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二度入院する夢

今朝入院した夢を見た。

 しかも一度ならず二度も入院した。

 夢の話なので、あまり詳しくも覚えていないのだが、一度目は何らかの時に気を失って起きたら病院だったという状況だった。

 そしてはその入院先で動こうとしたら、更にまた倒れたらしく、起きた時はがんじがらめの状態で、また別の病院に転院させられていた。

 そこへやってきたパートナーらしき人(誰だか分からない)に、私は転院したのかと尋ねたら、その人は頷いたようだった。

 「そうなのか・・・」

 そんなところで目が覚めた。

 ちょっと特異な夢だったので、ネットで夢占いを調べてみると、体調に黄色信号をが灯っている象徴のようなことが書いてあった。

 どうやら休養が必要な状態らしい。

 まあ確かに、最近ちょっとした頭のふらつきや胸に鈍い苦しさがあるのかなと感じるような時もあり、どこか体に不調があるのかなと感じる場面も少なくない。

 そんなに過激な運動をしているつもりはないが、逆に暑さを嫌って表にあまり出ず、運動不足になっているというのは有るのかもしれない。

 心身すっきりとさせるため、少し今日は外出した方がいいのだろうか。

 そんなことを感じた今朝の夢だった。

忘れていること

 先日、久しぶりにあった友人に
「その後、鼻の状態はどうですか?」
と聞かれた。

 そう私は今年鼻の手術をしたのであったが、すっかり忘れてしまっていた。

 つまりしっかり忘れてしまうほど本人はすこぶる快調になっていて鼻が詰まることもなくなっていて無事呼吸も出来る。

 人間、健康になると病気だった時のことは忘れてしまうようだ。

写真はイメージ

写真はイメージ

 しかし、退院直後に私が鼻に詰め物をしていた姿を見てしまった人にとっては、強烈なインパクトがあったようで、いろんな人に再会するたびに同じことを言われる。

 まあ、それだけ人に気にしてもらえるというのはありがたいことであるが、ここだけの話、すっかり忘れてしまっている自分にとっては、いちいち回答するのはちょっと面倒くさい。

 でももう自分にとっては過去のことなのだと思っていても他人にとっては時間がつながっているのである。

 まあ都合の悪いことは忘れてしまうのが人間の頭の構造なのかもしれないが、それを仕事で平気でやる人も時々おり、その面では人間の頭の仕組みは困ったものである。

 本人は忘れた、忘れたいと思っていても他人はいつまでも覚えていることを肝に銘じるたい。

危うい?中国の医療器具

今回手術で入院した時、待遇や設備という面で言えば中国で入院していてもそれほど不安は感じなかったが、では「中国医療」全体について全く不安を感じなかったかというと、実はそうではない面がやはりあった。

 一番不安を感じたのは医療器具の点である。

 それは、点滴を受けていた時の事だったが、点滴チューブについている調節弁で点滴速度を調整しようとしてもうまく調節できなかった時があった。

 かつて20年ほど前に日本で入院した時や中国で下痢で点滴を受けた時はこの調節弁で点滴速度を調節できたはずなのだが、どうも今回の調節弁はうまく機能しない。

 たまたまこのチューブの調節弁だけ出来が悪いのか、中国では総じてこうなのか分からないが、とにかくこの時の調節弁は微妙な調節が出来るものではなかった。

 まあこれにより気分が悪くなるなど不便はなかったので特に気にすることもなかったが、本来医療に「たまたま」は許されず、これで気分が悪くなったら怖いものがある。

 何となくこういった医療器具にも日中の文房具の差ような精度の差を感じずにはいられなかったのである。

 さらに今回私につかわれていた点滴針には逆流防止弁がついていなかったようだった。

 まあこのこと自体は調べてみると、イコール欠陥医療器具ということには全くならず、特別な条件の点滴ではない限り逆流防止弁の採用は必須ではなく、例え点滴が終わって逆流しても何時間も放置しない限り心配するようなことはでもないようである。

