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雇用保険の統計調査問題

 日本の国会で、雇用保険の基礎となる統計調査問題が盛んに騒がれている。
 本来従業員500人以上の事業所全てを対象にしなければならない調査を1/3に絞って行っていたというのである。
 これにより、平均賃金が低く抑えられ雇用保険の給付額に影響し、不当に支給額が抑えられていたということのようだ。
 このため、厚生労働省では当時に遡って再計算をし、不足額の追加給付を行うとしている。

富士山とスカイツリー

富士山とスカイツリー


 
 このニュースを聞いて、自分が上海にやってきた時期を確認してみた。
 日本の会社を辞めたのが2006年だから平成18年であり、ちょうどその時に重なる。
 従って、私も追加給付の対象となりそうだということが分かった。

 しかし、私の場合は求職期間が4カ月だが、自己都合退職であったため待機期間が3か月ほどあり、雇用保険をほとんど貰っていなかったような記憶がある。
 貰っていたとしても何週間もないようなごくわずかな金額のはずである。 

 従って、今回追加給付があったとしても、ほとんど期待できないほどにしかなさそうであり、臨時収入の期待がちょっと萎んでしまった。

 また、制度状況を調べているうちに、再就職手当なるものがあることを思い出したが、これもやはり貰っていない。
 何故申請しなかったか忘れたが、雇用期間単位が1年に満たなかったからなのかもしれないが、とにかく貰ってないことは、覚えている。

 結局何だかんだ公的なサポートを得られない状態で中国へ来てしまったのが当時の状況だったことを思い出した。
 今思えばもう少し制度の恩恵に授かっておけばよかったかなとは思うが、その時の流れなので仕方ない。

 ところで、この雇用保険問題について同時に思い出したこととして、実は自分は統計データを報告する側の仕事もやっていた。
 確かに当時の記憶では、確かに3年に1回の割り振りが回ってきて、せっせとデータを処理して報告していたような気がする。
 私のいた会社が特に悪いことをやっていたわけではなかったが、今になって当時のあの時のことがこのように問題になるとは思いもよらなかった昨今の報道である。

思い出のホルストの「惑星」N響&デュトワ

先日YOUTUBEをチェックしていた際に、ふとシャルルデュトワ氏指揮NHK交響楽団の演奏によるホルスト作曲の組曲「惑星」の演奏映像に出くわした。
見始めた途端に出足の1曲目「火星」から非常に熱い演奏で、すぐに引き込まれたのである。
優等生的な演奏を見せる普段のN響とは一味違う熱い演奏で、さすがシャルルデュトワ氏だなと感心するような、オーケストラのドライブ振りを感じたのである。

そしてその熱さを感じ取ると同時に、非常に懐かしい記憶が私の中に湧き上がってきた。

そう、私の記憶に間違いが無ければ、この収録が行われた演奏会場(NHKホール)に私もいて、実際にこのライブ演奏を聴いていたのである。

あの日も一曲目から鳥肌が立つほどの強烈な印象を受けた記憶があり、映像の中で演奏されるあのリズムやパッションは確かに一度体験したものとして、体が覚えていたのである。
それを、映像を通してではあるが、演奏を再び耳にすることにより今回約20年ぶりに記憶が甦ったのである、

人間の記憶というのは不思議なもので、昨日まで忘れていた時間の体験について、音楽を聴くことによって体の感覚までもが記憶として呼び戻されるようである。

実はこのコンサートは私の「惑星」という曲に対する印象を一変させた演奏という意味でも思い出深い記憶であり、さすがデュトワ氏、さすがN響だなと感服した時間であったことも覚えている。

その記憶は最後の女声合唱が消え入るところまで残っており、曲全体を通してまさにあそこに自分がいたなという感覚を映像(音楽)は思い出させてくれた。

まあこうやって振り返ってみると、実はもうあの時から20年を経たことに気づくのであり、時間の経過の速さに寂しさも感じるが、記憶を甦らせてくれる音楽って改めて凄いな感じた記録映像であった。

忘れていること

 先日、久しぶりにあった友人に
「その後、鼻の状態はどうですか?」
と聞かれた。

 そう私は今年鼻の手術をしたのであったが、すっかり忘れてしまっていた。

 つまりしっかり忘れてしまうほど本人はすこぶる快調になっていて鼻が詰まることもなくなっていて無事呼吸も出来る。

 人間、健康になると病気だった時のことは忘れてしまうようだ。

写真はイメージ

写真はイメージ

 しかし、退院直後に私が鼻に詰め物をしていた姿を見てしまった人にとっては、強烈なインパクトがあったようで、いろんな人に再会するたびに同じことを言われる。

 まあ、それだけ人に気にしてもらえるというのはありがたいことであるが、ここだけの話、すっかり忘れてしまっている自分にとっては、いちいち回答するのはちょっと面倒くさい。

 でももう自分にとっては過去のことなのだと思っていても他人にとっては時間がつながっているのである。

 まあ都合の悪いことは忘れてしまうのが人間の頭の構造なのかもしれないが、それを仕事で平気でやる人も時々おり、その面では人間の頭の仕組みは困ったものである。

 本人は忘れた、忘れたいと思っていても他人はいつまでも覚えていることを肝に銘じるたい。