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中国でも何故か3月3日は耳の日

毎日携帯に送られてくるニュースを見ていたら、今日は中国の「全国愛耳日」だという。

あれ?

そういえば日本でも確か今日が「耳の日」であった。

ただし、これはウィキペディアによると
「1955年日本聴覚医学会が創立し1956年に社団法人日本耳鼻咽喉科学会が制定した記念日」となっており、その制定理由は「3の字が耳の形に似ていること」と、「み(3)み(3)の語呂合わせから」となっている。

 つまり日本が制定した理由は「3」という数字の形と、発音から来ていることになる。

 日本のこの由来から言えば、中国のそれはどもうその制定理由が当てはまらない。
 中国の「三」は[san1]と発音するのであり、中国語の耳の発音[er2]とは結びつくものが無い。

 どちらかといえば「二」の発音[er4]が近いので2月2日のほうがいいような気もする。しかしこの時期には中国は春節が来る確率が高いので、記念日として活動を行なうには日がよろしくないかも知れないという事情もある。

 まあ漢数字の「三」ではなくアラビア数字の「3」を世界共通としてみれば、形から耳ということは共通であるとも言えなくもない。

 ちなみにこの中国の「全国愛耳日」は百度百科によると1998年設定されたとはあるが、何故この日に制定したのかという理由は見当たらなかった。

写真はイメージ

写真はイメージ

 まあトドノツマリ、時系列から考えれば日本の「耳の日」をぱくったのではないかという推論が容易に成り立つ。
 もちろんそうはいっても、他のパクリと違ってその制定趣旨にケチをつけるものではない。

 ウィキペディアによると、日本の「耳の日」の制定理由は、
一般の人々が耳に関心を持ち、耳の病気のことだけではなく、健康な耳を持っていることへの感謝、耳を大切にするために良い音楽を聴かせて耳を楽しませてあげるために、あるいは、耳の不自由な人々に対する社会的な関心を盛り上げるために制定された。
とあり、非常に意義のある制定であり、音楽好きの私としても耳は大切にしたいのでその趣旨は設定日がいつであれ、大いに賛同するものである。
 中国の「全国愛耳日」にもおおよそ同じような趣旨が謳われているようだ。

さらにウィキペディアには
「3月3日は三重苦のヘレン・ケラーにアン・サリヴァンが指導を始めた日であり、電話の発明者グラハム・ベルの誕生日でもある。」
 ともあり、この日はそれなりに由緒正しき日のようで中国がこの日を「全国愛耳日」に定めることは何ら恥じる部分がない。

 ただやはり、制定理由がはっきりしないってことはやっぱりパクリったってことなのかなぁと思ってしまう面がある。
 まあ例え日本を真似たのが事実であったとしても、日本を真似たと言えないのが中国人の面子なのであろう。

とにかく今日は中国でも耳の日である!

コピーだらけで役に立たない中国のネット

 中国でいろんな情報を調べるとき、よく百度の検索エンジンを使うのだが、検索結果を見るとどうも全く同じ内容のコピーが目立つ。

 例えばお店の情報を一つ調べるにしても、膨大な量の情報が検索で引っかかるのだが、よく見ると同じ情報がコピーされていて全く同じ文章が表示されている。

 まあ表示されているその情報がそのまま役に立つときはそれで事足りてしまうのだが、営業時間が表示していないなど5W1Hのどこかの情報がかけていた場合、コピーでしかない他の情報も、やはりそのまま欠けた情報となっているので、その穴を埋めるのに非常に苦労することになる。

 つまり彼らはアフリエイト的な部分に夢中ではあっても内容の正確性には関心が低く他人任せ、つまり他所からもらってきたり盗んできたりするだけで、自分の足で調べることをしないのである。

 このように結局は役に立つ情報に辿り着けず、諦めるほかない場合が多々ある。

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 これには中国特有のネット事情、、、というか相対的には日本のネット特殊事情といったほうがよいのかも知れないが、日本の場合は企業や施設の公式サイトがほぼ必ずあって、その会社名や施設名で検索されればその公式サイトがほぼ検索順位1位になるという環境がある。

