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まやかしの地下鉄開通情報

 中国のニュースをチェックしていると、「○年○月に地下鉄○号線開通が有望!」などという記事をよく目にする。

 それを見て、ああようやくあそこも鉄道が開通することになったのだなと、楽しみにしてその情報を心に留め置くのだが、肝心な“その時期”になっても一向に開通ニュースが伝わってこないということがままある。

 あれ、ニュース見逃したかな?と思って検索してみるがやはり見つからない。
 どうやら事前報道から後に変更があったようで、まだ開通していないのが事実であることが分かる。

 うーん、どうしたんだろう?
 と思っていると、その路線に関してまたまた「○年○月に開通か?」のような記事が登場する。

 詳しく読むとトンネルが貫通したとか車両契約が締結されたとか、今頃そんなこと言っているのか?という事実が根拠になって記事が書かれている。

 つまり前回の開通報道時にはまだ開通できない状態だったことが分かる。

 何故こういう風になるのだろう?

 気になって過去のニュースを再度探して見ると、実はこういう地下鉄開通ニュースを出しているサイトは不動産関係のサイトであったことに気が付く。

 ははーん、そういうことか。

 つまり不動産関係のサイトが不動産売買の活性化を促すために、かなり適当なソースを基にニュースの捏造に近いことをやっているという憶測が成り立つのだ。

 あるいは地下鉄関係者やもっと上部を巻き込んで、開通する見込みが立たないのに差しさわりの無い範囲でわざと適当な開通時期や進捗状況を語らせ、それをニュースにして新線開通情報を流して投機熱を煽り、不動産価格のつり上げや販売促進を狙っているのではないか?

 どうもそういう勘繰りが出てくる。

 日本だと組織ぐるみなどということは少なそうだが、中国だと有り得そうな話である。

 実はこういった思わせぶり報道は天津の地下鉄に顕著に出てきている。

 9号線とか2号線は去年の夏に「秋には開通か?」などと期待を持たせるニュースが出ていたにも関わらず、半年以上経った今でも開通の気配が見えず、新たな開通情報ばかりが独り歩きしている。

 果たしていつになったら開通するのか?

 まやかし情報に振り回される「やるやる詐欺」はもう沢山である。

インターネットは見た目ほど単純じゃない

 世界に窓口が繋がるという意味で、気軽にインターネット事業に飛び込む人がいるが、まあどんな世界でも同じだと思うが、実は成功するためにはその見た目ほど単純じゃないのがインターネットの世界である気がする。

 インターネット空間というのはバーチャルな世界であるが故の簡便性も存在するが、その構成要素というか配慮すべき要素は想像より遥かに複雑である。

 例えばインターネットショップを開店して儲けようとすることを考えた場合、私から見ればリアル店舗をオープンさせる方がよほど簡単だという気がする。

写真はイメージ

写真はイメージ

 もちろんリアル店舗は営業許可証やら店舗の準備やら何やらでそれ相応の投資が必要とされ、準備に多大な労力を要する。

 それに比べネット店舗はページ作成にまずそこそこの費用はかかっても、リアル店舗を開店することに比べれば遥かに容易にスタートすることができる。
 故に誰しもネットショップなら気軽に始められると思ってしまう

 しかし問題はそこからである。

 リアル店舗であれば店をオープンさせた時に立地さえよければ何もしなくても客を掴むことができ、例えば流行っている店舗の隣に店をオープンすることが出来れば全く広告宣伝しなくても客は入ってくる可能性がある。

 それに対してネット店舗というのはまずその存在を知ってもらうことが難しい

 当たり前の話だが、物凄いお金をかけて立派なサイトを構築しネット上に店舗をオープンしたところで広告も何もしなければ全く誰にもその存在を知ってもらえないのがインターネットの世界である。

 例えばそのネット店舗のページの同じサーバー内に、アクセス数の非常に多い超人気のサイトがあったとしても、ページ名がたった1文字違えば全く違うURLとなり、見つけてもらえないことになる。

 そのためネット店舗では、まずその存在を知ってもらうためにひたすら広告宣伝の努力が必要となる。

 費用をかけてのリスティング広告バナー広告、そしてリアルなテレビラジオ、はたまた新聞を使ったり人海戦術で名刺ビラに刷り込んだりしてとにかくその存在やURLを告知する必要がある。

