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なんと、選挙権が消滅した。

 なんと今回の衆議院選挙、なんと私の選挙権が消滅してしまった。

 実は一昨年の春に上海市内で転居していたのだが、私は転居届を出すのを怠っていた。
 そしてそのまま今年になり、夏以降に日本の政局では解散論がくすぶっていたものの、年内は解散しないだろうとタカをくくって転居届を出さずにいた。

 しかし先月14日の野田さんの解散発言を受け、私も他の野党党首同様に泡を食ったのである。

 「わー転居届出してない、どうしよう」

 慌てて解散が決まる当日16日に領事館別館に行って転居届を提出した。
 しかもその時在外選挙人証を提出してしまった。

 今思えばこれが失敗だった。

 その後、待てど暮らせど、在外選挙人証は届かない。

 痺れを切らして先週の金曜日に地元の選挙管理委員会に電話をしてみた。
 するとまだ該当の書類は届いていないという。
ただ、選挙人名簿には名前があるから、選挙権は有り領事館に問い合わせてくださいとのことだった。

 そして土曜日に領事館に電話をするも、投票はやっているはずなのに、週末とあって電話が繋がらず問い合わせができなかった。

 そして在外投票の受付最終日となった今日に電話をして連絡すると、転居届を受け付けた翌日には日本の外務省に発送しているとのこと。

 つまり私の在外選挙人証は3週間近くも外務暑内部のどこかで滞留している状態のようだった。

 そして、領事館の担当者にいろいろ確認してもらったところやはり在外選挙人証が無ければ投票はできないということであった。
 実は領事館では同様の問い合せがやはりあり、その場合は間に合わないと困るから選挙が終わってから提出してくれとの伝えていたとのこと。
 でも、私が領事館で提出した時はそのようなことは何も言ってもらえなかった。。。
 出さなきゃよかったなんて、なんて不合理な。。。

 これで私の今回の選挙の投票権はどうやら消滅してしまったようだ。

「・・・ようだ。」というのは、実は在外選挙人証さえあれば選挙資格には問題がなく、まだ日付に余裕があるので日本へ緊急帰国しての投票や郵送投票などの手段もゼロではない。

 ただ今のところ帰国予定もないため、選挙のために航空運賃もかけられないし郵送にしても、その肝心な選挙人証がなければどうにもならない。 

 うーん、確かに領事館のホームページには選挙人登録まで3~4ケ月かかると書いてあるが、そうはいっても外務省に何週間も書類が滞留するのは時間がかかりすぎる気がする。

 官僚機構側にも色んな事情はあると思うが、候補者は選挙が決まってから立候補を決めても間に合うのに、有権者側は選挙条件は満たしているのに選挙が決まってからでは時間が足りず間に合わないというのはどうも納得がいかない面がある。

 日本の行政官僚の皆様にはもっとスピーディな事務処理をお願いしたいものである。

現実から逃げているだけじゃないか?

 日本の消費税政局が大詰めを迎えている。

 小沢さんが率いる一連のグループが、消費税採決を巡って反対票を投じ、離党して独立し、新党を結成しようとする動きがあると報道されている。

 まあ、増税の法案など確かに国民から見て嬉しくない法案であり、個人的にも素直にハイ賛成だと言えるものではないから、国民に負担をかける増税案には賛成できないという意見は理解できる。

 しかしである。

 国の財政が逼迫しているのは一つの紛れもない事実であり、それに対して何らかの手を打たなければギリシャどころではない状況が迫りつつあるのが日本の現実である。

 個人的には決して消費税増税という選択がベストだと思わないが、何も手を打たないで対応を先延ばしできる時間的余裕は日本にほとんど残されていないのも現実である。

 そんな中で、消費税増税という選択が現時点で実行可能な手段ならば実行するしかないというのが野田首相の判断であろうし、党が壊れるとか壊れないとか、そんな小さなところを言っていたのでは国は守れないという危機意識が無謀とも言える与野党合意での採決強行へ走らせたのであると思う。

 実際、税と社会保障の一体改革という言い方でオブラートに包んではいるものの、年金などの社会保障制度が破綻寸前であることは現実であり、それを救うための今回の増税判断であることは明らかで、それが故に社会に対して破綻寸前だと大きな声を出してはっきり言うのは社会不安を煽るから言いづらいというのが、なんだか増税理由がはっきり言われない事情のような気がする。

 こんな状況の中での今回の小沢さんたちのグループの動きはいささか無責任な気がする。

 国民に負担を強いる消費税増税という方法に反対する意見はそれはそれで理解するが、ならばこの現実の中で、それに立ち向かえる“何か”を別に示さなければならない。

 つまり増税に代わる財出削減策でもいいし、件の埋蔵金による増収策でもいいが、10兆の増税に代われる1兆でも2兆でも財政的な改善手段を示す必要があり、増税に反対するならそれなりの将来的な道筋案が必要だ。

 果たして、彼らはそれを掘り出す努力をしてきたのだろうか?

