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インターネットは見た目ほど単純じゃない

 世界に窓口が繋がるという意味で、気軽にインターネット事業に飛び込む人がいるが、まあどんな世界でも同じだと思うが、実は成功するためにはその見た目ほど単純じゃないのがインターネットの世界である気がする。

 インターネット空間というのはバーチャルな世界であるが故の簡便性も存在するが、その構成要素というか配慮すべき要素は想像より遥かに複雑である。

 例えばインターネットショップを開店して儲けようとすることを考えた場合、私から見ればリアル店舗をオープンさせる方がよほど簡単だという気がする。

写真はイメージ

写真はイメージ

 もちろんリアル店舗は営業許可証やら店舗の準備やら何やらでそれ相応の投資が必要とされ、準備に多大な労力を要する。

 それに比べネット店舗はページ作成にまずそこそこの費用はかかっても、リアル店舗を開店することに比べれば遥かに容易にスタートすることができる。
 故に誰しもネットショップなら気軽に始められると思ってしまう

 しかし問題はそこからである。

 リアル店舗であれば店をオープンさせた時に立地さえよければ何もしなくても客を掴むことができ、例えば流行っている店舗の隣に店をオープンすることが出来れば全く広告宣伝しなくても客は入ってくる可能性がある。

 それに対してネット店舗というのはまずその存在を知ってもらうことが難しい

 当たり前の話だが、物凄いお金をかけて立派なサイトを構築しネット上に店舗をオープンしたところで広告も何もしなければ全く誰にもその存在を知ってもらえないのがインターネットの世界である。

 例えばそのネット店舗のページの同じサーバー内に、アクセス数の非常に多い超人気のサイトがあったとしても、ページ名がたった1文字違えば全く違うURLとなり、見つけてもらえないことになる。

 そのためネット店舗では、まずその存在を知ってもらうためにひたすら広告宣伝の努力が必要となる。

 費用をかけてのリスティング広告バナー広告、そしてリアルなテレビラジオ、はたまた新聞を使ったり人海戦術で名刺ビラに刷り込んだりしてとにかくその存在やURLを告知する必要がある。

 ひょっとするとその告知のための時間と労力はリアル店舗の開店を上回る場合だってあるかもしれないと私は感じる。

 そして大事なのはSEO対策と呼ばれるGoogleなどの検索エンジン対策で、その基本は何といっても他のページや自サイトのページどうしが繋がっていることになる。

 SEO対策にはいろんな諸説があるが、とにかく基本は意味のあるページとより多く繋がっていることであると私は思う。

 より多くの繋がり、つまりより多くのリンクの構築がユーザーの直接的誘導はもとより、SEO対策的にもサイトの価値を積み上げることになり有効な対策となるはずである。

 それ故SEO対策を主眼におけば、逆に一度作り上げたサイトは途中の都合で構造を換えたりすることは極力避けて、既にある繋がりを壊さないように注意する必要もある。

 例えばリアル店舗では例えお金がかかるにしろ店舗の移転や拡大・縮小などを行なうことによって店舗のコストパフォーマンスを容易に調整することが可能だが、ネット上のWEBサイトでは事はそう単純ではない。

 もし同じような外科手術をネットのサイト上で安易に行ない、URLの構造を変化させてしまえば、99%SEO対策などにマイナスの影響が出るの当たり前で、よほど緻密にやらなければアクセス数がプラスの状態になることは有り得ないのがネットの性質である。

 またリアル店舗において多用される店舗縮小や事業転換のリストラ的発想も、ネットの世界ではほとんど無意味で、マイナス方向の切り捨てをしてもハードディスク上のスペースがほんの僅かに空くだけでほとんどコスト削減には繋がらず、寧ろリンクの繋がりの消滅によるSEOのマイナス要素が大きい。

 故にもしサイト上にほとんどアクセスのない非アクティブなページがあったとしても、よほど間違っている情報などが載っていない限りは無理に削除したりせず、寧ろそのまま放置した方がサイト全体にはプラスに動くのがネットの発想である。

 そして例え1PVでもあればアクセスはアクセスであり、それをいかに束ねて1万PV、100万PVに持っていくリンク構造を構築するかがサイト構築のポイントで、1PVのアクセスを切り捨てない発想がネットで成功する基本のような気がする。

 もちろんサイト上で扱うコンテンツが人を惹きつける魅力的なものであるべきということは改めて言うまでもないことであるが、まあ、傍から見るほどインターネットの世界は単純じゃなく、無数の見えない繋がりによって価値が決まっていくので、リアル世界の発想はまず捨てるべきだという気がする。

仕事のメールはいつ捨てるか?

