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どうやら茨城空港から中国国際航空が撤退したらしい。

 以前のブログで、中国国際航空(CA)が杭州―茨城線の路線を就航させ、驚きであるようなことを書いたが、どうやらあっという間に運航停止となってしまったらしいことを発見した。

茨城空港の公式サイトを見ると5/26から運航停止ということが正式に発表されている。

CA-IBARAKi

 永遠に廃止となったのか、一時的に休止なのかは分からないが、とりあえず客足が無くなったということで運航停止となったのだろう。

 まあ考えてみれば3月に就航して5月下旬に運航停止というのは、花見観光客や5月連休のお客をあてこんだ季節便的な意味合いが強いと察せられ、今回その役割をとりあえず終えたということにほかならない。

 今後、夏休みなどの多客期に復活するのかどうかは不明だが、6月は日本が梅雨に入り観光シーズンではない淡期になるため、少なくとも6月いっぱいの復活は無さそうである。

 そもそもこの中国国際航空は茨城空港に似合わない航空会社である上に、週末土日の2便というダイヤは使い勝手が悪く、繁忙期の臨時便以上の役割は担えないのだと察する。

 このようにキャパはあっても自衛隊の制約が大きく共産圏の航空会社を受け入れがたい空港というのは何とも皮肉である。

その代わりといっては何だが、7月に韓国のジンエアーによる済州島へのチャーター便ツアーと、ベトナム航空によるベトナム・ダナンへのチャーター便ツアーがそれぞれ一回ずつ実施されるらしい。

上海浦東空港のベトナム航空機

上海浦東空港のベトナム航空機

 恐らく今後の定期便就航に向けたお試し誘致の意味合いもあるだろうと察せられ、盛況なツアーとなることを期待するばかりである。

まあ爆買いなどの訪日中国人ツアーも一時のピークを過ぎたとも言われるが、まだまだ茨城空港には多くの商機があると思われ、外国の航空会社受け入れだけでなく、日系の航空会社と組んで世界の空と結んでほしいものである。

D案の朝顔のエンムブレム候補

 昨年大騒ぎになった2020年の東京オリンピック・パラリンピックのエンブレム問題だが、先日ようやく新たな候補作品が4作品が発表され、間もなく正式なロゴが選出される段階になっている。

エンブレム候補作品

エンブレム候補作品(引用元

 まあ私もこのエンブレム問題については何回かブログで触れているので、こういうことを言ってしまうと矛盾があるだが、そもそもエンブレムなどオリンピックにおいて主役でもないので、騒ぎすぎるのもおかしいという気がしている。

 つまり元々はそんなに力を入れて選ぶものでも無いのであって、盗作とかよほど恥ずかしい作品でなければ特に気にする必要はないのである。

 参考までに過去のオリンピックのエンブレムを振り返ってみたが、確かにどれも記憶にはあるが、強烈に印象に残るような名作があるわけでもなく、つまりその程度の存在でしかない。

歴代オリンピックエンブレム

歴代オリンピックエンブレム(引用元

 そういった意味で言えば、まあ今回の候補作品も招致ロゴほどインパクトはなかったものの、どれも無難である印象である。
 それ故に、この候補作品の中からどれが選ばれても恥ずかしいものとはならないはずなので、後はどれかを選ぶだけであり、もうこの問題が長引くのは良くないと感じている。

 それよりは聖火台や神宮球場問題など、解決しなきゃいけない問題が噴出しているのだから、納得いく形でどんどん手際よく進めてほしいのである。

 と、書いてはしまったが、ネットであのように4点の候補作品が並べられてしまうと、やはり私も気になってしまう。
 私が、かの候補作品の中で気に入ったのはD案の「朝顔(あさがお)」モチーフの作品である。

 その理由としては、やはり花がモチーフであることが大きい

 さらに朝顔は江戸文化の象徴でもあり、夏の花の代表格の一つ(俳句としての季語は秋らしいが)でもある。

 故に夏のオリンピックの象徴としては夏に咲く朝顔はとっても似合う印象なのである。

 もともと私は以前からブログで書いているように今回の東京オリンピックには「花」が切っても切り離せない存在であるという印象を持っており、やはりエンブレムにも花を描いてほしいという希望があった。
 そこに、この朝顔モチーフの候補作品が登場したのだから、私個人としてはほかの作品は選択肢としてなくなったのである。

 もちろん日本の代表的な花と言えば桜が一番であり招致ロゴも桜を取り上げていたのだが、今回は夏のオリンピックであり、桜のイメージ自体もの実は明治政府の恣意的な姿である可能性もあるわけで、桜では相応しくないという印象も持ち始めていた矢先であったから、なおのことこの朝顔がしっくり来た。

