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寝る時のクーラーはつけるべきか切るべきか

 睡眠時にクーラーをつけてねることは一般的に体を弱くするからあまり良くないことだとされている。

 しかし、実際上上海のような夜も高温になるような都市では、夜ある程度部屋を冷やしてから寝ないとなかなか寝付けない。

 しかもクーラー無しで寝ると、眠りが浅く、寝汗もたっぷりかく。

 元より汗かきの私は寝汗も半端じゃない。

 更に眠りも浅くなり、疲労が全く取れない状態になる。

 やはり寝る時はある程度室温を下げ、体温が下がらないと疲れてしまうのだ。

 故にやはり夏場を乗り切るためにも睡眠はぐっすりとりたい。

 そうなるとやはりクーラーの登場となる。

 あるネットの情報によれば、睡眠時は出来れば室温は一定の状態が良く、そのためにクーラーをかけておくことは悪くないとのことだった。

写真はイメージ

写真はイメージ

 ただ冷気が直接体にあたるのはやはり好ましくないようで、そのために扇風機を併用して、冷気を拡散させるのがいいらしい。

 そのために扇風機を冷房の吹き出し口に向けるのが良いようだ。

 いろんな知恵を持っている人がいる。。。

鼻茸手術のその後の経過

手術を行なったのが先々週の木曜日の午前であった。

まあ、自分の備忘録として一応その後の経過も書き記しておこうかと思う。
 手術直後の午前11時半頃に目が覚めたが、鼻からの血が止まらずティッシュで滴る血をどんどん拭いていた。

 その直後お昼ご飯は出なかったような気がする。

 その後翌朝まで、出血による炎症か、微熱の状態が続き大量の汗をかく。
夕方、夕飯は出たが自分ではほとんど食べられず、オカズとご飯をほんの数口食べただけで、あとは食欲がついて行かず諦める。

 血がなかなか止まらないので夕方以降、上半身を持ち上げた状態で寝るよう安静令が下り、以後退院まで頭を低くしてはならないことになった。

 出血を吸収する手段も、ティッシュから顔にガーゼを固定する方式に変わり、以後1~2時間おきに看護婦さんがガーゼを換えに来てくれた。
 準備していたティッシュが底をついたのでちょうど良いタイミングでもあった。

 そしてこの手術の晩は、そんな状態と鼻の出血で体調が安定しない状態が続き、発汗と発熱を繰り返し、次の日の朝まで深く眠れない状態が続いた。

 ところで、この部屋はNHKテレビが見られることが途中で分かったのだが、こちらは手術後ずっとボーっとしており、あまり集中してテレビを見る余裕はなかった。
 そして消灯時間頃、未だ汗をかいており、暖房は暑すぎるので切ってもらったが、一緒にいたアイさんは実は寒そうで、夜中に咳き込んでいたことを覚えている。
 思えば気の毒であったが、こちらが気を使えるほどの状況になかったので仕方なかった。
 

 手術翌日の金曜の朝は寝不足でちょっと体が重く眠かったが、NHKの朝のニュースからずっと見る余裕が出来てきて、この段階からかなり正常な思考が出来るようになった気がする。

 この日の朝食は肉まんと茹で卵と御粥の朝食が出て、この頃からなんとか自分で一通り食べられるようになった。

 その後シーツ担当がシーツを交換しに来たので、手術後に初めてほんのちょっとだけベッドから下り立った、が、まだまだ頭が重くふらつく状態であった。
 しかも相変わらずまだ出血は続いているのでシーツ交換後はまた頭を上げて横になり、午前中は点滴とガーゼの交換の繰り返しだった。

 
 午前11時にお昼ごはん。
 この時点ではまだ右手に点滴につながっているため箸が使えず、アイに手伝ってもらわないと食事ができない状態で、匙を持ちながら、アイに肉を切ってもらって匙に乗っけてもらって食事をする状態だった。
 半分くらいは何とか食べられたが、体調的に完食はまだちょっと辛い状況だった。

