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「相手が悪いんだ」という態度

今更、私が書き出すことではないが、中国人の成長過程の教育の中に「謝る」ということが含まれていないということは中国の生活の中で暮らしていると良く分かる。

 日本の場合は、悪いことをしたり失敗したりしたら「素直に謝りなさい、そうすれば相手は許してくれる」それが繰り返し言い含められてきたのが日本の伝統的な教育の基本態度だと思う。

 また喧嘩をすれば、喧嘩両成敗ということばがあるようにどちらかが悪いとかではなく、結局相手の非を口に出すこと自体が、己を相手と同じレベルに自分を貶めることになるので、それを口に出さずまず己の非を認め謝る。

 相手に非があったとしても己の努力が足りてれば、相手の非を招かずに済んだかもしれない、相手を責める前にまずは己の非を責めよと教わる。それが、狭い国土の中の人間付き合いで育まれてきた人間関係の保ち方であり、これを子供の頃から教わってきた。

 よってそういう日本人同士の関係の中、「相手が悪いのだ」という態度を表に出せば、それは関係の決別宣言と取られても文句の言えないことを意味する。
 
 ところが、中国ではそうではない。
 喧嘩はやられたらやり返せというのが子供に対する教育の基本らしく、それが人間関係の基本となっているところがある。

 つまりそこには「相手を認めて許す」とか「自分の非を認める」という人間関係の保ち方はあまり学んできていない。

 もとから人間関係を保とうなどという前提がなかったのが以前の中国人達の基本姿勢である。

 故に、明らかに自らに非があるような場合でも、明らかに嘘と分かる言い訳を並べたてて自分を正当化しようとする

 または相手に非を押し付けたり相手のアラを探して、自らの罪を軽くしようと必死にもがく。

 これは日本人からみると非常に子供っぽい見苦しい態度なのである。
 つまり大人になりきれていな子供がよくこういう態度を取るということになる。

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 例えば先日の万博PR曲をパクリ疑惑を言われている作曲家がまさにこの態度で、この例では「どんな曲も全く参考にしていない、全て自分のインスピレーションだ」と言い張るだけなら証拠もないので周囲もその偶然性を考慮せざるを得ないのに、ありもしない岡本真夜さん側との約束があってそれを認めない相手が悪いのだなどと振りかざす時点で、明らかに見苦しい嘘であることばれてしまう。

 にも関わらず、嘘でも理由を並べ続け言い続けることが彼の身を守ると信じて非を認めない。

 この態度に対する中国人達の評価はどうなのかは是非知りたいところだが、少なくとも日本人から見ると、この人間がもがけばもがくほど彼に対する評価は下がる。

 まあ一般の人間関係であれば、たとえ決別したとしても修復の必要性がなければそのままにしても良いようなものだが、ビジネス関係にそういった「決別してもいいんだ」という態度を平気でする人間が会社内に紛れ込んでしまうと非常に厄介である。

 そういう人には少なくとも体外的な責任ある立場は任せられない。

 最近の上海では、ビジネス関係の積み重ねが醸成しつつあるので、そのあたりの人間関係の付き合い方が上手になり、そんなあからさまな態度を取る人は徐々に減りつつあるが、それでも時々すぐに「相手が悪いんだ」という態度を表に出すスタッフがいて、やきもきさせられる場合がある。
 そんな詰まらない態度一つで大事な関係を壊わされでもしたら、苦労して人間関係を築き上げながらビジネスを展開しようとしている私からしたら、たまらない行動なのである。

 まあここでは「中国人は」のような主語で書いてしまったが、実は最近日本人と中国人でビジネス意識が逆転している部分があり、国籍だけでものをいえなくなってきている。

 中国人の方が日本人より礼儀正しい場合が多く見られるようになった。つまり経済の逆転とともに日本人の礼儀正しさが失われつつあるのである。

 とにかくビジネスシーンで状況を冷静に分析もせず「相手が悪いんだ」という態度で相手に接するようなスタッフは勘弁願いたいというのが本音である。

何故、急に知的財産権保護か

 万博PRソングのパクリ疑惑の際、万博事務局は「中国政府は万博の知的所有権の保護を非常に重視している」との姿勢であることを宣言し、岡本真夜さんに曲の使用許可を申請したことはニュース等で周知のことであると思うが、このニュースで少々疑問に感じた部分があった。

 それは、何故急に今になって著作権保護を強く言い始めたのだろうということである。

 もちろん好意的に見れば、「万博を行なうような国になったので、今後の中国の発展のために、国内ルールを世界標準に近づける必要がある」という政府側の成長戦略の一環の意図があると受け取れる。
きちんと道義的な義務をようやく果たす気になったのかという受け止め方である