 また朝顔は品種も豊富でそれぞれが個性豊かで、色とりどりである花であることも、単一種のソメイヨシノよりオリンピックに相応しい花である印象となっている。

 しかも朝顔はその名の通り朝咲く花であり、今回真夏に行われる東京オリンピックでは恐らく日中を避けて早朝に実施される競技もあるはずで、そういった意味でも似合う花と言える。

 また東京周辺の多くの人が恐らく小学校の時に朝顔を育てた経験があるはずで、非常に親しみのある身近な花でもある。

 そういった花だからこそ東京オリンピックに朝顔のデザインが使われるのは意味があるという気がする。

 まあ一部の意見では、朝顔は中国原産だから日本ぽくないのでエンブレムに相応しくないという人もいる。
 確かに中国でも朝顔は「喇叭花」と呼ばれあちらこちらに普遍的に咲いているが、しかし中国ではそれほど特別な存在の花になっているわけではなく、沢山ある花の一つでしかないという気がする。

 それに比べ江戸にとっての朝顔は江戸時代に二度もブームが起きるほど品種改良が盛んだったと言われ、着物や浴衣の柄にも良く取り入れられているほど象徴的な花なのである。
 さらに夏に暑さを凌ぐために簾に朝顔の蔓を這わせ、自然の遮光壁を生み出す知恵は見事であり、古き良き江戸の風景をも作っていた存在なのである。

 こんな江戸文化に深く関わっている朝顔を是非オリンピックでも東京を象徴する花として、エンブレムにもやはり使ってほしいというのが今回の私の強い個人的希望となっている。

ソメイヨシノ桜は明治政府のプロパガンダの名残?

2011年4月上野公園(花見)

2011年4月上野公園(花見)

 東京で開花宣言が行われ、上海でも各地で桜の花が綻びる季節となった。

 この桜の代表格とされているのが日本のソメイヨシノであるが、先日ラジオでちょっとビックリするような知識を聞いて驚いた。
 それはまず日本のソメイヨシノというのは1本の元木から挿し木で増えてきたクローン種でどれもDNA的には全く同じものだというのである。
 これに対して一般の山桜や大島桜などの品種は、人間の各個人のDNAが違うように系統はあっても全てが別の遺伝子を持つ存在とのことである。

 つまり、日本全国にこの季節に咲き誇るソメイヨシノは全て同じ元木のクローンであり、それ故に全国で同じ場所の桜は同じ時期に一斉に咲き一斉に散るという現象が発生し、日本の春の桜の風景となるようだ。

 しかし、ソメイヨシノはこういった独特な品種であるため自然繁殖出来ず、ソメイヨシノであり続けるには永遠に人の手で挿し木を行っていかなければならないという。

 逆に自然繁殖では別の品種と交配するしかないので、似た品種は出来ても同じものにはならないとのこと。

 ソメイヨシノはこんな特殊な品種にも関わらず、全国津々浦々の学校などに植えられて日本を象徴する風景と呼ばれる状況になっている。
 しかしよくよく考えれば南北に長い日本でこういった同一品種が全国に同じように植えられているのはちょっと不自然とも言える。

 実はこういった日本の桜の風景が生まれたのは明治以降の話らしく、それ以前は同じ桜でも山桜系など多様な品種がそれぞれの地域に、それぞれ自生しており江戸時代までは全国一様の桜の風景ではなかったようなのだ。

 それが今のようにソメイヨシノが桜の大半を占めるようになったのは、明治政府が積極的に全国の各学校や公園に植樹したからだと言われる。
 日露戦争の戦勝記念とか、天皇即位とか皇子誕生とか結構国家行事に絡んだ場面で植樹されていったようなのである。

 このあたりの詳しい経緯は調べ切らなかったが、恐らく日本の国民が天皇の臣民とされた明治において、江戸時代から分権的な藩政国家でなく「日本」という中央集権国家のイメージを醸成するために、ソメイヨシノという桜が選ばれたのではないかと考える。

 すなわち、同じ時期に一斉に咲き一斉に散るというイメージを共有させることによって、「日本」という郷土は一体なのだというイメージを固めるのに役立ったのではないかと思われるのである。

 さらに、ソメイヨシノが一つの品種のクローンであることは、天皇の下に等しく仕える臣民であれというようなイメージと共通するような面があり、そういった意味で戦前の政府は積極的にソメイヨシノを全国に展開していったのはないかという気もする。

