Monthly Archives: 10月 2015

ノートパソコンの液晶画面が破損!上海で交換

 先週末、仕事で疲れていたのか非常に痛いミスを犯してしまった。

 ノートパソコンのキーボード上に、無線マウスのUSBレシーバーを置いたまま勢いよく画面を閉じてしまったのである。
 で、家に着くまでそのことに気がつかず、家に着いて画面を開いた時に気づき「やっちまった」の心理状態になったのである。
 この時点で完全に手遅れで、画面の左1/3が映らない状態だった。

液晶画面破損

 映らないだけでなく直接破損した場所から水平に、一応まだ見える場所にも線が入ってしまっている状態だった。

 まあ2/3がまだ見える状態だったのが幸いと言えば幸いで、タスクバーを右端に移動させ、デスクトップ上のアイコンも手探りで見えるエリアに移動させたところ、不便ではあるがパソコンとして機能は果たせる状態にはなった。
 
 さて、ここからどうしようと考えた。

 画面は醜くてもデータなどが壊れたわけではないので、液晶だけを交換すればよいのだが、問題はどこで修理するかである。

 メーカー保証期間内なので、日本に持ち帰って修理を依頼することも可能だが、当たり前だが上海にいる私にとっては飛行機代がかかるし、恐らく自己責任ミスなので修理代も全てはカバーされないだろう。

 さらに修理に数週間も預けられるほどにはパソコンを手放せないのが自分の生活である。

 しかも、そうやって費用を積み重ねていくと新品買えてしまうほどの費用になりそうなのだが、データが壊れていないのに買い換えるのもまた勿体ない話である。

 で、いろいろ調べて行くと、日本国内で比較的安価でPC修理を行ってくれるところがあった。

 液晶交換で1万5千円程度とのこと。

 しかしこれとて飛行機代を考えると、春秋航空の安い便を使ったとしてもそれなりの出費となる。
 まあ年末には一時帰国したいと考えていたので、それを前倒しすればよいとも言えるのだが、仕事のスケジュールもお金もちょっと予定外の運用が必要になってしまう。

 逆に液晶が割れてみっともないことだけを我慢すれば、機能自体は暫定的に使用できないわけではないので年末まで我慢できるかなとも思ったが、やはり使いにくいのは否めないので早く直したかった。

 で、もし上海で修理した場合はどのくらいかかるのかを知りたく、こちらの友人に相談したところ、知合いの修理屋さんに電話をしてくれることになった。
 尋ねてもらったところ正規品で500元程度で交換できることのこと。

 かなり安い!
 
 まあ、品質に多少の不安はあるが帰国して飛行機代をかけることを考えたら、この価格でできるなら御の字であり、早速芙蓉江路にあるそのお店に行ってきた。

 芙蓉江路と天山路の角にあるいわゆる電脳城の3階(中二階があるので2階のような場所)の修理専門店である。
 行ってみると、修理専門店らしく中古のノートPCがずらっと棚に積まれて並んでおり、逆に新品らしきものはPCカバーなどのアクセサリーだけだった。

 で、早速中にいたお兄ちゃんに声をかけて、PCを起動し症状を見てもらうと、状況を理解したようで女性社長?を呼んだ。
 やって来たのは30歳前後のおばちゃんので、棚から新品の液晶画面を取り出した。
 5mm幅程度のアクリル板のようなものが、液晶画面らしくサイズもちょうどぴったり合うようだった。
 値段を訊くと420元とのこと。

 聞いていたより安く非常にほっとした。
 まあ安いというのは品質が悪いリスクもあり必ずしも安心できることではないが、予算の無い私にはあり難い。
早速やってもらい、30分ほどで無事交換終了。

 PCを起動してみると無事フル画面表示されている。

液晶画面復活

 やや、明るすぎるのと画質が落ちている面もあるかなという印象だが、とりあえずは全く問題なく、そのまま清算をし持ち帰った。

 液晶の質というのは、恐らく発熱や消費電力(バッテリーの持ち)の面で今後影響を及ぼす可能性はあり、パソコンの寿命を縮めるような可能性があるかも知れない面はあり、安いから、映るからだけでは評価できないのだが、多少品質は悪くても映らないよりは100倍マシとも言えるのである。

 また、メーカー以外で交換したためメーカー保証も今後受けられないの状況とはなったが、まあパソコンなしでは仕事も生活も出来ない私にとっては目先の表示が大事であり、将来のことは将来考えるしかないのであり、今回は何とかこの程度の出費で済んで助かったのである。
 

中国人の誕生日は信用出来ない

 先日、ある中国人女性に自分の誕生日を聞かれたので素直に答えたら、私と同じ星座ですねと言われた。

 これを聞いて、私はちょっと驚いた。

 実は私は以前その女性の身分証明書を見せてもらったことが有り、知り合いと同じ誕生日だということから確か3月という記憶があり印象に残っていたのである。

 それ故に9月生まれの私と同じ星座であるはずがなかったのである。

バースデーケーキ

 疑問に思って相手の話をよく聞くと、実は本当の誕生日は秋であり、3月というのは両親が一つ上の学年に入れるために前倒しで申請したニセの誕生日らしいということが分かった。

 中国では9月1日が学校年度の切り替えのタイミングであるため、9月1日以降に生まれた人と8月31日以前に生まれた人は、同じ年に生まれた人でも別の学年となってしまうものとなっている

