Category Archives: 中国語

日本の変化にまごつく

 先月1年半ぶりに一時帰国をした。
 町の様子にはそれほど大きな変化がないような印象だったが、細かい点では色々と変化を感じた。
 一番の変化を感じたのは電子決済のインフラ浸透である。

 ユーザーの利用率が高いかどうかはわからないが、今回の消費税率引き上げに伴うポイント還元政策により、コンビニやドラッグストアの大手チェーンなどでは、電子決済の環境が整えられた状態になっていた。

 帰国中に私が立ち寄ったのは、セブンイレブン、TSUTAYA、松屋、マツモトキヨシ、コメダ珈琲など大手チェーンばかりだったが、いずれの店でもクレジットカードやデビットカードを含めて、キャッシュレス決済が可能になっていた。

 その中でも交通系カード(スイカなど)が自動販売機を含めて、一番幅広そうだ。
 それにしても日本は対応キャッシュレスサービスの種類が物凄く多い。

地元のセブンイレブンの決済方法表示

地元のセブンイレブンの決済方法表示

 中国でもキャッシュレスツールは探せばたくさんあるのだが、実際動いているのは微信支付支付宝の2つがほとんどである。
 (日本でも微信支付と支付宝が使える店が増えたが、基本的に外国人(中国人以外)は使えないようで、昨年香港で払えなかった経験がある、)

 こういった環境の変化に1年半ぶりの海外帰りの私はややまごついた出来事があった。

 松屋の自販機で食券を買おうとしたときに、現金で払おうと思い1000円札を挿入したら戻ってきてしまったことがあった。
 あれと思い、もう一度試したがやはりだめだった。

 理由はよくわからなかったが、その瞬間に電子マネーでお支払いくださいと券売機が音声を発したような気がした。
 「もしかして現金は駄目なのか」と感じ、慌てて財布の中のsuicaで払おうとするが、今度は残高不足とされてしまった。
 この状況に結構焦ってしまった。

 後ろに人が並んで待っていたというのもあったが、ちょっとパニック気味になったのである。
 今の自分は日本で牛丼の食券すらスマートに買えない状況なのかと感じ、日本社会の中で適応できていない状態に自信喪失気味にもなった。
 ほんのささやかな問題であったし、久しぶりの日本なんだから仕方ないのかもしれず、慣れれば済むはずの問題ではあるが、何となく歳をとったことを実感したというか、自分が社会の中で「年配のおじさんが現代社会にまごついている図」の典型になっていることを理解し、そのことに落ち込んだ。

 まあ、そのときは順番を後ろの人に譲り、結局すぐそばの駅まで急いで行って、suicaにお金をチャージし直して、お店に戻った。
 そして無事に食券を買うことが出来た。

 このチャージとて、もう少し別の場所でスマートにできるんではないかとも考えたが、日本社会にもう少し慣れないと難しい課題だった。

 で、ようやく食事にありつけるかなと思いきや、松屋における食券の扱いを忘れていて、確かテーブルに出して置けばいいんじゃなかったかと昔の記憶を頼りに、席について食券をテーブルに置き待っていた。

 すると入口の方で、店員に向かって「食券を取り忘れていた方がいたみたいなんですけど」と言っているお客の女性がいた。

 どうやら、その犯人は私だった。

 温泉卵がついた牛丼を券売機で注文したのだが、食券が2枚出てくるとは思わず、2枚目を取り忘れたようなのである。
 店員が取り忘れた人いますが?と声をかけてきた。

 店員をよく見ると、東南アジア系の若者で、中韓とかではない名前のカタカナの名前が名札に書かれていた。

 まあその状況に驚いたわけじゃないが、思わず中国語で「是我的(私のです)」と言いかけた自分がいた。

 おっとここは日本だと思い日本語で言い直そうとしたが、ぱっと言葉が出てこない。
 ようやく「私です」という言葉が出てきたが、どうもモゴモゴしてしまったのである。
 食券購入の時点からどうも気後れしてしまっている自分がいた。

 で、注文の品が出て来て食べ始めた。
 食べ始めながら、この「まごつき感」は日本のブランクが長いせいであろうか、それとも自分が歳をとったからであろうかと考えてしまった。
 近い将来に、もし日本に帰国した際に適応できるのか心配が湧いてきてしまったのである。

 まあ歳を取ったのだと開き直る事もできるが、そこまで自ら老け込みたくないと思う自分もいる。
 上海での生活なら外国人であるという自覚のもと、初めて行った場所での多少のまごつき感でもそれほど気にならないが、今回の日本での自分のまごつき様はやはりちょっとショックだった。