 しかしである。
 
 そんなに素直に受け取って良いのであろうかとすこし懐疑的になった。
 この国の人がお金にならないことにそんなに急に一生懸命になるのかという疑問である。
やはりそこには中国人を動かす動機、つまりお金が絡んでいるのではないかという疑問が沸いて来る。

どういうことかといえば、知的財産権保護を強化することによって、中国のどこかに大きな利益がもたらされるだろうという目論見があっての今回の方針強化が謳われたのではないかという見方である。
 現に、今回の万博会場内では、会場内で使用される音楽に対して会場の面積に応じて著作権料が徴収されることになっている。こんなこと今までの中国のイベントごとでは聞いたことがないし、少なくともニュースにはなっていなかったように思われる。

 このように徴収された使用料がそれなりに巨大な金額となることは明らかであり、大きなお金が動くところは必ず利権の温床となり、表立った不正はないとしても利権によって潤う人は必ず出てくるはずである。
 万博に限らず、コピーDVDや偽ブランド品など知的財産権保護によって利益を生みそうな社会状況はそこここに転がっている。
 そういう目論見のもと、知的財産権保護に動き出したのではないかと推測されるのである。

 ただ今までコピー商品に悩まされ続けてきた外国企業にとって見れば、知的財産保護の強化は非常に嬉しいことのように見える。

 しかし、必ずしもそうとは言えないのがこの中国。

 つまり政府納入商品の企業コードを開示するように求めたり、他国の技術を使って作った新幹線を自国産だと言い張る国であるから、知的財産権の保護が外国企業に理不尽な返す刀となってこないとも限らないのである。
 
 さて話を岡本さんの話に戻すが、今回の彼女の曲が開幕式で使われなかったことに対して、被疑者がまだ正当世を主張しており問題がまだ燻っているので敢えて使わなかったという見方が世間ではほとんどのようであるが、私の見方は違う。

 あの曲を使えば、また使用料が余分に発生してしまいお金を岡本さん側に払わなければなくなるから使わなかった、こういう見方である。
 つまりケチ臭い了見である。

 音楽使用料を徴収する以上、それぞれ作曲者側にもお金を払わなければならないが、岡本さんの曲を使えば彼女への使用料が発生する。世界へ報道されたりするイベント規模を考えればその使用料は馬鹿にならない。著作権徴収のルールをきちんと定め、徴収する側を強化する以上、著作所有者側へ払う方も世間が注目しており、ないがしろに出来ないのでここをケチったというわけだ。

 これが谷村新司さんのように本人が出演すれば本人のギャラだけで済んだはずだ。あるいは友情出演ということで渡航費負担だけで出演してもらったのかもしれない。飛行機代とホテル代などスポンサーを絡ませればどうにでもなるであろう。

 こうやってお金を判断基準にすると、中国の知的所有権保護がいかに中国側の利益動機によって決まっていこうとしているのかがよく分かるような気がする。

 ところで、開幕式で使われていたオルフ作曲のカルミナブラーナは、効果的な曲であるが故にどんなイベントでも使いたがるのだが管理が厳しく許可が出にくいので有名な曲である。

 それが今回は使われていたので万博の大義を掲げて利用許諾をとったものだと思うが、まあこの曲を使っているというステイタだけでも国家の威厳を主張している感がある。まあそれにしては安っぽい使われ方だったが、、、。

イベントは人を育てる

昨日書いた万博PR曲の盗作疑惑だが、万博事務局が岡本真夜さん側に仕様許諾を申請し本人がそれを快諾したとのニュースが伝わった。

 事務局としては、万博開幕まであと10日あまりで開会式から何からぎっしりプログラムが組まれている中、あの曲を外してスケジュールを組み直すのはとても間に合わないだろうし、今更新たな曲を探したりする時間的余裕もなく、あの曲を万博の舞台から葬り去ることはとても現実的でなかったのだろうと察する。

 もちろん国の威信をかけて、無理やり曲を探し新たにやり直すことも選択肢としてあったかもしれないが、全体への影響を考えればどう考えても現実的な判断ではない。パビリオン建設の遅れのみならず、開幕からこんなことで失敗してしまうことは、ここに向けて何年も準備してきた事務局にとっては耐えられないことであったのだろう。