 日本にいたときはそれが当たり前のことであると思っていたのだが、中国に来ると実はそれが当たり前のことではないことに気付かされる。
 まず、会社や店の公式サイトを持つのは大手企業に限られ、さらに、ネットが対ユーザーの大事なインターフェイスであるという意識が非常に薄かったり、位置づけがよく分かっていない場合が多く、見かけだけ派手で中身がなく、かつユーザーが求める情報に欠けているサイトを多く見かける。
 さらに多くの商店や会社は、自社でサイトを持たず巷のネット運営会社が各スポットを登録し、データベース化しているケースが多く、百度などで検索してかかってくるサイトの多くはこれらの情報サイトだ。

 概ね一つのスポット情報に幾つかのコメントがついているというのがこれらのページの一つのスタイルだが、情報があまり整理されておらず使いやすいとは必ずしも言いがたいし、質問サイトなどは他の二ュースサイトなどからのコピー文書を沢山見かける。
 結局は公式サイトや情報発信元の正確な情報がどこにあるのか分からず、あやふやな口コミのような情報だけが大量に独り歩きしている。

 これらを見ているとコピー文化のお陰で内容的に不足な情報が大量に出回って、情報量の割には全く質が深くならないのが中国のネット文化の現在のような気がする。

 公式情報に対する口コミ的な提供情報はそれはそれで非常に大事な情報なのだが、それらは公式的なきちんと整理された情報があってこそ初めて意味を成すもので、口コミだけが一人歩きするような情報状態はあまり良い状態であるとは言えないのではないか。
 更にこれらのサイトを見ていると実に中国人はあまり情報の整理や管理が上手ではないのではないかと感じる。
 経験不足なのか国民性なのか、、とにかく今の時点では中国人は情報整理が日本人ほどうまくなく、日本人からするとイライラすること然りである。

 しかしこういうところに意外とビジネスチャンスがころがっているのではないか、そんなことを感じつつ日々中国語サイトの役不足に苛立っている。

そもそも国家発展モデルがパクリ

 巷ではPRソングだやマスコットだのテーマ館デザインだの、万博に関する多くの事でパクリ疑惑が指摘されているが、そもそも万博を開催させようという考え方自身が、国家発展モデルのパクリのような気がする。

パクリという言葉が悪ければ模倣と言い換えてもよい。

 今回の上海万博は2年前に行なわれた北京五輪とともに中国の国家的一大プロジェクトとして位置づけられてきたことは多くの人が知るところだと思うが、五輪と万博を重要視するというその戦略こそ、東京五輪と大阪万博という日本の戦後2大イベントを倣ったものだということができる。

 「五輪と万博を機に街を整備し、かつ全国の都市間に新幹線網を張り巡らせ、港湾や空港を整備していくなど基盤を充実させ経済で世界に比肩する国家となる。」

 と、主語をつけなければ日中どちらの国の説明しているのか分からないほど、その発展モデルは酷似している。

 そして最後にはご丁寧に豊かさの象徴としてディズニーランドまで準備しようというのだから、その模倣振りは徹底している。
 
まあ中国という国が、このような戦略をとる背景には日本の戦後の経済成長に対する憧れというか嫉妬のようなものが国家首脳部にあったということは想像に難くない。

 日中間の戦争が終った時点では、両国の経済力にそれほど大した差があったはではないのに、五輪と万博を経てぐんぐん経済成長し世界の中で発言力を増していった日本に対し、大国といわれながら経済の世界では遅れを取った中国は、なんとか日本に追いついて追い越したいと考えていたに違いない。

