Tag Archives: イベント

3.11イベントへの遠慮

 震災から8年が経ち、日本国内では多くの追悼イベントなどが行われている。
 チャリティコンサートのようなイベントだったり、流し雛のようなイベントなど様々行われている。

 日本国内だけでなく、こちら上海でも東北地方の関係者が色々集まって、イベントが実施される。
 まあ、それらのイベントについては、とても有意義なことであり続けられる限り続けたほうがいいとは思う。

 ただ自分個人としては、そういったイベントごとに参加することに対しては、やや気兼ねを感じてしまう。
 その理由として自分自身は震災当時に既に上海におり、震災を体験していないということが大きい。

 あの震災によって、自分は被災してないし家も家族もほとんど被災してないこともあって、自分は震災の被災当事者ではないという気持ちが小さくないのである。

 まぁ親戚の一部で避難生活を送っているところもあるようだが、亡くなったような友人や親せきはおらず、そこまであの日が自分にとっての節目になったような強い印象がないのである。
 もちろん、被災者の気持ちに寄り添いたい気持ちは十二分に持っていて、彼らの苦しみを感じているつもりだが、毎年のように行われる追悼イベントへの参加となると、やはり心に遠慮が生じてしまう。

 「その場へ足を運ぶ資格が果たして自分にあるのだろうか。」
 
 何の被災もしていない自分がのこのこと本当の被災者たちと顔を並べても、被災者の一人のような顔して同じ時を過ごす資格があるのだろうかと感じていたたまれなくなってしまいそうなのである。

 そういう居心地の悪さの予測が、震災の追悼イベントなどにはなかなか積極的に足を向けられない原因になっている。
 参加しないことも参加することにも何れも胸が苦しいが、今のところ参加しない選択をしている。

 故に本当の被災者の方々には申し訳ないが、この日の震災イベントなどは、外側から静かに応援させていただくことに留めている。 

中国人と日本人の拍手習慣の違い

以前「中国人は拍手が上手じゃない?」というブログを書いたが、最近中国人の拍手の習慣について新しい発見をした。

 それはあるイベントで司会のような役割を頼まれたときのことである。

 中国語が主体のイベントだったので中国人の担当者がまず中国語の台本原稿を書いて、それに対して私が日本語訳をするという形で、準備を行なったのである。
 で、相手の原稿が上がってきて、いざ翻訳をしようして台本を読んでいったときに、拍手の促し方がちょっと違うように感じたのである。
 このイベントはある講演者に語ってもらう内容で、中国語の台本では本人を招き入れる時にまず拍手を促し、さらに講演者を紹介した後に話し始める直前にもう一度拍手を促す内容になっていた。

 実はこの二度目の拍手を促す設定に違和感を感じたのである。

 まあ欧米の慣習は知らないが、実は日本では講演者が話をする直前に拍手を促す習慣はあまりないのである。
 もちろん、遠くから招いたゲストを会場に招き入れる場合は歓迎の意味で拍手を促すことは普通なのだが、スピーチや歌など何かを演じるような場合はその直前は「お願いします」「どうぞ」といった具合でタイミングを与えるだけで、敢えて拍手を会場に要求しないのである。

 もちろんそのまま拍手が起きず静かに始まってしまう場合もあるが、大体は司会者と参加者の決まり事というか、あうんの呼吸で自然発生的に拍手が起きる。
 つまりこのタイミングで、司会者が会場に拍手を促すのは「野暮」なのであり、極端に解釈するとあなたは自然に拍手が起きない人だと言うのと同じで講演者を馬鹿にする失礼な行為と映る面もあり、余計なお節介なのである。

 ところが、中国では社会主義的集団行動の名残りなのか、この自然発生的拍手が上手ではなく、他人から促されたりタイミングを示されないと拍手が出来ないようなのである。

 恐らくはかつて勝手に感動したり表現したりしてはいけない時代があったということであり、拍手は儀礼として決まったタイミングでやらなければならず、中身に感動するとかしないとかに関係なく形式的な儀礼表現として拍手が存在していたのだと思われる。

