Monthly Archives: 6月 2010

「waka waka」にはまって敗戦ショックも飛ぶ

今回のサッカーのW杯のワールドカップの公式テーマ曲として使われているのがコロンビア出身の女性歌手シャキーラさんの歌う「”Waka Waka(This Time For Africa)」である。

シャキーラさん

シャキーラさん(引用元

 なぜアフリカの大会なのにコロンビアの歌手かという問題は、ワールドカップという舞台に免じて許したいと思うが、とにかく私は開幕以来この2週間あまりこの曲のノリにはまってしまい、頭から離れない。

 CCTVで中継されるこれらの試合の合間の、試合のハイライトシーンのバックで流されるこの曲が非常に気持ちいい。

 残念ながら、昨夜の日本代表は敗れてしまいベスト8の夢はかなわなかったが、この曲の明るさというかノー天気さが、敗戦のショックの暗い気持ちを吹っ飛ばしてくれた。

 フランス大会のときのリッキーマーティンの「ザ・カップ・オブ・ライフ」はどこかに国の代表を背負う戦う男たちの人生のような重さがあったが、この「waka waka」はそんな暗さというか悲壮感は微塵もない。

 サッカーを楽しもう、人生を楽しもう、アフリカを楽しもう、そんなノリでどんどん楽しくなる。

応援していたチームが負けてしまった試合の後でも、これが「サッカーさ」「面白い試合じゃなかったじゃないか」「楽しかったよね」とすっきり明るい気分にさせてくれる。

 ネット上で見つけたMVも非常にノリがよく、歴代のワールドカップの名シーンがふんだん盛り込まれており、FIFAの公式曲でなければ実現しなかったほど何とも贅沢な内容で、曲を歌うシャキーラさんはもとより、一緒に踊る女性ダンサー達はセクシーというより、楽しく踊るノリが非常に魅力的だ。

 今後暫くはサッカーやスポーツ関連で使われる定番曲になるのではないか、そんな予感をさせる楽しい曲である。

原文

春秋航空の茨城・上海線の運行は月水土に?!

いま先ほど春秋航空のカウンターの前を通り過ぎたところ、まだ正式発表前なのになんと春秋航空の茨城・上海線の就航を前提にしたツアーが発売されていた。

春秋旅行のポスター

春秋旅行のポスター

それによると飛行機の運航日は月・水・土となっていた。上海発8:00茨城着11:45、戻りが茨城発12:45上海着14:55(いずれも現地時間)となっている。
 第一便、というかこのツアーの第一弾は7月28日(月)となっていて、当初7月21日と発表されている運行開始予定より1週間ほど遅くなっているようだ。
 それだけ両国の当局との手続きに時間がかかっているということであろう。

 ツアー代金は東京・大阪・京都などをまわって5849元で、北海道ツアーで8999元(行きは札幌で帰りが茨城)と、従来のツアーに比べるとそれなりに割安感がある。東京往復3日間だとなんとビザ付きで2999元とある。
 なんと普通の成田往復チケットよりも安い。日本人がこれに参加できるのかどうかは不明だが、もしこれに乗れれば非常に便利である。

春秋旅行のホームページ

春秋旅行のホームページ

 まあいずれも両国当局の認可がまだ出ていないはずなので、今後この通り実施されるかは不明だが、それにしても何ともフライング気味の発表にはびっくりした。
まあ個人的にはこれを口実に一度日本に戻ってみたいので、往復チケットだけ買えないものかと今知り合いを通じて探りを入れているところである。

過去の栄光は未来を何も保障しない

今回のW杯を前にスペイン代表の監督が語っていた言葉だが、まさに今回の南アフリカ大会はそのままを体現している。

かのスペイン代表も今朝の試合は勝ったものの初戦のスイス戦にまさかの引き分けとなり、苦労のスタートとなったことは周知のとおりである。
そのほか強豪国と言われる、フランス、イタリア、ドイツなどが1次リーグ敗退の危機にさらされている。

公式球ジャブラニ

公式球ジャブラニ(引用元

 日本代表の中でも同じことがあり、絶対的エースのはずだった中村俊輔選手が調子を落としてスタメン落ちしている。
 彼らのいずれも慢心でこの状況に陥ったわけでもないだろうが、まさに過去の名声は未来を何も保障してくれていない。
未来の名声は、今これから築くほかないのである。
 
 これは仕事上でも全く同じことが言える。
 過去に築いた栄光の上に胡坐をかいていたら何も進歩しない。それどころか堕落であるともいえる。

 昔人事の仕事をしていたとき、労務評価の方法として業務評価の減価償却なるものを考えたことがある。

 過去に大きな仕事を成功させて評価を受けた者に対して、ある一定評価点を与えるが、それは未来永劫積み重なるものではなく、購入資産のように年々価値が低減していくものと考え、未来へ持ち越す価値を減らして行き、常に新しい評価を積み重ねることを求めるといった評価方法である。

 もし新しい評価を積み重ねなければ、低減された過去の評価しか残らない。
 固定資産的に毎年6掛けしたらあっという間にその価値はゼロに近くなる。

 こうやれば過去の栄光にしがみつかれるのを防げるのではないかと考えたことがある。

 実際、世の中の大企業には過去の一度の実績にしがみついて出世している人も少なくない。
 しかし、過去の成功に満足して努力を怠ってしまったら本人も会社も未来などないであろう。

 逆に言えば、過去に栄光が無くても、努力次第これから栄光を築くことが出来るということだ。
 
 頑張れ過去の弱小国!(はてどこの国だろう)

