Tag Archives: 一期一会

長嶋茂雄氏が感銘した言葉

 現ヤンキースの松井秀喜氏に関するコラムの中で、かの長嶋茂雄氏が感銘し松井秀喜氏の巨人軍入団時に送った言葉と言うものが掲載されていた。

 それはやはり元ヤンキースのジョー・ディマジオ氏の言葉で

「ディマジオを見るのが最初で最後の人が必ずいる。その人のためにプレーしているんだ」

と言う言葉である。

 つまりその一瞬しか会わない人が必ずいるから、どんなときでもプレーは手を抜かないという一期一会の精神でプレーすることを意味する。
 プロとしてそのくらいお客さんを大事にせよという意味である。

 この言葉を聴いて私も感銘を受けた 。

 日々同じ仕事をしていると、時々気が緩み、適当にやり過ごしたくなる時もがある。

 しかし相手から見れば私の仕事を初めてみる人も必ずいる。

 いつもは頑張っている姿を見てくれている人なら時々の甘えくらいは許されるかもしれないが、その一瞬だけしか見ない人が必ずいるし、それがお客さん商売の相手だったら尚更手を抜いたところを見られてしまうのは尚更格好悪い。

 毎日の仕事で緊張感を持続し続けるのはとても疲れるかも知れないが、やはり気を抜いたところを見られてしまうのは申し訳ない。

 まあ、中国の場合は一期一会だから人を騙すとか全く逆の風潮のような気もするが、少なくともこちら側からの接し方としては、一瞬一瞬に手を抜かず仕事や出会いと言うものを大事にしたいなと感じさせてくれるかのディマジオの言葉である。

大海の中の一滴はもう見つけられる

中国で一人の人間を探すことは大海の中の一滴を探すようなものだとよく言われる。
確かに13億もの人間もいればその言葉はある意味納得できるような気がする。
しかし考えてみれば、多いといってもたかだか日本の10倍の人口である。
 日本には世間の狭さを示す言葉がある。「世間は狭い」「情けは人のためならず」など社会はどこかで繋がっているので、自分がやったことには良いことも悪いことも将来必ず報いがあるという考え方に基づいている。「一期一会」という言葉も逆説的なそれである。
 ところが中国には「大海の中の一滴」のように、一度離れたらもう二度とめぐり合わないという考え方が根底にある。実はこれは中国人の人付き合いのスタンスを如実に現している。つまり家族以外の人間は二度と巡り合わないから、その場その場で相手を騙して悪く思われても平気なのである。だからいつも家族と身近に付き合う(付き合っていかなければならない)朋友でない人は信用しないのである。

 しかしこれは経済発展が始まる前までは通用していた考えであるが、上海のようにここまで経済が発展し、情報化社会が進むと中国自体が大海の中の一滴ではいられなくなってきている。つまりその一滴を見つけることができる社会になりつつある。
 大海に落とした一滴の毒が大海ごと汚染してしまうことや、そのことによって失われていく信用の大きさに、ようやく一部の人が気づきはじめている。日本や欧米が持ち込んだ世界の社会ルールで嘘やその場のごまかしが大海の一滴として隠しきれないことの怖さに中国がようやく直面している。これからが中国の正念場だと思う。