するようであり、安上がりに食べたい時はやはり店舗に行くべきのようである。

上海のマクドナルドのネット購入画面

上海のマクドナルドのネット購入画面

選挙結果は選挙箱の蓋を開けるまで誰も分からない

 先週日本の衆議院が解散し、日本は総選挙モードに突入している。

 今回の選挙は巷では争点が無いだの大義が無いだのいろいろ言われており、一部では現政権の延命のための解散だと言われている。

 或いは今なら現与党が負ける要素が少ないので、今のうちに解散しておく「今のうち解散」とも揶揄されているようだ。

 いずれにしても、与党側は多少議席を減らすことがあっても過半数を割り込むような大敗は有り得ないと考えており、世間の識者と言われる人たちの見方も大方同じようなものとなっている。

 しかしながら果たして、そんな予想通りの結果になるのだろうか?
 私は少々この見方に疑問を感じている。
 
  2年前の総選挙の際に、選挙結果を受けて「2012年12月17日 選挙の構図」というブログを書いたが、この時に私は当選議席数の結果程には得票数には差がないことを指摘した。

 前回の選挙では、議席数こそ自・公の現与党連合が圧勝したが、得票数の面で見れば前与党の民主党の空中分解という要素が強かったという気がするのである。

 前回のブログでも書いたが、2年前の選挙では実は各選挙区の1位当選者の得票数と2位3位の得票数を足した数を比較すると2位3位側が逆転するケースが沢山あった。
 つまり「自公対その他」という対立軸で見れば、前回の選挙は反自公側の対抗勢力が分裂してしまった影響で自公側は各選挙区でトップに立ったというだけで、得票数的にはその前の選挙よりは大して増えていないのに議席数だけ大幅に増えたという選挙結果だったのである。

 こういった状況を考えると、例えば現与党の支持数がそれほど変わっていないという前提で今回の選挙を展望した場合には、もし仮に野党側が候補者を一本化するなどして選挙協力を行なった場合には、前回の1位得票者が、前回の2位3位から絞りこまれた候補者に足を救われるということが十分有り得る状況となっている。

 また今回は比較的突然の解散だったために各候補とも選挙準備が整っておらず、どの選挙区でも前回より候補者が少ないと言われている。
 つまり意図的ではないにせよ、野党側の候補者が少ない=は分裂していないという状況になっており、偶然にも野党の候補者が絞り込まれている状況となっているのである。

 こういうことを鑑みると、今回の与党側の「まあそこそこは勝てるだろう」とか「過半数を割り込むことはないだろう」と言った読みはちょっと甘すぎるという気もするのである。

 現首相は過半数を割ったら退陣ということを口に出したようだが、これは恐らく「そんなことはありえない」という自信の裏返しの発言と言う気もするが、前回の得票数を見る限りにおいては必ずしも盤石だとは言い切れないのが「小選挙区」という選挙制度の下での総選挙区であり、実はそんな発言を迂闊にできるほど自信を持てる根拠がある状況ではないという気がする。

 今回の選挙、私自身はどこの党をどう支持するなどは何も決めていないが(選挙に行けるかどうかも分からないが)、どうもどこも伸び悩むとという気がするのである。
 つまり私の何となくの予想では与党が無傷で政権を維持できるという見方はちょっと甘すぎると思われ、ひょっとすると与党も野党も過半数に届かず、3党以上の政党による連立政権などになる可能性もあるなという気がしている。

 まあいずれにしても、今回はとても与党や野党の思惑通りになるとは思われず前回の選挙結果を前提にすれば「今回の選挙結果は選挙箱の蓋を開けるまで本当に誰にもわからない」というのが実際のところだという気がする。