同じ会社でずっと何年も仕事をしているとどんどんメールが貯まる。

まあ大体は顧みることのない不必要なメールだが、時々掘り返されなければならない時が出てくる。

メールはいろんなことの証拠になりうるものであるし、いつ何時過去に出会った人に連絡を取りたくなるか分からない。

 故に、よほど極端にハードディスクに影響を与える程のメールでない限り基本的に仕事のメールは捨てられない。

 というか幸いにもPCのハードディスクの容量に比べたらメール一通の重さはカスのようなものなので、1kのメールを10万通溜め込んだところで1Gにも達しない。

 この時代100Gとかの単位のハードディスクが当たり前の時代だから、メールだけでハードディスクをいっぱいにするには気の遠くなるような時間がかかる。

 もちろん電子データであるので、物理的容積が増えるわけでもない。

 故にハードディスクの容量から言えばメールの件数に関する問題はほぼ問題にならないといえ、それを理由にしたメール廃棄は必要ないことになる。

 しかしそれにも関らず、仕事のメールでも、いともあっさりと廃棄しているスタッフが時々いる。

 数字の単位が分かってないのか、単に綺麗好きなのか分からないが、用件が過ぎたメールは廃棄するそんな仕事ぶりを見ていると果たして大丈夫なのかとちょっと恐ろしくなる。

 99%はもう活用されないデータかもしれないが、過去のメールが必要とされるときは必ずある。

そんな1%のために、というかもしれないが、その1%が大きな利益を生む可能性があり、その1%が無いために信用を失ったり裁判に証拠不足で負ける場合もある。

 日本にいたときの会社では紙データでの保管の場合は容量的な限界があるため必要保管年限が定められていたが、どんなにあまり重要でない書類であっても最低でも1年程度の保管年限が定められており、書類やデータを保全することは仕事の基本であった。

 逆に言うとメールをあっさり捨てる人は過去の仕事を掘り返される恐さを知らない、仕事の基本が分かっていないような人のような気がする。

 あるいは証拠隠滅のためのわざと消すという理由も考えられるが、証拠がなくなってしまっては本来勝てる裁判も勝てなくなるのでとてもプラスとは思えない。

 やはり仕事のメールは可能な限り捨てないほうがいい。

音楽データが復活!

先日のパソコンクラッシュ以後の作業の一連の中で、結局ファイル復旧データを導入することになったのだが、その導入が思わぬ副産物を産んでくれた。

実は日本から中国に来るとき、日本で買い溜めた大量のCDをどうすればよいか悩んだのだが、かの音楽と離れてしまうのも寂しすぎるので結局250G という大型の外付けハードディスクに入れて持ってくることにした。渡航前の一ヶ月は延々とその取り込み作業が続いていたことを記憶している。
 で、なんとかCD数百枚分のデータを取り込んで中国に持ってくることができた。
ところがである!
 中国でその音楽を再生していた時のことである。電圧の問題で、コンセントとの間に入れていた変圧器が容量不足でダウンしてしまい、その煽りをくってなんとハードディスクのほうもダウンしてしまった。
何度つないでもパーテーションを認識しないのでデータを呼び出すことができなくなり、あの一ヶ月の作業がほぼ無駄になってしまった。
故に音楽を聴くこともできず諦めざるを得なかった。

 いれてきたハコは大容量のハードディスクなので、有効活用のために再フォーマットすることも考えたが、音楽への希望を諦めきれず、いつか復活できる日を期待しそのままにしておいた。

なんだか漫画ブラックジャックの話の中に出てくる冷凍人間の技術にも似た将来への期待感である。現在の医療技術では不治の病だが将来技術が進歩したときに治せるかもしれないから、それまで冷凍で保存しておくというあの話である。

そしてとうとう、今回見事、かの復旧ソフトを使うことにより、音楽データを復旧させることができたのである。
 こんなことであるが私にとっては涙が出るほど嬉しかった。中国に来て以来、音楽への欲求を解消するために日本への帰国の度に少しずつCDを持ってきてはいたのだが、手荷物制限重量との戦いで一回に10枚程度がやっとであった。
上海の現地で手に入れようにもロクなCDも売っていない。そんな音楽的に貧しい環境の中で2年間過ごしてきた自分が思い出される。

 さて今回改めて取り出してみると、我ながら非常に幅の広いバリエーションである。大好きなクラシックはもとより、童謡や津軽三味線まで入っている。今すぐ結婚式や運動会などどんなイベントにでも対応できそうなくらいの曲がある。
 うーん、これだけ曲数、自分だけで聞いているのはもったいないの誰かどこかでイベントやらないかなぁとか思ったりするのだが、まあなかなか難しいだろう。

 とにもかくにも音楽データ復活万歳である。