 ひょっとするとその告知のための時間と労力はリアル店舗の開店を上回る場合だってあるかもしれないと私は感じる。

 そして大事なのはSEO対策と呼ばれるGoogleなどの検索エンジン対策で、その基本は何といっても他のページや自サイトのページどうしが繋がっていることになる。

 SEO対策にはいろんな諸説があるが、とにかく基本は意味のあるページとより多く繋がっていることであると私は思う。

 より多くの繋がり、つまりより多くのリンクの構築がユーザーの直接的誘導はもとより、SEO対策的にもサイトの価値を積み上げることになり有効な対策となるはずである。

 それ故SEO対策を主眼におけば、逆に一度作り上げたサイトは途中の都合で構造を換えたりすることは極力避けて、既にある繋がりを壊さないように注意する必要もある。

 例えばリアル店舗では例えお金がかかるにしろ店舗の移転や拡大・縮小などを行なうことによって店舗のコストパフォーマンスを容易に調整することが可能だが、ネット上のWEBサイトでは事はそう単純ではない。

 もし同じような外科手術をネットのサイト上で安易に行ない、URLの構造を変化させてしまえば、99%SEO対策などにマイナスの影響が出るの当たり前で、よほど緻密にやらなければアクセス数がプラスの状態になることは有り得ないのがネットの性質である。

 またリアル店舗において多用される店舗縮小や事業転換のリストラ的発想も、ネットの世界ではほとんど無意味で、マイナス方向の切り捨てをしてもハードディスク上のスペースがほんの僅かに空くだけでほとんどコスト削減には繋がらず、寧ろリンクの繋がりの消滅によるSEOのマイナス要素が大きい。

 故にもしサイト上にほとんどアクセスのない非アクティブなページがあったとしても、よほど間違っている情報などが載っていない限りは無理に削除したりせず、寧ろそのまま放置した方がサイト全体にはプラスに動くのがネットの発想である。

 そして例え1PVでもあればアクセスはアクセスであり、それをいかに束ねて1万PV、100万PVに持っていくリンク構造を構築するかがサイト構築のポイントで、1PVのアクセスを切り捨てない発想がネットで成功する基本のような気がする。

 もちろんサイト上で扱うコンテンツが人を惹きつける魅力的なものであるべきということは改めて言うまでもないことであるが、まあ、傍から見るほどインターネットの世界は単純じゃなく、無数の見えない繋がりによって価値が決まっていくので、リアル世界の発想はまず捨てるべきだという気がする。

国費外国人留学生は宣教師的役割を負う

猫ひろしさんのオリンピック出場資格問題が世間を賑わしている。

 まあこれはどう見てもカンボジアという国と猫さん双方の売名行為にほかならないような気がする。

 特にカンボジアは、世界に対してというより日本に対して自国をPRしたいという意図が見える。

 何故ならばきっと猫さんよりももっと早いマラソンランナーが、ケニアなどにはいるであろうにも関わらず、わざわざ日本人の猫さんに国籍を取得させたというのは、明らかに猫さんが経済大国日本の日本人で、有名人であるからにほかならないからである。

 つまり猫さんはカンボジアという国にとって日本に対する宣伝塔という位置づけで国籍を取得したことになる。

 当たり前の話だが、国家が一外国人に対して何か便宜を図るということは、その国にとって何らかメリットが存在するから便宜を図るのであり、何の意図もなしに外国人に便宜を図るようなお人よしの国は世の中にあるまい。

 つまり、便宜を受ける外国人はそれだけ相手国の思惑を背負わされているわけである。 

 これは今回の件に限らず留学生に対する奨学金なども同様だと見ることができる。

 例えば日本政府は日本の国費で外国からの留学生を大量に招いているが、これは当然国際貢献などという表面的な建前では終わらず、将来的に日本がその国へ経済進出するための人材的な基礎固めの意図が存在する。