 つまり今回何が何でもあの曲を使うしかない状況に追い込まれていたということになる。

 そしてこの状況の打開にはもう正面突破しかなくて、自国の万博PRソングに他国の人間が作曲したものを使うのかというような国内批判を恐れてはいられなくなった。

 幸いにも今回のイベントは「国際博覧会」という世界を紹介するという意義のイベントで、必ずしも自国の国威を掲揚する場ではなかった。
 故に経緯はどうあれ国内向けに外国の曲を使う言い訳は辛うじて立たせることができる。
 さらに、あの曲が彼女の曲であることを認め、正式に利用許諾を申請して盗作ではなく手続き不備の無断使用だったとの形ならば、彼女の曲が公式ソングになるわけで、相手方の顔も立てることが出来、しかも今後は堂々と晴れて曲を使うことが出来る。
 当然そこにいたる途中には国の名誉に対するプライドとの葛藤があったかもしれないが、今回そこを収めイベントの推進者として極めて現実的な判断をしたように思える。

 もちろん岡本真夜さん側にすんなり快諾させるためには、金もそれなりに積まなければならなかったも知れないが、万博にかけてきた費用の総額を考えれば、彼女に多少の利用料を弾んだところで、その程度のお金で名誉が解決でき、万博という大イベントがスムーズに進めることができるなら安いものと判断したのだろう。
 
 今回正式には謝ってはいないかもしれないが中国人が全体のことを考えて誤りを認め、現実的な判断をしたところは素直に評価したい気がする。

 この事務局の人たちは万博準備を通じて、世の中に対してかなり現実的な判断ができるようになったのではないかと想像する。

「イベントは人を育てる」これは私の持論である。

万博PR曲の盗作疑惑は実は根深い問題

万博のPR曲が盗作を疑われて、使用停止になった。

疑われているのは「2010等你来」という曲で、日本の岡本真夜作曲の「そのままの君でいて」という曲にそっくりだというのだ。

 私も興味をもって両方の曲をネットで探して聴いてみたが、まあ盗作というよりコピーそのものといった感じだ。
もともと限られた五線譜の中を音符でなぞる音楽なので、フレーズ単位で似たような曲が時々出来てしまうのは致し方ないが、今回の疑惑はそのレベルをはるかに超えている。

 AメロBメロからサビまでそっくりである。ここまで似ていれば偶然だという言い逃れは出来まい。

 今回の疑惑について万博事務局は「疑われる曲を使うのは好ましくない」との声明を出し、疑惑については明言避け曲を引っ込めたのだが、責任者は楽曲提供者に恥をかかされたと内心煮えたぎっていることであろう。

 PVに出演したジャッキーチェンをはじめとする中国の錚々たるメンバーも同様に違いない。

 それにしても盗作がほぼ真実であるとするなら、オリンピックの口ぱく事件以上に中国の倫理観を問われる問題である。しかも「口ぱく」のような演技者と歌手が違う演出というのはインド映画などで頻繁に使われている手法であるから、オリンピックの開会式の場で使うのが適正かどうかは別として、演出構成上ありえないことではない。

 しかし盗作というのは全く犯罪行為になってしまうので、これはどうあがいても言い訳しようがない。

 もともと中国はパクリ天国だといわれ、日本のアニメなどのそっくりさんがそのまま放映されているのはよく聞く話であるが、上海万博などという重大な国家プロジェクトここまで大胆に盗作疑惑がかかるような曲を出してしまうのは驚きを超えてあきれてしまう。

 しかも本来関係者は少なくとも、曲が提出された時点で、似たような曲が過去になかったか調べるべきであったのに、今回それすらされていないということになる。

 まあ今回は「ぱくられた」ことが事実であったという前提で話をすれば「ぱくる」という行為に対する倫理観の欠如もさることながら、当事者が盗作であってもばれると思っていなかったところがこの国の状況を現しているとも言える。

 日本人の感覚ならば、名もない歌手の唄ならばともかく、それなりのヒット曲を飛ばしている外国人歌手の歌を真似すれば誰かに盗作を指摘される可能性があるというのは最初から分かる話だと思うのだが、今回盗作をやったのが事実だとすれば、そのばれる可能性を感じていなかったことになる。

 つまりそれだけ世界の情報の伝達力を知らず、社会意識が狭いのが今の中国人と言えるのである。

 しかもそれなりに有名だとされていた作曲家がこの状態なのであるから、それ以外の一般市民に関しては推して知るべきところとなる。

 今回のこの盗作疑惑は単なる一楽曲の著作の問題というより、もっと根深い中国国民の社会認識の問題を露呈したといえる事件という気がする。
原文