 逆に言うと、多様性を生み出すようなその他の桜の品種の植樹は望まれなかった訳であり、多様性を排除する状況がソメイヨシノの拡大にあったとも言えるのである。

 このソメイヨシノの拡大の結果、実際例えば「同期の桜」のような軍歌に代表されるように、桜は軍人たちや日本の心のように謳われることになる。
 散り際の潔さや美しさが、桜の咲く土地に生きる日本人の心だと感じ、心を打つというようなイメージになったのである。

 しかしながら、こういったソメイヨシノが拡がった時代の背景を考えると、ソメイヨシノに代表される日本の桜の風景は、戦前の国家プロパガンダと強く結びついた影響の名残ということになり、それ故に意図的に演出された日本のイメージだということもできる。

 昭和になり戦争は終わったが、そういった桜によって意図的に演出された「日本」というイメージは現代にも続いていて、戦後も積極的にソメイヨシノが植樹され、ますます桜による「日本」のイメージ演出が加速する。
 故に戦後生まれの私もそういった「日本」のイメージの中で暮らしてきており、桜は日本のイメージとして生活をし愛着を持ってきたのである。

 しかし、この当たり前のように毎年咲くソメイヨシノの桜の風景が、実は明治政府の富国強兵や軍国主義的なプロパガンダの演出の名残かもしれないと知ると心は結構複雑である。

 もしかすると明治政府が何もしなかったならば、本来の江戸以前から続く多様な桜の風景があったのかも知れず、現代に多くの人が考える「日本」だの「日本人の心」だのと言われる部分も、もっと違うものになっていたかもしれないからである。

 まあソメイヨシノに罪はないが、全国で一斉に同じ花が咲くという風景は考えてみればちょっと異様な光景であり、不自然な演出された風景だということに気づく。

 そしてこの不自然さに気づいてしまうと、どうもソメイヨシノではない桜の風景を取り戻すべきではないかと考えてしまうのであり、明治政府の影響を排除した日本本来の自然な多様な風景を探したいと言う気がするのである。

オリンピック招致ロゴと「世界に一つだけの花」

 2020年の東京オリンピックのエンブレム問題が一昨日ようやく終結を見た。

 デザイナーの佐野研二郎氏については、現在世間で十分叩かれていると思うので私から改めて言うことはないが、私は元々あの選ばれたデザインそのものが躍動感や人間味にかけ、オリンピックとパラリンピックのエンブレムに相応しくないと感じていた。
 過去の歴代オリンピックマークに比べても非常に貧相であり、かつ権威主義的な威圧の意識がそこに見えたからである

 まあ実際の疑惑の白黒はともかく、今回白紙撤回されることになって今は世間同様にほっと胸をなでおろしているのが正直なところである。

 で、改めて新しいエンブレムを探すことになったのだが、実は世間の多くの人が発言しているように私も招致ロゴが活用できないかと感じている人の一人である。
 もちろん改めて公募することに異論はないのだが、あの招致ロゴはなかなか秀逸な作品だと感じており、招致だけで終わらせ今後活用できないのは非常に勿体ないと感じる。

 かの招致ロゴはサクラの花がちりばめられ、着物の柄のように色遣いも艶やかで非常に華があるうえに、江戸的な雰囲気を十分携えており、何よりあの流行語ともなった日本的な「おもてなし」の心を感じる人の心を惹きつけるデザインだと思う。
 見るものの心を和ませ、非常に清々しさを与えてくれるのである。

 こんなデザインはオリンピックに限らず、過去にあそこまで惹きつけられるものにはなかなか出会ったことがなく、このまま過去の遺産にしてしまうのは勿体ないのである。

招致ロゴと作者の島峰藍さん引用元

招致ロゴと作者の島峰藍さん
引用元

 そして、このロゴを見て思い出したのは日本のアーティストSMAPが歌って大ヒットした「世界に一つだけの花」の歌である。
 かの曲は一アーティストのヒット曲に留まらず、2003年の発表から10年以上経っても老若男女問わず幅広い世代で愛されており、個人の趣味の多様化によって国民の大衆曲がなくなったいわれる現代においても稀有な存在である。

 まあ歌詞が重要な意味を持つので、言葉の壁もあって国際的展開はそれほど強くないが、外国人がこの歌を楽しそうに歌っている姿もYOUTUBE等にアップされており、文化の壁を越えて外国人の心をもとらえている印象がある。