 それゆえに、日本と同じ轍の戦略をとったのだと想像できる。

日本と同じパターンの戦略をとれば中国も同じように発展できる」そう考えたのだと思う。

 つまり国家戦略をぱくったのである。

 今回の万博の入場者数の目標7000万人が、過去最高だった大阪万博がターゲットにあることから見ても、日本の発展モデルを猛烈に意識していることが良く分かる。

 確かにこれらの戦略はほぼ当を得て、中国はまさに経済大国としての目覚しい発展を遂げつつある。

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 ただ、既に先を歩いてしまった我々日本人からみると、この日本の歩んできた経済発展の歴史は本当に良かったのかと振り返り反省し始めている部分があるので、同じ轍を進もうとしている中国に対してやはり同じように先行きの不安や成長時の歪みの不安を感じる部分はある。

 また40年前に日本が目指していた豊かさの価値観とは違う価値観が、既に世界を支配し始めており、それは上海や中国も例外ではなく、国家が戦略的に目指す豊かさとは違うものを追い求めているのが今の一般市民生活であり、そのズレが今回の入場者数の目標との差異となってそのまま現れているような気がしている。

 今回のテーマである「より良い都市 より良い生活」は、40年前の大阪万博のときであれば、まあしっくり来るものであったかもしれないが、今の時代感覚ではちょっと古臭いと感じるのは、やはり万博の存在そのものが模倣プロジェクトであるからにほかならない。

 時代を見据えた上で、きっちり練られた万博開催であったならば、このようなパクリ疑惑だらけにはならなかったであろうというのが私の推論である。

何故、急に知的財産権保護か

 万博PRソングのパクリ疑惑の際、万博事務局は「中国政府は万博の知的所有権の保護を非常に重視している」との姿勢であることを宣言し、岡本真夜さんに曲の使用許可を申請したことはニュース等で周知のことであると思うが、このニュースで少々疑問に感じた部分があった。

 それは、何故急に今になって著作権保護を強く言い始めたのだろうということである。

 もちろん好意的に見れば、「万博を行なうような国になったので、今後の中国の発展のために、国内ルールを世界標準に近づける必要がある」という政府側の成長戦略の一環の意図があると受け取れる。
きちんと道義的な義務をようやく果たす気になったのかという受け止め方である

 しかしである。
 
 そんなに素直に受け取って良いのであろうかとすこし懐疑的になった。
 この国の人がお金にならないことにそんなに急に一生懸命になるのかという疑問である。
やはりそこには中国人を動かす動機、つまりお金が絡んでいるのではないかという疑問が沸いて来る。

どういうことかといえば、知的財産権保護を強化することによって、中国のどこかに大きな利益がもたらされるだろうという目論見があっての今回の方針強化が謳われたのではないかという見方である。
 現に、今回の万博会場内では、会場内で使用される音楽に対して会場の面積に応じて著作権料が徴収されることになっている。こんなこと今までの中国のイベントごとでは聞いたことがないし、少なくともニュースにはなっていなかったように思われる。

 このように徴収された使用料がそれなりに巨大な金額となることは明らかであり、大きなお金が動くところは必ず利権の温床となり、表立った不正はないとしても利権によって潤う人は必ず出てくるはずである。
 万博に限らず、コピーDVDや偽ブランド品など知的財産権保護によって利益を生みそうな社会状況はそこここに転がっている。
 そういう目論見のもと、知的財産権保護に動き出したのではないかと推測されるのである。

 ただ今までコピー商品に悩まされ続けてきた外国企業にとって見れば、知的財産保護の強化は非常に嬉しいことのように見える。

 しかし、必ずしもそうとは言えないのがこの中国。

 つまり政府納入商品の企業コードを開示するように求めたり、他国の技術を使って作った新幹線を自国産だと言い張る国であるから、知的財産権の保護が外国企業に理不尽な返す刀となってこないとも限らないのである。
 
 さて話を岡本さんの話に戻すが、今回の彼女の曲が開幕式で使われなかったことに対して、被疑者がまだ正当世を主張しており問題がまだ燻っているので敢えて使わなかったという見方が世間ではほとんどのようであるが、私の見方は違う。