 しかしそうはいっても、少なくとも過去に点滴を受けた病院では全て逆流防止弁が採用されていた気がするので、今回点滴中にトイレに動いた時に、チューブに血が逆流しているのを見てちょっと焦ったのを覚えている。

 物の考え方の基本として常に万が一の事を考える日本人としては、この逆流防止弁はあるととても安心なのだが、医療的に必須でない部分にはコストがかかってないという面が何となく中国的医療器具事情の象徴に見えてしまうのである。

 もちろん日本だって100%逆流防止弁が使われているわけじゃないようだが、今回VIP病室なのに?てことを考えると、病院全体で採用していないということが容易に推測できて、やはり中国的判断なのかなと感じずにはいられないのである。

 まあ今回の件は、エアバッグをつけた安全装備の車に慣れてしまうとエアバッグなしの車が危険に見えてしまうという程度の事で、イタズラに中国医療に不安を感じてもいけないのかもしれない。

 しかし今回入院中に見たニュースで「注射針の使い回しで肝炎の集団感染」などという見出しを目にしてしまうと、この国の医療の水準の常識はいったいどこにあるのか不安にならざるを得ない面は確かにあり、今回の医療器具がその安全意識の象徴であるような気がしてしまったのである。
 

遺書を書いた

そういえば今回手術を受ける直前に遺書めいたものを書いたのを思い出した。

 当日の朝の手術室に運ばれる一時間前くらいの事である。

 遺書というほど大げさなものではないが、手術で万が一死んでしまった時のことを考えて、自分のまわりの人への挨拶のような意味を込めてノートに走り書きをした。

 まあ今回小さな手術であったものの、例え0.1%にも満たない失敗確率だったとしても、人生予期せぬ出来事が発生することは絶対に無いとは言えず、万が一そのまま死んじゃったりしたら、私の周囲の人に申し訳ないなと思ったのである。

外国人専用階の病室

病室

 つまり、絶対大丈夫だと思いながらも想像以上に手術の緊張感に追い詰められていたわけで、一応はそのくらいの覚悟を決める必要があるなとこの瞬間は思ったのである。

 もちろん、自分自身だってあの程度のことで死んでしまったら人生全く本意ではなく、ここで死を覚悟したような文章を書きたいわけじゃなかったが、生きていれば何でもなく解決できそうな人間関係について、もし死んでしまっては言葉が伝えられず、本意を伝えきれないと思いその想いを書き記したのである。

 故に、自殺を意識した遺書ではないことを冒頭に書き、あくまで死んでしまった時の念のためという断りをした文章で書いた。

 まあ今となっては無事元気になって復帰できたので、その時書いた内容は無用となったが、いま読み返してみると何となく追い詰められた中での自分の本音が出ていたような気がする。
 
 本来、人生の万が一の予期せぬ出来事というのはどこでどう生きていても起きうるため、その意味では遺書というのはある意味いつでも用意すべきものかもしれないが、流石に普段からそういう覚悟をするのはなかなか難しい。

 今回、一応本気で死を覚悟したから書けたのだと思う。

 それにしてもこの遺書というもは意外に仕舞い方・見つけられ方が難しいものだとこの時初めて知った。

 遺書は出来れば“万が一”になった時以外は人目に触れて欲しくないものなのである。

 故に今回の私の遺書はそのノートを鞄の中にしまい、万が一となった時にだけ見つかるように気を使って仕舞った。

 そして手術から無事帰還した今、今回書いた遺書はとりあえず自分が生きている時分に誰かの目に触れるとまずいので、人目につかぬよう捨てることにした。

 死ぬと思えば言える言葉も、生きているうちは言い難くなるから人生不思議である。

中国の看護婦さん

 今回の入院中、当然のことながら看護婦さんたちには大変お世話になった。

 まあこの看護婦という言い方も今となっては男女平等の意味もあって、看護士という言い方が定着しつつあるが、中国の現場では今のところほとんどが女性のようで、敢えて「看護婦さん」と呼ばせてもらいたい。