 よって日本に招れた留学生たちは、例え明文化されたり義務化されていないにしろ、日本文化の伝播を背負う宣教師的な役割を背負うことが求められる。

 そうしてODA事業をやりやすくしたり、国連などの様々な国際舞台の上で親日的立場の国を増やし、日本の経済進出にとって地ならしをしてくれる立場を期待されるのである。

 このように、言葉は悪いが日本も留学生を使って国力拡大の努力を行なっているわけである。

 逆に言うと、我々日本人が外国の国費で留学をさせてもらうような機会が与えられた場合には、単に相手の国のお金で勉強させてもらえるなどという綺麗ごとでは済まない訳であり注意する必要がある。

 相手の国の立場に立って考えてみれば、何のメリットも目論見もなしに外国人にお金を出して学ばせるようなことはまずあり得ないからである。
 つまり今回のカンボジアの猫さんに対する対応と同様に、外国の人間に留学費用を国費で出すなどということは、その外国人の母国へ対する何らかの戦略的意図がそこに存在するからお金を出すのであり、そういった目論見なしにお金を出すはずがないのである。

 故にもし便宜を受け取ってしまったものは当然その時点でその国の目論見を背負わされることになり、例えば母国へ対しての広告塔や宣教師的な役割、極端な場合はスパイ的役割を担うことになる。

写真はイメージ

写真はイメージ

 従って相手国の意図を考えず国費外国人留学生の選考に合格し「自分は選ばれた!」などと自慢すればそれは完全にピエロであるし、分かった上で便宜を受け取るなら相当したたかな生き方ということになる。

 もちろんこれは相手国の思惑がどこにあるかにもよるが、例えば中国は世界文化遺産への中医学の申請でもわかるように、世界に対して薬品権益の拡大を狙っている面がある。

 つまり何とか中国の薬剤を日本で売れるようにしたいらしく、それに必要な人材を育て日本へ売り込む戦略を立てているようでそのために国費留学生で人材を招いている。

 最近気が付けば、日本のテレビやマスコミに対して懸命にそういった人材の露出を図る姿が多く見られるようになり、日本人がテレビ番組や講演活動などで文化の売り込みを必死に行っている姿が目に付いているが、これらはまさに育てた人材の宣教師そのものの活動ということになる。

 つまりそういった意味での商売をしやすい環境づくりのために、国費で外国人留学生を受け入れているわけであり、いうなれば自国の営業マンや宣教師として働いてくれる人間を育てているのである。

 よって、そういう風に外国の国費を使って学んできた人と相対するときは、相手は国家の思惑や特命を何かしら背負っているため、表面上の部分だけで話を鵜呑みにしてはいけないし、また逆に己にそういった外国からのオイシイ話があっても、うかつにそれに乗ってしまえば何らかの国家の思惑を背負わされ、さらにその後他人から色眼鏡で見られる人生になる可能性があることを肝に銘じて行動するべきであろう。

 つまり普通の人にとっては外国からお金をもらって育てられた人を同じ国の人として素直に信用するには抵抗があるし、さらにそこにはその外国に対する国家観が非常に大きく影響するからである。

 まあ国家への帰属意識のあり方は人それぞれだが、今回の猫さんのようにどこに帰属意識があるのかはっきりしない人間は、いずれに国からも信用されなくなるというのが人の社会というもので、彼にベトナムに骨をうずめる覚悟が無ければ、外国の思惑は背負うべきではなかったというのが私の意見である。

最大手の営業努力

上海近郊の空港やバスターミナルの待合室で時間を待っていると、必ずといっていいほど携程網の勧誘員がパンフレットをもって営業に回ってくる、
携程網というのは中国最大のネット系旅行会社で、日本人や欧米人の間ではC-tripの愛称で知られる旅行会社だ。

 インターネットで航空券からホテルまで予約でき、電話を通じて全国のネットワークで旅のサポートも行なってくれるので非常に便利な会社である。日本人の間でも結構知れ渡っているので、無論のことながら中国人の中にもかなり浸透しているはずである。

 しかし、このようにその名がもう十分知れわたっているであろうと思われる最大手の携程網が今でもこういった地道な営業を日々続けている。そういえば、同様のネット系旅行会社の勧誘員の姿をあまりみたことがない。