 むしろ、自分の両親の方が年老いながらもそのまま社会に適応している印象である。
 まあショックであろうとも、今後日本に帰ったら適応しなければならなのだが、日本社会の中だと、ますます老けを意識させられそうで、自分の将来についての選択を考え込んでしまっている自分が今いる。

上海の地下鉄で音声認識自動券売機を発見

 先日、上海虹橋国際空港の第二ターミナルの駅において、なんと音声認識で地下鉄のチケットが買える券売機を発見した。

 普段は上海公共交通カードを利用しているので、チャージ専用端末ばかり使用して券売機に近づくこともなく気が付かなかったのだが、どうやらあとでネット調べて見ると、昨年の5月には上海に登場していたようだ。

 何故、この音声認識券売機に気が付かなかったと言えば、上述の通り日常は上海公共交通カードを使用しているのと、この音声認識タイプは全駅にあるわけではなく、一部の主要駅にしかないため目にしなかったということになる。
 確かに空港高速鉄道のターミナル駅のような、外地から人が流入するような場所でなければ需要は少ないとも言え、日常から上海で暮らす人にとっては交通カードやスマホ決済が普及しているので、必要ないのである。

 さて、この音声認識券売機が実際どんなものかと面白がって近づいて実験してみる。

 こちらも正確な発音に自信がないため、比較的安易に発音できる駅名から試してみることにした。

 音声認識モードへの切替へのボタンにタッチして、画面が聞き取りモードに変わる。

音声認識券売機の認識モード

音声認識券売機の認識モード

 「静安寺(ジンアンスー)」と発してみる。

するとすぐに画面が切り替わり、静安寺駅までの運賃が表示される。
また、支付宝Wechatなどの電子決済マネーにも対応しており、現金がなくてもチケットが買える。

静安寺までの運賃表示

静安寺までの運賃表示

「おおー」

面白がって、何度も挑戦したが、結構うまくいく。

 このシステム、よく見ると駅名だけでなく、主要スポットを伝えると最寄り駅までの経路及び運賃までも表示してくれるらしい。

 もちろん、これも試してみる。

 「東方芸術中心(ドンファンイーシューチョンシン)」

と発声してみると、見事「上海科技館駅」までのルートが示され、それに納得すると、上海科技館駅までのきっぷを購入するための画面に切り替わる。

 「おおー、凄い」

こういった単純なことに感激してしまう。

 恐らく高機能スマホが普及した現代となっては、それほど技術的に難しいものではなく、音声認識のインターフェイスで認識した文字情報で、駅名や地名を検索させ、ヒットした情報で、券売機の販売情報に接続させただけのことである。

 まあ、通常の券売機よりそういったフロントの部分の作り込みの分だけ少しコストがかかると言えばその通りだが、スマホの音声認識機能を考えたら地下鉄用の特注だとしても、そんなにコストはかからないだろう。
 
 ちなみに外国語でも通用するのかどうか試そうと
「Airport(エアポート)」と発してみたが認識してくれなかった。

まあ、私の英語の発音が悪い原因もないとはいえないが、恐らく外国語は認識されないだろう。
日本語は試さなかったが、やはり駄目だろうに思う。

とにかく、日本ではテスト段階の話しか聴いたことがないこの音声認識券売機だが、上海では実用化されていることになる。
 ちなみに顔認証システムもテストが始まっており、一部駅で実験が始まっている。
 

顔認証改札システム

顔認証改札システム

これらが日本で何故まだ実用化されないかを考えると、まず周囲の雑音や方言、男女や年齢による癖などの問題で、認識制度を上げることが難しいのでは思われる。

 またカナにすると同一駅名や似た駅名も多く、上海地下鉄のような500程度の駅名しか扱わない環境と比較して、音声認識と検索に対する要求が中国語より高いためなかなか実現に結び付かないのであろう。

 何より日本の場合は、完璧を求める要求が高いため8割でOKということにならないのだろうと思われる。

 まあ、中国で先に実現したからと言って、日本が技術の面で後れをとっているとは即座に感じるわけではないが、「まずやってみよう」という精神の分だけ先にに実現したこの音声認識券売機だという気がする。

日本人は正論に自信を持ちすぎる。

 日本と韓国の間で貿易優遇国の措置を巡って大きく揺れている。

 従来から、日本と韓国の間には沢山の火が燻っていたが、それが一挙に噴出したという印象である。
 まあ個人的な意見で言えば、私も日本の措置は当然の対応のように思えるし、日本語情報しか読んでいないバイアスはあるが、その範囲から考える限りにおいては日本の方が正論と感じるので支持はする。

 とは言え、どうも日本側はその正論に自信を持ちすぎるような気もしている。
 自信を持ちすぎるが故に、丁寧な説明を怠っているような気がしており、その為に今回必要以上に韓国側の反応を大きくしてしまっていると感じられるのである。