 あの曲を使えば、また使用料が余分に発生してしまいお金を岡本さん側に払わなければなくなるから使わなかった、こういう見方である。
 つまりケチ臭い了見である。

 音楽使用料を徴収する以上、それぞれ作曲者側にもお金を払わなければならないが、岡本さんの曲を使えば彼女への使用料が発生する。世界へ報道されたりするイベント規模を考えればその使用料は馬鹿にならない。著作権徴収のルールをきちんと定め、徴収する側を強化する以上、著作所有者側へ払う方も世間が注目しており、ないがしろに出来ないのでここをケチったというわけだ。

 これが谷村新司さんのように本人が出演すれば本人のギャラだけで済んだはずだ。あるいは友情出演ということで渡航費負担だけで出演してもらったのかもしれない。飛行機代とホテル代などスポンサーを絡ませればどうにでもなるであろう。

 こうやってお金を判断基準にすると、中国の知的所有権保護がいかに中国側の利益動機によって決まっていこうとしているのかがよく分かるような気がする。

 ところで、開幕式で使われていたオルフ作曲のカルミナブラーナは、効果的な曲であるが故にどんなイベントでも使いたがるのだが管理が厳しく許可が出にくいので有名な曲である。

 それが今回は使われていたので万博の大義を掲げて利用許諾をとったものだと思うが、まあこの曲を使っているというステイタだけでも国家の威厳を主張している感がある。まあそれにしては安っぽい使われ方だったが、、、。

イベントは人を育てる

昨日書いた万博PR曲の盗作疑惑だが、万博事務局が岡本真夜さん側に仕様許諾を申請し本人がそれを快諾したとのニュースが伝わった。

 事務局としては、万博開幕まであと10日あまりで開会式から何からぎっしりプログラムが組まれている中、あの曲を外してスケジュールを組み直すのはとても間に合わないだろうし、今更新たな曲を探したりする時間的余裕もなく、あの曲を万博の舞台から葬り去ることはとても現実的でなかったのだろうと察する。

 もちろん国の威信をかけて、無理やり曲を探し新たにやり直すことも選択肢としてあったかもしれないが、全体への影響を考えればどう考えても現実的な判断ではない。パビリオン建設の遅れのみならず、開幕からこんなことで失敗してしまうことは、ここに向けて何年も準備してきた事務局にとっては耐えられないことであったのだろう。

 つまり今回何が何でもあの曲を使うしかない状況に追い込まれていたということになる。

 そしてこの状況の打開にはもう正面突破しかなくて、自国の万博PRソングに他国の人間が作曲したものを使うのかというような国内批判を恐れてはいられなくなった。

 幸いにも今回のイベントは「国際博覧会」という世界を紹介するという意義のイベントで、必ずしも自国の国威を掲揚する場ではなかった。
 故に経緯はどうあれ国内向けに外国の曲を使う言い訳は辛うじて立たせることができる。
 さらに、あの曲が彼女の曲であることを認め、正式に利用許諾を申請して盗作ではなく手続き不備の無断使用だったとの形ならば、彼女の曲が公式ソングになるわけで、相手方の顔も立てることが出来、しかも今後は堂々と晴れて曲を使うことが出来る。
 当然そこにいたる途中には国の名誉に対するプライドとの葛藤があったかもしれないが、今回そこを収めイベントの推進者として極めて現実的な判断をしたように思える。

 もちろん岡本真夜さん側にすんなり快諾させるためには、金もそれなりに積まなければならなかったも知れないが、万博にかけてきた費用の総額を考えれば、彼女に多少の利用料を弾んだところで、その程度のお金で名誉が解決でき、万博という大イベントがスムーズに進めることができるなら安いものと判断したのだろう。
 
 今回正式には謝ってはいないかもしれないが中国人が全体のことを考えて誤りを認め、現実的な判断をしたところは素直に評価したい気がする。

 この事務局の人たちは万博準備を通じて、世の中に対してかなり現実的な判断ができるようになったのではないかと想像する。

「イベントは人を育てる」これは私の持論である。