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肘肩の痛みから脱出成功

去年から今年にかけて長らく悩まされた肩と肘の痛みについて、最近ようやく脱出することに成功した感がある。

 パソコンに向かって文章を打つ量が人より多い為、職業病の心配もしていたし、加齢に依るものかなとも思っていたが、どうやら作業の量より質に問題が有ったようなのである。

 どういう事かと言えば、昨年秋よりある場所へ出向い自分のパソコンを使っての作業もするようになっていたのだが、そこで用意されている環境がパイプいすで高さの調節が効かなかいものだった。

写真はイメージ

 最初の内は気にしないで作業していたが、どうもテーブルの位置が高過ぎて、キーボードや画面の位置が高めになる。

 すると肩や肘にストレスがかかって、無理な姿勢が続くようになっていたのである。

 そのことに最近気づいて、先方の椅子はそのままで、厚手の座布団を持込み座る位置を高くするようにした。

 すると何となく肘や肩が解放される感があったのである。

 ただ座布団一枚ではまだ高さ不足で、さらにお尻の下に雑誌を敷いて高さをかさ上げした。

 すると作業にはちょうど良い高さが確保できたのである。

 そしてこの出先の場所以外でも、家やベースの職場でも意識して椅子の高さを上げるようにして作業し、その状態でここ1~2ケ月続けた結果、3月の中旬にはあんなに痛かった肩や肘の痛みが消えたのである。

 この間仕事の量がそれほど減ったわけではないので、要するに作業姿勢に問題があったということになる。

 パソコン作業には良い姿勢が大事だということを改めて知ったこの数か月だった。

脳の休ませ方

 仕事上で頭が煮詰まっている時には頭の思考を一旦止める時間を持つ方がいいのだが、日常の生活の中ではなかなか寝る以外に脳を休める方法がないと思っていた。

 が、先日あるストレスドッグのセミナーでいい方法を聞いてきた。

 まあ完全に受け売りになってしまうが、結構効果が有ったので紹介したい。

 方法としては実に簡単で、目をつぶって手のひらを内向きに合せて、約1ミリの間隔を30秒なり1分なり保つ。

 この1ミリの間隔というのがミソで、つまりくっつけてもいけないし、離してもいけないので、掌や指先に神経を集中させざるを得ない。 

 そうすることにより指先に神経が集中され、頭の思考が一旦停止し脳が休めるのである。

 何分も長い時間やることはないが、1分くらいやるだけで脳は相当休めるし、リフレッシュした後の再スタートは頭がかなりすっきりしている。

 これを教わって見て、いつぞや体験した気功なども恐らくこの原理を利用したものだと気が付いた。
 気功やヨガがリラックスできるのは身体に神経を集中させることにより脳を休ませることができるから、体にいい影響があるのだと思われる。

写真はイメージ

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 つまりあのポーズや呼吸法は脳への働きかけに意味があり、ポーズや呼吸法だけを真似てみてもあまり効果がないのではないかという気がする。

 また私が推奨する好きな音楽をガンガンにヘッドフォンで聞くという方法も、やはり脳の活動領域の中心を移動させることによって、熱くなって混乱していた脳の一部分を休ませる働きがあるのではないかと思っている。

 いずれにしても、思考に疲れた時は時々脳を休ませてあげたほうが、作業などを進める上で効率的であり、詰め込み過ぎは良くないなと感じる今日この頃となっている。


原文

災害を商売広告のネタにしない姿勢

先日、あるマンションの管理側の方とお話する機会があった。

その方によれば、上海は災害とかの被害は直接何も関係ないが、やはり日本の自粛ムードをを感じ取り、マンション内の主だったイベント系のようなものは全て中止したのだという。

そして当面は淡々と通常の業務を行うだけだとおっしゃっていた。

 私は、ならばチャリティを主にしたイベントを行なったらどうかと会話の中で提案してみたが、それはそれで売名行為のようで、やはり日本人の中にはこころよく思わない人もいるかもしれないということで、募金などほんの一部の一般的な対応を除いては特にイベントを実施する予定はないとおっしゃっていた。

 私はこの姿勢にエラク感服した。

 世の中には、支援活動の名の下に、広告宣伝活動を活発に行って、売名行為とも思えるような企業や個人も少ない中、こういった慎ましい姿勢には凄く感心する。

写真はイメージ

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 企業はもともと営利で成り立っているのだから、企業が社会奉仕活動を通じて、企業のイメージや存在意義を高めていくことは決して責めるべきことではないはずだが、そこには意図的、無意識に関わらずどうしても「偽善」「売名」という印象が付きまってしまう。

 そこをきちんと理解して割り切って、災害を商売広告のネタにしない姿勢を貫くこのポリシーは凄いなと思ってしまう。

 災害を商売広告のネタにしない姿勢を見せることで、顧客の信頼を損なわないようにするとはいかにも日本的対応である。
 日本人として、日本人と仕事をするにはこういう姿勢は是非見習わなくちゃいけない。

上海の薬局は24時間営業?

