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舛添都知事を誕生させた東京都民の責任はないのか?

 東京都の舛添都知事がとうとう辞任を表明した。

 政治資金の公私混同疑惑や、都知事就任後の豪華海外出張などが批難された結果、彼を推薦した与党の自民党や公明党からも不信任決議案が出される公算が大きくなり、結果として自ら先に身を引いたという格好になった。

 特に都知事就任前の政治資金の私的流用疑惑への風当たりが強く、都知事にふさわしくないという都民の声が大きくなったため、辞任に追い込まれたようである。

 しかし、これはよくよく考えるとおかしな話である。

 都知事就任前の政治資金の使い道が問題だというならば、都知事選挙に立候補した際に幾らでもチェックできたはずなのである。

 政治家の政治資金というのは今回疑惑が見つかったように、公に閲覧できるような状態となっており、公開されているものである。

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 それゆえ当然舛添氏の政治団体のものも収支報告書が公開され閲覧できるものとなっていたはずで、言うならば都知事選の際にもそれらの報告書の内容を以って舛添氏という政治家の資質を判断出来たはずであったわけである、

 もし2年前の都知事選の際にそういったチェックがちゃんと行われていれば、当然今回問題とされたような疑惑の多くはその時点で判明するのであり、知事選投票の判断基準となって、恐らく舛添氏は当選できなかっただろうに思う。

 しかしながら、東京都民はこの選挙の際のチェックを怠り、のこのこと舛添氏を当選させた挙句に、後からその選挙前の疑惑を引っ張りだしたマスコミに煽られて騒ぎ、よってたかって叩いて知事から引きずり下ろしたのが今回の結果なのである。

 どう考えても今回東京都民が自ら有権者としての愚かさをさらけ出したような印象である。

 もし今回の件で舛添都知事が問題のある知事だというならば、都知事選挙でチェックを怠った東京都民にも当然責任はあると思われる。

 また当時推薦した自民党と公明党も然りで、都知事就任後の都政だけを批判して不信任とするならまだしも、立候補前の疑惑を一般市民や一般国民と一緒になって批判するのであれば、チェックを怠り推薦した道義から言っても政治のプロとして非常に恥ずべきことである。

 しかもそれが選挙の保身に走って不信任を出す方針に覆ったというのであれば、人としての信義にも欠け、今後かの政党は信用すべきではないという気がする。
 

 ネット上を見ると、舛添氏を罵詈雑言で叩く声が溢れているが、どうも商品の説明書を読まずに被った不利益に対してクレームをつけているクレーマー都民の声にしか見えず、自らの愚かさを自ら晒しているようにしか見えない。

 これから、都知事選挙と参議院選挙が行われることになるが、ぜひ同じ轍を踏まないよう都民には自省が必要だし、責任ある視点で候補者をチェックし投票行動に臨んでほしいものである。

財政改革に対する期待の誤解

ここ数年、大阪や国内で大阪市のH市長が人気のようである。

 歯に衣着せぬ物言いと行動力が人気のようで、知事時代の財政赤字に対するバッタバッタと行動した対応が庶民に受けているようだ。

 まあ長年の累積した赤字は膨大で、それに手をつけなければ破綻が見えていたから行財政改革を断行するのは決して間違いではないし、そこに府民や市民が期待することは間違っていない。
 
 しかしである。

 その期待には大きな誤解が混じっていることも事実である。

 恐らく、支持者たちの期待には行財政改革が進めば自分たちの暮らしも楽になる方向へ向かうだろうという希望が混じっていると思うが、それは全くと言っていいほどの誤解だということになる。

 自治体の財政改革を単に進めるだけでは、むしろ庶民の生活にとってはマイナスはあってもプラスになることは考えにくいのである。

 何故ならば自治体の財政改革を進めるということは、即ち財政支出が減るということであり、財政支出が減るということは、その減らされる名目が人件費であれ、公共事業費であれ、補助金であれ、とにかく府や市のエリアに対するお金の支出がなくなり、そのエリアでお金が流れなくなることを意味する。

 もちろん働きの悪い公務員や議員に払う給料などはカットされるべきものと考えるのは当然だが、例えロクでもないと思われる人々に払われる給料であっても、その人が生活をしスーパーや買い物をし飲食店で飲み食いする費用が地元に落ちているならば、その分だけ地域経済へお金が流れているわけで、それをカットすることは地元への経済流入がその分だけ無くなるということを意味する。