 日本でも4月1日以前に生まれた人と4月2日以降に生まれた人で学年が違ってしまうのはよく知られているが、中国では9月1日が基準になっている。
 それ故に恐らく彼女の両親は、彼女を妊娠した頃に、生まれる前にもかかわらずさっさと出生届を出して、一つ上の学年に入れてしまったということになる。

 どうして上の学年に入れたいのかといえば、一にも二にも教育を早く受けさせたい両親たちの希望であり、8月31日に生まれた子どもと9月1日に生まれた子供ではたった1日の誕生日の違いであっても教育のスタートは1年違ってしまうことになるからである。
 早期教育のほうが、ゆくゆく後の成績に差がでるというのはよく言われていることであり、実際そのような統計も出ているようである。
 もちろん、こうった出生日調整などということは、これは出生証明書を偽造しなければできないことだが、恐らく中国ではその辺りのことはお金の力でどうにでも出来ることなのだろう。 

 まあこの彼女のように半年も誕生日を調整している人はそれほど多くないかもしれないが、暦上の縁起の良い日にずらしてしまったということは日本でも時々聞く話ではある。

 さらに農暦と言われる旧暦の存在も中国人の登録上の誕生日の正当性を危うくしている。
 中国では旧正月の春節が、太陰暦である旧暦によって西暦(太陽暦)で示す月日上で毎年変動することはよく知られていることだが、この太陰暦はそれぞれの日に縁起のよい日と悪い意味の日があるとされる。

 故に、それを信じる人にとっては誕生日が西暦で誕生日を登録すると毎年旧暦(太陰太陽暦)上の誕生日が動いてしまうことになり、西暦上では悪い日にぶつかる可能性があることから、最初から旧暦上の日付で誕生日を登録してしまう人もいるようだ。

 ことほどこのように中国では身分証明書を見たところで、その誕生日が本当に生まれた日を示しているかどうかはわからないのである。

 このことから考えると、誕生日を基礎にする星占いなどは中国人に対しては本当の誕生日を聞かないと真実はわからないのであり、迂闊に相性占いなどやっても結果はデタラメになるだけなのである。

 ちなみに私の誕生日は、小さい時に母親が見せてくれた「へその緒」の箱についていた日付と時間が一致していたから、実際と登録日に差はないようであり、安心して自分の誕生日で占いなどを見ている。(笑)

ピンクレディ―だけの特殊性

 最近、WECHAT上で私の知り合いが、どこかの飲み屋か何かの女性2人がピンクレディの振り付けでUFOを踊っている姿をアップロードしているのをみかけた。

 それを見て私も何だか懐かしくなり、YOUTUBEで当時のピンクレディー本人たちの振り付けを探して見てみることにした。

 当時の動画を見ると、今思えば多少恥ずかしいほどの派手な振付の連発で、意外と2人の動きはずれており完璧なシンクロだったという記憶はどうも思い込みだったらしいことに気づく。
 ただこうやって「UFO」「サウスポー」などのいくつかの曲を見ていくうちに、彼女たちのヒット曲には有る特徴があることに気がついた。

 それは彼女たちが歌った曲は、あまり恋愛恋愛しておらず、愛だの恋だのというテーマが前面に出てきていないということである。 

 他の数多の歌手たちの殆どが恋愛をテーマにした曲を歌っている中にあって、彼女たちは確かに「ピンクレディー」の名前の通りセクシーさを売りにしている面はあるが、作詞家の阿久悠さんの書いた詩はどちらかというと当時の時事ネタ的な曲を歌っており恋愛世代以外にも受け入れられやすい万人受けする歌になっているのである。

 それ故に当時子供だった私も容易にピンクレディに飛びつけたのである、

 逆に1979年のジパング以降は大人の恋愛を歌った歌が多くなり、急激に売上が落ちていくことになる。
 もちろん、本人たちが飽きたとか大人の女性へ成長する過程において、恋愛の歌を歌いたくなったのかもしれないが、結局裏目に出て、以後ヒット曲が出なくなる。

 私の考えるところ、このジパング以降はピンクレディらしい特殊性が無くなったが故に売上が落ちたのではないかと思うのである。

 つまりピンクレディーたちだけが持っていた特殊性とは、男女間の恋愛を素材に使いながら、時事ネタをうまく取り込んで恋愛に偏らない歌を歌ったということではないかという気がする。

 男女間の恋愛というのは(現在では恋愛は男女間に限らないが)、確かに歌を生み出す最も重要な要素ではあるものの、普遍的にありすぎるテーマであり、恋の歌を幾ら歌っても今現在恋愛がテーマになって生活している人々以外には受け入れられにくい。

 もちろん恋愛歌であってもいい歌であれば恋愛中の人には共感を得られるが、やはり万人受けというのは難しいものである。
 「ピンクレディー」というのはその後のアイドル同様のセクシーさを持ちながらも、恋愛に依らない歌を歌ったと言う点でかなり特殊な存在である。
 それにしても彼女たちの歌った私の知っている曲はほとんど77年と78年の2年くらいの間に発表されたもので、もっと長く活躍していたように感じていた私にとっては驚くほど短期間である、
 それほどインパクトの強い存在だったということであり、今なお日本や中国で物真似される程の存在なのである。

 歌手というだけでなく、振付を含め強烈に時代を捉えたエンターティナ―であったのがピンクレディーであり、今後いくら新しい歌手がデビューし上手な歌を歌ったたとしても恋愛歌の枠にとどまっている限り、やはり「ピンクレディー」を超えることはできないのではないか、そう感じてしまう彼女たちの存在である。