 で、この歌で歌われる「ナンバー1にならくてもいい、もともと特別なオンリー1」という歌詞は、一人一人が自分を輝かせるために一生賢明に努力するイメージを彷彿させ、これがオリンピックに挑戦したり参加したりする人の姿と重なる印象がある。

 もちろんオリンピックは世界ナンバー1を目指す大会ではあるが、金メダルを取れなかった参加選手が皆がっかりしているわけではないのであり、自己ベストを尽くして十分満足して国に帰る選手も大勢いる。

 そういった姿がこの「世界に一つだけの花」の歌詞に表現されているような気がしており、そんな「オンリー1」が集まるオリンピック・パラリンピックゲームを象徴するロゴとして、やはりあの招致ロゴは秀逸であるような気がするのである。
 そう、つまりあの花は東京のおもてなしの心を体現するとともに世界の人々が集う時間空間を表す意味も含まれているのであり、その意味で非常に秀逸なデザインなのである。

 今回かの招致ロゴを眺めながら「世界に一つだけの花」を改めて聴いて5年後の東京オリンピックに思いを馳せてみたが、非常に心を熱くさせるものがあり不覚にも涙をこぼしてしまった。

 今日某国では過去の戦争の歴史を記念して、軍事パレードのようなキナ臭いイベントが行われているようだが、日本としてはその向うを張って力で対抗するのでははなく、かの招致ロゴのようなもっと懐の深い大人の度量の構え方をして欲しく、それが日本として誇りある態度だという気がする。

 是非とも世界中から「世界に一つだけの花」を集め大きな花束を作る、そんなオリンピック・パラリンピックにして欲しく、それが東京の世界に誇れるオリンピックホスト都市としての構え方のような気がしており、それ故に是非あの招致ロゴをエンブレムとして使って欲しいという気がするのである。

 報道によれば、IOCの規定で「エンブレムは招致ロゴに取って代わるもの」などと定めているらしく、続けて使えないというのがオリンピック組織委の見解らしいが、おそらく本番の商業圏を守るための規定であり、デザインが使えるかどうかは問題の本質じゃない気がする。

 故にスポンサーに対する商業権の保護さえ明確に守れるような対処さえすれば、私はあの招致ロゴをエンブレムとして使用することは可能であると感じており、あのロゴの活用なら国民の大半が納得できる結論になるという気がする。
 つまり心意気と意味を伝えてIOCを説得すれば覆せる可能性がある気がしており、そういった行動力と熱さを組織委には求めたい。

 オリンピックの開会式で、あの花のエンブレムや花にちなんだ演出・装飾をバックに「世界に一つだけの花」の大合唱が世界中に届き世界の人が一緒に歌ってくれる姿を想像すればするほど、胸が熱くなるものがあり、オリピックのホストとして誇りが持てそうだなという気持ちになれるのである。

すごい暴風!でも桜は満開の日本

昨日、一年以上ぶりに日本に一時帰国。
 母親の誕生日に合わせた!といえば格好いいが実のところ桜にあわせて帰ってきたというのが本当のところ。
もちろん、親孝行はせねばならぬのでそのために一日早めて帰国したのではあるが。。。
 で、今日の関東地方は物凄い強風。

昨晩からその傾向は現れていて、ゴーゴーという風音で寝つきが悪かったほどすごい風になった。

「やばい、これでは桜が散ってしまう」と焦った。

 慌てて午前中に親と一緒に近所の桜の名所を回った。

で強風の中の桜吹雪かなぁと半分あきらめ加減で回ったのだが、実際桜の木を見てちょっと驚いた。
なんとこの強風にも関わらず桜はほとんど散っていなかったのである。
それどころか回る先回る先が、桜は見事に満開だった。

八柱の桜

八柱の桜

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この桜の花というのは非常に不思議な花である。

一年に一度たった約一週間だけ花を咲かす。しかも花が満開になるまで雨が降ろうが風が吹こうが花はしっかり耐え抜き満開のときを待つ。
そして見事な満開の花を咲かせた途端に「時を知ったよう」に潔く散り落ちる。
 こんな花、少なくとも自分は桜以外知らない。

この桜の花を見ていると、桜の忍耐力と潔さが、日本人独特の国民性を育んできたのではないか?そう感じてしまう。
 武士道などに言われる潔さはこの花に通じるものがある。

日本の郷土に生まれし人は、この桜を毎年見て育ち、故に日本人はこの花を愛し、日本中どこにいっても桜の木は大事にされている。

外国暮らしが長くなってもホームシックにはあまりかからない自分であるが、この桜に関してだけはしばらく見ないと実に寂しく、改めて見ると実に愛おしくなる。