 それだけ自治体財政と地域経済は繋がっているのである。

 例えば100億円という金額を自治体がカットすれば、単純に言って100億円が地元に落ちなくなるということを意味する。

 当たり前だが、このような単純カットを行なえばその自治体の財政はよくなる反面で地域経済は悪化することになる。

 民間企業の社長ならば、自分の会社が黒字になればそれで十分で優秀な社長という評価になろうが、自治体の長となるとそういうわけにはいかないのである。

 もし財政支出を100億円カットするならば、財政支出以外の方法で同様の規模のお金が地域で動くような施策を取らなければ、その地域の経済は結局悪化することになる。

 このような単純カットはある意味どんな馬鹿な政治家でも出来る単純な施策で、それだけで世の中が良くなるようならば政治家は苦労しないし、最初から財政赤字など積み重ならないはずなのである。

 世の中をなんとか良くしようと補助金などの財政支出に頼った施策を積み重ねた結果出来上がったのが今の財政赤字なのであり、もちろんその中には議員たちの誰かが私腹を肥やすための下らない支出が混じっている可能性があるにしろ、財政赤字になってしまった経過にはそれなりの正義の看板があったはずである。

 それを自治体が代替策なしに一方的に財政カットのみを実施することは、ある意味地域に対する自治の放棄であり、無責任ともいえる行動となる。

 そんな対応施策が見えてこない中で、目に見えて分かりやすい結果として財政カットの数字を見せて行動力をPRする彼らに対して、我々の生活向上への根拠のない期待感を膨らませるのは誤解であり危うい気がする。

 ところでこのような視点で見れば現在野田さんやろうとしていることは理解できなくもない気がしている。

 世論は増税をする前に無駄な支出を減らせと叫ぶ声が大半だと思うが、その中身が無駄であろうがなかろうが国の支出を減らせば上述の論理でその分だけ国内にお金がまわらなくなるわけで、その分だけ青色吐息の日本経済には直接的な打撃を与える。

 ならば実際にお金を動いている部分から救い上げる消費税ならば、経済にそれほど大きな悪影響を与えずとりあえず財源を確保することができ、財政改革を進める余裕がそこに生まれる。

 ここに少し余裕が生まれれば、経済への影響を考慮しつつ代替施策を探しながら財政支出を減らす時間的余裕も生まれるであろうが故に、野田さんは敢えてそういう選択肢へ進もうとしているのではないか、H市長の空虚な躍進を見るに連れ、最近そのように感じるようになった。

 消費税の問題は選挙時のマニュフェストが絡んで、道義的問題でなかなか進めにくい問題ではあろうとは思うが、ギリシャやフランスの選挙結果を見ても分かるように個人の利益だけを欲しがる選挙民の行動というのは意外と無責任だなというのが率直な感想で、そういう面で言えば野田さんは敢えて憎まれ役や道義的違反を承知で進もうとしている姿に本気で国を建てなおそうとする覚悟が見える気がしている。

 まあただ今の内閣の東電の扱いはかなり異論があるので野田さんの施策なら何でもOKというつもりもないのだが、、、


 

在外選挙はなるべく平日に

 昨日、日本の領事館の方にお会いする機会があったが、その際今は衆議院銀選挙を控えているので準備が大変だと言っていた。

上海の領事館の管轄エリアで6万人の居住届けをしている人がいるが、そのうち在外選挙登録をしている人は6千人程度とのこと。

子供に選挙権は無いのでそのことを割り引いても、届出の10%とはまだまだ少ない。

 とはいえ6千人である。

 在外投票の投票期間は8月19日~24日の1週間あるとはいえ、領事館をひとつの投票所と捉えた場合、抱える有権者の数は物凄く多い。

 日本の投票所の設置基準がどのくらいの人口当たりで設置されているのかしらないが、3000人以内とかそういう数を聞いたことがある。そう考えると6000人はすごく多い。

 しかも有権者は普通皆仕事を抱えている大人たちだから、結局は土日に集中する。開館時間もそれほど長くないので、時間当たりの投票者数は相当な数に上る。
 しかも領事館に行ったことのある方はご存知かもしれないが、領事館の入場はセキュリティチェックやらなんやらで、結構手間がかかる。

 すると当日長蛇の列ができることが予想され、真夏の炎天下の中投票のために何時間か待たされるかもしれない事態になるかもしれないと、その領事館の方は言っていた。

 故にできることなら平日に来て欲しいといっていた。

 うーん、そう考えてみればその通りである。

 どうしても平日に職場を離れられない方ならともかく、主婦の方などは平日に赴いたほうが賢明かもしれない。

 私もこの話を聞いて、もともと土日に選挙に行くことを考えていたが平日に行こうと考えを改めた。

 平日ならば、のんびりおもてなしができますので、是非平日においでくださいと冗談交じりに領事方は言っていた。皆さん選挙はなるべく平日に行きましょう!