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LINEのアカウントは持ってない

 日本では当たり前のインフラのようになってしまったSNSLINEであるが、実は私はアカウントを持っていない。

 理由は簡単でLINEのサービス自体が中国大陸では基本遮断されており、私が中国に渡航してから始まったサービスであるからである。

画像はイメージ

 まあVPNを通せば使えるのかも知れないが、現時点でそういった交流が必要な相手が日本国内にほとんどおらず、古い友達もメールで連絡すれば足りるのでLINEを使う必要性を感じない。

そうでなくとも先日書いたように老眼が始まっているのでスマホを通したSNS交流は最近控えているので、ますますLINEを希求する状態ではなくなっている。

 故に今後日本に戻ることがあれば、LINEのアカウントぐらいはすぐ設置するかもしれないが、しばらくの間は使い慣れないので浦島太郎状態が続くのではないのかと想像する。
 ただ中国にも似たようなSNSとしてWECHAT(微信)があり、似たようなものだと日本から来たばかりの方々が言っていたので、感覚的にそれほどついていけないものではないのではという気もしている。

 また自分ではアカウントを持っていないが、昨年日本に一時帰国した際に母親が端末変更後に、旧端末からLINEアカウント移行ができなかったものを処理してあげたりすることは出来たので、LINEのアプリ自体には触れたことがあり、今の自分の状態であれば感覚的に対応できそうな気がしている。

 もちろん、これから徐々に老いが近寄ってくるので、将来日常のインフラ知識が理解できるのかは不安でもある。

 以前、「上海にいる私はマイナンバーをもらえない」でも書いたが、未だにマイナンバーすら取得していない状態であり、日本生活の常識と徐々に乖離している状態がやや気になりだした最近の自分である。

ウルトラマンから児童合唱が消えた理由

 アニメの主題歌などがアニソンと呼ばれるようになって久しいが、最近のアニソンと私が子供の頃に聴いていた音楽とは圧倒的な雰囲気の違いがあることに以前から疑問を持っていた。

 曲調とか歌詞に違いがあるのは確かなのだが、それを差し引いても決定的な違いがあるような気がしていたのだが、その違いがなかなか見つけられずにいたのである。
 そんな時、アニメではないが特撮のウルトラマンにおいて、決定的な変化のポイントと思われる部分を見つけた。

 それは、児童合唱の有無である。
 
 ウルトラマンシリーズの主題曲をチェックしていくと、初代、セブン、帰ってきた、エース、タロウ、レオ、そしてアニメのザ・ウルトラマンまで主題曲には必ず児童合唱が使われていた。

 それが80年のウルトラマン80(エイティ)になるとTALIZMANという新進気鋭のバンドの曲が使われ、突如として児童合唱の曲が使われなくなる

 まあこの「80」は番組制作内部のごたごたがあったようで、その約1年後には同じアーティストの曲で差し替えが行われていて児童合唱もサビだけ復活する。
 しかしこれ以後ウルトラマンシリーズでは、放映そのものがしばらく途絶えたこともあって、児童合唱付きの主題歌は使用されなくなるのである。

 実はこの傾向はウルトラマンシリーズに限らず、他のアニメ主題歌などでも同様の傾向が見られ、子供向けアニメで当たり前だった主題歌への児童合唱の使用は80年以降激減する。
 月光仮面、鉄腕アトム、バビル二世、タイムボカンシリーズなど、戦後の子ども向け番組で主題歌に使われていた児童合唱が全く登場しなくなるのである。

 そしてその後のアニメの主題歌では(私が見ていないだけかもしれないが)、大人のバックコーラス付きの歌や女性デュオの歌はあっても、児童合唱はほぼ皆無であった。

 今回YOUTUBEなどで調べた中では、80年代以降に児童合唱が使われているのは宮崎駿のとなりのトトロの「さんぽ」ウルトラマンメビウスのサビのバックコーラスの一部に児童の声と思われる声が含まれていたが、後はほとんど見つからなかった。

ウルトラマンメビウスの公式壁紙

ウルトラマンメビウスの公式壁紙(引用元

 こういった児童合唱の常連だった東京の杉並児童合唱団音羽ゆりかご会(コロムビアゆりかご会などの名でも活動)のウィキペディアの説明を見ても、80年代以降はアニメソングなど子供向け番組の主題歌への出演は皆無に近い状態で、アニソンにおける児童合唱は途絶えていると言っていい状況となっている。

 何故こういった急激な変化が起きてしまったのだろうか?

 この「何故」の命題を解明するのはなかなか容易ではないのだが、一つ考えられるのが第二次ベビーブーム世代の成長によるボリュームゾーンの移行とその下の子供世代の減少によるターゲットマーケットの変化である。

 また、これに伴う世間の子供っぽいものからの離脱志向、或いは子供番組の二世代ターゲット戦略の始まりであるとも考えられる。

 ウルトラマンシリーズのドラマの作り方を見ているとその差が顕著なのだが、児童合唱がついてた頃のウルトラマンのドラマは、子供の世界での出来事を発端にドラマが構成され、そこへ大人やウルトラマンが加わって、ピンチを救うといった形を取っていた。

 ところが16年の沈黙を破って再開されたウルトラマンティガ以降は、ウルトラマン役の人物を中心とした大人の青春劇になり、どうも子供の等身大の役者が活躍するドラマではなくなっているのである。

 さらに主人公(ウルトラマン)にはイケメン俳優が次々と起用され、子供たちのヒーローでありながら、母親たちのアイドルも兼ねるような構成で二世代をターゲットとする番組となっていて、子供の願いを叶えるヒーロー一色ではなくなってしまっているのである。
 (チラ見だけで全編は見てないのでファンからの印象は違うかもしれないが) 