 上海の街のにはいたるところに薬局があるが、看板をよく見ると24時間服務と書いてある店がある。

 それも数店ではなく、かなりの割合で24時間を掲げている。
 コンビニじゃあるまいし、薬局が24時間営業なのか?とちょっと不思議に思った。

 日本のマツモトキヨシでさえ24時間の店はほとんどなく、昔地元にコンビニに薬局を併設した店はあったが、かなりレアな存在であり、滅多に見かけることはなかった。

 それが上海ではあちこちにこの24時間服務の看板を見かける。

24時間営業の上海の薬局の看板

24時間営業の上海の薬局の看板

 しかし、今回撮った写真は22時半頃に撮影したものであるが、薬局の店内の照明は付いているが、外側の鉄格子というかシャッターは閉まっている。

 中を覗くと薬剤師らしき人がいろいろ店の中を整理していた。

上海の薬局

上海の薬局

 シャッターのすぐ内側には休憩用の椅子が準備してあり、どうやら薬剤師か警備の人が休む場所のようだ。

 どうやらこの24時間服務という意味は24時間ずーっと戸口を開けて営業しているという意味ではないらしい。

 24時間薬を売る体制を整えてはいるが、夜間は緊急時に限っての対応するというようなスタンスのようである。

 もっともそのスタンスはピンきりらしく、本当に24時間営業している店もあれば、今回のお店のように来客に備えてはいるが営業はしないお店、さらには朝晩の営業時間が長いだけで夜中の来客にはほとんど対応する気がないお店もあるようだ。

 まあ夜中にわざわざ薬を買う人も少ないと思うが、病気はいつ突然襲ってくるかわからないのでとりあえずいつでも薬を買えるというのは非常に有りがたい事ではある。

 中国ではまだまだ医師の量が不足しているようで、日本のように街の中に小さな開業医の病院を見つけることはほとんど無く、病院といえば大病院の診療が主である。

 故に一般の中国人にとって病院の診療にかかることは費用の面でも機会の面でも決して簡単なことではないようで、薬だけで済まそうとする場合が少なくない。
 こういった人々にとっては薬局が病気治療の一番身近な窓口であることは間違いなく、薬局が24時間服務を行うことはある意味社会の要求による必然の結果とも言える。

 まあ上海の日本人の場合、多くの人が保険に加入しているので、夜中の病気でもたいていの場合は大きな緊急病院に行くことになり、これらの薬局に夜中に行くことは滅多にないと思うが、まあ覚えておいて損はないような気がする。

長嶋茂雄氏が感銘した言葉

 現ヤンキースの松井秀喜氏に関するコラムの中で、かの長嶋茂雄氏が感銘し松井秀喜氏の巨人軍入団時に送った言葉と言うものが掲載されていた。

 それはやはり元ヤンキースのジョー・ディマジオ氏の言葉で

「ディマジオを見るのが最初で最後の人が必ずいる。その人のためにプレーしているんだ」

と言う言葉である。

 つまりその一瞬しか会わない人が必ずいるから、どんなときでもプレーは手を抜かないという一期一会の精神でプレーすることを意味する。
 プロとしてそのくらいお客さんを大事にせよという意味である。

 この言葉を聴いて私も感銘を受けた 。

 日々同じ仕事をしていると、時々気が緩み、適当にやり過ごしたくなる時もがある。

 しかし相手から見れば私の仕事を初めてみる人も必ずいる。

 いつもは頑張っている姿を見てくれている人なら時々の甘えくらいは許されるかもしれないが、その一瞬だけしか見ない人が必ずいるし、それがお客さん商売の相手だったら尚更手を抜いたところを見られてしまうのは尚更格好悪い。

 毎日の仕事で緊張感を持続し続けるのはとても疲れるかも知れないが、やはり気を抜いたところを見られてしまうのは申し訳ない。

 まあ、中国の場合は一期一会だから人を騙すとか全く逆の風潮のような気もするが、少なくともこちら側からの接し方としては、一瞬一瞬に手を抜かず仕事や出会いと言うものを大事にしたいなと感じさせてくれるかのディマジオの言葉である。