たまに見かけるが携程網ほどの勧誘活動は行なっていないように思う。

 もちろんそれだけ人間を充てられるということ自体が既に大きくなった携程網の規模の強みなのだが、それでも会社の規模に慢心せず未だにういった地道な努力を続けているということにほとほと感心してしまう。
 まあただ最大手といってもそれはネット系旅行会社に限った話で、これらとは別に既存の窓口旅行会社などがライバルとして存在するわけで、努力しなければすぐにおいていかれてしまうのが自由競争社会である。
故に、常に危機感を持って仕事をすることは当たり前といえば当たり前なのではあるが、それをきちんと実践するあの会社は他の会社と比較しても凄いなぁと思ってしまう。

 こういった努力ががあの会社を作っているのだなぁと妙に納得する最大手の営業努力の姿である。

日本で11年働いたという経験の価値

 私は日本で日本人として生まれて、日本の学校に通い、卒業したあとそのまま日本の会社に就職したわけだから、日本で働いた経験があるというのは当然というべきか、意識してそういうキャリアを積んだわけではない。
 故にそれを改めてヴァリューピースとして切り抜かれてしまうととっても違和感があるのだが、こうやって外国へ来て見るとそうやって働いてきたことが一つの価値を持っていることに気づかされる。
 まあこれだけを持って求職活動をしても大した評価にはならないと思うが、実際に中国で働いていると、「仕事をする」ということに関して周りとの相対的な経験値の差が分かってしまう時がある。
 私は30代になってから中国へ来たのだが、上海に来ている現地採用の日本人は20代そこそこで中国へ来てしまっており、例え日本で働いたことがあるといってもせいぜい3年程度の経験でしかなかったりして非常に浅いものだ。
 言葉の能力の面や行動力の面では彼らに一歩も二歩も譲るが、「仕事をする」という意識の上では、まだまだ彼らは青いなと感じる部分がある。
 特に若いうちから中国に来てしまっている人は全般的にルーズな中国のビジネススタイルに慣れきってしまう場合があり、日本人といえどもどこかルーズな感覚が身についている。

 仕事の締切りに対する意識や、先の見通しの立て方や計画性、客先の難しい要求に対する応対など、お金をもらって仕事をするという価値の意識が弱く、お客の存在や会社全体の利益を忘れた仕事の仕方になってしまっている。
 そういった点が特に顕著に目立つのが、仕事の締切りに対する対応である。
期限をまたいでしまうこと自体、日本でもあることだが、日本だとその時点で説明がある。説明がなければ相手が説明を求めてくるというのが通常の対応だが、そういった仕事の基本的な「イロハ」が中国では一歩二歩くらいルーズになっている。
 それがお互いの習慣で慣れっこになっているので、例えば締め切り1ヶ月も遅れてしまえば別だが月を数日跨いだくらいの話は許容範囲になってしまっていて厳しい問い合わせをすることはまずない。
 日本だと1日でも遅れると担当者の責任問題になってしまうのだが、大手の外資系企業などはともかく、それほど大きくない企業だと管理側も含めて総じて中国的なルーズさがある。
 私も中国に来て3年が経ち、生来のルーズさも手伝って中国的なルーズさに流されそうな面もあるが、少なくとも仕事そのものを放ったらかしで無責任に忘れ去ってしまうことはなく、やり終えていない仕事はずーっと心にひっかかって残っていて余裕ができたら失礼の無いように客先に対して後処理をするようにしている。

 そういったお客の存在を意識して仕事をすることが、自分にとっては当たり前の心がけだと思っていても、日本で働いた経験が浅い人はその認識が不足している部分がある。今の中国であればそれでも通じてしまうが、いずれ上海などの大都市ではグローバルスタンダードが広がって、そのルーズさが許されない時期がやってくるはずである。そしてその変化は思いもよらず早くやってくる可能性がある。
 中国的ルーズさに一度染まってしまった日本人にとっては、環境が変わったからといって改めて襟を立て直すことは、中国人のように変化に対する適応力がないだけに、非常に難しいことのような気がする。
 こうやって将来の中国を想像して眺めてみると、日本で11年働いた経験は意外にも大きな価値を持っているかもしれないなと、中国で働いてみて改めて見つけた自分の価値である。