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誕生日を祝う意味

 今日はある友人の誕生日である。
 その友人は物理的にそばにいる人間ではないので、おめでとうのメッセージだけ送った。

 若い頃はともかく歳を経てくると、誕生日を祝われることを遠慮する人もいるが、やはり誕生日を祝うということは大事な意味があり、祝うだけの価値があるのだと思う。

写真はイメージ

 それは「生まれてきておめでとう」という意味より、今年も「無事誕生日を迎えられてよかったね、また来年も無事誕生日を迎えられるようにまた1年頑張りましょう」という意味があるからである。

 例えばその友人も、決して体は強くなく幾つかの持病的なものを抱えていることを聴かされており、まあすぐに命がどうのこうのではないものの、常に健康問題には悩まされている。
 またつい10日ほど前に友人の祖母が亡くなったということで、相当気分が落ちこんだ状態のようだ。

 さらに、飼っている犬も老犬でかなり弱ってきているとのことで、もうそう長くはないだろうと言われており、これも気持ちを悩まされている要因となっている。

 このように命がある時は当たり前のように感じてしまう存在も、やがてはいずれ去り行くものと考えれば、無事誕生日を迎えられたことは、貴重な祝うべきことなのような気がする。

 私自身の周囲でも、同級生など同世代の人間がこれまでの人生の中で何人か亡くなっており、私が無事に今生き残れているのは、幸運だと感じている。

 また、恐らく自分の人生の折り返し地点は過ぎていると考えれば、自分の残りの人生とてかなり限られたものであるわけで、その1年1年が無事でいられるかどうかは神様のみぞ知るところである。
 そういった存在の当たり前さが当たり前ではないと気づけば、やはり誕生日は祝う意味があるのだと思う。

 誕生日おめでとう!


 

中国人の誕生日は信用出来ない

 先日、ある中国人女性に自分の誕生日を聞かれたので素直に答えたら、私と同じ星座ですねと言われた。

 これを聞いて、私はちょっと驚いた。

 実は私は以前その女性の身分証明書を見せてもらったことが有り、知り合いと同じ誕生日だということから確か3月という記憶があり印象に残っていたのである。

 それ故に9月生まれの私と同じ星座であるはずがなかったのである。

バースデーケーキ

 疑問に思って相手の話をよく聞くと、実は本当の誕生日は秋であり、3月というのは両親が一つ上の学年に入れるために前倒しで申請したニセの誕生日らしいということが分かった。

 中国では9月1日が学校年度の切り替えのタイミングであるため、9月1日以降に生まれた人と8月31日以前に生まれた人は、同じ年に生まれた人でも別の学年となってしまうものとなっている

 日本でも4月1日以前に生まれた人と4月2日以降に生まれた人で学年が違ってしまうのはよく知られているが、中国では9月1日が基準になっている。
 それ故に恐らく彼女の両親は、彼女を妊娠した頃に、生まれる前にもかかわらずさっさと出生届を出して、一つ上の学年に入れてしまったということになる。

 どうして上の学年に入れたいのかといえば、一にも二にも教育を早く受けさせたい両親たちの希望であり、8月31日に生まれた子どもと9月1日に生まれた子供ではたった1日の誕生日の違いであっても教育のスタートは1年違ってしまうことになるからである。
 早期教育のほうが、ゆくゆく後の成績に差がでるというのはよく言われていることであり、実際そのような統計も出ているようである。
 もちろん、こうった出生日調整などということは、これは出生証明書を偽造しなければできないことだが、恐らく中国ではその辺りのことはお金の力でどうにでも出来ることなのだろう。 

 まあこの彼女のように半年も誕生日を調整している人はそれほど多くないかもしれないが、暦上の縁起の良い日にずらしてしまったということは日本でも時々聞く話ではある。

 さらに農暦と言われる旧暦の存在も中国人の登録上の誕生日の正当性を危うくしている。
 中国では旧正月の春節が、太陰暦である旧暦によって西暦(太陽暦)で示す月日上で毎年変動することはよく知られていることだが、この太陰暦はそれぞれの日に縁起のよい日と悪い意味の日があるとされる。

 故に、それを信じる人にとっては誕生日が西暦で誕生日を登録すると毎年旧暦(太陰太陽暦)上の誕生日が動いてしまうことになり、西暦上では悪い日にぶつかる可能性があることから、最初から旧暦上の日付で誕生日を登録してしまう人もいるようだ。

 ことほどこのように中国では身分証明書を見たところで、その誕生日が本当に生まれた日を示しているかどうかはわからないのである。

 このことから考えると、誕生日を基礎にする星占いなどは中国人に対しては本当の誕生日を聞かないと真実はわからないのであり、迂闊に相性占いなどやっても結果はデタラメになるだけなのである。

 ちなみに私の誕生日は、小さい時に母親が見せてくれた「へその緒」の箱についていた日付と時間が一致していたから、実際と登録日に差はないようであり、安心して自分の誕生日で占いなどを見ている。(笑)

孔子の間違いの誕生日を祝う9月28日?