 その後、午後も点滴が続く。

 手術後からこの頃までこちらが汗を沢山かいていたので、1日に2~3回アイに寝巻を換えてもらい、その度に体を拭いてもらった。(ただし下半身は自分でやったが、、)

 そしてこの日の点滴ノルマが終わった時に、針の刺しっぱなしは痛いし不便なので、看護婦にお願いして一旦抜いてもらい、翌日の点滴針はその日にさしてもらうことにした。
 こうしないと寝るときに迂闊に寝返りも打てないし、右手が拘束されて不便だからである。
 そしてこの針を抜いた直後から、精神的にも開放された気分になりこの日の夕飯からは自分で食べられるようになり、トイレなどかなり自分で動けるようになった。

 そしてこのタイミングで、会社の同僚や友人が何人か見舞いに来た。

 鼻にはガーゼがついたままで、出血状況もまだまだだったが、会話はかなりリラックスな状態で、少しは気を遣う応対が可能になった。
 

 手術3日目の土曜の朝、執刀してくれた担当医が現れ、鼻の状態をチェックするために診察室に呼ばれた。

 ここでようやく鼻の穴の中に詰めた綿とガーゼを手術後初めて抜いてみる。

 ガーゼを抜いた瞬間に持たされた顎下の容器の中に血がドボドボ落ちる。

 うわぁ、まだこんな出血状態なのかと自分は思ったが、担当医にとっては想定内のようで意外と冷静だった。

 血はまだ完全には止まってないが、大量にこぼれたのは溜まっていたからであって、状況は血の量が示すよりは落ち着いてきていたようだった。

 とはいえ、止血していないことには変わらず、また脱脂綿を詰め込まれる。

 本来この日に退院する選択肢もあったのだが、この朝の診察状況にこの日に退院するにはちょっと無理だなと悟り、当日の退院を諦める。
 退院したかったのは実はある会合があったからであるが、さすがにこの状況での参加は無謀であったことを自覚する。。

 ただこちらが自力で行動できるようになったので、朝食のあとにアイのヘルパーを打ち切った。

 そして一日ボーっと点滴を受けながらうつらうつら過ごす。

 食欲も復活し、食事もほぼ完食できるようになった。

 日曜日、朝から点滴はあったが、昼には終わり、昼過ぎに退院することになった。

 この時点で鼻のガーゼは一応とれることになった。

 しかし、まだ脱脂綿は鼻の穴に詰まったままであり、そのまま外を出歩くと外観上恥ずかしいので、看護婦さんにマスクをもらい鼻のあたりにティッシュを当てて退院した。
 自宅用の薬として点鼻薬、抗アレルギー薬、抗生物質を渡される。