 例えば、韓国併合の経緯に関して言えば、日本は不当な併合ではないと突っぱねるだけではなく、当時現地には不満を感じる民衆もいたが、当時の朝鮮側の政権側と正式に結んだものであり強引な併合ではなかったことを、丁寧に根気よく発信していく必要があるだろうに思う。
 複雑な状況を含んだことを単に「合法的な併合であった」と片付けるだけでは、説得力に欠けるのである。

 そして日韓基本条約の請求権協定に絡む徴用工問題も、「もう解決済み」と一言で片づけるのではなく、上記の併合の歴史からの歴史的経過や日本の敗戦による統治放棄による経済協力金の5億ドルが個別補償の代わりに韓国に渡され、その後の補償制度は韓国政府に委ねられた約束になっていることを繰り返し丁寧に説明し、これを目先のポピュリズム的な現政権ではなく、韓国国民自身に理解をしていただく必要がある。

 こういったところを丁寧に根気よく言葉にして、向こう方やこちらの記事に拾っていただくことによって、じわじわと問題の本質というか論点が整理され、お互いの考え方が見えてくる面があろうに思われる。

 それに、向こうは向こうなりの判断基準というか、我々とは考え方の違う正義基準というものを持っている。
 上述のように、我々は日本人であるがゆえに、ほとんどが日本語のソースによって得られた情報もとに、物事の是非を判断しているのであるが、それらは日本語に翻訳する人の意図が十二分に含まれていることを忘れてはならない。
 どんなに公平に扱おうとして、人間誰しも身びいきがあり、日本語を書く日本人は、日本人を良いように扱ってしまうので、日本人が正しいのだという文章が出来上がってしまう。

 韓国側も然りで、韓国語で記事や意見を書く人もやはり身びいきで文章を書いてしまう現実があり、結局は言語の壁が自分たちを良い印象にしか書いていない文章しか読まない状況を生んでいることになり、お互い自分たちが正しいと思い込むのである。

故に本当の意味で公平な文章や記事というのは書かれにくく、そこが分離の生まれてしまう原因となる。
さらに過去のことのみならず、日韓にとって第三言語である英語でアメリカの高官が発したとされる言葉も、結局は日韓でお互い都合の良いような解釈で翻訳している現実があり、やはり公平な基準を作れなくなっているのである。
それ故に自分たちの正論に自信を持ちすぎる面が生まれてしまう。

 この日本人の正論に自信を持ちすぎる態度というのは、日韓関係のみならず中国に進出した企業における現地の会社運営において見て取れる。
 現地からの工場撤退において、法律既定の退職金を払ったのに、従業員から不満を持たれ、工場で囲まれてしまうといったトラブルはよく聞かれる。

 日本人責任者は、退職金を払ったのだから法律的に問題ないという正論をかざすのだが、解雇される従業員にとっては、その法律規定は最低ラインとして考えてしまうので、誠意としてのその上のプラスアルファを求めるのである。

 まあごね得を狙っているといえばその通りだが、彼らはその後の生活の問題があるので、最低ラインでは誠意を感じられないと考えるのであり、従業員のことを考えるのなら上積みをするのが解雇する従業員への誠意と考えるのである。

 日本人的感覚から言えば、法律ラインが従業員と雇用主の主張がぶつかる中間点なのだが、彼らはそうではないと考えるのである。
 日本人の考える法律基準による方法が条件を満たすので正論だという考え方は、確かに間違いとは言えないのだが、法律による答えだけが正論だけではない解釈もあるのであり、日本人の思う正論が世界共通ではないのである。

 だからと言って相手に妥協すれば良いというものではないのだが、法律などは過去に一度引かれたという意味だけのラインであり、相対的な存在でしかないことを忘れてはいけないのである。
 寧ろ、相手が上積みを求めるならば、こちらもゼロ基準からその正論である法律ラインまで妥協や譲歩した結果であることをきちんとPRすべきであり、そこにも誠意があることを伝えなくてはならないのである。

 一度作られた基準を壁にした構え方は、苦労して生み出したその基準そのものの位置を誤解させる可能性があり、正論を危うくするものだと感じている。
 故に我々が正論と感じているものを絶対とは思いこまず、その結論に至った経緯を丁寧に伝えることがその正論にとって必要なのではないかと私は思うのである。

あの日本向け製品が中国のトイレに?