 つまり階級やゲストという形式的に対して拍手を送る「儀礼」なのだと思われる。
 こういった名残り故か、今回のような中国人の作る進行台本的なものを見ると、やたら拍手を促すタイミングが記され、彼らにとっていかに拍手が形式な儀礼習慣になっているかがよくわかる。

 それ故に前回書いたように、拍手がコミュニケーションの手段として成立ししておらず、中国で行われるイベントが野暮ったく感じる原因となっているようである。

中国人はラグビーにあまり興味がないらしい

 つい先程、ラグビーのW杯の日本対サモア戦が終わり、日本代表が26対5と圧勝し、ついに日本のW杯史上歴史に残る2勝目を上げた。

 ラグビーのW杯で日本は過去24年の歴史では1勝しか上げておらず、長らく全敗で敗退していた時代が続いていたため、初戦の南アフリカ戦に続く勝利で歴史的な結果となったことになる。

 昔から大学ラグビーをテレビで見るのは好きだったが、世界で全く勝てない状況が続いていたので、先日の奇跡の勝利と言われた第一戦も、実は事前には全然チェックしていなかった。

 それ故に先日の南アフリカに対する大金星の試合も全く見ておらず、先日になってようやくYOUTUBEで試合の最後のシーンを見るに至って、遅ればせながら歴史的瞬間を見届け胸を熱くしたような状況だった。
 最後の15分間の攻防の、何度も攻めて防がれても、それでも前に進む姿は多くの方と同様にやはり胸を熱くさせられた。

 ところで、私がかのシーンを最近まで見損ねていたのにはもう一つ理由があった。

 実は中国ではラグビーのW杯の中継がほとんど行われていないのである。

 欧州サッカーの中継は熱心に放送する中国のテレビ局だが、ラグビーはほとんど人気がないためかネット上のサブチャンネル的な枠で何試合かの中継があるだけで、今回の日本対サモア戦のような試合は見つけられ無かったのである。

 寧ろ武漢で行われているテニスの試合のほうが比重が高いくらいで、ラグビーの認知度はかなり低い状態である。

 気になって中国の大手検索エンジンの百度で調べてみると、英語の「RUGBY」で検索すると「RUGBYって何?」って検索結果がずらっと並んだ。(苦笑)

 うーんそれだけ中国人にとってはRUGBYへの馴染みが低いようである。

 さらにラグビーの中国訳である英式橄欖球で調べると、確かにラグビーを説明した内容のページもヒットするが、同時にアメリカンフットボールを示す美式橄欖球も結構出てきてしまい、ラグビーの情報が中国語圏のサイトでは非常に情報が薄い状況であることがわかった。

 また音での当て字で拉格比足球という表記もあるが、これとて調べてみても知識として解説が記してあるだけで、とても中国でラグビーが認知されているような状況は見られないのである。

 慌てて中国代表の世界ランキングを調べてみると、67位と遥かに低い状態で、バミューダとかケイマン諸島とか、位置がどこにあるか分からないような小国より下なのである。(日本は13位)

 まあランキングに掲載されているので競技人口が一応いるということではあろうが、旧イギリスの租借地だった24位の香港よりもはるかに低く、その影響を受けた人がちょっといるだけと言ったレベルなのではないだろうか?

 ことほど、中国でラグビーはマイナースポーツなのである。

 さてそんなに中国という国はラグビーに向かないのだろうか? 

 一見すると中国は人口が多いし、体格も大きなラグビー向きな人も多いような印象も受けるが、「一人はみんなのために、みんなは一人のため」の言葉に代表されるようにサッカー以上に連携が求められるラグビーはやはり中国人たちに向かないのかもしれない。
 確かにチームワークや自己犠牲を伴う行動と言うのは中国人にとって一番苦手な分野であり、ラグビーが人気スポーツとならない理由なのかもしれないというのはこちらに長く住むとよく分かる。

 故に、上海に居続ける私は今回のサモア戦は仕方なくW杯の公式サイトのラジオ中継(英語)のようなものを聴き、映像無しで応援していたのである。
 中国にラグビーが流行る時代は来るのだろうか?