 野田首相が半年間増税を唱え続けてきた間にそれに対抗する財政改善策を探る時間は十分あったはずであるが、今回の彼らの行動は反対するだけでどうもそれが見えない。

 どうも全体の現実を見ているというより、目先の選挙対策の行動しか考えていない自己保身的行動にしか見えず、国民の為というより選挙のための有権者に対する自分の映り方ばかり気にしての反対行動に見える。

 本来はもし小沢さんたちが本気で反対するなら、本気で野田さんを説得するべきであり、党を割って独立などという行動は実は現実から逃げているだけじゃないかという気がする。

 先日、突然小沢さんの妻の手紙というものが出現したが、あの中で小沢さんが放射能が怖くて逃げたという件があるとされている。

 あの手紙が本物かどうかは定かではないが、本物だとするならば実は小沢さんという人は、勝てる勝負しかせず、競り合う勝負からすぐ逃げるタイプなのではないか、これまでの政局行動などから考えるとどうもそういう気がする。

 今回、自分の考え方があるなら逃げださず真っ向から勝負し相手を説得するべきだと思う。

財政改革に対する期待の誤解

ここ数年、大阪や国内で大阪市のH市長が人気のようである。

 歯に衣着せぬ物言いと行動力が人気のようで、知事時代の財政赤字に対するバッタバッタと行動した対応が庶民に受けているようだ。

 まあ長年の累積した赤字は膨大で、それに手をつけなければ破綻が見えていたから行財政改革を断行するのは決して間違いではないし、そこに府民や市民が期待することは間違っていない。
 
 しかしである。

 その期待には大きな誤解が混じっていることも事実である。

 恐らく、支持者たちの期待には行財政改革が進めば自分たちの暮らしも楽になる方向へ向かうだろうという希望が混じっていると思うが、それは全くと言っていいほどの誤解だということになる。

 自治体の財政改革を単に進めるだけでは、むしろ庶民の生活にとってはマイナスはあってもプラスになることは考えにくいのである。

 何故ならば自治体の財政改革を進めるということは、即ち財政支出が減るということであり、財政支出が減るということは、その減らされる名目が人件費であれ、公共事業費であれ、補助金であれ、とにかく府や市のエリアに対するお金の支出がなくなり、そのエリアでお金が流れなくなることを意味する。

 もちろん働きの悪い公務員や議員に払う給料などはカットされるべきものと考えるのは当然だが、例えロクでもないと思われる人々に払われる給料であっても、その人が生活をしスーパーや買い物をし飲食店で飲み食いする費用が地元に落ちているならば、その分だけ地域経済へお金が流れているわけで、それをカットすることは地元への経済流入がその分だけ無くなるということを意味する。

 それだけ自治体財政と地域経済は繋がっているのである。

 例えば100億円という金額を自治体がカットすれば、単純に言って100億円が地元に落ちなくなるということを意味する。

 当たり前だが、このような単純カットを行なえばその自治体の財政はよくなる反面で地域経済は悪化することになる。

 民間企業の社長ならば、自分の会社が黒字になればそれで十分で優秀な社長という評価になろうが、自治体の長となるとそういうわけにはいかないのである。

 もし財政支出を100億円カットするならば、財政支出以外の方法で同様の規模のお金が地域で動くような施策を取らなければ、その地域の経済は結局悪化することになる。

 このような単純カットはある意味どんな馬鹿な政治家でも出来る単純な施策で、それだけで世の中が良くなるようならば政治家は苦労しないし、最初から財政赤字など積み重ならないはずなのである。

 世の中をなんとか良くしようと補助金などの財政支出に頼った施策を積み重ねた結果出来上がったのが今の財政赤字なのであり、もちろんその中には議員たちの誰かが私腹を肥やすための下らない支出が混じっている可能性があるにしろ、財政赤字になってしまった経過にはそれなりの正義の看板があったはずである。

 それを自治体が代替策なしに一方的に財政カットのみを実施することは、ある意味地域に対する自治の放棄であり、無責任ともいえる行動となる。

 そんな対応施策が見えてこない中で、目に見えて分かりやすい結果として財政カットの数字を見せて行動力をPRする彼らに対して、我々の生活向上への根拠のない期待感を膨らませるのは誤解であり危うい気がする。