 病院というのは、医師が病院の顔として君臨しているように見えるが、実際に病院が病院として成り立っているのは看護婦たちが支えているおかげの部分が非常に大きく、彼女たち無しには一般的な病院は病院として成り立たないものである。
 それは日本も中国も同じようである。

 特に入院ともなると、医師の出番は診療や手術のみで、それ以外のケアはほぼすべてが看護婦の仕事であり医師の指示に従い24時間交代で面倒を見てくれる。
 医師だって当直での待機はしてくれているが、患者の細かい面倒まで見てくれるわけではなく、結局現場の末端には看護婦さんたちが必要なのだ。

写真はイメージ

写真はイメージ


 
 今回、入院したおかげで、初めて中国人看護婦たちの動きっぷりを目の当りにすることができた。

 今まで、通院では何度か中国の看護婦さんたちの姿を見てきたが、ほんの数十分の動きを見るだけでは、日本の看護婦さんたちとどう違うかなどはわかるはずもなく今回はフルタイムで仕事を見れたわけで貴重な機会だった。

 さて、実際目の当りにした中国人看護婦さんたちの率直な感想は、看護婦さんといえども中身は中国人の女の子なんだなぁということ。

 あまり悪いように捉えて欲しくはないが、日本の看護婦さんたちに比べれば人への接し方がぶっきらぼうで、丁寧に患者に声をかけて励ますような面は少なく、仕事を黙々と真面目にこなしている印象だった。

 多くの中国人女性がそうであるように、接客時なども仕事としては丁寧だが表情に乏しく、営業スマイルのようなものはあまり出てこない。気配りも比較的苦手だ。
 ただその仕事っぷりは日本人に負けず劣らず非常に真面目である。

 日本人女性のように、笑顔や情で接することはなく目の前の仕事だけが丁寧だと言えばいいだろうか?

 まあこちらとしても5日足らずの短期入院であったし、その間の半分は手術関連で朦朧としていた時間だから、看護婦さんたちと親しくなる期間にはとても足りなかったとも言えるのだが、それにしても日本人看護婦などと比べるとその点では差がある。

 この点はいかにも中国的であると言えるし、日本の看護婦が日本的でもあると言えるのだが、その差はあまりにもわかりやすい。

 今回入院した場所は外国人専用の病棟ということで、恐らくこの病院の中でも比較的優秀な人材を選抜しているはずだから、今回接した看護婦さんたちが中国の中でも比較的レベルが上位のケアをやってくれているはずと考えると、中国人の看護婦さんたちの仕事はほぼこの状況なのだと推測することができる。

 まあつまり中国の看護婦さんたちは仕事としては信頼は出来そうだが、入院患者として彼女たちに和みの要素を求めるの難しいような気がするということである。

 と書いてしまったが、実はこの入院中に一回だけ看護婦さんの可愛い面を見たことを思い出した。

 それはアイもいなくなった入院4日目の晩であったが、私がテレビもつけずにベッドの上で静かに携帯電話でメールなどをやっていたら、病室があまりに静かすぎることに心配になったのか、一人の看護婦がノックもせずゆっくり扉をあけ病室の中を覗き込んで来たシーンがあった。
 私はドアの開く音がギーッとしたのでその方向を見たら、思わずその瞬間にその看護婦さんと目があってしまったのである。

 結局、看護婦さんは何でもないのだとわかり、バツが悪そうに苦笑いをして手を振って退却したのだが、その姿がとても可愛らしかったのを覚えている。

 そんな看護婦さんの素直な表情を見てこちらも初めてほっとした。

 やっぱり今回時間がちょっと足りなかっただけのようである。

 いろんな意味で思い出がそれなりにできた今回の入院時間であった。