 明けて月曜日、元の耳鼻科で診察を受ける。
ここで鼻の脱脂綿を交換される。

 この日から会社の勤務は始まったが、鼻に脱脂綿が詰まり、マスクで隠す日々が続く。

 昨日土曜日に再診の結果、鼻の脱脂綿も取れることになった。

 まだ鼻の奥に少し違和感があり鼻水にまじって鼻血があるが、概ね正常になった気がする。

 術後10日でようやく鼻で呼吸が出来るように解放された気分である。

 3月4日現在、今のところはこんな状況である。

やっぱり風邪でダウン

 正月は順調にすべりだしたかのように見えた今年だが、やはり早速体調崩した。
金曜の夜から全身の節々が痛く辛い状況で、熱も39度近くに達した。

 最近どうも発熱すると一気に高熱になるような気がする。
以前はほとんどの場合38度前半に留まっていた気がするが、最近はよく39度近くに達する。

 どうしてか分からないが、まあそういう状況になってしまった。
 実際に吐くことはなかったが、喉のあたりを鼻水が刺激し、吐き気に近い状態になっていた。

 そして昨日はほぼ24時間熱が下がらず安静状態であった。

 病院に行くことも考えたが、もらえるであろう薬はほぼ手元に有るので、イブプロフェンを飲んで様子を見た。

写真はイメージ

写真はイメージ

 どうも水分を取ってもうまく体が吸収してくれないようで、尿で流れてしまい、うまく汗がかけなかった。

 そこで昨日の夜中にインスタントの生姜湯を飲むことにした。

 すると、なんとか発汗が始まり汗をかくことができた。

 この間、困ったのは食事だがインスタントと宅配弁当を活用して何とか乗り切ったという感じである。

 そして今朝になってようやく熱が下がり始め、昼には平熱を取り戻した。
 薬で抑えている面は大きいのでまだ油断は出来ないが、とりあえず安心である。

 健康時はその差は感じなくとも、ひょっとすると中国の雑菌は日本よりも強烈かもしれない、そんなことを感じた今回の発熱だ。


苦手な季節のぱっとしない体調

ここ数週間体調がぱっとしない。

気温があがり、湿度が上がり苦手な季節がやってきたなと思っていたら、W杯モードの生活リズムで睡眠時間も変則的かつ不足気味。

もともとこの季節は湿度が高く、気温が上がるのでうまく眠れない。

で、室内は冷房を断続的にかけるように調整して寝ているがやはり体にはいいわけがない。

案の定、体調が安定しなくなった。

気力はあるが集中力が続かない。

寝込むほど決定的に悪いわけではないがどうもぱっとしない。

鼻づまりも再発した。

食事後、ぼんやりしていると急激に眠りに落ちることもある。

上海の雨

上海の雨

きちっとした睡眠をたっぷりとるのが一番なのだが、室温調節もうまくいかず、かつ今夜もオランダVSウルグアイ戦がありどうにもたっぷり眠れそうにない。
転職中で仕事をしていなかった4年前よりはよほどマシなのだが、、、どうもこの季節は苦手である。

特に上海が好きなわけではない

 上海生活が長くなっていると、時々人に「上海が好きですか?」と尋ねられることがある。
 実はこう尋ねられるとちょっと答えに窮する。
何故ならば、上海を好きとか嫌いとか感情的な理由でここに住んでいるわけではないからだ。
まあ嫌いでもないが、特別この街を気にいって住み始めたわけでもない。

 個人的理由や、仕事上の理由、経済の趨勢その他によって、たまたま選んだのがこの上海という町で、中国という国の文化その他に魅力を感じてここにいるわけでもない。
 それが証拠に、確か以前も書いたと思うが私は三国志にほとんど興味がないし、その他中国の伝統文化や4千年の歴史にも興味があるわけでもなく、また今後も興味を持ちたいという気にはなっていない。また逆に発展の様子を見るのが好きだというほど物好きなマニアでもなく万博を楽しみにしていたわけでもない。

 確かに日本人にとって上海は住みやすい町になったし、時間が長くなるにつれ、それなりに愛着は出てきたが、じゃあ上海にずっと住み続けるのか問われれば、現時点では私はあまり明確な答えをもってはいない。
 特に上海の夏の暑さは非常に堪え、今でさえ夏の間だけでも大連などの東北に移り住めないか真剣に考えている。つまり、仕事や都市生活の環境が整えば別に上海でなくてもいいのだ。

 でも今は上海にいて、上海の街の中で仕事をしている。まあ敢えて言えば上海での仕事は日本の仕事よりやりがいがあるということになる。

 実は私のような日本人は結構多いのではないかと思う。上海に10万人いるといわれる日本人だが、本当に上海が好きでここにいるということではなく、世の中のビジネスの潮流で上海に流れ着いたり派遣されたりして、長らく上海にいることになってしまったような人が大半のような気がする。

 もちろん、外国であるので大陸の気質と合う合わないが必ずあり、水が合うと思った人間が残っているのだとは思うが、まあいずれにしろビジネス的な理由が主たる滞在理由であり、それが失われてしまえばここを去ることになるであろう。

 きっと私もそんな一人であるが、まあ今の上海の勢いを考えれば、この街を離れる
日が近いとは考えにくいのものまた事実である。

 されば、ここにいる時間を何とか楽しいものにしたいというのが目下の生活の目標
となるしそう思って生活している。