Monthly Archives: 12月 2015

深夜の羽田空港枠が中国便に狙われている。

2010年に羽田空港の深夜発着枠が開放され24時間化して久しいが、最近中国の航空会社が、比較的枠に余裕のある深夜枠を狙って乗入れてきている。

 ここ1~2年の中国からの観光客増加に象徴されるように、日中間の航空便市場でも毎月のように中国からの日本乗り入れ便が増加し、夥しい数の航空便が中国から乗り入れるようになった。
 とはいえ、ここ1年の乗り入れの中心は関空や中部、静岡など比較的発着枠に余裕のある西日本の空港が中心で、東京の2大空港や東日本の空港は発着枠がいっぱいだったり、自衛隊との共用のために共産圏からの乗入れ制限があるなど新規路線は政治マターであったため、西日本ほどは増えてはこなかった。 

 ところがである。

 どうしても東京近郊へ乗入れたい中国の航空会社は、余裕のある羽田の深夜枠に目をつけたようである。
 昼間は発着枠がほぼ埋まっている羽田といえどもに、24時間化以降もさすがに深夜は便数は増えずかなり余裕があり、乗入れ枠数には問題が無い状態である。

 されども深夜は深夜であり、当然のことながら受け入れの東京は24時間都市といえども主なる公共交通機関はストップしており、何より大半の人間は睡眠に充てている時間帯なので行動需要は低く、深夜に離発着する便はほとんど無かった。

 しかし、そこは団体旅行が主となっている中国人旅行客たちの強みであり、ホテルへ移動する団体用大型バスを用意すれば良いと考えられたようである。
 また当の中国人旅客たちもたくましくどうやら深夜移動は伝統的に慣れているようで、以前から春節時期の深夜バス移動や夜通し走る夜行列車を思えばそれほど苦にならないのであろう。
 それ故に、今年になって中国からこの羽田深夜枠に乗り入れる便が急に増えた。

 上海からは春秋航空、吉祥航空の乗り入れが始まり、上海航空も不定期的に定期便コードを持つ便を、羽田に深夜1時到着2時出発で運航させており、つい最近天津からも天津航空や奥凱航空が同じ時間帯に乗り入れを開始した。

 以前から香港への出発便は1時にあったが、これらの中国便はそれよりも遅い。

 まあ日本へ来る便は1時着なので乗客もちょっとした夜更かし程度だが、上海に戻る便は3時間半程度のフライトで朝の4時半着だというのだから、かなりの強行軍ではある。
 もちろんビジネス客にとっても真夜中に移動できるのであれば、時間を効率的に使うことが出来るわけで、体力的不安を別にすれば便利といえば便利でもある。

 今後も恐らく中国人訪日客が増える限りこの時間帯への乗り入れは増える可能性が高く、深夜の羽田空港は中国人だらけというの状況になりつつあるようである。

夫婦別姓より早くマイナンバーが家族を壊す

 先日、日本の裁判で民法規定に関する最高裁の判決があり、夫婦別姓を認めない規定は違憲とは言えないという判決が出た。
 つまり夫婦は同姓であるべきと定めた民法は問題ないという結果になった。

 ただし判決は現行民法を「合憲」であると認めただけであり、今後夫婦別姓を認める民法改正を制限するわけでもなく、今後の法律改正へ含みを持たせた状態になっている。
 故に今後の世論の動向によっては選択的夫婦別姓ということが認められる可能性もあり、認められれば結婚しても夫婦は別の姓を名乗れることになる。

 しかしこの夫婦別性問題は単なる(と言っては失礼だが)名前の名乗り方の問題のように見えるが、実は社会の家族形態の有り方を揺るがす大きな問題である。
 何故なら、本来この「姓」というのは家族制度や家制度に基づいた名前の付け方であり、家族であることを示す基準となっていたからである。

 英語でも、姓はFamilyName、名はGivenName或いはFirstNameであり、いずれも社会を構成する一単位として家族制度が存在することを基準としている。
 そして夫婦や子供はその構成員であることを示すために個人固有の名前であるファーストネームの後ろにファミリーネームがつけられ、家族に紐づけられている状態を示すものとなっている。

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 ところが今後もし仮に夫婦別姓を認める社会になるということは、従来の家制度の考え方を変えることを意味するものであり、少なくとも名前の上では夫婦や親子が家族関係を示す「姓」に拘束されない状態になる。

