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冗長な開幕式

全く見ないと文句も言えまいと、万博の開幕式の中継をテレビを見ていたが、あまりにも緩急のない単調なごり押し演出に飽き飽きしてしまった。
どうして中国という国はこんなにもセンスがないのだろうと改めて感じてしまう。
パワー、壮大さのごり押し、中国が万博をやるとここまで下品になってしまうのか、そう思いたくなるようなひどい内容だった。
 こんなことに、大金をかけてまでやる必要があるのかと疑問に思う。

 万博って何?そう問いかけずにはいられない上海万博の開幕である。

特に上海が好きなわけではない

 上海生活が長くなっていると、時々人に「上海が好きですか?」と尋ねられることがある。
 実はこう尋ねられるとちょっと答えに窮する。
何故ならば、上海を好きとか嫌いとか感情的な理由でここに住んでいるわけではないからだ。
まあ嫌いでもないが、特別この街を気にいって住み始めたわけでもない。

 個人的理由や、仕事上の理由、経済の趨勢その他によって、たまたま選んだのがこの上海という町で、中国という国の文化その他に魅力を感じてここにいるわけでもない。
 それが証拠に、確か以前も書いたと思うが私は三国志にほとんど興味がないし、その他中国の伝統文化や4千年の歴史にも興味があるわけでもなく、また今後も興味を持ちたいという気にはなっていない。また逆に発展の様子を見るのが好きだというほど物好きなマニアでもなく万博を楽しみにしていたわけでもない。

 確かに日本人にとって上海は住みやすい町になったし、時間が長くなるにつれ、それなりに愛着は出てきたが、じゃあ上海にずっと住み続けるのか問われれば、現時点では私はあまり明確な答えをもってはいない。
 特に上海の夏の暑さは非常に堪え、今でさえ夏の間だけでも大連などの東北に移り住めないか真剣に考えている。つまり、仕事や都市生活の環境が整えば別に上海でなくてもいいのだ。

 でも今は上海にいて、上海の街の中で仕事をしている。まあ敢えて言えば上海での仕事は日本の仕事よりやりがいがあるということになる。

 実は私のような日本人は結構多いのではないかと思う。上海に10万人いるといわれる日本人だが、本当に上海が好きでここにいるということではなく、世の中のビジネスの潮流で上海に流れ着いたり派遣されたりして、長らく上海にいることになってしまったような人が大半のような気がする。

 もちろん、外国であるので大陸の気質と合う合わないが必ずあり、水が合うと思った人間が残っているのだとは思うが、まあいずれにしろビジネス的な理由が主たる滞在理由であり、それが失われてしまえばここを去ることになるであろう。

 きっと私もそんな一人であるが、まあ今の上海の勢いを考えれば、この街を離れる
日が近いとは考えにくいのものまた事実である。

 されば、ここにいる時間を何とか楽しいものにしたいというのが目下の生活の目標
となるしそう思って生活している。

パリの空の下<sous le ciel de Paris>

なんとなく都会生活に滅入ったような気分の時、このレイモンルフェーブルの曲は結構しっくり来る。

上海の外灘の夜景

上海の外灘の夜景

 華やかな都会生活の裏通りに押し込めらた生活感あふれた耐乏生活。
出会いと別れが交錯し、人生の意味や愛の葛藤に悩まされ続ける日々。
そんな状況でも、どこかに希望を見つけながら時に楽しく、時に寂しく生きていく。
建物と建物の間から見上げた空が唯一の希望であるような生活。

 そんな人生の光と影を見事に描ききったフランス・シャンソンの名曲「パリの空の下」。

 そしてこの曲は、大都会となったこの上海の生活にもしっくりくる曲のような気がする。

 いろんな人が歌っているようだが、私はアコースティックながらも、このレイモンルフェーブルグランドオーケストラの演奏が断然好きである。

 この曲を聴くと、この上海の空の下の、時に華やかで楽しいが、時になんとなく切ない人生の甘さと苦さを感じてしまい、妙にこの曲のメロディに納得させられてしまう。
 私もこの上海の空の下に生きているのだと。