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脳の休ませ方

 仕事上で頭が煮詰まっている時には頭の思考を一旦止める時間を持つ方がいいのだが、日常の生活の中ではなかなか寝る以外に脳を休める方法がないと思っていた。

 が、先日あるストレスドッグのセミナーでいい方法を聞いてきた。

 まあ完全に受け売りになってしまうが、結構効果が有ったので紹介したい。

 方法としては実に簡単で、目をつぶって手のひらを内向きに合せて、約1ミリの間隔を30秒なり1分なり保つ。

 この1ミリの間隔というのがミソで、つまりくっつけてもいけないし、離してもいけないので、掌や指先に神経を集中させざるを得ない。 

 そうすることにより指先に神経が集中され、頭の思考が一旦停止し脳が休めるのである。

 何分も長い時間やることはないが、1分くらいやるだけで脳は相当休めるし、リフレッシュした後の再スタートは頭がかなりすっきりしている。

 これを教わって見て、いつぞや体験した気功なども恐らくこの原理を利用したものだと気が付いた。
 気功やヨガがリラックスできるのは身体に神経を集中させることにより脳を休ませることができるから、体にいい影響があるのだと思われる。

写真はイメージ

写真はイメージ

 つまりあのポーズや呼吸法は脳への働きかけに意味があり、ポーズや呼吸法だけを真似てみてもあまり効果がないのではないかという気がする。

 また私が推奨する好きな音楽をガンガンにヘッドフォンで聞くという方法も、やはり脳の活動領域の中心を移動させることによって、熱くなって混乱していた脳の一部分を休ませる働きがあるのではないかと思っている。

 いずれにしても、思考に疲れた時は時々脳を休ませてあげたほうが、作業などを進める上で効率的であり、詰め込み過ぎは良くないなと感じる今日この頃となっている。


原文

鼻の穴の観察

 以前にも書いたが、数週間前に副鼻腔炎が再度悪化して医者に行ったら鼻の穴の中が狭くなっていると言われた。

 それから毎日鼻の穴の中を観察していている。懐中電灯をつかって穴の中を照らし、鏡でその様子をのぞくのである。

 最初の頃は確かに鼻の穴の奥が腫れたような状態で鼻の穴が塞がっていたのがよく分かった。

 これでは確かに呼吸が辛い。
 しかし、ここ数週間、処方された抗生物質を呑み続けたところの影響でかなり改善してきていて、だいぶ空洞が広がってきたようだ。おかげで呼吸もかなり楽になった。

 しかし、悪化する前の正常な状態の鼻の穴の中がどんな形状だったのか分からないので、果たしてどういう状態になったら正常な鼻の穴の中の形なのかがわからない。以前よりは良くなったが、まだ狭いような広いようなである。

恐らくもうしばらくの我慢ではあると思うのだが、何とも改善の程度が分からず心もとない。故にまだしばらく鼻の穴の観察は続く。

 ところで、この観察中ちょっとした新しい発見をした。と言うほどのものではないのだが鼻毛にも白髪が存在するということがわかった。
 頭や他の体毛と同じように鼻毛にも白髪が混じっているのである。まあちょっとずつ年を取る自分の体に気付いたという発見でもあるのだが、とにかく鼻毛も白髪になるということである。鼻の穴の観察の小さな副産物である。

臭いがわかるようになってきた!

 ここのところ、鼻の通りが改善し、副鼻腔炎の症状がかなり取れ、苦しんでいた睡眠時の呼吸もだいぶ楽になってきた気がする。

 それに油断したというわけではないが薬が切れて以来時間が無く買い足しにも行っていない。

 でも今のところ幸いにも悪化はしていない。それどころかようやく嗅覚にも改善の兆しが見えてきた。

 先日、街へ出て牛肉面の醤油の香りや、ローカルの食堂のニンニクの臭いを久しぶりに感じ取れたときは大した臭いではないのに、それを感じ取れたことにとっても感動し新鮮さを感じた。

 自分は今までこんなにも臭いがわからず過ごしてきたのかと改めて気づかされた。

 まあまだ比較的強い匂いにしか反応できないので、完全とは言えないが、すくなくとも一時の全く匂いがわからなかった時に比べれば、格段の改善である。

 感覚のことなので、どこまで臭いを感じ取れれば基本的な全快と言えるのかわからないのだが、洗濯物の柔軟剤の香りがわかるようになったり日常の生活にはあまり支障はなくなりつつある。

 もちろん、わかるようになったのはいい香りばかりではない。今住んでいる住宅の階段は少しかび臭いこともわかった。まあこれはこれで嫌な臭いだが今は分かる事が新鮮な喜びになっている。

 あとはトイレの臭いも、、、トイレ自体はさすがに臭ってなく安心したが用を足したとき、便の臭いがわかるようになった。
 逆に言うと今までは全く分からなかったわけで、自分の健康状態をうかがい知る上でかなりの大事な要素であるにもかかわらずそれを感じ取れなかったというのは実は自分の体の危険シグナルを知ることができなかったということであり、そのこと事態が危険な状態であったというわけだ。

 今回戻った嗅覚のおかげで、嗅覚の大切さを感じることになった。
 今まで人間の五感のなかで一つずつ失わなければならないとしたらどの順番ですか?という質問に対し、真っ先に嗅覚をあげていた私だが、今回の件で順位に変動はないもののちょっと気持ちが揺らぎつつある。まあ失ってよい五感など無いということ。

 まあせっかく戻りつつある嗅覚なのでこれに安心せずせっせと節制を続けて、もっと症状を改善し、コーヒーを香りで判別できるようになるまで是非頑張りたい(笑)