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深夜も放送する中国のアニメチャンネル

中国のテレビ放送は基本的にスポーツならスポーツ専門と言ったようにチャンネルが専門化しており、総合的に何でもかんでも流すチャンネルは少ない。

 その中にはアニメ専用のチャンネルも幾つか存在し、実はほぼ24時間に近いような形で深夜も放送している。

中国のアニメ放送

中国のアニメ放送

 これらのチャンネルでは「ドラえもん」や「ちびまるこちゃん」「コナン」と言った日本製アニメも多く放送され、さらにアニメ以外にも特撮の戦隊もののような番組も混じって放送されており、私の感覚で言えば子供向けチャンネルのような印象を受けるが深夜の2時~3時という時間帯にも放送が続いている。

 実はこのアニメチャンネル以外にも日本のNHK教育(Eテレ)のような子供向け番組を専門に扱ったチャンネルもあり、アニメも流されているがこちらは深夜1時に放送が終わり朝まで休止時間帯となっているため、子供向け専門という意味ではこちらの方がやや常識に適っている印象だがそれでも深夜1時である。

 これらの意味するところを考えれば、もちろん「中国では子供を夜中までテレビを見させる」ではなく、「アニメの主要視聴者層に大人も含まれている」という事になる。

 まあ世の中にどんな親がいるか分からないので断定はできないが、深夜までアニメを子供に見させている親は割合いからすれば少ないはずであり、少なくとも表向きは風紀規律に厳しいこの中国という国において、子供向けとして深夜にアニメ放送を流すということは批判を浴びる可能性があり、そういった放送はしないと思われる。

 つまり、その深夜のアニメ放送の視聴者は大人である前提で放送が行われていることになる。

 これはアニメ=子供向けといった偏見が何となく頭から消えきれない自分からするとやや驚きの状態となっている。

 ただ自分自身をふり振り返って見ればジブリアニメやドラゴンボールなどは大人になってから見ていたわけであり、子供向けと決めつけてしまうのは自分自身に矛盾が生じるし、今の時代の風潮から言えば偏見ということになってしまうかもしれない。

 このあたり、中国人全体のアニメに対する見方が一般的にどうなのか中国人に直接訪ねたことがないのでわからないが、日本に一時帰国の際に知り合いの30過ぎの上海人男性によくコミックの購入を頼まれたりするので、少なくとも中国人の大人にも日本のアニメの世界にはまっている人がそれなりの数いるようである。 

 中国人文化の中のアニメの位置などは正直言って私にはよく分からないが、アニメ専門チャンネルが作られ、深夜まで放送が行われるくらい視聴者がいるということだけは事実のようである。

ふりかけの再評価

つい最近まで、「ふりかけ」と言えば子供っぽい食材というイメージがあった。
食が進みにくい子供たちに対する、大人達の子供だましと言う印象があったのだ。

 何処かのメーカーで「おとなのふりかけ」という商品があったが、あれは明らかに世間のふりかけに対する評価に「子供向けのイメージ」があることを前提にしてつけられた商品名だ。

 しかしである。

最近になって私自身はその評価をかなり見直しつつある。
きっかけは胡麻のセサミンの重要性を知ってからである。

 中性脂肪値の高い私は、肝臓の健康に気を配る必要があり、そこでいろいろ調べていくうちにセサミンというものの働きを学んだ。

 詳しくは省略するが、セサミンの摂取は肝臓や中性脂肪に好影響があるということで、セサミンが多く含まれている食材として胡麻が重要な食材であるということを最近改めて知ったのである。

 そこで「胡麻を摂取すべき!」ということになったのだが、改めて胡麻だけを摂取するとなると、意外と面倒くさい。

 もちろんあんな小さな粒なので食べることにはいつでも抵抗が無いのだが、自炊生活では意外と気が回りきらなく、料理に入れるのを忘れるのである。

 そこで「ふりかけ」の登場である。

ご飯にかける食材と思えば、ふりかけはまずその存在を忘れることはなく、納豆などとともに必ずと言っていいほど切らさず常備してある。

 つまりご飯にふりかけとしてかけて食べれば、胡麻を忘れずに摂取することができるのである。

 これに気が付いた時は、昔ふりかけを考えた人は偉いなぁと感心してしまった。
ふりかけには胡麻以外にもかつを節とか体に良い影響を与えそうな栄養素を含んだものがたくさん含まれている。

明太子味のふりかけ

明太子味のふりかけ

 まさに元祖総合サプリメントと言っていいほど栄養に気が配られたものが多く含まれており、実はふりかけを毎日ごはんにかけて食べるということは体に優しいことなのだと気付かされた。

 よってふりかけは何ら子供っぽいことではなく、実は大人として体に気を使う大人の心遣いなのだと改めて自分の中で再評価することになり、最近では遠慮せず日々ふりかけでご飯を食べる毎日になったのである。

 皆さんもふりかけを積極的に取り入れてはいかがであろうか?