 先日、某地下鉄駅のトイレを利用した際にとても違和感のある掲示物を発見した。
 それが下記の写真なのであるが、これは化粧室内のベビーチェア利用者向けのいわゆる多言語表記の説明書き掲示である。

ベビーチェア注意書き

 日本語のほかに英語、ハングル、中国語で説明書きが書かれている。

 まあ日本国内から私のブログを読んでくださっている方々にとっては、この表記のどこに違和感があるのだとおっしゃられる方もおられるかもしれない。
 近年の訪日観光客の増加で、日本の公共施設にはこういった多言語表記の掲示が増えているからである。

 しかし、この表示をもう一度よく見て欲しい。

 中国・上海の駅のトイレの掲示であるはずなのに、何故か日本語が最初に書かれているのである。
 そして次に英語、3番目にやっと中国語が書かれ、最後にハングルとなっている。

 もしこの駅が特に外国人利用客の多い駅だったとしても、常識的に考えて中国国内の公共施設で日本語を筆頭表記することは考えられない。

 つまりこの掲示物は、明らかに日本国内などで使用されることを目的として製作されたものに違いないとの推測が成り立つ。
 そして、その日本向けの掲示であったものが何故か上海でも利用されているのである。
 
 どうして、この「日本向け製品」が上海のトイレに貼られることになったのかという経緯は分からないが、日系の便器メーカーからの提供か、多言語掲示の準備に迫られた担当者がネットか何かで見つけて日本から買い付けたのかのような理由であろう。
 いずれにしても中国国内では既製品を見つけられず、やむを得ず日本向け製品の導入になったにちがいない。

 しかし、これは考えようによっては便利な使い方である。

 言語の順番にさえこだわらなければ、この多言語併記の掲示物は日中韓の3か国や英語圏の国々でも使いまわしが出来るからである。

 まあ欧米ではアジア言語より他の欧米系言語の併記の方が便利かもしれないが、アジア圏ではかなり使えそうである。
 思わぬところで発見した「日本からの輸入品」ではあるが、これもひとつのビジネスヒントになりうる商品だという気がする。

中国でルート検索やタクシー運賃予測に便利な百度(バイドゥ)の地図

日本だと、交通機関のルート検索などはGoogleマップなどの活用が一般的なのかなと思うが、中国だとインターネットの環境の都合で、Googleマップは使用できない。
しかし、中国国内では百度(バイドゥ)の地図で、ほぼ同様の検索ができる。
(パクリという意見は今回横に置いておいて、、)

●百度マップのアドレスhttps://map.baidu.com/

というか、本音を言えば私自身はGoogleマップが便利に普及してし始めた頃に上海に来てしまったため、本当の意味でのGoogleマップの使いこなしは知らないのだが。

でこの百度マップは何ができるかというと、Google同様に地点検索はもちろんのこと、A地点からB地点までの各交通機関のルート検索が可能になっている。
しかも、各交通機関の運賃まで計算される。

百度MAP検索

鉄道など公共共通機関に関する費用算出はたしかGoogleマップでもできていたと思うが、百度マップはタクシー運賃まで算出できる
まあ、ルート距離にタクシーの運賃算出を付加したものなので、そんなに複雑な機能ではないだが、知っておくと便利だし、よく利用させてもらっている。

百度MAPでタクシー検索

さらにこの百度地図が日本人にとっても便利なのは、日本語漢字で入力しても対応してくれるということ。
つまり日本語漢字で入力しても中国簡体字を基に、地点の候補を表示してくれる。

例えば「東」は簡体字だと「东(dong)」の表記になるのだが、東と日本漢字で入力しても検知して「东」で検索してくれる。
故に簡体字のピンインを知らない地名でも検索が可能である。
但し、駅という表記は中国では使用せず「站」となるので、駅を検索したいときは站と入力するか、「駅」を省略した駅名のみを入力を検索するほうがいい。

ちなみに英語での入力を試したところ、地図データが英字で登録されているような施設以外は反応せず、空港など国際性のある場所でさえ実用に耐えるレベルでは使えなかった。

やはり漢字利用にとどまるようである。

このような利用条件のもと、移動時間などを検索すると、大よそ正確な値が示され、その情報に沿った行動するとほぼ時間通りに行動できる。
仕事上で、初めて行く場所の客先の場合は、ほぼこの百度マップを利用している。

ただしルート上にバスが含まれてしまう場合は、バスの運行頻度に不安があるので、その運行頻度の想定分だけ保険をかけて時間を余分に見る必要があるが、基本的にはかなり正確な時間が算出される。

またこの情報はショートメールなどへも共有が可能で、スマートフォンではないガラケーや、移動中の外部での通信量を抑えたい場合などはテキスト保存できるので便利である。
まあ多少の中国語の理解力や入力の知識(ピンインなど)は必要だが、中国で移動される場合はぜひご利用いただきたい。