 昨日の9月10日は中国では教師節といって、恩師に感謝する日として定められていたようだが、それに関する不思議なニュースを見つけた。

 この教師節を9月28日に変更しようとする動きがあり、その理由として9月28日は孔子の誕生日だからということらしいのだが、その孔子の誕生日自体が根拠が無く間違っているらしい。

 まあ紀元前の今から2500年以上も前の事だからどの根拠も怪しいといえば怪しく、何が正確なのか自体は全て懐疑的だとは思うが、現在の定説だと紀元前523年の10月9日だったというのが最も一般的になっている。

 それにも関わらず、中国国内では9月28日が孔子の誕生日として一般的に祝われている。

 この9月28日の根拠として言われているのが中華民国時代の1913年に孔子の生誕を記念した式典が行われたのがきっかけとされ、それ以後は9月28日が孔子の誕生日とされているようだが、これだけではどうにも根拠に乏しい。

 では、何故1913年の時点で9月28日という日にこの孔子の生誕式典を行なったのかがカギになる。

 一つ考えられるのが、孔子の誕生日が旧暦で8月27日として伝えられていることである。

 そこで私は1913年9月28日が旧暦の何月何日に当たるのかをインターネットで調べてみた。

 すると見事に興味深い結果が得られた。

 1913年の9月28日は旧暦の8月28日であったことが分かったのである。

 しかも、調べたサイトは計算上得られたカレンダーであるので、実際の設定と異なることもあるとのことなので、政治的な都合などで日付がずらされ1913年9月28日は旧暦の8月27日であった可能性も無くはない。

 まあその日付の計算ズレが無いとしても「8」という数字を好む中国人が式典を28日という日に合わせたということは十分考えられるし、1913年9月28日が大安の日曜日でもあったことから、当時の習慣に日曜という概念がどれだけ組み込まれていないかは分からないが、休みだったという前提に立てば式典を行ないやすい日曜に合わせて実施されただろうことは想像に難くない。

 こうやって状況を整理していくと、1913年の9月28日に孔子の誕生式典が実施されたのは、たまたまその年が旧暦の8月27日の前後に当たっていたというだけで、それ以降も9月28日に孔子の誕生日を祝う根拠は何もなくなっていたことになる。 

 にも関わらず、相も変わらず9月28日を孔子の誕生日だと扱い続けているというのは滑稽でもあり、この国らしい出来事のような気がする。

 定めた人の面子で変えられないのかどうかわからないが、上記の論に立てば、8月27日或いは10月9日を孔子の誕生日として決め直してもいいと言う気がするこの誕生日論争である。

 となると教師節も10月9日となるかもしれないがこれは中秋節と国慶節が絡んだ連休政策の意味もあろうことであり、孔子の誕生日という根拠があろうとなかろうと、9月後半に定めたいというのが本音なのかも知れない。

中国に上陸して満5周年

10月23日で中国に住み始めて満5周年を迎えた。

他の人にも何人も尋ねてみたが、やはりほとんどの人が中国へ引っ越した日はみんなきっちり覚えているようだった。

上海浦東国際空港

上海浦東国際空港

 そのくらい海外に住む一歩目を踏み出し始めた日というのはほとんどの人に忘れられない日となる。

 まあ私のことで言えばそれ以前の旅行ベースで上海を初めて訪れたのも10月でそこから数えると満6年になる。

 あの当時と比べて自分が変わったのか変わっていないのかよくわからないが、まあ6年分だけ歳を重ねたことだけは事実である。

 とりあえずまだ自分は上海にいる。

小澤征爾さんの公演

小澤征爾さんが今年のサイトーキネンオーケストラの公演の指揮を、一部を除いてほとんどキャンセルすることが報道されていた。
 病み上がりのため体力がなく交響曲をフルに振れないからだという。

人間がいずれ老いるのは仕方のない道理とはいえ少し寂しい。

かつて何百回といろんなクラシックのコンサートに通っていた私だが、彼のコンサートは結構鮮明に覚えている。残念ながら彼の手兵ボストンフィルとの競演はライブでは一度も聴くことができてはいないのだが、新日本フィル、サイトウキネンオーケストラ、そしてウィーンフィルの演奏はその音と体が受けた鳥肌が立つような感覚を覚えている。

 ウィーンフィルとの公演はなんとか手に入れた仙台市民会館での公演。旅の詳細は忘れたが夜行バスで仙台へ行き、音響環境的には非常にドライでよくない会場であったにもかかわらず音楽に飲まれ、ドボルザークの新世界の第2楽章で涙をこぼしたのを覚えている。

 そして国内オケの新日との公演(チケットが外来オケに比べやすいのだ!)は、オーチャードホールで、バルトークのオケコンやボレロも非常に印象的だった。

 会場は忘れたが恐らく松戸でベートーベンの7番。
 そして大宮だと思うが英雄交響曲。

 それぞれ同じ曲を直前に別の指揮者で聴いたが音の響きがまるで違った。うまくいえないが音が立体的に立ち上がってくる響き方なのである。
 そしてサイトーキネンオーケストラで元旦を挟んで2度聞いたマーラーの復活。年末に長野で年明け2日に上野で聞いた。アホな自分の行動力にもあきれたがそれだけの価値のある演奏を聞けた。

 彼が元気なうちにもう一度くらい聴きに行きたいなぁと思うが、今は上海にいてチケットを買いに行くのさえ難しいかなと思うと少し寂しい。

そうそう、今日は彼の75歳の誕生日。
誕生日おめでとうございます。いつまで元気でいてください。
そして元気な音楽をまた聞かせてください。

                        上海ワルツ