マッチ売りの少女

 格差社会の大きな中国では、今も地下鉄の車内や街中に物乞いが良くうろついている。
 物乞いについては、悲壮さを装って物乞いをする組織もあると聴き、「商売なんだ」と感じるとまず施しを与える気にはなれない。
 そうではなくても公的な募金は行っても、街中にいる物乞いにお金を上げることはまずない。

 
 そんな時思い出すのはマッチ売りの少女の話である。

 子供の時は可愛そうな話だ、どうして誰も助けてやらないんだと主人公の少女を憐れんだが、実際大人になってみると似たような境遇の少女を見ても、そこまで憐れみを感じない自分がいる。

 時々なんだか矛盾する自分がいることにも気が付くが、やはり施しを与えることはほとんどないように思う。

 もちろん1角1元なら与えられないこともないが、自分自身だってそんなに施しを与えるほど余裕がないというか、逆に自分自身から施しを与えるということが偉そうな態度をとっているような気がして、嫌な気分になりそうだからである。

 もちろん困っている人は助けてあげたいが、どうもただ物を請う人に対しては心にブレーキがかかる。

写真はイメージ

写真はイメージ

 歌を歌ったり、何らかのパフォーマンスで稼ごうとしている人に対しては多少出してもいいかなと思うが、そうでない場合はやはり基本的に出せない。

 やはり物乞いは社会や行政がきちんとすべきで、街に出てくる個人に施しを与えるのはやはり何か違うかなと思っている。

 じゃあ、実際にマッチを売っている少女に出会ったらどうするか?

 きっと買わないとは思うが、、、ちょっと悩む。

 間もなくクリスマス。。。

安心して見られたロンドン五輪開会式

 腰を据えてみるつもりはそれほどなかったが結局開会式を見てしまった。

残念ながら日本の放送ではなくCCTVの放送で、やかましい解説付きであったが画像は本物なのでここは外国で見る身としては仕方ない。

 結論から言うと今回のロンドン五輪の開会式は安心して見られたにつきる。

 下手な国威形容のゴリ押しの演出もなく市民スタンスの雰囲気、インチキまがいの合成映像演出もなく自然な流れ、闇に消された映像と花火のごりおし演出もなく人の顔が見えるパフォーマンス、嘘くさい友情の演出ではなく自発的な友好の雰囲気の醸成、何もかも素晴らしく、大人の国のオリンピックだなという感じだった。

 当初ポールマッカートニーあたりが点火の儀式をやるのではないかと予想していたが、過去の名誉に頼らず欲張らず若手に託す当たり、大人の対応で流石グレートブリテンである。

 指揮者ラトルとロンドン響はともかく、そこにミスタービーンを登場させてしまうあたりイギリス流のユーモアもよい。

写真はイメージ

写真はイメージ

 そして参加国一つ一つが持ち寄ったランプを合わせて、聖火台にしてしまうあたり自国の国威形容をゴリ押しする国や国民には出来ない演出だった。

 2020年を目指す日本としては、まあ開催できるかどうかはともかく、成熟した国の大人のオリンピックとして見習うべきものが沢山あった開会式であっただろう。

子供の休み時間 大人の休み時間

 最近、とある小学校の休み時間の様子を見ていて気がついたことがある。
それは、子供は休み時間になると外へ出て思いっきり遊ぶということである。

たった10分程度の休み時間であるにも関わらず目一杯遊ぶ。
ドッジボールや縄跳びなど内容は様々だがみな夢中になっている。

写真はイメージ

写真はイメージ

そして休み時間終了のチャイムが鳴ると潮が引くようにあっという間に教室に戻る。
この様子は日中で違いが無いようだ。

ところが大人の休み時間はどうであろう?
何の合間の休み時間かにもよるが、10分程度の休み時間であれば、グデッと休んでいる人がほとんどである。

 タバコをプカプカ吹かす人もいる。

 たまにキャッチボールをしている人なども見かけるが、割合的には非常に少ない。
そして10分の休み時間が終わるとだらだらと仕事に戻っていく。

いつの頃から人間は休み時間を遊ばなくなるのであろうか?

中学か高校か大学か?
中学の頃から下駄箱が遠く感じるようになった気がする。
体は大きくなったのに。。。

とにかく子供の休み時間は遊びの時間、大人の休み時間は休む時間と昔から相場が決まっている。