 するとどういうことが起きるかというと、実は社会生活の上では「姓」が存在する機能的な意味がなくなり、名前の中に「姓」を表記する必然性がなくなってしまうのである。

 まあこれは親子関係の「姓」をどう処理するかにもよるが、夫婦が別姓でも良ければ、果たして子供に両親どちらかの「姓」を選択して引き継がせる意味があるのかという議論になってくるのであり、無理にどちらかの姓を選ばず親子別姓としたり、場合によっては姓無しの名前でも良いのではということになってしまう。

 つまり、例えば「イチロー」や「ローラ」など、ファーストネームだけをつければよく、姓は必須ではなくなってしまうのである。

 姓がない名前というのはやや戸惑う面はあるかもしれないが、少なくとも江戸時代までの農民は姓など無かったことを考えると、姓の無い名前は別におかしいものでもないし、それこそマイナンバーを個人個人につけるなら、他人と重複したとしても識別には問題ないものとなる。
 
 まあ先日の裁判を起こした人たちのように夫婦別姓を望む人の感情としては、本人が生まれたときから名乗り続けた姓を結婚後も変えずに名乗り続けたいというのが根本にあるのだと思うが、夫婦別姓を認めるという制度の変化は、実は守りたいと思った「姓」そのものの意味をなくしてしまう可能性を含んでいると言えるのである。

 ここに個人が望む名前制度の理想と、制度変更から波及する現実のパラドックスが存在する。

 つまりこれらの夫婦別姓問題は日本という社会が家や結婚という制度をどう考えどう位置付けて行くかという大きな問題につながっているのであり、巷で浅く議論されているような夫婦間の「姓」の名乗り方だけの問題ではなく、ましてや各夫婦の考え方で選択できるようにすれば良いと浅はかに決められるものでもないという気がするのである。

 ただ聞くところに依ると間もなく始まるマイナンバー制度の番号上では、個人単位の固有番号ではあるものの、その個人番号上には家族の繋がりを示す数字上の意味は全く無いとのことで、夫婦別姓より先に家族の結びつきに拠らない制度設計を実現している現実がある。

 故に今後は、戸籍制度や世帯主制度といった日本の行政管理の根幹をなしていた家族という単位の扱いは、どんどんマイナンバーによる個人管理に集約していく可能性があり、別姓どころか無姓化が進んでいく可能性を含んでいる。
 夫婦別姓マイナンバー、一見別もののようにも見えるが、実は深く結びついた現在の日本社会の根源的問題なのである。

中国にはパワハラの概念があまり無いらしい

 先日、ある法律関係の人に話を聞いたところ、中国の企業にはあまりパワハラやセクハラの概念が浸透していないということらしい。
 このパワハラという言葉は2001年に初めて登場した和製英語らしいのだが、日本でさんざん騒がれているこの概念も中国ではまだ認識が薄いようなのである。
 もちろん、従業員が精神病に認定され自殺したり暴力で障害を負ったりすればそれなりに大事になるようだが、日本のように上司の振る舞い一つが問題になるようなことはあまり無いようである。

 但し、誤解してはいけないのは、中国の企業内で日本でいうパワハラやセクハラに該当する事例が発生していないのではなく、寧ろワンマン経営者が非常に多い中国社会においては、日常的にパワハラセクハラ事例が発生しているのであって、問題が起きていないわけではないということ。

 しかも違法概念がないために、日本より悪質なケースが多いというのも事実のようだ。

 しかし中国では権威主義的な階級社会が日本より浸透している面があるのと、上司が嫌なら従業員側がすぐ辞めてしまうのが常であるため、経営者や上司がパワハラなどで訴えられたりするケースは非常に少ないらしい。

 それ故にパワハラ・セクハラは言葉としても概念としてもあまり浸透していないのが実態となっている。
 まあ法的対処についても、日本でさえパワハラそのものを規制する法律はまだなく労働基準法や民法の規定により捌かれているのが現状で、ましてや中国ではパワハラ・セクハラ概念がないため、上記のように精神病認定などを受けない限り、問題行為として追及が難しいというのが実情らしい。

 従って、これらの問題を解決するには、現状の法律に則した形で責任を追及するほかなく、パワハラ・セクハラ概念を振りかざしただけでは従業員にとっての問題解決には結びつかないのが実態のようである。