 ところでこのような視点で見れば現在野田さんやろうとしていることは理解できなくもない気がしている。

 世論は増税をする前に無駄な支出を減らせと叫ぶ声が大半だと思うが、その中身が無駄であろうがなかろうが国の支出を減らせば上述の論理でその分だけ国内にお金がまわらなくなるわけで、その分だけ青色吐息の日本経済には直接的な打撃を与える。

 ならば実際にお金を動いている部分から救い上げる消費税ならば、経済にそれほど大きな悪影響を与えずとりあえず財源を確保することができ、財政改革を進める余裕がそこに生まれる。

 ここに少し余裕が生まれれば、経済への影響を考慮しつつ代替施策を探しながら財政支出を減らす時間的余裕も生まれるであろうが故に、野田さんは敢えてそういう選択肢へ進もうとしているのではないか、H市長の空虚な躍進を見るに連れ、最近そのように感じるようになった。

 消費税の問題は選挙時のマニュフェストが絡んで、道義的問題でなかなか進めにくい問題ではあろうとは思うが、ギリシャやフランスの選挙結果を見ても分かるように個人の利益だけを欲しがる選挙民の行動というのは意外と無責任だなというのが率直な感想で、そういう面で言えば野田さんは敢えて憎まれ役や道義的違反を承知で進もうとしている姿に本気で国を建てなおそうとする覚悟が見える気がしている。

 まあただ今の内閣の東電の扱いはかなり異論があるので野田さんの施策なら何でもOKというつもりもないのだが、、、


 

労いの言葉の差

 ラジオで聞いた話だが、前首相のKさんの古くからの盟友江田さんが、Kさんについて「人を労うことをしなかった」と指摘していたそうだ。

 これに対し、昨日福島原発の現地を訪れた野田首相が現場で働く自衛隊員に対して「国民や被災者から多くの感謝を受けている。
 
 自衛隊の最高指令官として心から誇りに思う」と述べたという。

 また作業員に対して「心から感謝を申し上げます」とも述べたという。

 この件で野田さんを必要以上に持ち上げるつもりはないが、Kさんに足りなかったのはこれだと、今回の野田首相の言葉に気づかされた。
 まあ野田首相の立場では当たり前の言葉ではあるかもしれないが、前首相が口に出来なかったこの言葉が非常に大きな印象の差を生んでいる。
 この言葉一つで仕事のモチベーションは大いに変わり、組織をまとめる力というのはこの言葉ひとつがあるのかないかなのだと思う。

 まあ私も社内で人に仕事を頼んでやってもらうときは、「ありがとう」の言葉をなるべく言うようにしている。その人のおかげで自分の仕事が成り立っているからだ。
 その言葉を言うか言わないかでどのくらい差があるのかわからないが、そういえばいつも連絡だけでまだ会ったことのないスタッフの対応が少し親しみを帯びてきた気がする。
 人とは不思議なもので気を使われていると思うだけでやる気が出てくる、それはどうやら日本人も中国人も同じであるようだ。

野田さんに決まった

民主党の代表に野田さんが決まった.

文芸春秋の記事は読んでいないので、具体的な政策はわからないが読んだ方の反応ではかなり本気度はありそうで、菅さんの空白の政治に比べれば今後かなり落ち着いた政治が展開するのではないだろうかという気がする。

写真はイメージ

写真はイメージ

 残念ながら、今回立候補した残りの4氏は嫌いではないが、首相としては首をかしげるところも多く、今回野田さんに決まってちょっとほっとしている。

 前原さんは、外国人献金問題は本質的な面ではないので気にしていないがJALや八場ダム、漁船衝突問題など何一つ解決した実績がなくこの時期に首相になったらかなり危うかった気がする。彼の人気の高さが今の日本の国民の危うさでもあると思う。

 海江田さんは泣いちゃった事件もさることながら、電力業界の期待を一身に背負っている点でこの時期の就任は不適切であるし、経産省べったりな点が首相としてはやはり不適切かと感じていた。
 馬渕さんは厚労大臣のときに、組織人事を掌握ができない人柄が露呈して、もし首相に就任したら菅さんよりもさらに悪くなるかも知れないような気がしていたので個人的には論外であった。
 鹿野さんはいい人だけど、ちょっと意志の強さに欠け国を引っ張る力はなかったであろう。

 こうやって結局消去法ではあるが、一番まともな人、ベストじゃないがモーストベターな人が野田さんであったのかと今になって感じる。

 彼は財務省べったりという意見も聞かれるが、為替介入などをみると意外と政治主導がこの人だけ出来ているのではないだろうか?

 まあ経緯はともかく、とにかく決まったからには1分でも早く日本の国のために汗をかいてもらうしかない、震災も原発もまだ終わってないのだから。