生姜の薄い生姜焼き定食

 上海の日本料理店でランチ時にお店に入るとたいていのお店で「豚肉生姜焼き定食」がメニューにあり、かなりの確率で頼んでいるような気がするのだが実のところそれほど気にいった豚肉生姜焼きに出会えていない。

 上海で注文すると出てくる豚肉生姜焼き定食は、玉葱と豚肉を炒めて、薄い醤油とほんのちょっとの生姜で味をつけた、こんなような生姜焼き定食が多い。

しょうが焼き定食上海で見たしょうが焼き定食[/caption]

 誰がこの上海の豚肉生姜焼きのレシピを広げたのだろうかと思うほど、どのお店も似ている。

 もちろん決してまずいというわけではなく、まあ味としては美味しいといえば美味しいのだが私の頭にこびりついている生姜焼きとはちょっと違うのである。

 私の求めている生姜焼きというのは、玉葱はほんのちょっとで、もっと生姜たっぷり醤油たっぷりで、言うなればもう少し下品な豚肉焼きといったらよいであろうか?

 その一つの典型が日本時代に東京の江東区役所の食堂で食べた豚肉生姜焼き定食である。
 薄いロース肉を4枚べったりフライパンで焼きつつ、生姜とお酒と醤油で作ったタレをかけて焼く。

 生姜の味がかなりしっかり効いている。

 まあ多少塩分が濃くて体に悪いような面もなきにしもあらずだが、これとご飯を一緒に食うとめっちゃうまい。飯がどんどん進む。しかも何故かカレーが小鉢に一杯ついてくる。

 通常のランチより少し高めの500円でちょっとした贅沢気分で食べていたことを思い出す。

 上海で生姜味の物足りない生姜焼きに出会うといつもあの味を思い出して比べてしまうのである。

 このようになかなかお店では食べらないので、たまーに家で挑戦することもあり、その場合には自分好みの豚肉生姜焼きにすることが出来るが、まあ一人分の食事のために材料を買ってくるとかなり高くつくのでそうそう年中は作れない。

 故になんとか外でもあの味にたどり着けないかとお店に入るたびにやはり生姜焼きを頼むのだが、やっぱり生姜の薄い豚肉生姜焼きが出てきてしまう。
 理想の生姜焼きにめぐり合えない日々はまだまだ続きそうである。


映画「おにいちゃんのハナビ」

上海で日本映画週間が開催され、偶然にもこの映画「おにいちゃんのハナビ」を見る機会を得たので行ってきた。

 どうやら私の見た回がこの映画の世界初公開、つまりプレミエ上映だったらしく非常に幸運な名誉ある機会に接することが出来たようである。

 これから観る人のために詳しいあらすじなどは書かないが、この映画は新潟県の片貝の花火祭りを舞台にした映画である。

 新潟の花火といえば長岡の花火大会などが有名だが、この片貝の花火祭りも負けず劣らず有名な花火祭りの一つとなっている。

山下清の長岡の花火 (引用元)

山下清の長岡の花火
引用元

 しかもこの花火祭りは日本全国の数ある花火大会の中でも非常に特殊な形態で運営されている。

 実は私はこの花火祭りに8年前に行ったことがある。

 世界最大と呼ばれる四尺玉の花火を見るためだったのだが、実際に花火大会を見学し、ここの花火が非常に特殊であることを知って驚いたことを覚えている。

 ここの花火の何が他のそれと違うのかというと、ここの花火には一発一発に村の人の想いが込められているのである。

 子供の誕生を祝ったり、亡くなった人の供養のためだったり、はたまた成人のお祝い、厄払い、還暦のお祝いなど様々な願いを込めて意味を持って打ち上げられる。

 一年一回のこの祭りのその想いのために片貝の人は、何十万、何百万というお金を祭りにつぎ込むのである。

 そして当日、このお祭りの司会者がそれを一つ一つ紹介する。プログラムや番付表にも掲載される。
 花火祭りの「祭り」の意味が本当の「祭る」という意味を持って受け継がれているのがこの片貝の花火祭りなのである。

 そしてこの映画の中でも主人公の「おにいちゃん」がある想いを持って「ハナビ」を打ち上げることを決意する。

 その想いが観ている私にも熱く伝わってくるような映画である。
元々涙腺の弱い私であるが、この映画は涙が乾く間がなかった。

 おべっかを使うつもりはないが、人が人を想うことを感じることが出来るいい映画だと思うので、是非皆さんにも観ていただきたい。

ところで、ちょっと関係ないかもしれないが、
以前この祭りを見たときに書いた日記があったので再掲しておく。

「美しさは永遠に?はかなくも美しい花火・・・」(””””02/09/25)
世界最大と呼ばれる四尺玉の花火を見てきた。
花火を写真に収めようとする方がまわりに大勢いた。
その行為自体を批判するつもりはないのだが、中には撮影に必死で
花火そのものを見ていない方がいらっしゃる。とても勿体無いことである。
花火のその瞬間を永遠に写真にとどめたい気持ちは解らないではないが、
花火はほんの束の間の輝きであるからこそ美しいのだと思う。
年に一度の花火大会、真夏の瞬間であるから美しいのだと思う。
何分も輝きつづける花火が美しいなら花火職人はもっと長く輝く花火を
創るはずである。 心に映った一瞬の輝きこそが永遠だと思う。
だから私は来年も花火が見たいのだ…