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上海浦東国際空港行きリムジンバスが路上で炎上して黒こげ

中国語のニュースを見ていたら先週の夕方に大変な事故が起きていたのを発見してしまった。

上海虹橋国際空港から上海浦東国際空港へ向かうリムジンバスの機場一線が、8月30日の夕方に、走行中に発火し炎上した事故を起こしていたようだ。

バス火災を伝えるニュース
引用元

幸いけが人はいなかったようだが、私も良く利用する路線だけに他人事ではない事故である。

記事によれば出火したのは虹橋空港側を出発した直後らしく、高架道路を走っていた時に突然発火したらしい。
そして瞬く間に車両は炎に包まれ。車両は骨組みだけを残して燃え切ってしまった模様。

火災を起こした車両の写真を見ると、窓すらない状態だった。
 恐らく窓はガラスではなく樹脂製なのか燃えてしまたのだろう。

 とにかく、もしこのバスに自分が乗っていたかと思うと非常に恐ろしい燃え尽き方である。

黒こげの機橋一線バスの車体

 実は中国では時々バス火災が起きる。

 昔、知り合いから聞いたところによると、中国のバスは掃除でシートなどを拭く際に揮発性が高く引火しやすい洗剤を使っているような話があり、気温が高いだけで燃えやすく、引火するとあっという間に燃えるようだ。
 さらに塗装の塗料やシート、さらにそのクッション素材などが燃えやすいらしく、日本のバスのように難燃性の高い素材は使っていないという話だった。

外観では日本の車両と同じように見える中国のバスは、思わぬところで差があるようで、今後はバスに乗車する際は気を許さず乗るようにしたいという教訓になった事故である。


中国人は火事より泥棒が怖い?

 中国に来たての日本人にとって、中国の住宅地域を歩いていると目に入ってくるのが、各家の窓枠にはめられた鉄格子である。

鉄格子のつけられた中国の住宅

鉄格子のつけられた中国の住宅

 これは当然防犯用に作られているわけで、外部からの侵入を防ぐために設置されており、どの窓も頑丈にガードされ、まるで檻のようである。

 日本人的感覚で言えば1階や2階の低層階だけならこの警戒心も分からないではないが、5階や6階の部屋まで同様の鉄格子がはめられ防犯対策が行われているのにはちょっと驚く。

 恐らく中国ではスパイダーマンのようにビルを外壁から登る泥棒も少なくないと見え、高層階でもこのような鉄格子がはめられるのだろう。

 しかし、よく考えるとこの鉄格子は防犯対策として外からの侵入を防ぐのに有効だとしても、一方で防災対策としては非常にまずい対応だという気がする。

 つまり外から容易に入れないということは、逆に中からも容易に出られないことを意味し、万が一の火災の際などには素早く逃げられないということを意味している。

 また地震の無い上海とは言われるが、万が一地震が起きた際には、やはりこの鉄格子は脱出を難しくするだろう。

準備中の鉄格子

準備中の鉄格子

 少なくとも日本の建築基準から言えばこの鉄格子は消防法的にアウトで撤去を求められる気がするし、そういった法律がなくても日本人は火災や地震などの災害を意識して生活するので、万が一の際に脱出するのが不可能な構造の家屋に生活するのは非常に嫌がるであろうに思われる。

 まあそこがお国柄というか生活習慣の違いで、木造家屋文化の中で生きてきた日本人と違い、中国人の生活文化は昔から石造りの住宅の文化であり、家の中で火災が起きるリスクと言うものをあまり感じずに生活しているのだろうかと思われる。

 或いは火災など起すはずがないなどという自信もあるのかもしれない。

 地震に対する意識も同様で、常日頃地震と向き合っている日本人と違って、滅多に地震の来ない中国、特に上海では地震に対する心構えなどが全くないようである。

 故に鉄格子のなかにいても脱出できないというリスクを感じていないような気がするのである。

 寧ろそんな災害より中国人達が恐れるのは、やはり自分たちの財産をつけ狙う泥棒であり、よく家を長時間空けるの怖いと言う中国人がいるように、火災などの災害より泥棒と言う人間の方を恐れているのが中国人の実態ということになるかもしれない。

 まあこういった中国人達の泥棒に対する警戒心はよくわかるが、一方でガス爆発や火災で逃げ遅れる人のニュースも時々目にするようになり、鉄格子はやはり両刃の刃であるような気がする。

 しかし、やはり彼らは鉄格子をつけたがる。

 何が生活の一番の脅威か、日本と中国で同じように暮らしている市民であっても、その考え方の基準がだいぶ違うようである。

焼け焦げたビル

CCTV本社ビル

CCTV本社ビル

今日、時間があって先日の元宵節の夜に火災が起きたCCTV本社現場を訪ねることができた。

焼け焦げたビル

焼け焦げたビル

 近くによってみるとまさしく廃墟の様相を呈している。
黒く焦げたというより、100年もそこにほったらかしにしてあったようかの外観だ。
なんとも生々しく気味が悪い。 
 幸い死者は出てないようだが、ある意味、前近代的な習慣ともいえる花火と現代の都市が同居すればこういう結果もありうるという良い見本のような事件である。
 建物だけでなく中国の市民社会が近代化するにはまだまだ時間がかかるかもしれない。
 火災が起きてから今日はじめて雨の日を迎えるらしいが崩れ落ちないかとても心配である。