 この二世代ターゲット化が行われた理由として、少子化による児童マーケット縮小と、戦闘シーンが暴力的だという指摘が「80」放映の頃に保護者層からあった反省から、保護者層の離反を防ぎ親公認の下でマーケットを確保したい狙いがあったと思われるのである。

 このような背景から、ハイティーンや大人世代をも一緒にターゲットとして巻き込むには、主題歌に児童合唱が入っていてはいかにも子供っぽく聴こえるという判断で避けられたというのは十分考えられるのである。

 この結果、子供向け番組と言いながら、主題歌には児童合唱ではなく大人のバンドの曲が使われ、歌詞も「君を守る」とか「勇気」とか、子供でも大人でもどちらでも通用するような内容になっている。

 ウルトラマン以外のアニメ主題歌もほぼ同様の傾向であり、アニメが子供だけではなく大人も見るものになった結果が、80年代以降の児童合唱の排除であるような気がする。

 ただ、ここ数日これらの膨大なアニメの主題歌をチェックしてみて(曲を聴きすぎてアニソンオタクになった気分であるが)感じたのは、児童合唱がつけられたアニソンというのは、童心をくすぐられるし、非常に歌いやすいものであるということ。
(子供が歌えるように作られているので当たり前と言えば当たり前だが)

 また歌える曲である故なのか、かなり印象に残る歌に仕上がっており、ヒーローに対して観客側の一体感が得られる音楽になっているという印象なのである。

 児童合唱でなくてもバックコーラスや合唱が入っている曲はやはり共感を得やすい効果を持っているようで、ウルトラマンメビウスの曲がバックコーラスのお蔭で感じよく仕上がっており、合唱を取り入れる効果は小さくないという気がするのである。

 先日触れた宇宙戦艦ヤマトの主題曲も合唱が含まれ息長く歌われる例に漏れない曲であり、やはり単独ボーカルより合唱のほうが聴衆を魅了しやすい要素があるように思える。

 今後のアニソンがどんな変化をしていくかは私には分からないが、幅広いファン層に受け入れられる音楽として残したいなら、単独ボーカルの曲ではなく合唱やバックコーラスの採用、願わくば児童合唱の採用というのは実はキーポイントなのではないか、そんなことを感じた今回のプチ調査である。

 

母親の細菌が決める子供の健康とスポック博士の育児書

以前スポック博士の育児書という子育てに関するベストセラーが最近否定し始められているようなことを書いたが、つい最近それを裏付けるような事実があることを見つけた。

それはここにこちらに「女性の細菌が健康と幸せを決める鍵」というブログで紹介されている話。
ほぼそのまま引用するが、微生物学者JASON TETRO氏の研究結果として人体内には100兆もの細菌(microbiomes)が存在するとし、子供に対して

母親や育児に関わった女性のmicrobiomesが、母親の産道から〜キスや触れ合い〜母乳〜など愛情深く育てられるなかで体内に入り、これらの女性由来の微生物が免疫系も含め人間の原初の健康の元になっているということ

つまり母親とのスキンシップが、子供の健康の基礎となるというのである。
さらに、それは乳児期間に限らず、成長過程においても、

お母さんが素手で磨いで炊いた、細菌一杯のごはんを、またまたお母さんの素手で漬けて揉み込んだ、細菌一杯のお漬け物と、自家製のこれまた細菌一杯のみそ汁と一緒に食べて、みんな健康で幸せになる!

と影響を及ぼすことになるらしい。

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この話を読むと、かのスポック博士の育児書で記されている「個人の自立を促すため、泣いても抱っこせず泣かせなさい」「母乳と抱っこに頼りすぎると大人になってから自立が難しくなる」といった記述が、実は赤ん坊の健康を保つ細菌環境醸成に対しては反する行為だということがわかる。

つまり、母親とのスキンシップ不足となった子供は免疫に必要な細菌を母親から与えてもらえず、免疫不足に陥る可能性があると考えられるのである。

実際この免疫不足となる現象が、スポック博士の育児書が読まれた時期の直後の1980年頃からアトピー患者が増加しているという時期とちょうど重なる。
 つまり育児書に従った母親による子供とのスキンシップ不足がアトピー患者増加の一因でないかという推測が成り立つのである。

 さらにこの免疫力低下に関する犯人は「スポック博士の育児書」だけにとどまらず、レトルト商品や調理済食品の増加により、母親の手を経ないで作られた食品を食べることが増えたのも原因なのではないかと言う推測ができることになる。

 つまり調理済みの既製品の食生活では、お腹は満たせても上記の健康を保つための細菌環境の母親からの譲渡という意味ではマイナスの環境となるのであって、それがアトピーあるいは花粉症などという免疫に起因する症状を生み出しているのではないかということになる。

 もちろん、アトピーなどに関しては食生活の変化による化学調味料の多量摂取などが原因ということも考えられるが、時期的なタイミングで言えば、化学調味料より調理済み(母親の手を経ない)食品の浸透が原因と考える方がしっくりくる。

このことから考えると最近の極端な殺菌商品の普及もひょっとすると子供の健康に必要な母親から子供への細菌の受け渡しを妨げる可能性もあり、神経質すぎる殺菌・滅菌商品の乱用は実は子供の健康を守るどころか成育能力の低下を招いている可能性もあるのである。

母親のスキンシップが子供の健康を守るという、古くて新しい考え方であり、既製品ばやりの育児環境に一石を投じるこの研究である。

写真はイメージ

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