人身事故を目撃する

 今月の初め、何の因果か人身事故を目撃してしまった。

 その日の夕方、ある用事で自宅へ帰ろうと駅のホームで電車を待っていた時のことである。
 ふと、電車が入線している方向へ目をやると、ぽんと男性がホームの端から線路へ降りた。
 「落とし物でもしたのかなあ、危ないなぁ」と眺めていると、その男性は何か拾うとかの仕草も見えず、慌てている様子も見えず、ただホームに背を向けて立っていた。

 「おいおい、まさか」

その時の初めて、その人が何をしようとしているのかに気が付いた。

向こうから到着する列車がぐんぐん近づいても、その男性はその場から動こうとしない。

非常停止装置を押すべきかとの考えが頭によぎったが、どうにも時間的に間に合いそうもなかった。
 その時私が聴いていた音楽は幸か不幸かマーラーの悲劇的交響曲だった。

 「オイオイ、まじか?!」

頭を抱えてというか耳を塞いだ状態でその瞬間を迎えてしまった。

 そして列車が直前に急ブレーキをかけたかどうかわからないが、ほとんど通常のスピードでホームへ入線し、立っていた男性はそのまま叩き倒され、列車の下へ潜った。

 「うわ、見てしまった。」

 急ブレーキがかかった列車は、全体の半分が入線した状態で急停止した。

 「ブーー」と異常を知らせるブザーが駅全体に鳴り響く。

人身事故

 私は何が起きたか知っていたが、列車の中にいる乗客たちは事情が分からず動揺している様子が見て取れる。
 やがて、まず一人の女性の駅員が事故の起きたであろうホームの先端まで駆けつける。

 ブザーは相変わらず鳴り続ける。

 そして一人二人と駅員が増え始め現場の状況を確認しようと、ホームと車両の隙間から状況を確認しようと覗き込み始める。

 数分してようやく、人身事故が発生したことを駅の構内放送で告げ始める。
現場をそばで見ていた人に対して目撃証言の聴取も始まった。

 複々線の両系統とも運行がストップし、振替輸送も実施する旨も放送で告げられる。

 残念ながら私の目的地は、数駅しか離れていないので振替輸送で行けるような位置関係にはないし、バスを乗り継いで向かうルートもなくなかったが、非常に本数が少ないはずであり、辿り着ける自信がなかった。
 一回改札口を出て、どこかで時間を潰すのも手だなとは考えたが、誰から補填されるわけでもない出費も勿体ないなと感じ、その場で事故現場を眺めながら対応を逡巡していた。

 結局、自分自身の事故目撃ショックのドキドキも意識に残っており、現場の状況が落ち着くまでその場でしばらく成り行きを見守るほかなかった。

 その間も事故の処理をする係員が入れ替わり立ち替わり駆けつけたが、救助するスペースが見当たらず、なかなか作業が進まなかった。

 電車の乗客はやがて、下車するよう誘導され、車両の扉が一か所開放され下車をした。
 救助の人員は集まれど、救助自体はなかなか進まなかった。
 やがて、救助個所から人払いが行われ、本格的な救助が行われる準備が始まった。
 とはいえ、ホームと車両の間には隙間がないから、ホームの先端を回すか、車両の反対側から作業を行うのだろう。
 
 そうこうしているうちに、もう一方の複線系統が運行を再開するというアナウンスが流れた。
 まだ全ての処理が終わったわけではなかったが、私自身がことの顛末を見届ける必要もないので、運行を再開した列車に乗ってその場を離れることにした。

 その場を離れてもトラウマになるほど衝撃を受けたわけではないが、気持ちの動揺は収まらない。
 事故の原因となった方はどういう経緯であのような行動に出たのか分からないが、もしかしたら自分も救えたかもしれない立場であったことを思い出し、小さな後悔を抱えながら、その場を後にした。


 





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