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思い出のホルストの「惑星」N響&デュトワ

先日YOUTUBEをチェックしていた際に、ふとシャルルデュトワ氏指揮NHK交響楽団の演奏によるホルスト作曲の組曲「惑星」の演奏映像に出くわした。
見始めた途端に出足の1曲目「火星」から非常に熱い演奏で、すぐに引き込まれたのである。
優等生的な演奏を見せる普段のN響とは一味違う熱い演奏で、さすがシャルルデュトワ氏だなと感心するような、オーケストラのドライブ振りを感じたのである。

そしてその熱さを感じ取ると同時に、非常に懐かしい記憶が私の中に湧き上がってきた。

そう、私の記憶に間違いが無ければ、この収録が行われた演奏会場(NHKホール)に私もいて、実際にこのライブ演奏を聴いていたのである。

あの日も一曲目から鳥肌が立つほどの強烈な印象を受けた記憶があり、映像の中で演奏されるあのリズムやパッションは確かに一度体験したものとして、体が覚えていたのである。
それを、映像を通してではあるが、演奏を再び耳にすることにより今回約20年ぶりに記憶が甦ったのである、

人間の記憶というのは不思議なもので、昨日まで忘れていた時間の体験について、音楽を聴くことによって体の感覚までもが記憶として呼び戻されるようである。

実はこのコンサートは私の「惑星」という曲に対する印象を一変させた演奏という意味でも思い出深い記憶であり、さすがデュトワ氏、さすがN響だなと感服した時間であったことも覚えている。

その記憶は最後の女声合唱が消え入るところまで残っており、曲全体を通してまさにあそこに自分がいたなという感覚を映像(音楽)は思い出させてくれた。

まあこうやって振り返ってみると、実はもうあの時から20年を経たことに気づくのであり、時間の経過の速さに寂しさも感じるが、記憶を甦らせてくれる音楽って改めて凄いな感じた記録映像であった。

追悼:若杉弘さん

 指揮者の若杉弘さんがなくなった。まだ74歳とのこと。いまどきにしては少々早すぎる死がとっても悲しい。
 振り返ってみれば自分のコンサート鑑賞歴の中で、一番多く生で聞いた指揮者であったように思う。

 特段気に入っていたというわけでもなかったが、国内オケは都響とN響を中心に聞いていたので、それぞれ音楽監督と正指揮者を歴任していた各々のオケをよく振っていたので接する機会はかなり多くなっていた。

 さらに晩年、若杉さんはN響とブルックナーチクルスの企画を行うなど、ブルックナーの演奏回数が増えて、ブルックナーフリークの私はそれを全部聞きに行ったりするなど必然と若杉さんの指揮に触れる機会は多くなった。

 また私の尊敬するチェリビダッケがなくなった後の、ミュンヘンフィルの来日公演に同行しマーラーの9番を振る機会があったので当然私はそれを聴きに行った、つまり彼のこの時代のレパートリーと私自身のその時期のマイブームが一致していたということで、自然に接する機会も多くなったのである。

 さて、彼の音楽は、、、まあ叙情的というよりどんな複雑な曲でも整理して分かりやすく聞かせるという音楽の教科書のような振りぶりといった指揮ぶりが特徴であった。そのためオケのメンバからは演奏しやすいとの評価だったようで、まあ残念ながらそれほど熱の入った熱い演奏というものも聴かれないが、マーラーのような複雑な音楽でも分かりやすく整えて聞かせてくれたので聴くほうも聴きやすかった。
確かに音楽に「熱さ」を求めてしまうと、彼の音楽は少々物足りないものもあるかもしれないが、実は彼の選曲のセンスが生きるというのも彼の妙で、そのセンスにオケがはまったときは、やはりいい演奏を聞かせてくれる。

 数々のオペラハウスの主要ポストを歴任したことからも分かるように、オペラのような複雑で巨大なたくさんの要素が同時進行で進むような世界で活躍するには視野の狭い人間では難しく、隅々に目が行き届く気配りが必要になる。
 つまり彼の場合は芸術性というよりプロデュース能力にも優れた人であり、それだけ頭のよい人物であったようだ。

 芸術の世界でこれだけ分析力の優れた人物はそう多くないように思う。
 
 そんな彼が逝ってしまった。

 中国に来てから生の演奏に接する機会はほとんどなくなってしまったが、時々日本の演奏会情報を垣間見ると、その演奏会のためにだけ帰国したいと思えるような機会が目白押しである。

 そんな中に「若杉弘」も今まであったはずなのだが、もう日本に帰っても彼の音楽に接することができないと考えるとちょっとやはり寂しい。
 ご冥福をお祈りします。